押しかけ探偵事務員の受難
07
部屋が――まあ比較的――近かったこともあり、嫌がる男たちの意見などどこへやら、2グループは何かにつけて接触した。コナンはニッコリ笑って茂木を無視し、の脚にしがみつく。が反射的に身を引くと、するりと離れて彼女を見上げるのだ。どうしたのお姉さん。そう言われるとには継ぐ言葉がない。
「さんはお仕事でいらしてるんですか?」
湯上りに涼んでいると、ちょうど蘭が部屋へ戻ってきた。
茂木は未婚の女子と部屋を共にするつもりはないと言った直後、ロビーで顔を気まずそうに歪めた。繁忙期の宿では仕方がないことなのだが、デザート一品と引き換えに大切な外聞を一つ失った気がする。の笑顔は引きつりっぱなしである。
すっかり無防備な蘭を横目に、は服の裾を直すふりをした。女子同士とはいえ、気まずい。
部屋割りの話を(割れていないわけだけれど)聞いた蘭は痛ましげに眉根を寄せ、彼女の同情を見て取ったコナンがこう提案したのが始まりであり、終わりでもあった。それじゃあ茂木さんと蘭姉ちゃんが入れ替わればいいんじゃない? 小学生の提案は非常に無邪気で、かつ、えげつないものだった。小五郎と茂木の頬がばりに引きつったのをよく憶えている。何が悲しくて優雅な旅先で男が三人同室に詰め込まれねばならないのかと言いたげだったが、茂木のそれは同時に間違いのない選択肢だとも理解している顔だった。と同室よりはよほどいい。
可哀想なのは毛利小五郎だった。しかしこちらも愛娘の説得により陥落。2グループの部屋のランクが同じだったことも幸いした。
こうして綺麗に男女で分かれた彼らは今、食事も湯あみも終え、部屋でゆったりと時間を過ごそうとしていた。
もほっと息をつく。そしてこの質問である。
「仕事、といえば仕事……なのかな……」
自信がない。
「休むことも仕事だって言われたんだけど、休むほど仕事をしていないというか……」
「そうなんですか?」
「まだ一週間とちょっとだし」
「新しい環境は疲れますから、茂木さんが気を遣ってくれたんですよ、きっと」
ただ単にクーポン券を無駄にしたくなかったからじゃないかとよほど言いたかったが、女子高生にこれ以上慰めてもらうわけにはいかない。は曖昧に頷いた。
蘭は綺麗に目を細めた。
「でも、よかった」
「え?」
「さん、あの時よりずっと活き活きしてて。よかったです」
「そ、そうかな。心配かけてごめんなさい」
「いえ! そんな!」
蘭の言葉は純粋で、はようやく気を抜けた。
「ありがとう」
「いえ……。あ、蘭って呼んでください。すみません、先にさんって呼んでしまって」
「ううん、気にしないで。蘭ちゃん」
へらりと顔を見合わせ、しんと部屋が静まり、急に喉が渇きだした。
出くわした時はなぜかとても慌ててしまい、嫌な予感もおぼえてしまったが、あまりにも失礼だったと今は反省している。何も怖いことなんてないじゃないか。なぜあんなにも焦ったのだろう。は内心、首を傾げる。
敏感になりすぎているのだろうか。それにしては確信があったのだけれど。
(何かある、って。……考えすぎだよね)
そんな、漫画やアニメじゃあるまいし。
喉を潤し空気を軽くするため、は備え付けの電話でお酒を注文した。この代金はきちんと茂木に払おう、と頭の中で通帳を繰りながら蘭のぶんの飲み物も頼む。
飲み物はすぐに用意され、そっとふすまの向こうから声がかかる。
「失礼いたします」
「はあい」
二人は声をそろえて返事をした。
仲居がふすまを開けて畳の部屋へ膝を滑らせた時のことだった。彼女の爪先が畳を踏むか踏まないか、それくらいのうちに、部屋の外で悲鳴がほとばしった。
「キャアアアアアッ!!」
虫が出た、などという簡単な話ではなさそうだった。
動けないとは違い、蘭と仲居はハッとしたように立ち上がる。どうしました、と声を出しながら扉を開け廊下に出ると、そこには慄いた様子で壁に凭れへたり込む宿泊客の姿があった。折れ曲がった廊下の奥から飛び出した小五郎たちもやってくる。
力なく指さされる先には、ちょっとした休憩部屋が。自動販売機が数台並ぶその場所に血だまりができていた。
遅れて追いついたもそれを見た。酔った人がただ自動販売機にぶつかってよろめき、バランスを崩して倒れ込んだかのような姿勢で、大柄な男が死んでいた。
「う、うそお……」
こちらも呆然とへたり込んだ。
嫌な予感が当たってしまった、と思う。頭の中のスイッチがめまぐるしく切り替えられる。何かがおかしい。何か知っている。『これ』は知らないけれど、はこの状況をひと言で説明できるはずだった。『殺人事件』ではなく、もっと大きなくくりとして。
一番に死体に駆け寄った少年が指示を出す。小五郎にぽかりとやられて遠ざけられる。茂木が時間を見る。
「殺人事件なんです! すぐに来てください! ここは……」
蘭が電話でこう言うのを聞いて、とうとうすべての糸がつながった。代わりにぷつんと意識が途切れる。
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20150107