押しかけ探偵事務員の受難
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数えてみれば、何回だったか。
指折り辿るのが難しいほど、この事務員は事件に巻き込まれている。
そもそも茂木の探偵事務所に押し掛けてきた理由が、前職場での殺人事件の余波を食らってのことだった。それから、気絶したり泣きべそをかいたり死んだように振る舞わされたり、行く先行く先、なにかしらのイベントがついて回っている。生まれつきの運の悪さとも言いきれない、見れば見るほど、聞けば聞くほど言葉を失う毎日だ。
腕利きの探偵とともに働くせいで物騒な縁が働いているのかもしれない。
茂木は目に見えないものを信じる性質ではなかったが、律儀に土産を持って出勤したに珍しく優しい言葉をかけた。
「あんたに休暇をやるよ」
「え?」
この土日、は都内から少し離れた場所まで知り合いと遊びに行っていたらしい。
『知り合い』というのは江戸川コナンたちを指す。あの小探偵は学校のクラスメイトと近所の老人に連れられてよく外出するのだそうだ。保護者である毛利一家にしてみれば信頼できる相手に世話を任せられて万々歳なのかもしれない、と心にもないことをぼんやり思った茂木である。
今回のは『保護者第二号』として駆り出された。言い出したのは吉田歩美で、賛成した探偵団のみんなに急き立てられたコナンは彼女に電話をする。
少年探偵団と阿笠博士とは明らかにまずい組み合わせだが、断る理由も思いつかず、は流されて車に同乗した。小型の車に大人二人と子供数人は収まりきらなかったが、子供たちはまったく苦に感じていない様子で始終わくわくしている。
わくわくしたまま出発し、わくわくしたまま事件に立ち合い、わくわくしたまま解決し、わくわくしたまま帰宅した。
突如として小型のビートルで行われたカーチェイスは峠の路面にブレーキを刻み、『二度とコナンくんと一緒に乗らない』と何度目かになる決意をの胸に宿らせた。
散々な旅先で購入した土産品は、都会のアンテナショップに行けば購入できるが、現地のスタンプが押してある可愛らしい箱詰めの菓子だった。前述の激しいつばぜり合いの衝撃で中身は歪みかけていたものの、食に問題はない。
大きな手が小さな饅頭をひとつ取り、ビニールをむいて半分かじった。
「小腹を埋めるのには悪くねえな」
「あ、はい。おいしいですよね」
子供たちにも好評だった。もっとも、誰かに付き合いで渡す予定もない彼らが思い出の品として選んだのは、可愛らしいお揃いのご当地ストラップだったけれど。阿笠博士が二箱買っていたから、あちらでおやつとして出されるのだろう。
「それで、休暇って言いましたか?」
「言ったぜ」
は首を傾げた。ほぼ毎週、きちんと週に二回の休みがある。それに加えての休暇となると、日数にもよるがかなりの空きができてしまう。
茂木の手腕ならば、ひとりいなくたってどうにでもなるとは彼女も思う。元々そうして経営してきたのだ。
とうとう邪魔になったかと卑屈に邪推すると、何もかもお見通しといった具合に「ボーナスだよ」と茂木は手の中の饅頭を片づけて言った。
「行く先々で大変な目に遭ってるじゃねえか? 土日も『これ』だ。あんたはプロじゃあねえんだから、心もすり減るだろうよ」
は微笑した。「そうですね」と所々に相槌を打ったのは嬉しかったからだ。
確かに、ひどい目に遭ってばかりだ。心もすり減っている。ゆえに茂木はを気遣って、特別休暇を与えようとする。ふさぎ込んでしまわないよう、打たれ弱いの為に。
探偵事務所での仕事を放って自由な時間を手に入れることには罪悪感があったが、彼女も少し疲労を感じていた。
はしゃぎすぎたのかもしれない。
仕事が見つかって、良い環境で働き、目が回るような事件に巻き込まれ続けて、勤め始めてから幾たびか迎えた土日も話題に事欠かなかった。
探偵事務所で働く事務員に『事件手当て』が与えられるとは予想外だけど、と奇妙なものを感じつつスケジュール帳を差し出せば、茂木は手近な赤のボールペンで日付をまたぐ横線を一本引いた。
「こんなにいただいていいんですか?」
「『こんなに』つっても三日だぜ」
しかし次の土日と合わせれば五連休だ。
顔を輝かせる前に不安そうにした小心者の秘書を鼻で笑った茂木は、「仔猫ちゃんが一匹眠りこけたせいで俺が失敗するように見えるか?」と言外に彼女の懸念を吹き飛ばした。
そう言われると首を横に振るしかなく、はありがたく、平穏平和な五連休を手に入れたのだった。
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20160509