押しかけ探偵事務員の受難


11


 久しぶりに空宿駅で下車し、慣れた道をゆく。
 あれ以来避けていたが、カフェの周りは騒然としていたあの時が嘘のように日常を取り戻していた。
 客足は遠のいているようだ。昼時を少し過ぎているとはいえ、あまりにも人が居なさすぎる。入り口や窓の外を囲むように置かれた鉢植えの植物も色あせて見える。生暖かい風に揺れ、の心もざわめいた。
 辞めるべきではなかったのではないだろうか。
 一瞬、そんな考えが過った。もちろん、働き続けたとしても何も変わりはしないし、居心地の悪い環境のストレスにやられてしまうことはわかっているのだが、見捨てたような罪悪感に襲われる。自分の小心さをつくづくは実感した。
 店内に入るとドアについたベルが鳴った。物寂しく空しい、乾いた音だ。いらっしゃいませとバックヤードから出てきた店員と目が合った。
 やっぱり来なきゃよかったかも。
 今にも踵を返しそうな自分を叱咤する。何の為にここまで来たのか、目的を忘れてはいけない。背中を支えてくれる人は誰も居ないので、は孤軍奮闘、決死の思いでパンケーキセットを頼んだ。
 あまりにも閑散としているため、店員も暇をしていたようだった。厨房に注文を伝えたあとは頼みもしないのにのそばへ戻り、「久しぶり」と言った。も応える。

「久しぶり。あれからずっとこうなの?」
「ええ、だいたいね。たまに昔の雑誌を見た人が来るけど、空気が悪くなってるみたいで、リピートはしないし」
「店長は相変わらず……」

 立ち上げ時代からの付き合いだったという人の名を挙げると、店員は頷いて肯定する。ふうん、とは水を飲んだ。
 その人も、黒ずくめの男との怪しげな取引に関わっているのだろうか。
 そもそも、何を取引していたのか?
 には全く関係のないことなのだが、好奇心が疼いてここまで来たのだ。考えずにはいられない。

「前にさ、……前って言うのは……前なんだけどさ。たまに店長、変な電話してなかった? 私、一度見ちゃってすごい怒られたんだけど、そういうの見たことある?」
「変な電話?」
「うん。落ち着いて思い出してみたらどうしても気になっちゃって。たまにおかしなタイミングで裏から外に出てさ、誰かと話してたこともあったじゃない」

 知られていたらもう少し噂になっていたかもしれないと思いつつも質問を紡ぐ。
 背後から漂ういい匂いに、料理の進行具合を知った店員は、さっさと首を横に振ろうとして躊躇した。

「あー、あったかも」
「あったの!?」

 完全にダメもとだったのにまさかの手ごたえ。これにはの方が驚いてしまう。
 店員の彼女が目撃したのは裏の扉から戻ってくる店長の姿だったという。手に小さな小包を持っていたので宅配便でも受け取ったのかと思っていたが、今に質問され改めて考えれば、なんとなく『おかしなこと』だったかもしれない。こっそり隠すように抱えていたし、そそくさと自分のロッカーにしまい込んでいたから。
 それを聞き、も気を抜いて頬杖をついた。来てみるもんだなあとドアを開ける時とはまったく逆のことを思ってしまうのはの性。

「小包の中身は知らないよねえ」
「さすがにそこまでは見ないもの。大きさはこれくらいで、布にくるまれてた……のかな」

 両手で包みの形をあらわす。全長はの手首から肘の下までくらいだった。何が入るだろう。まるで衝撃から守るように何重にもくるまれていた様子だったというから、中身の大きさは正確にはわからないそうだが少しの手掛かりにはなる。
 一度この場を離れ、パンケーキを持ってまたやってきた店員は、不審そうに眉根を寄せた。

「でも何で?」
「ちょっと気になっただけ。ありがとう」

 誤魔化しはへたくそで、店員は追及したそうだったが、がフォークを手に取ったので諦めてひらりと手を振った。

 支払いを済ませて店を出る時、からりと揺れたベルが落ち着くより早くの背に声がかかる。
 追いかけてきたのは小柄な少女だった。こちらもより長く勤めていた人だ。

「待って待って! あのさ、さっき話してた店長の持ってた小包のことなんだけど」

 思わず振り返ったに微笑みかけたチーフは、の耳元に顔を寄せる。

「私、掃除してる時に、店長が変なオッサンを見送ってるのを見たことあるよ。その時も店長は小包を持ってたから、あのオッサンから受け取ったものなのかも」
「えっ!? ねえ、そのオッサン? ってどんな人? 見かけたのっていつ頃?」
「イケメンじゃなかったわ。半年くらい前からだったかな。何回か」
「いや、そこはいいから……。……え!? 何回か!?」

 目撃されすぎだろ、店長。裏取引ならもっと上手にやれよとツッコみたい。黒ずくめの男たちってみんなちょっとうっかりしてるのか? 原作を思い出すは疲れを感じた。やっぱりこの記憶、ポカンと殴って失くしてしまいたい。

「全身黒で決めちゃって、おかしな人だなって思ったよ。サラリーマンじゃなかったなあ」

 やっぱり、そうなんだなあ。
 予想通り過ぎてがっかりした気持ちまで出てきてしまった。
 お礼を言い、店を出る。遠回りしてぐるりと店の後ろへ回り、細く店の横を走る裏道を覗き込む。
 亡き男と黒ずくめの取引現場はもう二度と目撃できなかった。





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20150113