押しかけ探偵事務員の受難


14


 事情を聴いたコナンの顔は以上に強張っていた。

(まさか、こんな目と鼻の先に……!)

 が直面した恐怖はどれほどのものか。コナンでさえ心臓がうるさく喚くのを感じるのだ。
 迎撃か追撃か。博士に連絡を取りながら素早く考える。電話の向こうで阿笠博士はの無事を喜んだ。哀に聞えないよう声を潜めて話し、何かあったらすぐに言うよう言いつける。コナンは手短に切り上げ、に向き直った。二人の前にはあたたかい飲み物の入ったカップと、苦し紛れに頼んだポテトがある。

「コナン君、ご飯の時間にごめんね……」

 ようやく気が回り始めたは、時計を見て落ち込んでしまう。追い詰められての判断は間違えていなかったが、もう少し待つべきだったかもしれない。
 コナンはまったく気にしていない。むしろここで呼ばれなければ、呼ばれなかったことに内心で憤りそうだ。
 少し訊きたい話があったが、それは後に回した。

「その男たちは誰かと取引をしてたんだね」
「場所は確か、駅から5分くらいのところにある道の裏で、たぶんラーメン屋さんの裏だと思う。いい匂いがしたから」
「うん。相手が誰だったかわかる?」
「わからないの。知らない人だった。茂木さんの所でこれまでに見たファイルの中にも無かったと思う」
「そっか。……確かに黒ずくめで、拳銃を持ってたんだよね?」
「それは確か」
「そう……」

 コナンは思考を切り上げた。男たちがコナンの住処に漸近してきたことは今までにもあった。とコナンの繋がりは、調べればわかるかもしれないが、暗闇の中で、調べ上げられるほどの特徴を掴めたとは思えない。
 川品駅で起こるキッドのショーのため、電車に乗ろうと米花駅に向かう人も多かったことだし、言いづらいので言わないがの姿は人に埋もれるタイプのものだ。

「コナン君は……、そうだ、どうして家にいたの?」
「え?」
「てっきり怪盗キッドを捕まえに、川品に行ってるのかと思った」

 ああ、と軽く頷いた。

「予告の時間は夜の10時だから」
「そうなんだ?」
「うん」

 10時にはデパートにつくように予定していたというわけだ。やっぱり悪いことをした、とは目を伏せた。
 気落ちしたを慰めるように、コナンはわざと明るい声でポテトを勧めた。冷めたポテトをぎこちなく食べ、ぽそぽそした食感を紅茶で流し込む。
 心が落ち着いてきたのかため息をつけるようになったに、コナンは疑問を投げかけた。

「どうして僕に電話したの?」
「え……」

 この質問は予想以上にを動揺させた。
 何故かというと、こういった事案の第一人者はコナンであると知っていたからだ。しかし何故知っていたのかと言われると困ってしまう。ただ知っているからだ、とは答えられない。柔軟な発想を持っている探偵少年といえど、与太話、あるいはふざけているとしか思えないだろう。それはつらい。
 白状できず、絶海のプライベート・アイの前で小さく縮こまった。
 ぽつり、と話を逸らす。

「私、どうしたらいい?」

 黒の組織を目撃し、安穏とした生活を奪われてしまうかもしれないこの状況で。
 もし見つかったらどうすればいいのか。
 茂木のもとで働いていると知られれば、あのハードボイルドな探偵にも危険が及ぶ。突然押しかけたにささやかながら給料を払い、生活に彩りを与えてくれた男にこれ以上の迷惑はかけられない。かけたくなかった。
 彼らによって人生が変わったのだ。よい方向だったのかはわからない。こうなってしまったのは人生がおかしな方向に走っていた証なのかもしれないけれど、はおかしな人生の中で出会った『友人』たちが好きだった。
 少年はしばらく、顎に手を当てていた。

「……もし、さんが……いいのなら」

 いつの間にか呼び名が変わっている。
 それには気づかず、続きを求めた。

「僕の知り合いに言って、さんの人生を変えてもらうことはできる」
「人生を?」
「そう。まったく別の人になる。名前も、例えば国籍も変えて。『』さんはいなくなるけど、守られて、危険な目には遭わなくなる」
「……茂木さんたちは? コナン君は? 危なくない?」

 どこかで聞いたような話だと思った。どこかで、どこかの少女がそれを断ったような。
 コナンは首を振った。

さんとはもう、何の関係もなくなる。茂木さんもプロだから、断片的にでも事情を話せば良いようにしてくれると思うよ」
「……『私』はどうなるの?」
「いなかったことになるかもしれないし、死んだことになるかもしれないし……」
「死んだことになる、って言うと?」
「例えば、自動車を運転していて……、……さん、運転できる?」
「できない」
「じゃあ誰かの運転で車に乗っていたらその車がガードレールを突っ切って、峠から海に落ちたことになるかも」

 えぐいな、と遠い目になる。ポテトはケチャップをつけるとおいしかった。
 味わう余裕が出てきたところで、は一つ、頷いた。

「連絡、取ってもらってもいいかな」





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20150309