押しかけ探偵事務員の受難
12
子供たちが子どもテニスに汗を流すのを見守る。町の小さな自治団体が企画したらしく、保護者として小五郎、阿笠博士、蘭、園子、の五人が駆り出されていた。
なんで私まで。はコナンが茂木から午後半休をもぎ取った場面を思い返した。末恐ろしいその子供は小さな手でラケットを握りしめ、今にもテニスボールを蹴りたそうな顔をしていた。
子供たちを家まで送り届けたあと、残った大人たちは各々解散していく。阿笠博士は灰原と家に戻り、小五郎は事務所で休むそうだ。
残った蘭、園子、コナン、の四人は、毛利探偵事務所の下にある喫茶店でお茶をすることに決める。
茂木からは休みを言い渡されているので時間的には問題ない。
「さんって今は探偵事務所で働かれてるんでしたっけ?」
「うん、そうなの」
押しかけて無理やり雇ってもらったから、本当は雇用じゃないのかもしれないけど、とは言わない。
運ばれてきた飲み物で喉を潤し談笑しているうちに場が和む。話題はもっぱら園子による蘭と『新一』弄りだったので、当人の蘭、コナンは居心地が悪そうだ。こっそり事情を知ってしまっているはそろそろ事態が面白くなってきて、からからと笑い声を立てていた。
「新一君のことはご存知ですよね、さん? 新聞とかテレビに出てた高校生探偵、なあんて言われてる蘭の……」
「園子! もう……っ」
園子はぱしりと叩かれ笑いをかみ殺している。
「知ってるよ。すっごい名探偵で、いくつも事件を解決して、今も調査に出かけてるんでしょう?」
「そうなんです。あいつ、ホンットに推理のことしか頭になくて」
「出席日数とか大丈夫なの?」
一瞬硬直したコナンの姿をは見逃した。
「……あいつのことだから計算してるとは思うんですけど……」
「留年する彼、結構笑い事じゃないわねー」
「って、笑ってる!」
「いつまでも『高校生探偵』でいられちゃうね」
「おねーさん、ほんっとおーに茂木さんに性格似てきたんじゃない?」
さすがにそれは否定したい。茂木の世の中への皮肉っぷりは他の追随を許さない、とは思っている。
もっとも今の発言は痛烈だったので、コナンはの否定を受け入れなかった。園子もそれは正しいと感じた。茂木のことは知らなかったが。
園子の携帯電話が震えた。カチカチとキーを弄る彼女を置いて、話は流れていく。
ひとしきり話に花を咲かせたところで、は飲み物をおかわりした。
女子高生が二人、ほぼ同時に席を立つ。蘭は探偵事務所から小五郎に呼び出され、園子には家から電話がかかってきたのだ。
残されたコナンとには特に喋ることもなく、気まずくない沈黙にたゆたう。このまま何も話さずにいるのだろうと思っていたが、の予想を裏切ってコナンは口火を切った。
「調べないほうがいいよ」
「……」
唐突でも、何のことかはわかる。口を開かなかったのは、それを答えにするつもりだったからだ。
「お姉さんに危険な目に遭ってもらいたくない」
「……」
「茂木さんも危険に晒されるかもしれない」
「……」
そう言われると、つらい。
「ちょっと気になっただけ。首を突っ込むつもりはないよ」
「お姉さん」
ぴしゃりと打つような声音だった。
「僕に任せて」
とても頼もしく聞こえてしまい、はこの事件の舵をコナンに明け渡すこととなった。
ああでも、と引き下がってから気がついた。
(真相、絶対教えてくれないんだろうなあ……)
たとえばカフェ・ヒグチの店長が犯罪に関わっていたとして。
蒐集癖が高まりすぎて軽犯罪から重罪まで綺麗に罪状を高めてしまったとして。
取引を繰り返した黒ずくめの男が、取引相手である樋口賢治と金銭的に揉め、その人に撃ち殺されてしまっていたとして。
これらの真実が露呈する前に犯人がうっかり撲殺されてしまったとして。
コナンがその真実に辿り着いたとして。
はそれを知ることはないし、知らされることもないのだ。コナンの舌打ちと歯噛みも誰にも伝わらない。はたしてこれを平穏な終結と言えるだろうか?
はそうは思わない。ただコナンは、きっとが無事でいるだけで、そう思ってくれるのだろうなとだけ感じた。
(あー……それと……)
事件のタネを見つけたとしてもこうなってしまった以上、コナンのへの監視ならぬつきまといならぬ巻き込みならぬ、『お友達付き合い』は変わらないのだろうなあという予感があった。
実はまったく、嬉しくない。
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20150113