×/Zero 遠坂娘転生ver
話数にすると3話目なので、×/Zeroページにも追加されています。リンク先にはここからしか飛べず、今後の更新はありません。たぶん。
鶴野さんの淹れるお茶はおいしいので、ついついおかわりが進んでしまう。そんなことをしている場合ではないが、現実逃避くらいはさせていただきたい。なんでこのタイミングで帰って来るかなあ。
間桐雁夜が帰還した。
間桐邸でぐうたらしている私を見て驚いた彼は臓硯さんと鶴野さんから事情を聴き出すと、遠坂時臣への怒りをふつふつと沸き立たせた。身勝手な事情で幼子を一人、過酷な家に放り入れた遠坂さんちのご当主様が許せないのだと言う。
だけど、と思う。
この話を聴いた時、彼の目に浮かんだのは明確な安堵だった。葵さんの娘でなくて良かった。初恋の、いまだ愛を向ける女性の子供ではなくて良かったと考えたのだろう。ひどい思いだという自覚はあるのかすぐに打ち消したようだし、短慮な呟きすら洩らさなかったので、私は見なかったふりをした。
「しかし雁夜よ、今更戻って来て何とする?お主が居っても、聖杯戦争において役立つことは皆無。魔術の造詣も浅く、素養を枯らしたお主にできることなどなにもない。間桐はこの童を主力に据える」
「こんな小さい子供に戦えって言うのか!?」
「ではお主がこやつから令呪を奪い、間桐の礎となるか?」
雁夜さんが黙り込み、老爺が彼を嘲った。
「安心せい、そのようなことはさせん。お主に任せるよりも、この年端もゆかぬ童女に任せた方が勝率は高い」
「なっ……彼女はもう魔術師として……?」
「近いが、否。このサーヴァントらはお主には従わん。ただそれだけのことじゃ」
雁夜さんに従って聖杯戦争に参加しつつ、蟲に蝕まれて(洒落じゃないよ)吐血するおじさんを介抱する暗殺チームのみんなが見たくないワケじゃあないけど、正直に言うとその通りですよね。自惚れや自意識過剰を切り捨てて客観的に見ても、彼らにとって、おじさんに従う利はないのだし。
雁夜さんは俯いた。私の小さな手を握りしめて、一言だけ絞り出す。
「力になれなくて、ごめん」
気にしなくていいんですよ。雁夜さんが死ぬ覚悟で挑むなんて言い出したら、それこそこの人のお人好し具合に泡を食ってぶっ倒れてしまうし(なにせ私は憎き時臣の落とし子だ)、そのルートに入った瞬間彼の死は確定する。いいんですよ、そこで健康的な姿で茶でもしばいといてくださいね。
意地悪な考えが一瞬だけ過ったけど、潰えた未来に興味はない。もし私が葵さんの娘だったら、ここまで簡単には引き下がらなかっただろう、だなんて。
雁夜さんは私への罪悪感からか、間桐邸への滞在を決めたようだった。お仕事は少しお休みするんだ、と子供に言い聞かせるような口調でかなりぼやかして説明してくれたのは数日前のことで、私は物わかりのいいふりをしてニコニコと微笑んで頷いた。
「そうなんですね、雁夜さん。また、そのうちお仕事に行ってしまうんですか?それまで、よろしくお願いします」
殊勝な挨拶をすると、彼はまたバツの悪い顔をして、くしゃりと髪を撫でてくれる。そんなに気にしなくていいんですよ、こちとら君よりずっと年上ですからね。考えたくないけど、事実は事実。
見た目は子供、頭脳は大人。まさにそんな生き方をしている私は、色々と察しをつけているであろう臓硯さんと、お馴染『暗殺チーム』の彼ら以外の前では、にこやかで大人しい様子を貫いている。いえいえ、本当に私はにこやかで大人しい人間なんですよ。ギャングの幹部をやっていた過去のせいで誰にもそんなふうには思ってもらえないけど、波風立てないジャパニーズソウルで生きていきたい人間なんですよ。
鶴野さんは、雁夜さんが戻ってくるまでの間にナニかを感じ取ってくれたようだけど、迂闊なことは何も言わないし、しない。彼の身につけた処世術なのでしょうね。雁夜さんは異端を見つけたら全部時臣のせいにしてこっちにまで負の感情を飛ばして来そうなので、全部スルー。大人しい女の子を貫きます。ごめんね、あなたのことは好きなんですよ。良い人だと思うんだけど、どちらかというと魔術師サイドの人間に、それも時臣さんの娘として生まれてしまったものだから、どうにも様子を窺いながら対応するしかない。
「クッキーは好き、かな?外国で貰ったものなんだけど、俺は食べないからあげるよ」
「ありがとう、雁夜おじさん」
一度はやってみたいじゃん、雁夜おじさん呼び。夢だよね。親しげに呼ぶ機会が巡って来たのでここぞとばかりに笑顔でダメ押し。自分の下種さが怖い。人生三周目ともなると打算も上手くなるものですね。
雁夜さんは目を丸くして、それからくしゃりと笑った。
「あいつには全然似てないな」
「ははは……」
フラグが立った気がしたんだけど、気のせいかな。随分と正直だなと思うより先に不安感が浮かんだ。どう反応せいっちゅーねん工藤。