押しかけ探偵事務員の受難
02
「おねえさん、大変だったのね」
小さな子供に同情され、は情けなく眉尻を下げた。
確かに、おっしゃるとおり。は大変な目に遭ったが、の三分の一も生きていなさそうな少女に痛々しく見上げられるのも居心地が悪い。
ストローの近くで固まっていた氷が融けてグラスにぶつかった。気まずさを誤魔化すためにポーションミルクを注ぎ入れたが、下手くそなカフェオレが出来上がるだけで何の解決にもならない。
そもそもなぜ、こんなことになってしまったのか。
元凶と言える少年は、目が合うとニコリと笑いつつも大人しくアイスコーヒーを飲んでいる。小学一年生にしてはシブいチョイスだ。この面子でコーヒーを頼んだのはと彼だけだった。他はオレンジジュースやメロンソーダなどで、精一杯大人びたとしてもダージリン。添えられたミルクと砂糖のどちらにも手が付けられていないところには目を瞑ろう。人には好みというものがある。
街中での出会いがしら、を見つけたのは眼鏡の子供だった。ランドセルを背負う姿は小学生にしか見えないが、友だちとを巻き込んで喫茶店に連れ込んだ手腕は詐欺師と見紛うほどだった。かなり手慣れている。人を丸め込むのが得意な小学生とは、先行きに期待できるような、恐ろしいような。
もちろん喫茶店ではは保護者として扱われたし、子供たちも疑問を抱いていないようだったので、否定する間もなく席に通された。どういう繋がりなのかなと一瞬だけ奇異の視線が向けられたが、米花町の人間は性格が良いらしい。誰にも何も咎められなかった。おおかた、大学生の女が親戚の子供とその友人におやつでも食べさせに来たと思われたのだろう。正解からは程遠い。
たっぷり悩んだ後に注文を決めると、子供たちは礼儀正しく自己紹介をした。
「俺たち、少年探偵団なんだぜ」
「……そりゃあ、すごいねえ」
それ以外に何を言えと。
の反応が気に入らなかった少年探偵団は、二名を除いて頬を膨らませた。
「ほんとよ! 歩美たち、いくつも事件を解決してるの」
「ちゃんと実績があるんです」
「俺たちが揃えば、解決できない問題はないんだぜ!」
淡い髪色の少女がぽつりと付け加えた。
「事件はあっても、揃わない時も多いんじゃない?」
なんともはや。
言葉を失い苦笑する。なんで私、この子たちにお茶を奢っているんだろう。貯金も少ないのだから、一日の食費から抑えていこうと決意したばかりだったのに。は悲しさをコーヒーで流し込んだ。
「さん、大丈夫? 顔色が悪いけど」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう。……ええと、江戸川君?」
「コナンでいいよ」
「う、うん」
押しが強い。小学生の勢いに気圧され、の笑顔はますます下手くそになった。江戸川コナンからの呼びかけも、いつの間にか苗字から名前へと変わっている。は慣らしとして「コナン君」と口にする。コナンはこれ以上ないほど子供らしい声で返事をした。隣の少女が白い目で肩を竦めた。
「あまり江戸川君のペースに惑わされない方がいいわよ。彼、油断した相手からは何でも聞き出しちゃうから」
「聞き出すって、何を?」
「さあ」
灰原哀は釣れない態度でを煙に巻く。冷め始めた紅茶に口をつける姿は様になっており、まるで――バカバカしいことだとは心の内で笑い飛ばすが――まるで、何年も続けて慣れた動作に思えた。
「さんとはこの間、さっき言った事件で出会ったんだ。あの後どうしたのかなって思ってた時にちょうどすれ違って、つい声をかけちゃって……。ゴメンね、さん」
コナンのつぶらな瞳がに許しを乞うた。きゅるんと音がつきそうなほど可愛らしい姿に、再三圧倒される。もともと文句をぶつけるつもりなどなかったものの、の心の隅っこにちょっぴりこびりついていた切なささえもこそぎ落として流し清められてしまいそうだ。
「出ましたよ、コナン君のしらじらしい裏声」
「大人のひとに会うといっつもそうなんだから……」
「若い姉ちゃんだから余計じゃねーの?」
横で交わされる不穏なひそひそ話には聞こえなかったふりをする。
「大丈夫よ、心配してくれてありがとう」
「でも蘭姉ちゃんに聞いたら、さんはあのカフェを辞めたって言ってたよ」
「あー……、まあ、辞めたんだけどね」
「あら、じゃあ今は仕事がないの」
「え、えぇまあ、そうですね」
突き出されたジャブに対応しきれず、は声を裏返らせて頷いた。
「どうするの?」
無邪気な歩美が首を傾げる。は返事に詰まってしまった。
それこそ、がずっと考えていたことだ。どうすればいいのか、そんなことは本人にだってわからない。仕事を探さなければならないのだが、簡単に適当なバイト先が見つかると思ったら大間違いだ。小学生には理解できない世界だろう。
濁ったアイスコーヒーが無情にもなくなってしまい、もう場を保てない。
「どうしようね」
弱気な声がぽろりと零れた。
子供たちが顔を見合わせる。
彼らの前でするべき話ではなかった。サッと羞恥が走り、は慌ててメニューを手に取った。
「な、何か食べる? いいよ、いつも学校とか探偵とか、頑張ってるんでしょ。ご褒美と思って」
「ううん、いらない。だって……」
もしかして「無職のおねえさんに悪いもん」と続くのだろうか。何と傷口にしみる気遣いだろう。
上目遣いが可愛らしい少女は、控えめにから目を逸らした。うん、ほんとごめんね。は謎の申し訳なさに溺れてしまいそうだった。
「資格とかもないの?」
「勉強中なのよ」
「ふーん」
コナンの相槌は真意が読めない。
お互いに氷のなくなったグラスを持ち上げる。コースター代わりに敷いていた紙を取り換え、濡れたものを丸めてわきに寄せた。
「だったらよ、コナン!」
「うおっ……何だよ元太?」
「俺たちでのシューショクサキを探してやろうぜ!」
元太は力強く拳を天に掲げた。釣られて子供の手がぱっと挙がり、わたしも、と追いかける。
「わたしも探すわ! おねえさんのこと、放っておけないもん!」
「そ、そうですね! 困っている人を助けてこそ少年探偵団です!」
「いや、オメーらなあ……。そんな簡単な話じゃねーんだぞ、分かってんのか? っつーかもはやそれは『探偵』の仕事じゃねえだろ」
「じゃあおねえさんを見捨てるの!? コナン君ひどいよ!」
改めて突きつけられると、『見捨てる』という表現は堪えるのだろう。コナンは眉間にぐっと皺を寄せ、額に手を当てた。うめき声を漏らす。
店内のBGMがやけに明るいメロディに変化した。一方、とコナンの心境は焦りの一択である。
「こうなった彼女には勝てないわね、江戸川君」
灰原哀が紅茶を飲み干し、さり気ない仕草で艶然と目を細めた。
かくしては、小さなハローワーカーに連れられ、どこへとも知れない明日へ歩き出すこととなったのである。まったく、口を挟む暇もないまま、断りの言葉も思いつかずに。
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20141213