押しかけ探偵事務員の受難


27


 コナンはすぐに事情を理解した。
 哀からの連絡を受けた当初は何事かと思ったが、聞けば聞くほど理不尽な話だ。にふりかかった災難や茂木の味わった悲歎と怒りがどれほどのものか、この少年に推理できないはずがない。
 探偵バッジの通信を切り、コナンの挙動を怪訝がる小五郎に今の話を伝える。小五郎は目をこれ以上ないほど瞠り、「あンのクソ野郎」と口汚く依頼人を罵った。
 次のコナンの行動は決まっている。場所を移動しながら携帯で茂木に電話をかけた。
 留守番電話に切り替わる直前に電話が取られ、ホッと安堵する。今、伝えてやりたかった。奔走する茂木の焦燥を少しでも鎮めさせるべきだ。

「今忙しい。切るぜ」
「待って茂木さん、さんのことなんだ!」
「……何だと?」

 コナンは見ても居ないのに、茂木が立ち止まったとわかった。
 この機を逃さず、から哀へ、哀からコナンへ伝えられた話をそっくりそのまま口にする。

さんは隙を見て俺の仲間に接触して、俺に茂木さんへ連絡するよう言ったんだ。茂木さん、さんは生きてる!!」

 コナンたちから離れた場所で槍田郁美と組んで捜査に奔走していた茂木は、ぬるま湯に入れた氷が溶けていくように、ゆっくりと少年の言葉を呑み込んだ。

「爆発は作り物の映像だったんだ。灰原が確かにさんと会って、今は一緒に行動してる。さんに爆弾はつけられてるから、のんびりはできないけど……でも!」

 生きてる、とコナンは茂木に何度も伝えた。狭い孔に無理やり風船をおしこめるくらい力強く。
 茂木は槍田にせっつかれるまで、立ち止まっていた。
 動いた気配がなかったのでそうなのだろうなとコナンも感じていたが、もうコナンが茂木にかける言葉はひとつだけだ。

「茂木さん、合流しよう。それで、一緒に事件を解決しよう」

 茂木と槍田は力強く頷いた。
 すべては身内を救い出し、依頼人の鼻っ面に真実をぶつけてやるために。



*

 槍田が彼女を見るのは初めてだったが、一目でその女性が茂木探偵事務所の新人事務員だとわかった。気まずそうな表情を見た茂木が、小五郎の制止にも関わらず大股で彼女に近づいたからだ。
 事件が解決し、子供たちも含め、全員が爆弾から解放された。と哀以外は誰も真実に気づいていないので不満そうだったけれど。
 知らない男女――茂木と槍田のことだ――を見て不思議そうにした少年探偵団は、小五郎とコナンに遅れて広間の敷居をまたいだ片割れの男が躊躇なくに向かったのを見て咄嗟にを庇おうと前に出たが、哀とコナンに阻まれて勢いをなくす。
 は「ひっ」と声を洩らし、怒気すら感じられる茂木の姿に身をすくませた。
 その肩を、茂木は力強く抱いた。
 少年探偵団がざわつく。小五郎と蘭も驚愕した。茂木を知らない園子も突然のことに色めき立つ。
 槍田だけが腕を組み、細身の身体を壁にもたせ掛けてやれやれと微笑んだ。
 恐縮するは、茂木の腕の中で自分の血の気がひいていくのを感じた。

(な、何か言ってください)

 心配をかけていることをもホテルのスイートルームで深々と反省したが、彼女の思う心配の度合いと実際に茂木が感じた衝動にはかなりの差があった。
 事件の中で、茂木は、この秘書を思いの外大切に思っていた自分に気がついた。
 失って初めてわかると言うが、まさにその通りだ。こんなことがなければ認識もしなかっただろう。
 ただ無言での肩に腕を回し、彼女の顔を自分の胸に押し付ける茂木の姿に、子供たちが小さな歓声を上げる。

さんすごぉい!」
「熱烈ですね!」
「ていうか誰だ、このオッサン?」

 は男性に抱き寄せられるなどしたことがなかったので、茂木の匂いと体温を間近で感じて非常に心臓が痛かった。相手にそんな気はないとわかっているのに顔が熱くなる。
 園子がひそひそと蘭に囁く。

「ね、ねえ、アレ誰?」
「茂木さんよ。さんが働いてる探偵事務所の探偵さん」
「付き合ってんの?」
「そんな話聞いたことないけど……」

 蘭は首を傾げた。隣に立つ槍田に顔を向ける。

「よっぽどさんが大切なんですね、茂木さんって。ですよね、槍田さん」
「再会を祝すのはいいけれど、いい加減長いわよね」
「ははは……」

 話を知っているはずなのにひどい言い草だ、とコナンは乾いた笑い声を立てた。
 園子と蘭が茂木に視線を移すと、ちょうど茂木がを解放していた。
 赤くなった顔を見られまいとするの姿に、槍田はフッと笑った。あの茂木と気が合う皮肉屋なのかと思っていたら、まったく毛色が違うようで少し驚く。捜査の間、いくつかぽつりぽつりと話を聞いてはいたものの、姿を見て強く感じた。
 固唾をのんで見守っていた小五郎らを意図的に無視し、茂木はの背を叩いた。

「お嬢ちゃん、迂闊だったな」
「す、すみません。まさか私も殺されるとは……」
「あんな殺され方じゃあ、死んでも死にきれなかっただろうよ」

 茂木の動揺を知っているのは、もういない依頼人と高田だけだ。
 なのでこの探偵は、かろうじていつものペースを不自然でなく取り戻すことができた。

「死ななくて良かったです」

 頬の朱もひいたので、は真正面から茂木を見つめた。
 茂木もを見つめた。
 先に目を逸らしたのは茂木だ。煙草を内ポケットから出そうとして、空になったそれを捜査中に捨てたのだったと振り返る。彼にしては喫い過ぎだった。
 は頭を下げ、こう言った。

「ありがとうございます」

 いくつもの意味を込めたそれに、茂木は今度は抱きしめず、軽くの肩を叩いてやった。

 微笑んだが次の瞬間、子供たちからの質問攻めに遭ったのは、言うまでもないことだ。





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20150503