前から考えていたネタを投げる。
どっちもポルポだというのは、一時期ポルポのことしか考えていなかったことの証です。
冬木に転生バージョン
ジョジョ世界現地で召喚
遠坂娘転生
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遠坂に転生の場合
01 プロローグ
どうもこんにちはタコです。知らない人の娘に転生するのは2度目です。
今度の私も『ポルポ』と呼ばれているんだけど、私の誕生のせいでディ・モールト微妙なぎすぎすした空気がお屋敷に充満してしまいました。
「優秀な魔術回路を持つ人間にとって必要なことは、その神経を次の代へ受け継がせ、より多く持つ魔術師を生み出すことだ。私の選択は魔術師としては間違いではないと、そう葵も理解してくれているはずだ」
とかなんとか、ワイングラスを揺らしながら我が父が優雅に仰っていた。幼女の私に向かって。私幼女ですよお父さん。本当ならあなたの言葉はまったく意味が解らないんですよお父さん。
あと、公然としたものであれ、オメーが不貞を働いたのは変わらないぜ。
そう、今生の私は、父が家の外で産ませた子供なのだ。ユウシュウなマジュツカイロの為には何でもする、それがマジュツシたるもののシメイだとのこと。それは別にどうでもいいんだけど、母親が急逝した折、私は父の本家に迎え入れられた。おかげで突然湧いて出た他所の子供の扱いに困られるわ困られるわ。私も困った。
しかし当時の私は冷静にツッコミを入れられるほど口が達者ではなかったし、絶望に打ちひしがれていたのでまるっとスルーしていた。ごめんねお父さん、私にはあなたより大事な身内がいたんですよ。
死は、不慮の事故が原因だった。
今思い出しても悔しさに奥歯を食いしばる。あの後ナニがどうなったのか、ある程度は容易に想像がついた。怖すぎる想像だ。一部精神が不安定な人たちが、私を車で撥ね飛ばした彼か彼女をサックリかじっくりかは知らないけど、どうにかこうにかしてしまったのではなかろうか。ジョルノストップが発令されたに違いない。
私は老衰を目指していた。前世、じゃないやその前。前々世は25年で幕を閉じたから、倍以上は生きたいなあと思っていた。それがこのざまである。27歳って、あれから2年しか変わってねえじゃねえかよ。
三度目の人生で彼らに出会うことはできなくて、これからの未来、どこかですれ違うことができる可能性もまったくない。
だってここは日本は冬木市。私の名前はともかく(タコだ)、生まれた家の姓は『遠坂』だ。ついでに言えば義理の母は『葵』で父は『時臣』で義理の姉が『凛』ね。さらに倍ドン。『凛』の妹の名前は『桜』である。
「(絶望時空来ちゃった……)」
存在しない人物への転生かよと愕然とする暇もなく、私の胸は激しい不安にさいなまれた。だってこの家、凛以外にはものすげえフラグビンビンに立ってなかったか。
私の不安は2年後に的中。フラグはビンビンに立っていた。
知らんおじいさんの前に突き出されたかと思うと、遠坂家のご当主は、時に冷酷な光を帯びる瞳を私の未来への期待に笑ませ、こう言ってのけた。
「ポルポ、今日からお前は間桐の子になるのだよ」
「…………」
え?ガチで言ってんの?
いや、私もね、義理とはいえ妹の桜ちゃん(めちゃ可愛い1000%)が嫁という名の人柱に出されて、第三の脚と呼ばれたりしなくもない部位にそっくりな蟲に汚辱されることはどうにか防げないかな、とちびっ子の身体ながらに色々と案を考えていたよ。考えていたけど、それはこういう形じゃない。どっちかっていうと間桐の魔術を時臣氏に暴露する方向を想定していた。だってこれじゃあまるで、まるで、仮にも遠坂の血を受け継ぎそれなりに優秀な魔術回路を発現する私があんまりにも『それなり』だったせいで御三家の繋がりを強めるためのパイプになるようなもんじゃねえか。まさにそれだった。
見上げた小柄な老人の目は落ち窪み、ぎらぎらと不吉な色が覗いている。それを呵々と含み笑いをして細め、間桐臓硯は私を家に迎え入れた。
それから二か月が経って、広い屋敷の構造にも慣れた頃、私は間桐臓硯に誘われて一つの廊下を進んでいた。
「(ヤバい)」
硬質で不気味な魔術の匂いを感じて、本能的に血の気が引いた。
生臭い空気は腐臭のようにも感じる。
「ま、待て、落ち着いて臓硯さん。こ、この間ゲームをねだったのがまずかったの?それともご飯食べすぎてるからダメなの?金食い虫はさっさと黙らせる的な?」
「呵々、その程度間桐の財を以てすればどうということはない。だがポルポよ、お主は西洋の血も薄く混じっているようじゃが、あちらにもそういう風習はあるじゃろう?お主の魔術回路では此度の聖杯戦争で優秀な結果は残せまい。それならば60年後、次の戦争に懸ける橋となって貰うしかない。年齢に似合わぬ考え方を持つお主なら、この家に遣られた時から解っていたはずじゃな」
次は10年後だし私は処女だと主張しても無駄だろう。未来の知識があることを暴露してアドバンテージを得るか?いやいや、そんなの聞き出すだけ聞き出してポイされたら終わりだ。そんなのこの妖怪蟲変化にしてみたらたやすいことだろう。反対!いともたやすく行われるえげつない行いに断固反対!
私の顔は面白いくらい青ざめていると思うんだが、臓硯クソジジイ(礼を失するとかそういう話のレベルじゃない。幼女の未来を何だと思ってんだ)は同情する様子何てかけらもなく視線を動かしただけで蜂に似た羽虫を操り、備えていた小さな針を私の腕にぷすりと刺した。これ絶対麻酔だ、昏倒させる気だ。
嫌な予感ほど当たるもので、眩暈に吐き気を覚えて、薄っぺらくて年頃にしてはちょっと大きな胸を持つ私の身体はばたりと床に倒れたのだった。
目を覚ますとそこは雪国、じゃなくて蟲蔵だった。
抵抗しようにも鎖で繋がれている。そんな餌に釣られクマー、じゃなくて死ぬ!氏ぬじゃなくて死ぬ!
殺されることはないと解っていても、ずるずると這って近づいてくるおぞましい生き物に、ひいいと身が縮む。なにこれなにこれ、三回目の人生にして私の処女は史上最高の早さで散らされるのか。頭のてっぺんからつま先までなぶり殺しにされるのか。あっ間違えた殺す気はないんだった。
危機に瀕した思考は無駄な方向に回転し、足の甲に触れた生ぬるい肉の感触に思わずそれを蹴り飛ばす。気持ち悪すぎる。今までに見たどんな生き物より気持ち悪い。色んな死体を生み出して、見て来たけれど、生きている陰茎の形をした蟲は視界の暴力が過ぎた。
「(い、いやだ、こんな終わりを迎えてたまるか)」
後から思うと、こんなに死亡フラグな台詞ってあるか?
私の豆腐メンタルは残すところ小さじ一杯。SAN値はロールの悪戯によって不定の狂気寸前だ。
いやだ、とそれだけの警告が頭を満たして、誰に助けを求めるかと言えば、今生の父でも母でも、どう考えても助けにならない、っていうかそもそももうここから離れて母屋に戻ってしまった妖怪老爺でもなく、7年を共にした忘れられない愛する彼らだった。
こんなふうに現実逃避をするなんて、私らしくない。期待をして、外れてしまって、相手に悪いところはないのに恨んでしまうのが怖くて、在り得ない期待はしないことにしていた。
でもこの状況、私らしさとかきらりと光る個性とか本当にどうでもいいデンジャラスなシチュエーションじゃない?
一生のお願いだから。
三回生きてる私の『一生のお願い』なんて、価値が薄いかな。
太ももを這いずり、腹部を濡らすぬめった肉と液体に吐き気を催す邪悪を感じて、そうして手の甲に鋭い痛みが走った。手?なんで手?
ここが冬木で第四次聖杯戦争が近くて、アサシンはすでに召喚されているなんてことはすっかり忘れて、間抜けな疑問を浮かべて手を見る。赤い文様の一片が見えて、それは盛大に赤い光を放った。輝きは私の瞳よりも濃い紅で、それが何かを想起させる。
風が一陣吹き荒れる。弾き飛ばされた蟲どもが私の周りに輪を作り、うじゅうじゅと異常事態にさざめき合う。急激な疲労と立ち眩みが私の意識を薄くするけれど、唇を噛み締めて堪えた。この絶望に満ちた世界の中でも、私の周りにはきっと希望がある。そんな、伝説の剣を引き抜いた勇者のような思考は、この場合はまさしく、正しかった。
現界した奇抜な黒衣のサーヴァントは宝具を開帳し、薄汚い四角い空間に、八人の姿が加わった。
結論だけ言おう。
処女は守られた。
(この後はイルーゾォが許可しなかったりギアッチョが凍らせたり凍ったtnk蟲をメローネが踏みつぶして回ったりソルベがポルポに変装して妖怪蟲変化の隙をついてみたりリゾットがポルポの無事を確認して折れるほどハグしたりする)(けど割愛)
(ネタをくださった赤井さん、ありがとうございました)
02 魔力供給の話
宝具含むサーヴァント九人クラス名『暗殺チーム』を召喚した私は、駆逐された蟲の海の中で枷から解放され崩れ落ちた。アブネエ、マジ危ねえ。死ぬかと思った。死ぬかと。死なないけど死ぬかと思った。今の私の顔は盛大に青ざめていることだろう。
「な、なにが、いったいどういう、いや、私助かった?」
負荷がかかりまくった心臓をなだめて呼吸も荒くリゾットたちを見上げると、全員が大きく頷いた。ホルマジオが自分のジャケットを私にかけてくれる。意外と重いモン着てるのね。ついでにインナー、ハイセンスだよね。前を合わせて身を縮める。死ぬかと思った。大事なことなので何度も言うが、私の顔色は史上最低だ。
服が汚れるのも構わず、リゾットは私の前に膝をついた。リゾット、と呼ぶよりもすばやく、ホルマジオの上着の上から強く強く抱きしめられる。私にとっては数年ぶりの再会に感動するより先に苦しさが走った。うぐ、折れる。折れます。背中をタップしてギブアップを伝えようにも腕ごと抱きすくめられているのでそうもいかない。いったん離してくれと言いたくても頭を押さえられていて口を開けない。ありがとう死にそう。
「おいおいリーダー、そろそろ離せよ。次は俺の番だぜ」
「イヤ、そうじゃなくてこいつ窒息すんだろ」
「まあしょーがねーよなァ……何年ぶりの再会だよ?呼ばれて出て来て見りゃあ……こんな状況だしよォ」
ホルマジオがぐしゃりと何かを踏みつぶす。ナニかって、ナニですよね。この状況で踏みつぶすものなんて一つしかない。それは男としてヒュンと来ないのか訊きたい雑念が現れなくもなかった。
ようやく、ひどくゆっくりと腕の力が抜かれ、私は大きく息を吸い込んだ。
「来てくれて、本当にありがとう。……どういうことかまったく解ってないんだけど」
「だろーな」
スケートスーツをキャストオフしたギアッチョが、蟲蔵のもう一つの出入り口に目を向ける。いわゆるお勝手口的なものだ。閉ざされた扉は外側から閂がかけられているのか、ソルジェラの蹴りにもびくともしない。もっと本気出せとプロシュートが無茶なことを言っているが、腐っても魔術のおうち。蟲蔵で魔術を暴発させても逃げられないように何かしらの結界が施されているに違いない。
「こっから出るまでの間にこれまでの話でもすっか」
「下らねー話だ」
「だけど良い暇つぶしだぜ、ギアッチョ。ポルポ、俺を椅子にしていいから座んなよ」
「いや、椅子……え?いや、椅子はいいよ……」
メローネが自分の胸をどんと叩いたけど丁重にお断りした。メローネの上に座ったりしたら色々と都合が悪そうだなと思ってしまうのは私が穢れた大人の魂を持っているからだろうか。身体は清いよ彼らのおかげで、と雑念が混じって自分にワロタ。そういう場合じゃなかったよな。
あまりにも重い話を聞いてグロッキー。私が死んだ後にそんなことが。彼らが英霊になるほど悪人をスッパスッパやっていた理由がまたヘビーでつらいし何に対してかわからないけどすごく謝りたくなったし全員まとめて幸せを願いたくなった。本当に大変な一生だと胃が痛くなる。ウッ、ロリ胃袋が荒れちゃう。
そろそろ頃合いかなと(ナニがって、私の仕込まれ具合が、でしょうね)やって来た間桐のジジ、いや、お爺ちゃまが輪を作る九人の成人男性の姿にビビッてから一時間後。交渉かっこ物理を持ち掛けられ瀕死の重傷に追い込まれた間桐のお爺ちゃんは両手を上げて降伏の形をとった。名目的にはリゾットの宝具という扱いであれど、一人一人が英霊クラスで固有のスキルを持っている『暗殺チーム』を前にしては蟲を駆使する老獪と言えど勝利は難しいようで、激闘の末彼は私に対して不干渉の誓いを立てさせられることとなる。こういうのを数の暴力って言うんだよ。
「これならば此度の聖杯戦争に勝利することも難しくなかろうに……」
誰も聖杯戦争に興味がないんだよね、これ。どうするんだろう。召喚したのは私だけど、私自身も聖杯にこだわりはないし、どうせ勝ち取ったところでお爺ちゃんに取られちゃうんだろうなあと思うとやる気も起きない。しかしサーヴァントを召喚した以上参加権は私にあり、教会に返却するか敗北し奪取されるかのどちらかで令呪を失くさない限り戦う義務が生じる。戦いたくはないけど、そうするとリゾットたちが消えてしまうか、令呪ごと見知らぬ誰かに奪われることになる。ある種寝取られ、だよね。私にはNTR属性はない。
「……ん?そういえば鶴野さんには弟さんがいらっしゃるんでしたよね」
「あ、あぁ……雁夜か……あいつは今海外でルポライターとして働いているんじゃないか?」
「間桐家の面汚しよ」
奴は四天王の中でも最弱。じゃ、なくて。
「聖杯戦争に参加したりとかは……」
「魔術的なことを嫌っておる愚か者じゃ。戻っても来ぬ」
えええ、マジでか。私は紅茶を飲んだ。マジか。
雁夜さんはどうするのか、と考えるが、私は桜ちゃんじゃあない。愛しの葵さんの娘ではなく、それどころか時臣さんが魔術師としてのエゴのためだけにつくった子供である。私を助けるために蟲蔵に身を投じるだろうか。そもそも葵さんも雁夜さんに話すだろうか。夫の隠し子が我が家へやって来たんですけどしばらくしたら間桐のおうちに養子に出されました、なんて話を世間話として持ち出すような人には思えない。時臣さんの所業には何かしら思うところがあったようだし、正直に言うと私って邪魔者だっただろう。雁夜さんに話してどうなる話でもないからなあ。あ、でも長い間家を留守にしていた昔のお友達に、その人の家で起こったことを説明するのは普通の流れか?
例えそうだとしても、雁夜さんは私のために動こうとはしないだろう。だって私は憎い時臣の子で、葵さんの血なんて一滴も混じっていない。むしろざまあ時臣、みたいな。うわっマジ時臣さん泣かす。いつか絶対痛い目みせてやるからな。心の中でしずかに恨みを蓄積させておいた。私は怨めば恨むほど強くなる呪いのポルポです。嘘だ。
「聖杯戦争に参加するにしてもせんにしても、サーヴァントを保つためには魔力が必須」
目の前の緑茶には手も付けず、臓硯さんは探るように私を視線で舐めまわした。魔力節約の四文字の下、九人は真なるサーヴァントリゾットを除いて今は姿を消している。もしもここに彼らがいたら、臓硯さんの視線に何かしらの文句が出ていたことだろう。
調和のとれた茶器に触れる鶴野さんの手は震えていた。
本家での騒ぎを聞きつけおずおずと顔を見せた彼は、臓硯さんが肉体的にも精神的にもやり込められる場面を目撃し、吐き気を堪え口元に当てていた布を取り落した。それを拾い上げたのはプロシュートで、彼の兄貴パワーに圧倒された鶴野さんは茶の席に引きずり込まれることになる。臓硯さんから最も遠い席を選んだ鶴野さんは、見捨てられ、そして見捨てた子供である私を前に、どんな態度をとっていいのかわからないようだった。そんなビクビクしなくてもリゾットは君を取って食ったりしないよ。カップリング的な意味じゃなくて。
鶴野さんが震えたのは、魔力を増強させるために再び私が蟲蔵へ落とされるのではないかと懸念したからだろう。知っていて見逃す心苦しさをおぼえ、アルコールと吐き気の香りを思い出している。
だけど心配しなくて大丈夫だよ、一応私時臣クソ野郎の娘だから、魔術回路は潤沢さ。
「供給ラインは無事に結ばれているようじゃが、宝具が宝具ゆえに燃費は下々。直接的なやりとりが無ければ具現化などは夢のまた夢よ。リゾット……と言ったか。お主も感じておるのではないか?」
魔力の不足を、と、臓硯さんはつい先ほどの出来事を言外に批難した。九人全員に全力で戦いを挑まれたことを根に持っている。根に持つ男はモテないぞ。
「そうなの、リゾット?」
「否定はしない」
否定しないということは肯定しているということだ。えっと、と言葉に詰まる。それってつまり、急場をしのぐ魔力供給が必要だということだよね。
「私の魔術回路じゃキープは難しい?」
「お主は魔術師として成熟しておらん。修業も何も積んでいないのだから当然のことよ。保つことは可能かもしれんが、今し方のように全力で戦っていては身体も持つまい。聖杯戦争で生き残りたいのならば、供給ライン以外での方法も―――必要じゃ」
思わず鶴野さんと顔を見合わせる。鶴野さんはしばらくポカンとした後、ぽろりと言った。
「体液交換?」
「マジで?」
え?ヤれっつってる?無理だよ私まだ年齢二桁にもなってないし初潮も来てない、おっと直接的にお下品。失礼。
現実的にムリムリと臓硯おじいちゃまに向かって首を振ると、おじいちゃまは呵々といやらしく笑ってリゾットを杖で示した。
「出来ることは知っておろう」
リゾットはソファに座る私を軽々抱き上げると、膝の上にのせて、一言許可を求めた。いや、方法を教えてくれるのはありがたいし好きにしてくれていいんだけどみんな見てますよナニが始まるの。恐々としていると、彼は私にやわらかく口づけをした。
「えっ、あ」
あっなるほどと思った瞬間、蟲蔵くそじじ、いや言葉が汚い。臓硯おじいちゃんの嫌な笑顔と鶴野さんの視線の意味を悟ってメンタルが死んだ。誰だこんなシステムを思いついたやつは。
小さな身体には不似合いな感覚にくらくらしながらぐったりしていると、鶴野さんが私の紅茶を淹れ直してくれた。不必要なフォローまで添えてくれる。
「み、見てないからな」
「そりゃどうも……」
魔術師がみんな憎い。
私の唇を指で拭ったリゾットは、そのまま、今度はそっと一度だけ私の頬に唇を触れさせた。
「……満足した?」
「満足はしていないが、不足分は補った」
「さようですか……そりゃあー良かったわ……」
淹れ直してもらった紅茶は、向けられる視線と同じく生ぬるかった。
03 間桐雁夜の帰還
鶴野さんの淹れるお茶はおいしいので、ついついおかわりが進んでしまう。そんなことをしている場合ではないが、現実逃避くらいはさせていただきたい。なんでこのタイミングで帰って来るかなあ。
間桐雁夜が帰還した。
間桐邸でぐうたらしている私を見て驚いた彼は臓硯さんと鶴野さんから事情を聴き出すと、遠坂時臣への怒りをふつふつと沸き立たせた。身勝手な事情で幼子を一人、過酷な家に放り入れた遠坂さんちのご当主様が許せないのだと言う。
だけど、と思う。
この話を聴いた時、彼の目に浮かんだのは明確な安堵だった。葵さんの娘でなくて良かった。初恋の、いまだ愛を向ける女性の子供ではなくて良かったと考えたのだろう。ひどい思いだという自覚はあるのかすぐに打ち消したようだし、短慮な呟きすら洩らさなかったので、私は見なかったふりをした。
「しかし雁夜よ、今更戻って来て何とする?お主が居っても、聖杯戦争において役立つことは皆無。魔術の造詣も浅く、素養を枯らしたお主にできることなどなにもない。間桐はこの童を主力に据える」
「こんな小さい子供に戦えって言うのか!?」
「ではお主がこやつから令呪を奪い、間桐の礎となるか?」
雁夜さんが黙り込み、老爺が彼を嘲った。
「安心せい、そのようなことはさせん。お主に任せるよりも、この年端もゆかぬ童女に任せた方が勝率は高い」
「なっ……彼女はもう魔術師として……?」
「近いが、否。このサーヴァントらはお主には従わん。ただそれだけのことじゃ」
雁夜さんに従って聖杯戦争に参加しつつ、蟲に蝕まれて(洒落じゃないよ)吐血するおじさんを介抱する暗殺チームのみんなが見たくないワケじゃあないけど、正直に言うとその通りですよね。自惚れや自意識過剰を切り捨てて客観的に見ても、彼らにとって、おじさんに従う利はないのだし。
雁夜さんは俯いた。私の小さな手を握りしめて、一言だけ絞り出す。
「力になれなくて、ごめん」
気にしなくていいんですよ。雁夜さんが死ぬ覚悟で挑むなんて言い出したら、それこそこの人のお人好し具合に泡を食ってぶっ倒れてしまうし(なにせ私は憎き時臣の落とし子だ)、そのルートに入った瞬間彼の死は確定する。いいんですよ、そこで健康的な姿で茶でもしばいといてくださいね。
意地悪な考えが一瞬だけ過ったけど、潰えた未来に興味はない。もし私が葵さんの娘だったら、ここまで簡単には引き下がらなかっただろう、だなんて。
雁夜さんは私への罪悪感からか、間桐邸への滞在を決めたようだった。お仕事は少しお休みするんだ、と子供に言い聞かせるような口調でかなりぼやかして説明してくれたのは数日前のことで、私は物わかりのいいふりをしてニコニコと微笑んで頷いた。
「そうなんですね、雁夜さん。また、そのうちお仕事に行ってしまうんですか?それまで、よろしくお願いします」
殊勝な挨拶をすると、彼はまたバツの悪い顔をして、くしゃりと髪を撫でてくれる。そんなに気にしなくていいんですよ、こちとら君よりずっと年上ですからね。考えたくないけど、事実は事実。
見た目は子供、頭脳は大人。まさにそんな生き方をしている私は、色々と察しをつけているであろう臓硯さんと、お馴染『暗殺チーム』の彼ら以外の前では、にこやかで大人しい様子を貫いている。いえいえ、本当に私はにこやかで大人しい人間なんですよ。ギャングの幹部をやっていた過去のせいで誰にもそんなふうには思ってもらえないけど、波風立てないジャパニーズソウルで生きていきたい人間なんですよ。
鶴野さんは、雁夜さんが戻ってくるまでの間にナニかを感じ取ってくれたようだけど、迂闊なことは何も言わないし、しない。彼の身につけた処世術なのでしょうね。雁夜さんは異端を見つけたら全部時臣のせいにしてこっちにまで負の感情を飛ばして来そうなので、全部スルー。大人しい女の子を貫きます。ごめんね、あなたのことは好きなんですよ。良い人だと思うんだけど、どちらかというと魔術師サイドの人間に、それも時臣さんの娘として生まれてしまったものだから、どうにも様子を窺いながら対応するしかない。
「クッキーは好き、かな?外国で貰ったものなんだけど、俺は食べないからあげるよ」
「ありがとう、雁夜おじさん」
一度はやってみたいじゃん、雁夜おじさん呼び。夢だよね。親しげに呼ぶ機会が巡って来たのでここぞとばかりに笑顔でダメ押し。自分の下種さが怖い。人生三周目ともなると打算も上手くなるものですね。
雁夜さんは目を丸くして、それからくしゃりと笑った。
「あいつには全然似てないな」
「ははは……」
フラグが立った気がしたんだけど、気のせいかな。随分と正直だなと思うより先に不安感が浮かんだ。どう反応せいっちゅーねん工藤。
04 人生を満喫
具体的にいつ起こることなのかは憶えちゃあいないけど、どうやら問題はたくさんあるようだ。
だらだらとお芋スナックを食べながらアニメを見ていたのは私だけなので、暗殺チームの彼らはこの世界のことを知らない。ちょっと入れてみた探りにも大した反応がなかったので、たぶん知らないんでしょうね。知っていたとしてもスルーしそうな彼らである。
しかし、私は無視をするわけにもいかない。素直に彼らと一緒に戦い敵対勢力のサーヴァントを聖杯にぶち込むことも、反対に彼らがぶち込まれて私まで死んでしまうことも、どちらもご免被る。危険とは無縁で居たい。そうもいかないのは知ってる。夢くらい見させて。
間桐臓硯は、もちろん私たちが聖杯戦争に参加することを望んでいる。毎朝顔を合わせるたびにせっついてくるので実に精神を削られる。
「ここまで早くに戦力が整うとは想定の範囲外よ。当然、聖杯を獲得する心構えはなくとも、『生存』に向けての努力はするのであろうな?」
「そうですね」
「よもや、儂の考えた魔力増強メニューがただの成長期の肥やしにのみ使われるとは言わぬな?」
この調子である。
私ももう慣れてしまったので、雁夜さんが律儀にプンスカしてくれている傍らでおいしくご飯をいただいているが、目を逸らしたい現実を突きつけられるようで気分はよくない。ぐうたらと幼女ライフを満喫できる時期は今しかないのだ。せっかく記憶があるのだから、悠々自適な生活を送りたい。リゾットに楽々負ぶってもらえるのは今しかないし、幼女をおんぶするリゾットを見られるのも今しかない。窓ガラスに映った私たちを見てソルベとジェラートが腹を抱えて笑っていたし、私も必死に腹筋を総動員したよ。リゾットと幼女の組み合わせは最高にミスマッチで素敵なものだけど、相手が私だと思うと複雑な気分よね。まあ、見た目だけを重視するとして、金髪ふわふわ幼女は悪くないから良いか。
日頃は大人しい女の子として猫を被っている私であるけど、雁夜さんが辺りを見回して人けがないことを(主にリゾットがいないことを)確認してから照れくさそうに手を伸ばして来た時は、興奮のあまり思わず咽こんだ。
「あのさ、ハグ、してもいいかな」
彼なりの割り切り方だったのだろう。時臣さんは許せないけど、私に罪はない。それどころか、可哀想な立場だ。その私に心を傾ける為の、『私』と『時臣』を分けて考える為の、儀式のようなものだった。
私はすごくおねえさんになった気持ちで雁夜さんにハグをした。マジでおねえさんなんですけどね。何歳年上なんだよって話なんですけどね。
雁夜さんの身体は温かくて、しなやかだ。リゾットたちと比べればずっと細身で頼りないけど、男の人なのだなあとしみじみ思う。雁夜さんのイメージがアニメのそれでしかないから、こうして健康さを確認すると意外な気がする。
「ポルポちゃんは……ポルポちゃんなんだよな」
雁夜さんはきつくきつく私を抱きしめた。
日常とは、得てして素早く過ぎ去ってしまうものなのだそうだ。プロシュートが言うと重みが違う。
「だから後悔しねえように生きるんだろ」
イルーゾォが言うと重みが以下略。
冬木から飛び出してテーマパークに出かけたり、間桐家の財産を食いつぶして脛をかじりまくり、身軽に色んな場所へ遊びに行った。
私と『彼ら』とそれから雁夜さん。
実際には十一人だけど、誰も『彼ら』には気づかない。雁夜さんと私が親子かなにかと勘違いされては、ホテルの部屋をぎゅうぎゅう詰めにしてみんなでわいわいと夜通し遊んだ。一応、幼女なので睡眠時間は守っているが、朝起きると雁夜さんの上にホルマジオやギアッチョの身体が折り重なって倒れていて、周りに酒瓶が転がっていたので、たぶんそういうことなんだろう。一線は越えていないと信じたい。ごめんよ三人とも。
後悔しないよう全力で遊びまくった結果、臓硯さんがとうとうブチ切れた。
「お主ら、いい加減にせんか」
雁夜さんと並んで正座をさせられる。足が痺れるので嫌ですと抗議するには、ちょっぴり身に覚えがありすぎた。
「際限のない遊びをするからには、対価として労働を求めても不当ではあるまい。雁夜よ、お主にはひと月の情報収集を命ずる。ポルポ、お主は儂と魔術の鍛錬じゃ」
「情報収集!?」
「ええッ、鍛錬」
二者二様の反応に、臓硯さんがにたりと笑う。
「嫌ならば話は簡単じゃ。浪費した分をすべてそっくり返すがよい」
ぐぬぬ。
確かに少しやりすぎたかなと言う気がしなくもないので、「痛くないものにしてください」と懇願し、粛々と屈服をした。
その日から早速魔術の訓練が始まった。起源がどうたらとか、属性がどうたらとか、小難しいことをたくさん言われて私の厨二心がとても疼いた。座学が一番楽しいよ。実際に魔術回路を開いて自分の中にアクセスしていくのは、デスクワーク人間にはつらすぎた。こんな感覚ファンタスティック。
毎晩、ペッシとメローネに慰められながら努力をした結果、私は大雑把に言ってしまうと、相手を固定してぶっ刺すタイプのアラウンドブラックサバス的な能力に目覚めた。ぶっ刺すのはナイフとかそういう物理でいいんだよ。どてっ腹に刃物をねじ込む幼女、最低の絵面だ。残虐非道反対。
属性はやはり、間桐―――マキリとは違うらしい。さやかちゃんというよりは杏子ちゃん寄りかな、みたいなそういうね。個人的にはほむほむが良かった。起源は知らん。小難しい説明はぶっちぎった。たぶん、怠惰とか暴食じゃないかな。そういうことじゃあないのは知っている。
久しぶりに再会した私と雁夜さんは、鶴野さんが見守る中でひしとハグをした。視界の端で鶴野さんがびくりと震えた。
「無事でよかった……ッ」
蟲の餌食になることはないとわかっていても、心配で仕方がなかったと言ってくれる。うわあ、どうしよう、スゴク気にかけてもらっちゃってた。ここまでとは思わなかった。幼女パワーは凄いな。
この時の私は雁夜さんが私の為に『肩代わり』を申し出てくれていたことを知らない。臓硯さんに「義憤じゃ」と嘲笑われたことを知らない。ただ、ちょっとは好感度を上げられたのかな、身内だと思ってもらえたのかな、と、そんなふうに考えていた。
私もへらへらと微笑む。この人、一途で面倒で人間臭くて、魔術のことなんて大嫌いだけど、やっぱり根っから良い人なんだよなあ。このままずっと健康体でいてくれ。そして私の癒しになってくれ。
「いつまでそうしているんだ?」
社会的コミュニケーション能力を復活させようと必死になっている鶴野さんは、リゾット相手にも、怯みながら少しずつ会話を持ち掛けている。リゾットもそれに短く答えていたが、しばらくして、こちらに声を投げかける。雁夜さんが慌てて私から離れた。
「う、うわ、悪い!ごめんよポルポちゃん。その……リゾットも、ごめん」
「私はいいよ」
「謝らなくていい、訊いただけだ」
「もっとわかりやすく言ってやってくれ……」
ぼそりと呟かれた鶴野さんの言葉に大笑いするかと思った。
05 開始
旅行をしたり、家に閉じこもって勉強をしていたりしたので、あまり冬木のことはわからない。
中でもまったく動向が掴めないのは遠坂の家のことだ。さすがに御三家の名を持つ彼らは、一般人に秘匿を漏らすような下手はうたない。雁夜さんの情報収集とは、街中を歩きつつ臓硯さんの渡した感知計の数値を確かめメモをする地道な作業だったが、遠坂邸の周りではぴくりとも計測器は動かなかったらしい。教会の周辺ではちょっぴり動いたらしいけど、それも「アレ?故障かな?」と勘違いする程度。誤差の範囲内だ。
へえそうなんだ、と高楊枝で構えているわけにもいかない。仮にも私はサーヴァントのマスターだ。臓硯さんと鶴野さんと雁夜さんとリゾットたちと、居間の卓を囲んでぎゅうぎゅうになりながら額を突き合わせる。
「時臣は潰す」
雁夜さんが不穏な声音で不穏なことを言った。すぐに鶴野さんがため息を吐く。
「また言ってるよ……」
「いい加減諦めろよなア。ポルポは何とも思ってねェんだから、その点については酌量してやればいいんじゃねーの」
私が蟲蔵に放り込まれて人生危機一髪だったことを知った雁夜さんは、もうすっかり時臣さんに怒りを燃やしてしまっている。
対するホルマジオたちが冷静に見えるのは、雁夜さんが居る手前、同調して彼を盛り上げてしまっても事態が好転しないとわかっているからだ。実際に、私は時臣さんに関しては一瞬だけ「もげてしまえ」と思ったくらいで、あとはもう何も感じていないしね。葵さんとの間にできた子供ではなく、外で産ませた子を養子にやってしまう彼の考えは理解できる。もしも原作通りに桜ちゃんがここへ送られてきていたら、顔を背けても耐え切れないような結果になっていただろうから、結果的にはオーライ。ただし、あの瞬間時臣さんと臓硯さんへの恨みメーターはMAXを刻んだ。忘れんぞ。
「遠坂、アインツベルンから出てくることは確実」
ついた杖の上に手を重ね、体重を預ける。間桐臓硯は落ちくぼんだ眼をぎらりと光らせ、雁夜さんと私を睥睨した。メローネがわざと身をすくませた。
晴れた日には似つかわしくない、湿っぽい雰囲気だ。誰がそうするでもなしに、私たちは一斉にお湯呑みに手を伸ばした。ほうじ茶を飲んで、香りがいいなあと心を落ち着かせる。雁夜さんも気を静め、冷静さを取り戻して、収集したデータをまとめて見せてくれた。
「すべてが終わったら、みんなで遠いところへ行こう。おじさんが色んな国を案内してあげるよ」
それ、死亡フラグみたいだからやめよう。でもありがとうね。
「ちなみに……この振り切れた数値は何なんだ?」
鶴野さんが測定表のある部分を指さした。雁夜さんが首を傾げる。
「わからないけど、物凄く女性にモテて困っていたイケメンを助けた時間帯だな。もしかして、魔術師だったのか?奇抜な恰好だったから変だとは思ったんだ」
「それはサーヴァントじゃろうな。もう耄碌しておるのか、お主は」
「なっ……ア、アレがサーヴァント……?」
ディルムッド乙。マジかよ、ケイネス先生がもう来日しているとは。
名ばかりの会議が踊ってから時間が経ち、私は間桐家の本を貪るように読んでいた。やっぱり日本語は良いね。お願いすればいっぱい買ってもらえるんだぜ。私のスポンサー、いつもお金回りが良すぎ。ディアボロと言い、臓硯さんと言い、そういうところは寛大だよね。やることをやればとやかく言わない性質。実はある意味で、私にも黄金律がついて回っているんじゃあなイカ?
他のみんなが自由に早朝の散歩に出ている間、目が覚めてしまったので、ゴロゴロしながらペッシたんとお話をしていると、臓硯さんが突然畳の間のふすまを開けた。ちょうどイケメンのサーヴァントの話題だったので、悪戯を見つかったような気分になる。
「始まりじゃ」
普通なら今は寝ている時間帯ですので、ご遠慮願いたいところである。
「何が?」
「惚けるのも大概にせい。聖杯戦争……、七人の魔術師が英霊を支配下に置き、無色の願望器に願いを懸けんが為に争い合う戦い。今、この冬木に役者が揃い合ったわ」
「……あらあら……」
あまりのことに咄嗟の反応が浮かばない。無味すぎる返事が口からこぼれた。私に代わってペッシちゃんが大きく驚いてくれた。
「ええっ!じゃあみんなを呼び戻さないと、ポルポ」
そうだねえと頷いてから一拍置いて、私はアッと声を上げた。続く言葉は呑み込む。
「(バーサーカーが居ないじゃん)」
雁夜さんはマスターじゃあない。今、自室で普通に眠っているはずで、その手に令呪は宿らない。たぶん、彼の枠を私が奪った。するとどうなるのかしらね。イレギュラーはイレギュラーでも、数のうちにはすっぽり収まっている。クラス名は、例えばランサーでもセイバーでもアサシンでもないけど(一応、暗殺者なのにねえ)七つのうちの一騎であるので問題ない。
どうなるんだろう。
バーサーカーが居ないことによる弊害とは。バーサーカーが居ないとセイバーとディルムッドの間に共闘フラグが立たないとか、そういうことかな。ギルガメッシュがブチ切れないとか、ああ、時臣さんが令呪を一角消費するファクターがなくなるのか。
時臣さん自身も手出ししづらいけど、ギルガメッシュも、バーサーカーの狂乱によるステータスの上昇がなければあんまり太刀打ちできない相手だ。ちょう強い。結局その令呪はNTR、いや、言うまい。
「どうしたの?」
「いや……これからすごくお腹の空く毎日が続くのかなあと思うと……」
苦しい言い訳だったけど、納得してもらえたようで良かった。泣いてないよ。
帰ってきた早々にソルベとジェラートが出かけたいと言うので、もちろん好きにしてもらう。
「『許可』する!」
「ふざけんな」
イルーゾォの真似をしたらイルーゾォにどつかれた。
「お、おい待てよ……。ポルポちゃんの非常事態にどこへ行くんだ?」
雁夜さんがソルベとジェラートの服の裾を掴んだ。あまりにもいじらしい仕草に、朝独特のテンションが振り切れてメーターが最高に持ち上がる。ベネ。今日一日頑張れる。
「敵のサーヴァントがいないか、偵察に出かけるのさ。俺らは索敵には向いてねえけど」
「じゃああんたたちが行く必要はないだろ!?ジジイを物理的に蹴って沈めたって噂のあんたたちが行っちまったら……」
雁夜さんは暗殺チームの実力をご存じではない。特殊な技を使うとは知っているけど、実際に見た能力はイルーゾォが鏡の中に消えていくところくらいだ。スパイに役立つな、なんて言っていたので、たぶんマンインザミラーの怖さにも気づいていない。わかるってばよ。このドヤ顔の二十五歳からまことにえげつない能力が飛び出すなんて思わないよね。
肉体的な強さは筋肉量で判断するしかないけど、彼らの中でもがっしりしているリゾットやメローネが気構えなく余裕を持っている上にある意味でとっつきにくい人柄であることから、彼が実際に頼るのは腕相撲でじゃれた思い出のある気軽なソルジェラだ。ごつさで言えばホルマジオも男らしいが、彼も雁夜さんを刺激しないようにのらりくらりと躱しているからねえ。
ソルジェラは揃って雁夜さんの手を取った。ノッポに両手を握られて、雁夜さんが狼狽える。
「ダーイジョーブ。気にすんなよ」
「そうそう、大丈夫大丈夫」
何が大丈夫なのかはまったく言及しないまま、おさらば。手を振ってお見送りする。雁夜さんはポカンとした顔で置いてけぼりだった。
「どこに行くんですかね、こんな時に」
ペッシが兄貴に話しかける。プロシュートはリゾットの後ろから新聞紙を覗き込んでいたが、すぐに顔を上げてペッシを見る。ついでにちらりと私も見た。こうしてちゃんと目を合わせて話してくれるから、こっちはイケメンに見つめられてドキドキしてしまうんだよね。惚れ惚れするわ。
「美味い飯屋でも見つけたんじゃねえのか」
「ああ、ありそうですね!じゃあ、そのうち新しい料理が食べられるのかなあ」
空想を膨らませるペッシちゃんを眺めながら、私は首を傾げる。冬木の美味い飯屋って、嫌な予感がしますね。
06 終わった関係
恨みは過去においてきた。負の感情をずっと抱えているのは性に合わないし、無事だったんだから良いじゃん。
遠坂邸の前を通りがかった時に歩きながら邸を眺めていたのは、何度見ても素敵な雰囲気の邸宅だなあと思ったからだ。それ以外の意図なんてなかったんだけど、リゾットが今後のことを臓硯さんと話し合っていて一緒に居ない今、そんな私の内心を汲んだのはホルマジオとメローネだけだった。雁夜さんと、だんだん外に出るようになって来た鶴野さんは、私から不自然に目を逸らす。雁夜さんは思い切り遠坂邸を睨みつけていたので、いや、そんな角が立つことはおよしよ、とハラハラしながら足早に去ろうとする。
そんな私を引きとめたのは、クソがつくほどの(言葉が汚かったね)イケボを誇る元我が父だった。
「ポルポ?」
扉が開いた場面は見たが、まさか呼び止められるとは思っていなかった。今にも私を抱きかかえて踵を返すか、時臣さんに食って掛かりそうな雁夜さんをホルマジオが抑える。メローネは一応服の上からコートを羽織っているし、『宝具』という扱い上その正体はバレていない、と思いたい。冬木に集まるサーヴァントはことごとく奇抜な恰好をしているからね。服装から察されないとも限らない。こんな珍奇な恰好の一般人がいてたまるかという話だ。ホルマジオはアレじゃあないかな。ただのチンピラに見えなくもない。ごめんマジオ。
「こんにちは。えー……遠坂さん」
「ああ、いい天気だね。そちらは間桐の関係者かな?」
「時臣、お前ッ!いいか、自分が何をしたのか……」
「雁夜じゃないか」
今気づいたのかよ。あえてスルーしてるのかと思ったわ。鶴野さんが私と同じ言葉を呟いた。アウトオブ眼中。
「俺のことはどうでもいい。お前、自分がポルポちゃんに何をしたのかわかってるのか!?間桐の魔術がどんなものかも知らずに勝手に事を進めやがって。彼女がどうなるところだったかも知らずにのうのうと挨拶なんて、どの面を下げて言っているんだ!」
吼えた雁夜さんは、とびかかって殴りたい気持ちを必死に抑え込んでいるようだった。
また、どうしてこんなに必死になってくれているのかがわからず、私はあまりのことに目を瞬かせるしかなかった。落ち着け、あなたが凄く優しいっつうのはわかったけど、私は葵さんの子じゃないぞ。落ち着け。どこかのTKOMさんがどこかの女性魔術師に産ませた子だぞ。
「魔術について秘匿するのは当然だ。そうだろう?習得に励む最中にどんな試練があったとしても、それは正統な魔術師としては義務のようなものでもある。彼女もそれをわかって、間桐とのやりとりに応じた。そうだね?それについて、魔術が嫌で逃げ出した君にとやかく言われる筋合いはないんじゃないかな。何が起こっても、それはもはや『あちら』の家でのことだ。我々の関知できる領分ではない。君よりもずっと彼女の方が事情を理解していると私は思うが。違うかい?」
所々で私に振って来るのやめて。肯定も否定もできなくて板挟みです。確かにわかるんだけど、私の立場と雁夜さんとの関係上、理解しちゃいけないデリケートな部分っていうかさ。あのさ。家の外で政治と野球と宗教と魔術の話はしちゃいけないよ。
「彼女は心に傷を負うところだったんだぞ!こんなに小さい身体でっ。……時臣、そんなに言うなら、お前がやってみればいい」
「何を言っているんだ?雁夜、それは間桐の魔術に私が関わることを許す―――というふうに聞こえるね。迂闊な発言でご当主に迷惑がかかるとは思わないのかい」
「その通りだ」
雁夜さんは鶴野さんの制止を振り切って、遠坂邸の一歩前まで進み出た。私たちを背に庇うように立つ細身の青年が大きく胸を張る。自分の発想に確固たる自信を持った顔をしていると、後ろからでも察せられる雰囲気だ。いわゆるドヤ顔。ホルマジオが両手を上げたので、見た目通り『お手上げ』っぽい。
「この戦いが終わったら、俺の家に来い」
告白でもしているのかと思ったわ。もちろんそんなことはない。
「お前に間桐の魔術を見せてやる」
雁夜さんはそう言って、私を振り返った。
「行こう。もうここに用はない」
現地で召喚
まとめてどっかーん
パキ、と、ガラス片を踏みつぶしたような軽い音がして、手の甲の皮が引きつれる。痛みを感じる間もなく光が宿り、白色人種の薄い肌に赤い印が刻まれる。
私はその過程とも云えない過程を目の当たりにして、五分が経っても言葉も出なかった。出るわけがないだろ、急に手に赤いペイントが浮かび上がったらまず椅子から転げ落ちるよ。
七分も経てば、自分に異常が起きたことだけはゆるゆると理解が出来た。分秒刻みで時間を計っていたわけじゃないが、おやつの時間を前に空腹を抱えていた私の体内時計はそれなりに正確、だと思いたい。
「うわっ」
椅子から転げ落ちたのは、これがスタンド使いの攻撃だったら、もしそのスタンド使いが、某霊界探偵の漫画が霊界探偵対決編にて対峙したスナイパーみたいな能力を持っていたら、私はこの手から遠ざからないと痛い目に遭うかもしれないと、咄嗟にそう思ったからだ。手と身体は繋がっているんだから、思いっきり身を引いたらすっ転ぶに決まっている。漫画脳、ゲーム脳と笑わば笑え未来の私。こんな時、冷静になんてなれないよマンマ。冷静でいるだろう我らが九人スーパー暗殺チームとエキセントリック護衛チームの六人の方がおかしいんだよ。
いつもとなんら変わりのない午後のコーヒーブレイクに等しい時間は、椅子から転げ落ちたこの一瞬でくるりと一回転する。
短く悲鳴を上げ、意味がないことは知っていたけど、反射的に手を伸ばして何かに掴まろうとする。漠然とした救済を求める意識が散在し、右手が熱を帯びる。光があふれる。
そして腕を伸ばし広げた左手のひらを、誰かの暖かくて力強い手が握って引き寄せた。
きつく目をつぶって衝撃に構えていた私は、予想外の出来事に、詰めた息を吐き出す。意味が解らないし笑えないと口にするのはもう少し後にしよう。
「大丈夫か?」
鼓膜をすり抜け、心臓かハートか胃かそれとも下腹かつま先か、全身を甘くしびれさせるくらいの美声が間近で聞こえてもの凄くビビった。なんで私の部屋にこんな、ちょっと前世で聞き覚えのある美声の男性がいるんだ。
私が床の上で痛みに悶絶する前に抱き寄せてくれたのだろう、左手が握られ、腰に手が回されている。彼は自分の手の置場に気づいたらしく、私が安否の返事をする前にビクッと大きく震えると、異様な素早さで私に背を向けた。顔を見る暇もない。私はこいつの胸元しか見てねえ。ぴちぴちしている深緑色のスーツがかなり不自然。や、この状況がすでにきゅうじゅうきゅうわり不自然だというのは理解しているとも。
「すまない、その…………、い、痛みはないか?」
顔は事務所を通さないとNGなのかな。ここは私の部屋でオメーは侵入者なわけですけども。
心配をしていただけたので、大丈夫ですありがとうと伝えておいた。ところであんたは誰なんだ。オブラートに包んで、じりじり距離を取りつつ問いかける。この男の姿、どこかで見たような気が、しなくもない。特徴的な衣裳、片方の肩部を包むような肩当、お見事と拍手を送りたくなる筋肉、そしてあの美声。私の記憶の、結構頻繁に脳内で使うネタの引き出しがちくちくと刺激される。右手を確かめて、浮かび上がる文様に強烈なデジャブ。ここがプログラムの世界だったらヤバすぎるエラーだから!デジャブの感覚が気持ち悪い。
「俺は……、……その、お尋ねするが、この部屋にいるのは貴女だけか?」
「そうね、この家にいるのも私だけよ」
「やはり……」
頼みの綱のリゾットちゃんはお仕事でパッショーネに行っている。目の前の彼に殺す気で襲い掛かられたら当たり前に私の二度目の冒険はここで終わってしまうんだけど、一度抱いた疑惑を野放しにトンズラするというのも気が進まない。だってもし私の予想が正しければ、この嫌な予感が合っていれば、ここで逃げただけでは何の解決にもならない。だってこの赤い文様、そして突然現れた(どこかで)見覚えのある男。スタンド使いの攻撃でないなら。
「このような格好で、主に対する礼を失することをお許しいただきたい。俺の名はディルムッド・オディナ。この度、貴女のサーヴァントとして、ランサーのクラスで現界した」
「(意味が解らないし笑えない……)」
誰かイルーゾォ呼んで。
*
聖杯に懸ける望みもないのにマスターやってるのは他のマスターに申し訳ないし、私にも不吉なことがあるとよくないじゃん。だから日本に渡って、冬木市にある聖堂教会に令呪を返却しようと思うんだよね。
ゴールドエクスペリエンスで一発殴って"魔貌"を"女性を魅了する"というゴールへ永遠に到達しないゼロの状態へ強制的に移行させたため、私とディルムッドは顔を合わせて会話をしている。
それが黒子か貌なのかはどうでもいいけど、とにかく呪われた顔面を見た女性は一様に彼に恋をするのだと聞かされた時のリゾットの白けた空気は物凄かった。なるほどそうか、速やかに去れ。そんな感じだった。あ、リゾットが家に戻った時、私はジョルノに連絡を取ってパッショーネに向かっているところだったから、入れ違った形になる。リゾットとディルムッドが出くわしたのは夕食時の少し前だ。ジョルノたちは「物理的な攻撃力で言えば僕の手助けは必要なさそうですが」と前置きをしたうえで、私の安全を祈っていますよと励ましの言葉をくれた。お祈り(権力)をありがとう。私に何かあった時はネアポリスが火を噴くよ。ごめん誇張した。
事情の説明は早い方がいいと考えたので、街中では霊体化させていたディルムッドを玄関先で実体に戻すと、気配を察したのか野生の勘なのか(私はリゾットを何だと思っているんだろうね)、エプロンをつけたニアアルビノカラーの彼は現れた。絵面で言えば、リゾットの不在を狙って私が浮気相手を連れ込んだと思われそうなのに、まったくもって疑われなかったどころか、「食事は二人分しか用意していないが」と夕食の心配をする優しさと余裕。その声音があまりにも無味だったので逆に心配になった。ちょっとは疑ったほうがいいと思うよ、疑われたいわけじゃあないけど。
生真面目な態度で夕食の必要を断っていたディルムッドの発言が、私の心情と奇跡的なシンクロを見せた。
「貴殿はポルポを疑わないのか?……あ、いや、すまないポルポ!そういう意味ではなく……今までの経験からすると、かなり……軽いというか、何もないため、口が滑って……あぁ、いや……」
喋れば喋るだけボロが出ている。正直すぎるのも考え物だ。
リゾットは慌てて取り繕うディルムッドを一瞥して、すぐに興味を失ったように視線を外した。私の背に手を添えて廊下へ促す。
「見れば解る」
ひと言を残して完全に背を向けてしまった。何が解るんだろう。ディルムッドの属性がわんこであるということがかな?
*
右手の甲に宿った令呪は、半日が過ぎても消えなかった。召喚されたサーヴァントも当然、消えず私の背中を守っている。
そう警戒しなくてもいいだろうに、聖杯戦争への参加権を手に入れた私に、ディルムッドはとても気を遣う。私が魔術のことも何も知らない、ただ裏稼業に携わるだけの女だと思われているからだろう。仕事の内容は格好をつけて「掃除屋」と言ってみたから、本当にイタリアの清掃活動に勤しむクリーニング業だと勘違いしているのかもしれない。聖杯から与えられた知識の中に隠語は入ってないのかな?
「ねえ、ディルムッドさん」
「どうぞディルムッド、と」
「……」
距離が近づくと別れがつらくなりそうだから(なにせ彼は魅惑のイケメンボイスの持ち主なのだ。もったいない。もったいなさすぎる)あえて尊称をつけたのだけど、解っているのか解っていないのか、ディルムッドは真摯な眼差しで私を見下ろした。この槍使いはリゾットよりも身長が少し高いので、ちょっとドキドキする。バカ野郎私はこの間までモテなかったんだよ。イケメンに見下ろされ、甘い声で名前を(まあ、『主』ですけど)呼ばれたらそりゃあときめいちゃうよ。
「じゃあディルムッド。……そんなに私の顔を見つめて来なくてもいいんじゃないかな」
ナニを見張ってるんだお前。私か?私がナニか下手を打たないように見守っているのか?
後半部分はココアと一緒に飲み下す。
リゾットは「気にしない」と言って、そう決断した私をどことなく責める眼差しをしたけれど、私は自分の考えが間違っていたとは思っていない。あ、いや、聖杯戦争に参加するか否かの話じゃなくて、今日の寝所をどうするかという話だ。聖杯戦争は私の中のMAGIが全会一致で否決している。
サーヴァントは霊体化できる。気配遮断のスキルがなくても、サーヴァントのステータスが高ければ高いほど、現世の人間に知覚することは難しくなるだろう。
ディルムッドの英霊としての格は非常に高く、私の有り余るおっぱいパワーのおかげかステータスもそれほど低くない。ごめん嘘ついた。おっぱいは関係なく、たぶん、サバスちゃんの消えた私の、有り余るスタンドパワーが魔力に換算されてディルムッドに供給されているだけだと思う。もともとスタンドパワーが強い方ではなかったし(なにせサバスちゃんは一点特化)、魔力への変換も本来なら無理なものだ。魔術回路なんてないのだから、もちろんパスは通じていない。魔力に乗せて脳内で会話をする、なあんてことはできないわけだ。ガッカリ。
思考が空転する。
ココアはすっかり冷めて、猫舌の私にはちょうどいい。
霊体化ができるサーヴァントだからこそ、姿が見えないとリゾットは居心地が悪いんじゃあないかなと、私は勝手に考えた。だって、確実に家の中にいるのに気配を探知できない存在って、暗殺者にとってはとんでもない脅威だ。その役目は暗殺者たるリゾットの本分のはずだし、その矛盾を不快に感じるんじゃないかって。
だからディルムッドの令呪を日本の教会に返還するまでは、ベッドを分けようと提案してみたのだ。枕も撤収。リゾットのベッドから回収しないと、私は枕なしで眠ることになっちまうのよ。
「本当にそれは必要か?俺が『気にならない』と言っても?」
つい三十分前、お休みを交わした後にリゾットは重ねて確認をした。
「リゾットが睡眠不足になったら申し訳ないし……」
私の答えも変わらない。だってあの人は身体が資本。重大な任務は入れていない……つもりだけど、リゾットが仕事に出た時、睡眠不足でだるっちい、なあんてことになったら大変だ。人間から睡眠時間を奪ってはいけない。
「安心してくれ、リゾット殿。ポルポは俺がこの槍にかけてどんな危険からも守ってみせる」
「……」
それが火に油を注ぐ言葉だっていうのは、さすがに私でも理解できた。
ディルムッドはまた私をじっと見て、その際立って美しいかんばせに花開くような笑みを浮かべた。うわイケメン眩しい。
「俺が見つめても恋に落ちない女性は貴女が初めてで、つい……。申し訳ありません、女性に対する礼を失した行為でした」
女性じゃなくても失礼だと思うから気をつけなね。言わないけど。
そっと視線を逸らしてカップを置くと、ディルムッドは一つ咳ばらいをした。気を取り直して、今度は彼が何かを問いかけてくるらしい。さて、私は(仮の)マスターとして相応しい答えが返せるかな?
「なぜ貴女は聖杯を望まないのか?俺は、主……貴女が望みさえすれば、誰よりも疾く敵を倒し、聖杯を勝ち取り勝利をささげる所存です」
「願い事がないからだって言ったじゃん?」
パッショーネへの道すがら、話をしたつもりだったけど、聞き流していたの?
「とんでもありません!主のお話を聞き流すなど!……ですが……、令呪が宿りながらも、聖杯に懸ける望みを持たないというのは……」
理解がしがたいって言うのかな。
確かに私も、じゃあオメーなんで令呪宿してんだよ、と思わなくもない。自分を責めるよ。なんで私は令呪を宿してるんだよ。これもしかしてケイネス先生の令呪獲得が遅れるのかな、とか、もしかして参加しなくなっちゃったりして、とか、いやな方向に思考が進んじゃうよ。私が返却すればすぐにでも宿り直してランサーは正しいマスターに使役される、と、思いたい。頼む修正ペン仕事してくれ。
*
おぼろな映像が瞼の裏に映って、靄のように視界を妨げる。すやすやと寝息を立てるマスターを見て、ディルムッドは脳裏に投影された記憶が誰のものなのかを知った。これは彼女の、ポルポの記憶だ。
子供の頃から、金の髪と、赤い瞳を持っていたのだろうか。あの美しい夕陽のような、色素を溶かした飴のような色は、不吉さよりも親しみやすさを感じる。ポルポの警戒心は薄く、ディルムッドにもあっけなく己の素性を明かした。サーヴァントとマスターという関係性は彼女の中に根付かないはずなのに、いとも簡単にディルムッドを信じて見せた。
この度胸はどこから来るのだろう。ディルムッドはたった半日しか共にいないのに、彼女のことが気になって仕方がなかった。
暗い部屋に入り込む月明かりは、暗い部屋の中にぼんやりと女性の輪郭を浮かび上がらせる。薄いカーテンは最低限の遮光の役目しか果たさない。理由を考えることもなく、ディルムッドの目は閉じられた。
流れる景色と誰かの笑顔。
瞼をスクリーンに、サーヴァントはポルポの記憶を夢に見る。
ポルポは魔術の素養がなく、能力を持たなかったが、サーヴァントたるディルムッドにはポルポの様子がある程度は把握できた。念話は叶わずとも、パスはできている。令呪がある限り、ディルムッドとポルポは繋がっている。
だから、ディルムッドはポルポの記憶を夢に見た。
そして音のない映像の中に、ディルムッドの知らない『女性』が現れた。
目を覚ましたのは、ディルムッドの身体を猪が撥ね飛ばした瞬間だった。ぱちりと目を開けて、荒くなっていた呼吸を何度も繰り返す。まるで自分が騎士団の、輝く貌の名を与えられた彼になったかのようだった。
これが、サーヴァントの過去を夢見るということ。
水を飲んで眠り直すために身体を起こして、ちらりとサーヴァントを伺う。
窓の横に立ちながら、決して壁にはもたれずに、二槍を抱いて目を閉じている。目を惹きつける男の美貌は夜の冴え冴えとした空気を受けて、より魅力を増すように思う。
イケメンには夜が似合うのかな。自分の周囲にいる美麗な男子を思い浮かべてみる。すぐに考えを取り消したのは、最も歳若く、希望がこぼれるような理想と決断に満ちた言葉を口にする美少年ジョルノには、このイタリアの燦々と照り付ける太陽が何より似合うからだ。
「主」
突如として話しかけられ、咄嗟に反応を返すことができない。かろうじて「はい」と、他人行儀な返事を絞り出す。
瞬きを一つする間にディルムッドは目を開き、真っ直ぐに、心の奥底までを見抜くつもりなのか、じっと動かずこちらを見つめている。
「サーヴァントとマスターの間には魔力のラインが出来、それを通じて……貴女は俺の記憶を夢に見ることがあると思います」
「……」
そうね、今見たわね。
あっさりと白状できる空気でもない。相手の意図が判別できず眉をしかめて、あることに思い至るまでそう時間はかからなかった。ディルムッドの次の言葉を待つまでもなく、彼がナニを言いたいのか、ナニを『見た』のかを察する。
君が深淵を覗く時、深淵もまた君を覗いている。同じことだ。私がディルムッドの過去を夢見た時、ディルムッドも私の過去を見たのだ。
知らずのうちに、一歩、後ろに下がっていた。スリッパはフローリングを滑り、微かな音を立てる。
ディルムッドは膝をつき、槍を傍らに置く。二本の槍は見るからに重量があるというのに、騒がしい音などは一切ない。慣れた動作なのか、ディルムッドが殊更丁寧に行動しているのかは判らなかった。
「不可避のこととはいえ、許しもなく主の過去を覗き見たことをお許しください」
「……ゆ……、許しますけど……」
許すとおっしゃい、頑迷な。そんなやりとりをしたい気持ちもあったけど、某慶東国の某麒麟じゃあるまいし、許さないと言えばディルムッドとの脆すぎる絆にヒビが入ることだろう。令呪を教会に返却する前に敵襲を受けた時、そのヒビが原因で戸惑われてはきけんがあぶない。私は素直に肯定を送った。
核心はここからだ。ディルムッドが私に向けたあの視線はいったい何か。好奇心でも否定でも肯定でも躊躇でもなかった。
私の記憶には見られてはまずいものがたくさんある。汁まみれ涎まみれ擬音まみれの薄い本はともかく、この人生について、そして知識についてが露わになれば、それは他にとっての不都合だ。
知識のアドバンテージなんてものは今となってはネタにしか使っていないし、『××』という名前をリゾットに明かしてしまったこともあり、彼らにぺらっと暴露したとしても今更拒絶はされない、と思う。そう思いたい。
しかしディルムッドは違う。これから起こるらしい第四次聖杯戦争は違う。時間軸が狂っているだけなら聖杯の誤作動で済むが、関わるつもりのない私が、この大会のあらすじを知っているとディルムッドが感じてしまえば、次に彼を召還した人間がその記憶を、もしかすると、万が一、億が一であっても、読み取られてしまうかもしれない。サーヴァントシステムにそんなことはないと解ってはいるものの、不安要素は残しておきたくないのだ。
特に、本来彼を召還するはずのケイネス・エルメロイ・アーチボルト9世たんだと、そんなモンを読み取った日には全力で聖杯戦争を悪い方向に引っ掻き回してくれそうである。下手すりゃ外道に目覚めて衛宮が死ぬ。いやまあ私にはどうでもいいことなんだけど、いいんだけどね。いいんだけど、良くない。ディルムッドに伝われこの想い。
「……何を見たの?」
どこまで、とは訊かない。それは自分から答えを言うようなものだ。
ディルムッドは、誰の睡眠も妨げないような小さな声ではっきりと答えた。
「貴女のすべてを」
こりゃまた嫌な言い方をするなあ。
どこからどこまでが私のすべてなのか、自己同一性の話は置いておいても、私にはよくわかっていない。自分でもすっかり忘れている記憶なんて山のようにあるし、安易に総括しちゃうのはどうかと思うよランサー。
煙に巻こうと適当なことをいくつか並べ立てても、ディルムッドの目は動揺しなかった。
「ですが俺は、貴女が、誰にも口にしていないであろうことを、見ました」
「…………」
一語ずつしっかり発音されてしまった。やっぱりばれてるみたいです。
*
眠りから覚める直前、夢から浮上するうつらうつらとした時間の中で、ついいつもの癖でリゾットをさがす。
手がシーツの上を彷徨い、いつもなら優しく手を繋いでくれるか、もしくは手を通り越して髪を撫ぜてくれるか、そんなリゾットのぬくもりを(まあ体温は低そうだけど)求めると、なんと驚き、自室であるというのに肩に触れる人肌があった。思わずはっきりと覚醒して目を開くと、は朝陽に輝くめちゃくちゃなイケメンと視線が合う。
「……でぃるむっど……」
何でこんなに近いんだこいつ。
寝ぼけた声で名前を呼ぶと、イケメンは柔らかく笑んだ。「はい、主」と返事をされる。違う、そうじゃねえ。
眠りを必要としないサーヴァントは、私の手がふらふらと動いたことに気が付いたのだろう。起きたいのかと気を遣って、私の肩を揺すってくれたのか。それにしたって早い反応だ。ずっとこちらを見ていないとできなさそうだけど、私が『マスター』だから、がっつり護衛してくれているのかな。護衛対象から一瞬たりとも目を離さない騎士。うーん、かたくな。
「おはよう……、……顔が近くない?」
「そうでしょうか?」
すっとぼけられてしまった。
休日でもない、平常の朝だ。壁掛けの時計を見ればもう朝食の時間だし、二度寝をするほどエネルギーの蓄えもない。お腹がぐうぐうと鳴いているので起きることにした。
起き上がるため左手をマットレスにつくと、バランスを取る右手が、す、と取られる。思わず沈黙。なんで手を握るんだ。起こしてくれようとしているのか?これがケルトの風習なのだろうか。あいにくと、私は神話には詳しくないのでよくわからない。歴史にもそれほど興味があったわけではないし、民俗学は日本のもので充分だ。まあ、興味が働いてちゅうがくにねんせいの恐ろしい性によりギリシャ神話に手を出した過去もあるがそれは置いておく。この人ギリシャの英霊じゃないし、今は関係がない。
手を貸してくれるというなら、使わない理由もない。
ありがたく力を借りてベッドから床へ脚を下ろし、スリッパにつま先を入れる。するとディルムッドが過去最高に距離を詰めて来た。過去最高と言っても私と彼の歴史は昨日の15時から始まったばかりだけども。
「イタリアでは朝の挨拶をハグで行うと聞きました」
「(誰に?)」
聖杯か?
「主の風習に従うのも従僕の役目。御身に触れることをお許しください、主!」
控えめな言葉に反して、許しを口にする前にすでに抱きしめられている件については家庭裁判所で審議しよう。
ディルムッドは、『郷にいては郷に従え』という考えを強く持っているのかもしれない。だとすると私がここで拒むのも可哀想だし、私もイケメンとハグをすることに抵抗はない。すんごく照れるけどこれは喪女故である。ちっくしょーモテなかったから!モテてたらこの程度指先一つで任務完了だったのに!
「おはようございます、ポルポ様」
デカい犬が構ってほしがっているような錯覚に陥ってディルムッドがゲシュタルト崩壊したので気恥ずかしさも薄れた。
はいはいおはよう、とたくましい背に腕を回してイタリアの朝を迎える寸前にノックが響く。反射的にうわびっくりした、と声が出る。一拍と置かずにドアが開いて、ディルムッドが少し私を抱き寄せた。
「…………」
そういうことをすると良くないんじゃないかな、と指摘したくてもできない空気が漂う。
「返事を待つべきではないか、リゾット殿?」
「そうかもしれないな。ポルポを起こすつもりだったが……」
ようやく解放された私を見るリゾット。
「必要はなかったようだな。よく眠れたか?」
ディルムッドのことは完全にスルーするつもりでいるんだろうか。あの、相互理解が足りないと第四次聖杯戦争は生き抜けないんですよ。知ってる?ていうかどんな場合であっても相互理解のない陣営は生き残らないから、仲良くしようぜ。もちろん私は参加する気なんてないんだけどね、後々お互い禍根がね、残ると困るじゃないですか。
ぽっと出の男と私が(恐らく私がパジャマでベッドに腰掛けつつ)ハグをしているシーンを目撃したリゾットの内心も、なんとなく察せる。私だってリゾットがなじみのない女性と抱き合ってたら、それが挨拶だって解っててもモヤモヤするわよ、そりゃあね。
「おはよう、リゾット。寂しくてよく眠れなかったなあ、……なんちゃっ、……て」
「…………」
「ま、真顔はやめよう……」
「いつもと変わらない」
ものすごく見られてしまった。はい、年甲斐もないことを言いました、ごめんなさい。
私が××だった前世を憶えている、という過去を知るディルムッドが、知らないリゾットに対して優越を感じていたのだと気づいたのは、その日一日、ずううっとディルムッドにべたべたと接触され、示しあうような笑みを幾度か向けられてからだった。鈍いと言うなかれ、こんなもん気づける方がおかしいんだ。
冬木に転生バージョン
*ポルポは聖杯戦争に参加するようです
私が住んでいる住所、都道府県は問題ないのよ。日本。ハイハイハイ、今回は日本ですか、で済む。番地。問題なし。亡き両親から引き継いだ持家。問題なし。ちょっと掃除大変だけど。あとみんなと別れちゃってさみしすぎて10年くらい再起不能だったけど。
市区町村。こいつが問題だ。なんか聞き覚えあるなって思ってたのよ。この表現デジャブ。
でも、問題ないだろうな、って思ってたのよ。私ってだいたい一般人だし、ちょっと瞳の色と名前が変わっているイタリア人。日本に住んでる外国人なんていっぱいいるじゃない。問題なし、の、はずだったんだけれど。
右手の甲にべったり貼りつく謎の紋様。ナニコレ。朝起きたらくっついててビビった。ナニコレ。洗剤でもマヨネーズでもバターでも落ちなかったし(マヨネーズはたぶんふーかの勘違いを憶えてただけだと思う)、除光液でぬぐってもダメだった。これ錬成陣?血で描いた?かすれて私の魂の定着が?がれちゃう?え?
わかってる。朝ごはん食べてる間に思い出した。でも現実逃避したかったんだよ。
ここは冬木市。赤い紋様。
「絶望時空きちゃった!!!」
詰んだ。
へこんでいても仕方ない。諦めが早いのが私の短所でもあり長所でもある。令呪が宿っちまったもんは仕方ねえよ。宿っちまったもん。どうするんだっけ。聖杯戦争に参戦するか、令呪をどっかに返却できるんだっけ?返却したい。こんなんくっつけて学校行くとか厨二すぎるだろ。
とりあえず休学届出した。祖国のおばあちゃんが死にかけてることにした。そんなひといないけど。ごめん。
困った時はゲンドウポーズ。癖になっちゃってるのかもしれない。どうすっべ。私、これどこに返却したらいいのか憶えてないんだ。あと、これが何次戦争なのかもわかんないんだ。五次ならまだいい。五次ってFateの本編だよね?私、プレイしたことはないけど、なんか鬱エンドアリアリのエロゲーだってことは知ってる。えっと、主人公誰だっけ。士郎。そうそう士郎。衛宮士郎だ。それと間桐桜、遠坂凛、えーっとアイリスフィール?あ、これはお母さんか。イリヤ。イリヤスフィール。そうそう。それしか知らない。あ、あと、戦争をするのはいいけど、泥?とかの都合でサーヴァントを殺しちゃいけないんだったよね。あれ?でも英雄王武器の貯蔵は充分かとか言ってたよな。ランサーが死んでたよな。いいの?
もしこれが四次だったらヤバい。だって全員死ぬことが前提じゃん。おっと、ひとり生き残ってるか。言峰綺礼が師匠をグッサリして、主を替えたギルガメッシュが五次において八人目のサーヴァント、に、なるんだっけ?知らんけど。
オレンジジュースをゴクゴク。
サーヴァントの召喚には魔法陣と呪文が必要なんだっけ。私、魔力回路とかないから、たとえ召喚できたとしても維持できなくてアボンしちゃうんだろうな。だってまじゅちゅの家系じゃないもん。ただのイタリア人だもん。
「(でもせっかく令呪が宿ったんだから、一度はやってみたい、よね?)」
私の無駄な記憶力よ唸れ。リテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール!困った時はこれを唱えろって教わったのよシータが
「みたせ、みたせ、みたせ、みたせ、みたせー!繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。えーっと」
あとなんだっけ。常世すべての悪を敷いたりするんだよな。聖杯の寄る辺に従ったりとか。憶えてねえ。
でも、もし。
もし、聖遺物もなく、私の気合いだけで呼び出せるものがあるならば。
「なんでもいいから、……来てよ!」
カッと右手が熱くなって、ぶわあと大きく風が吹いた。窓開けてないのに。ナニコレ。マジで?
ばさばさばさ、と激しくカレンダーがはためく。画鋲が耐えきれずに落ちた。カレンダーも落下。髪の毛が目に入った。イテエ。腕で顔を庇って目を閉じる。風がゆっくりと止む。
「―――問おう。……お前が俺の―――」
びっくりして目が開いた。癖で髪の毛を片手でなでつけて、その黒衣を、膝をつく男を見る。うそだろ承太郎。
す、と男が顔を上げた。おいおい台頭のゆるしは与えてないぜと冷静に突っ込む私。いいよ別にどうでも。赤い瞳と視線がかち合う。
「―――マスターか?」
あぁマジだぜ。心の中で承太郎が言った。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「そう、なるのかな?」
「そうなるな」
真剣に頷かれてしまった。
参戦決定。サーヴァントの真名はリゾット・ネエロ。そのマスターは、まぎれもなく、私だった。
*
エスプレッソを淹れる準備がなかったので紅茶を出した。飲むリゾット。凝視する私。
リゾットが英霊ってどういうことなんだ。どこでどういう功績を遺したんだろう。暗殺?暗殺が英霊になりうる功績?でも英霊っていうのは概念なのかな?誰でもなれるというわけではないだろうけど、わらわらといるものなのかも、しれない。
再会の喜び(これ再会でいいの?相手英霊で私生まれ変わりだけどいいの?いいよね。細かいことはいいんだよ)を抱き合ってくるくる回されて(未来少年コナンを一緒に見た時にこれ憧れるわーって言ったのを憶えていたらしい。何その記憶力)(くるくる回された時にリゾットのコートが風をはらんでふわーってなってたのすごい可愛かったし頭巾の飾りがふわーってなってたのも可愛かった。とにかくリゾット可愛い)もう一度抱き締められて私も抱き締め返して泣きそうになりながらやっぱりリゾット忘れられないよおずっと好きだったよお寂しかったよおとか言ってたらじーっと見下ろされてゆっくり瞬きされておっすおっすお前は猫かよと目潤ませてたらそのままキスされてうおああ英霊!英霊!と思考が混乱。でもやったーと魂潤った。もの凄く長かったけど魂潤った。潤いすぎてあふれて腰ぬけたけど潤った。くっそこいつやっぱりレベル9かよ。
リゾットがつらつらと饒舌に無感動に語ったところによると、リゾットたちは"私"がいなくて"ポルポ"(本物)がいる世界を経由したらしい。そこで過ごすうちに心が荒んで、パッショーネから抜けて思いっきり悪人殺―――もとい裏社会の世直しでストレス発散して、もしかして私がいつか生まれるんじゃないかとずっと待っていたけど結局そんなことはなくて荒みきったので、恨みを買って殺されそうになったところでもういいか、と殺されることを選んだらしい。えええ。私に諦めんなとか言ったじゃん。
そんで悪人ブッコロリしまくった功績で英霊になったけどまったく有難くねえよと座で下の様子を見ながら過ごしていたらしい。
話を聞いているうちに泣いてしまってリゾットに慰められた。ごめん。私、その世界に生まれられなくてごめん。落ち込んだ。
「その結果、こうやってお前に召喚されたのだから、無駄ではなかった」
「あ、そうだよ、それ。私、呪文も憶えてなかったし、ほんとに気合を籠めただけの子供の遊びみたいな召喚だったのに、よく応えてくれたよね?」
リゾットはちょっと首を傾げた。そうだな、思わず笑ってしまった。笑ったんかい。
「誰が呼んでいるのかはわからなかったが、はっきりと俺たちのことだと理解できたから、お前なんだろうなと思って降りた」
「ふうん……。……ちなみに私は"みんな"来い、って念じたんだけど、やっぱりサーヴァントはひとりにつき一体だから、一番、その……なんて言うべきかな?特別な関係だったリゾットが来たの?」
「いや……そろそろ煩いからスペースを借りるぞ」
「(煩い?)」
私がひとつ瞬きをする間にすべてが終わっていた。一気にリビングが騒がしくなる。椅子に座るリゾットの後ろに、横に、彼らがいた。
「さっさと出せってさっきから言ってんのに、なんで焦らすかなあ!?」
ぶう、と文句を言った切れ込みバリバリのキワドイ服を着た青年ががつがつと足音を鳴らして私に飛びついてきた。椅子が傾いて倒れそうになって、彼はそれを、私を強く抱き寄せることで解決した。
「め、めろーね、ええ?!え!?」
みんながそこにいた。ナニコレ。どういうことなの?"みんな"来てるよ。
リゾットが無言のまま私をじっと見て来た。なんだよ。言いたいことがあるなら言ってくれよ。読み取るぞこの野郎。
「リーダーの宝具なんだよ、俺ら」
読み取る前にイルーゾォが言ってくれた。ほうぐってなんだっけ。サーヴァントの七つ道具みたいなやつか。え?ほうぐ?
え?
見上げると、メローネがあっさり頷いた。
「リーダーがリーダーだったからかな?俺ら、英霊じゃなくて宝具扱いになったんだぜ」
どうせ宝具になるならポルポの宝具がよかったなー、という言葉はスルーした。いつも通りですね。
「結果的には良かったんだろうな、テメーの召喚に9人全員で応じるわけにもいかねぇし」
「宝具って言っても、俺たち固有の意思で動くことができるし、スタンドも使えるんだよ」
兄貴とペッシ。なにそれスタンド使えんの?え?
「オメーの魔力はフツーに食うから、全員が同時に全力で行動したらさすがに倒れるだろーけどな」
全員が同時に全力で行動する状況ってどんなんなのか教えてくれギアッチョ。
「ポルポの魔力は多くもねえけど少なくもねえから、そうだな」
「女王さんなら、リーダーを維持しながら俺ら4人くらいなら常にカロリーを摂ることでやってけるんじゃねえかな?」
あっやっぱり薄い本でよくあるようにエネルギーを摂りまくらないといけないんだ?ただでさえなにより食費がかさんでるのにこれ以上?まあお金あるからいいですけどね。全部食いつぶせるもんならつぶしてみろって感じですけどね。
「オメーのこったから、聖杯なんかどォーでも良くて、ダメ元で俺らを呼んでみたんだろ?」
遊び半分だったんだけど、途中からマジになってしまいましたね。
「召喚できなかったらどうするつもりだったんだよ。魔術師でもねえのに令呪持ってるなんて死んだっておかしくねえっつうのに……」
せやな。ググるにもググれないしな。
ていうか、ていうか。
リゾット以下9人が集合して、全員スタンドが使えて自立行動が可能で、リゾット含めて最大5人まで同時に全力で行動させられて(カロリーさえ尽きなければという注釈はあるものの)。
「……強すぎるだろ……」
クチーナ借りるぜとお茶を淹れだしたソルジェラ(どうぞどうぞ)。年号で言うと俺らが出会うまでにはあと5年くらいあるわけか、とイルーゾォ(そうだね年号だけで言うとね)。正確な日数を言ってお前コエエよと言われているホルマジオ(うん)。つーことは四次だなと冷静なギアッチョ(絶望しかないのにこの頼もしさ)。まさかアニメの世界で再会できるなんてねとメローネ(一緒に見たもんね)。テメーがイレギュラーの参加者になるとは笑えるなとプロシュート(だよね)。がんばろうねとペッシ(どれを?)。
絶望時空なはずなのに、なんか幸せな気分になってしまったから、もうなんでもいいや。
あとリゾットのクラスくっそわろた。仕事人ヤベエ。
クラス名:シャドウワーカー
真名:リゾット・ネエロ
マスター:ポルポ(××)
性別:男
属性:混沌・中庸
筋力:B+++
耐久:C+
俊敏:B++
魔力:A+
幸運:A
宝具:A
クラス別能力:
痕跡遮断A(気配、足跡、証拠を確実に残さず逃走)
任務遂行A(特定の上司から用命を受けた場合、完了するまで筋力・耐久が1ランク上昇する)
保有スキル:
冷静B(どんな状況であっても目的を見失うことはない。例えそれが死に瀕していても)
反撃B(攻撃を受けた場合、武器の有無に関係なく、一度の攻撃につき一回反撃することができる)
守護A(ただ1人の特定の人物に危険が迫った場合、俊敏・耐久が+分上昇する)
癒し(ただ1人の特定の人物と肉体が2分の1以上接触している間、心が癒される)
宝具:
メタリカ(血中に具現化されるスタンド)
暗殺チーム(英霊であることを退屈し宝具化した同僚を呼び出す。発動中は魔力が1ランク下がる)
*
10人で額をつきあわせて(ギアッチョは新聞を読んでいたしメローネは私の爪にマニキュアを塗っていたしソルジェラは私の部屋にあった漫画を読んで笑っていたけど)考えた結果、穏便に事を済ませよう、ということになった。すなわち、穏便に、冬木アボンを食い止めようということだ。お前はイレギュラーなんだし、逃げれば問題なくねえかとイルーゾォが首を傾げていたけど、それどうなの。最後にひとりが勝ち残る形じゃないと聖杯は機能しないのでは。逃げ勝ちを狙っているわけではないので、申し訳ないがそれは却下。ていうかここ私の家だし、休学してるだけで大学行ってるし。今の私は20歳でーす!ぼくのおっぱいはおっきいでーす!
無色の願望器として勝者の願いをかなえるはずの聖杯が、その願いをゆがんだ形で投影してしまうという異常を抱えていることを指摘しないといけない。そのためには、えーっと、臓硯おじいちゃんにファブリーズぶっかけてキレイキレイするか、頭のいいまじゅちゅしさんたちに丸投げするかしかないな。うちの鯖たち全員暗殺に特化しすぎてるから穏便に行こうとするとかなり難易度高いね。
「まずどっから行こうかしらね」
「俺、泰山の麻婆豆腐食ってみてえんだけどこれから行かねえ?」
「せっかく冬木にいるんだし一回は体験してえよな」
そっちじゃねえよ。行ったことあるけどあれはつらい。泣きかけながら食べた。
「個人的には、間桐桜が気になってる」
紫煙をくゆらせながら、プロシュートが眉間にしわをつくった。イタリア人としても、プロシュートの性格からしても、見過ごせない虐待なのだろう。
「精神懸かってるからね。えー、参加者は間桐雁夜、遠坂時臣、言峰綺礼、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、衛宮切嗣、ウェイバー・ベルベット、雨生龍之介。幼女児童繋がりで龍ちゃんも早々に確保しないとねえ。えーっと、アートが好きなんだっけ?」
「大概な異常者だよな」
「ンだなァ……暗殺者としての才能はあるんだろーし、そっちにぶっこんだらいいんじゃねェの?言峰綺礼がそーいう感じの職業じゃなかったか?代行者……だっけ?」
じゃあ手早く言峰綺礼と接触して攻略しないといけないわな。そもそも雨生がどこにおるのかわかんないし。くっそ滅却師みたいな名前してるくせに性格が全然違う。
間桐→言峰と並行して雨生捜索→遠坂→ケイネス→ウェイバー→衛宮になるのかな。衛宮がトリか。ヘッドショット食らわないように気をつけたいね。みんなに気をつけてほしいね。衛宮押さえときたいけど心バキ折りとか私得意じゃないんだよな。
ざっと見回して、ソルジェラと目が合った。うん、こいつらだな。
「倉庫街の戦いで全員顔合わせるし、そん時に私が出ることで、少なくとも、アサシン、ギルガメッシュ、そしてガメッシュを通してこっちを見てる遠坂にはイレギュラーの存在が伝わるよね。あれ?教会にはサーヴァントが召喚された情報が伝わってるんだっけ?そしたら全員集まった時点で理解されるよな」
「その程度で止まるとは思えねーけどな」
「みんな話聞かないしねえ。あー、あとアサシンひとり死ぬのも阻止しよ」
「そりゃいつの話だ?」
「わかんない。全部終わっちゃってるかもしれないけど、とりあえず様子を見ておこうか。全員、好きに動いてもらっていいんだ。えっと……できればひとりにはしないでほしいんだけど……」
ぼっちにされたら死んでしまいそうだ。令呪をどうやって隠したらいいか、私はファンデーションくらいしか思いつかないし。言峰は3年間もどうやって隠していたんだよ。教えてくれ。
頼む、と手を合わせて窺うと、当たり前だよとペッシが力強く頷いた。
「大丈夫。リーダーがついてるよ」
何より心強いですね。
ソルベとジェラートの強い希望により、私たちは泰山で昼食をとることにした。向かうメンバーは、私、リゾット、ソルベ、ジェラート、メローネの5人だ。他の5人は地理を把握するため周囲の偵察に出た。何かあったら身を守ることを第一に目的を達成してねってお願いした。魔力に配慮してーなんてことは言わない。どうせたっぷりカロリーを摂るし、彼らが全力で戦闘することなんて、昼間の冬木で起こるはずもない。
「私は炒飯とチンジャオロースと回鍋肉と牛バラ丼とライスとー、食後に杏仁豆腐とマンゴープリンで」
店員さんに二度見された。ごめん、鯖召喚したからかお腹すいてるんだ私。
「俺らは噂の麻婆豆腐2皿とライス2つで」
2、と指を立てたソルベに、店員さんが目をまるくして、えっ大丈夫ですか、とペンを止めた。
「初めてのお客さんですよね?1皿で様子見た方がいいと思いますけど……」
「そうかい?んじゃあ1皿で、イケそうだったら追加で頼もっかな」
「勇者ですねえ。ウーロン茶サービスしてますから、あとでお持ちしますね。えっと、そちらのお客さんは?」
メニューを眺めていたメローネが、じゃあ俺チャーシュー麺、と言ったので私がびっくりしてしまった。おいイタリア人、すするの大丈夫なのか?マナー的に抵抗とかないの?むしろラーメンはすするのがマナーだろ?この適応力である。ただ食に対するこだわりがないだけ?
リゾットはエビチリとライスだった。君、前もエビチリ食べてなかった?自分でつくったりしてたよね?エビチリ好きなのかな。味の研究がしたいのかな。気になる。
広いテーブルに案内されていたので(そりゃ5人だもんな)、ぺらぺらと会話をして、たまにリゾットが相槌を打ったり、メローネがえげつないことをぺろっと口にしたり、ソルベとジェラートがその話にくっくっくと笑ったりしているうちに(お店の中だから爆笑するのは控えているらしい。えらい)どんどん料理が運ばれてきた。やったー。
私がフーフーフーフーしている間にソルベがワクワクした表情で麻婆豆腐にレンゲをつっこんだ。ジェラートもつっこんだ。
「向かいに座ってる私の目が痛い」
「唐辛子ってそうだよな。くしゃみ出ねえ?」
「出そう」
だよな、とまったくくしゃみをしそうにない顔でソルベがすくった麻婆豆腐に軽く息を吹きかける。アツアツだもんね。いや、ソルジェラの関係じゃなくて。
「いっただきまーす」
ゴクリ。私を含め、店中の視線がソルジェラに向いていた。はくっ、とレンゲが口の中に。抜き取られる。もぐもぐ。
「おお、辛えな。でもこれ山椒がうまいぜ、ソルベ」
ザワ……ザワ……する店内。もしかして宝具だからこの子たち味覚機能してないのかな、と一瞬思ったけど山椒の味を感じているくらいだし、いつも通り優秀な味蕾は仕事をしているのだろう。なんというブラック企業。
「んだな。メシに合う。これうめえなー!ポルポ、食う?ほら、おにいさんがあーんしてやっからさ」
ライスつきでレンゲを差し出されてしまった。おいしいのは知ってるんだよ。辛くて癖になるよね。でも辛いんだよ。そのあとの味がしばらくわからなくなるくらい辛いんだよ。
「ほら」
「もっと冷ましてくれないと食べられません。私の舌いずねこじた」
「おっと、悪い悪い」
ソルベが冷ましてくれた。また差し出されたので食べる。もぐもぐもぐ、と口を動かす。これが人間の食べ物かよ。汗出るわ。
「おいしいけどめっちゃ辛いわよね。リゾット食べてみる?」
「遠慮する」
「しなくていいぜ、リゾット。ほれ」
「俺ももらっていい?」
「おう。メローネ辛いの大丈夫だっけ?」
「どんな刺激なのか興味ある。ん、……へえー、辛いね。無理」
メローネはあっさり首を振ってラーメンに戻った。その反応が正しい。いや、もっと苦しまないとおかしいわ。メローネも常人じゃなかった。ナニ?暗殺者の訓練をこなしたから痛みに耐性あるの?辛みって痛みだよね。これもう胃が痛くなる辛みだもんね。なんでこんなものを生み出してしまったんだ店主は。これ敵に投げたらたぶん衛宮切嗣でさえものたうちまわる。持ち帰ってそうしたいよね。
リゾットはジェラートにあーんされることに抵抗があったのだろう。いいか?と私に許可を取ってから、私の牛バラ丼についていたレンゲで麻婆豆腐をすくった。うん、そのレンゲ返してくれなくていいよ。炒飯のレンゲで食べることにするから。
「……これは……」
口元を片手で押さえて、リゾットが目をそらした。ジェラートが堪え切れずにぎゃははと声を立てて笑った。あんたの味覚、時代についていけてねえぜ!違えよあんたらに時代が追い付いてないんだよ、と思ったけど言わなかった。
おいしいねと話しながら皿を空にして、気に入ったのかジェラートは殺人麻婆豆腐をお代わりしていた。店員さんが引いていた。あ、あの、失礼な質問をしてしまいますがどちらのお国の方ですか?辛いもの、お得意なんですか?イタリアだぜ。あ、イタリアですかー、……え!?イタリア!?二度見していた。だよねー。
*
アサシン、えーっと誰さんだっけ?あ、ザイードです。そうそうザイードくん。
英雄王の攻撃によって急所を貫かれるはずだったザイードくんをペッシたんのビーチボーイが釣り上げて致命傷を外し、ばたりと落ちてこのままだと回復にまわす魔力がなくて死んでしまう、ということで、英雄王ならぬ慢心王さまはそのままスーッと姿を消した。スタンドの釣り糸はスタンド使いにしか視認できない。例えそれがサーヴァントであっても。ということで、みんながアサシン離脱を確信したところでずるずる引っ張っておうちに連れて帰ってきました。
どうして私を助けたんです、と訊ねられたけど、そりゃそこに死にそうなひとがいたら助けるだろ。えへへ俺の能力なんだよとペッシが照れたように首の後ろを撫でて、あんたら変な鱒鯖ですねえって言われてしまった。表向きは死んだと思われていても、アサシンの群体には彼が死んでいないと伝わっているだろう。さて、どう動くのかなと思っていたらザイードくんが身バレしない程度にやさぐれて説明してくれた。俺たちこの作戦ちょっと不満だったんでたぶんみんな不思議には思っているだろうけど誰にも言ってないんじゃないですかね。そうかい。
私がザイードくんと会話をしている間、リゾットはぴったり私の隣の席についてカッフェを飲んでいた。ザイードくんは中東の英霊らしいので、いえいえ私はいいですよ英霊ですしとか言ってたけどソルジェラにチャイを出されてなんかすみません助けてもらった上にごちそうになっちゃって、と近所のにいちゃんみたいな様子だった。完全に打ち解けている。チャイを飲みながら、ザイードくんがぽつぽつと質問を投げかけてきたので、ひとつひとつぺらぺらと答えると、柿ピーの袋を開けていたイルーゾォに後ろから頭を叩かれた。全部正直に答えてんじゃねえよバカか。訊かれたら答えるだろ常識的に考えて。いや、もっと警戒心持たないとダメだよ私は敵のサーヴァントであなたはマスターなんですからとザイードくんにも苦笑されてしまった。なんかすみません。叩かれたところをリゾットに無言で撫でられた。うん、ありがとう。
どうやらザイードくんたちサーヴァントには、プロシュートたち8人が宝具かどうかはわからないけど、確かに私の鯖がリゾットである、ということは知覚できるらしい。宝具の情報もぺらぺら喋っちゃダメですからねとザイードくんに釘を刺されてしまった。喋ったところで攻略法なんて見つけられないんだから個人的にはいいんじゃないかなと思うんだけどねえ。実際みんな、それについてはケロッとしてるし。
ソルジェラの料理でザイードくんの胃袋をガッチリ掴んでこれには私も大苦笑。あんたら凄いよ。
―――さて。
今、私はリゾットと一緒に指定された場所に向かっているのだが、事の発端は今日の昼にさかのぼる。
リゾットと並んでぶらぶらと街を歩きながら、これからどうやって動くべきかねえとのんびり相談してクレープを食べたりアイスを食べたりお茶をしたりお昼ご飯を食べたり焼きたてのあんぱんを食べたり、リゾットたちを召喚してから習慣になった(同行するメンバーはその時々で変わるけれど、今日はザイードくんの治療とお散歩と他陣営の偵察などのためにふたりっきりだ)ダータを楽しんでいると、平日の昼間ということで人気のない公園のベンチに座ってリゾットと話をしている時に、ざり、とわざと音を立てて近づいてきた影があった。敵意がなかったからか、視線を動かしたリゾットの動きは緩慢だ。
「失礼、―――うッ」
「本当に失礼だな」
声をかけてきた瞬間に顔をそむけた男に、リゾットがぼそりと呟く。そうだね。でも私たちはその事情を知ってるから、あえてそう言ってやるなよ可哀そうだろ。
「聖杯戦争の参加者と、そのサーヴァントとお見受けする。攻撃の意思はない。少し、話をしても構わないだろうか」
「ええ、どうぞ。私はポルポ。こっちは私のサーヴァントのリゾット。クラスはシャドウワーカー」
私はベンチから立ち上がった。相手だけ立たせておくって言うのも何だ。リゾットも立ち上がる。
「シャドウ―――?それは……、……いや、そちらの誠意に感謝する。俺はランサーのクラスで召喚された、ディルムッド・オディナだ」
わあ正直。ディルムッドはひどく気まずそうに、私から見て横を向いた。
「礼を失する行為だということは理解しているが、……俺の顔面の黒子には呪いがかかっていて、その……女性と顔を合わせると、その女性は俺に……ひどく好意を抱いてしまうんだ」
あまりに言いづらそうに説明してくれたものだから笑ってしまうかと思った。笑い事じゃないよね、ごめん。
「見なければいいのか?」
「あ、あぁ……そうだな」
リゾットが無言で、後ろから両手で私の目を覆った。わあ真っ暗。
「彼女の目を覆った」
「お、おお……!助かる」
ざり、と砂の上で身体の向きを変えたのだろう。ディルムッドの声の近さが変わった。
「我々はいずれにせよ、互いに決着をつけねばならない。そうだろう?」
決着つけられると困るんだけど、流れ的には頷くべきかな?
ちょっと迷っていると、リゾットがそうだな、と無感動な声でディルムッドに同意した。だよねー。
リゾット的には私が冬木アボンを防ぎたいから私に付き合ってくれてるだけで、第四次聖杯戦争が筋道通りに進んで冬木がアボンすることになっても、宝具になっている彼らを引き連れて私を比喩でなく担いですたこらさっさと安全な場所に逃げればいいわけだから、迷う必要はない。ディルムッドの話に相槌を打っただけかもしれないけど。どちらかというとそれっぽいけど。
「シャドウワーカー、そしてポルポ。俺は今晩、海浜倉庫街でそれを行おうと思っている」
私憶えてないんだけどさ、これってケイネス先生が指示を出したのかな?やっぱり由緒正しき家門の魔術師としては正々堂々戦って勝利することこそが実力の証、っていうことなのかしら。そうかもしれないな。ソラウに良いところを見せたいっていうのもあるのかもね。以上鱒鯖テレフォン。
ディルムッドは私たちに誘いをかけた。よかったら来て戦おうぜ、正々堂々と戦ってこそ騎士だろ。
「(私たちは騎士じゃないんだけどな)」
かなり真剣な様子だったので突っ込まなかった。
ということで、いざ鎌倉。じゃなかった海浜倉庫街。
いってらっしゃーいとソルジェラコンビが玄関口まで見送ってくれた。まァ、リーダーがいりゃあ問題ねェだろと冬木名物新都まんじゅうを食べながらホルマジオ。なにかあったら呼んでねとニコニコペッシ。お前は空気を読むことだけ考えろよと半目でイルーゾォ。さすがにそりゃひどい。私はエアリーディング検定2級だよ。
どこにいるのかなーときょろきょろしていたらリゾットが手を引いて歩いてくれた。そうね、私魔力とか検知できないからね。子供の迷子防止かよとかちょっと思っちゃったけどリゾットはまったく何も思ってないんだろうね。この場面、舞弥たんに見られてたら恥ずかしすぎるな。22歳の肉体のサーヴァントに腕引っ張られて歩いてる20歳のマスター。お、おう。
堂々と仁王立ちで参加者を待つディルムッドと目が合ったので手を振った。小さく会釈された。騎士だから礼儀正しいのかな。たぶんリゾットがそのポジションだったら無視する。
「まだ他のひと達は来てないんだね。どれくらい待ってるの?」
「一刻ほどだ」
待ち合わせの時間も指定されてないのによく一番乗りができたね。先に来てた誰かがやっぱり30分くらい待って、それからやっぱ来ないねってことで帰ってしまう可能性が微レ存。
「な、ちょ、ま、待ってくれ!」
「うおっビビった。急に大声出すなよ」
「す、すまない……、あ、あまりに自然で流してしまったが、ポ、ポルポ、貴殿はその……」
私もスルーされてるなってちょっと思ってた。そうだね、さっき目が合ったね。今も目が合ってるね。私、お話しする時は相手の目を見るタイプだから思いっきりガッツリ合ってるね。リゾットが私に目隠ししなかったから普通に目が合ってるね。
「俺の愛の黒子が効かないのか!?」
愛の黒子クッソ笑った。脳内で。ソルベとジェラートがここにいたら転げまわって笑ってると思う。自宅待機しててよかったね。腹筋崩壊的な意味で。
私はリゾットを見上げて、頭を撫でられたのでディルムッドに視線を戻した。
「私、恋人いるしね」
「いや……恋人の有無は関係ないぞ。現にソラウ様は―――あっ、いや、失礼」
ケイネス先生この近くにいるんだよね?パスで怒られちゃったのかな?誰に対しての"失礼"かな?
大人として聞かなかったことにした。今のは聞かなかったことにしてほしいと全身で訴えてきたディルムッドにひとつ頷きを返す。いいよいいよ、聞かなくても知ってるし。苦手なものは恋する乙女と嫉妬深い男なのに両方ドドンと絡んでる主従関係なんだもんね。安定の幸運E。
世間話に切り替えることにした。
「ねえ、冬木名物の新都まんじゅう食べた?あれめっちゃおいしいんだよ。ひと箱でたしか12個入ってたかな?3種類の味が入ってて、餡と栗とチョコでさ。あーっと、お小遣いとかもらってる?」
「お小遣い……は特には。俺は主から非常に多くの魔力を賜っているため、サーヴァントとしての食事は必要ないんだ」
「すごいね、ディルムッドのマスターさん。ディルムッドって強いんでしょ?それを維持して、こうやって正々堂々とした勝負を任せられるって、すごく力のある魔術師さん?」
「あぁ。その恩に報うため、俺は主のための勝鬨を上げて見せる。……と、言うのは貴殿らに言うことではないかもしれないが」
そうだね、お前らぶっ殺すって言ってるのと同義だからね。まあうちのリゾットたんと家族は負けませんけどー。冗談めかして笑うと、ディルムッドもちょっと笑った。貴殿と勝負するのが楽しみだ。
沈黙を貫いて静観していたリゾットが、ふいに口を開いた。
「恩、というのは?」
ディルムッドはわずかに、自嘲するように顔をそらした。私のレベルマックスの動体視力が(ごめん誇張した)、彼の視線が動くのを捉えたので、私はその先を見ないようにリゾットを見上げる。リゾットは微動だにせず静かに槍の騎士を見つめている。ディルムッドが顔をリゾットに向けた。
「俺は、この黒子の呪いのために主君の妻を魅了してしまった。主君への忠誠心と彼女への愛のどちらを優先するべきか。俺は結果的に、愛を選んだ。そして、主君を裏切った報いを受けた。主君の怒りは当然だ。俺は、つまり彼女を―――」
「寝取った?」
「そうだな……」
上品な表現を知らないのでざっぱな言葉で合いの手を入れると、ディルムッドは頷いた。愛を横取りした、とかそういうのもアリだったかもな。
「俺は彼女を愛した。それが魅了の呪いのせいであっても、彼女も俺を愛してくれた。その結果主君に殺されることとなったが、俺はその選択を後悔していない。……だが、もしも二度目の生があるなら、と、生前に固く心に決めたのだ」
ディルムッドは真剣に、ぴっしりと胸を反らして、顎を引いた。
「俺は愛ではなく、主君を選ぶ。主を至上とし、その命に従い結果を挙げることこそが俺の望みなのだ。だからこそ、俺をサーヴァントとして召喚し、主従の関係を結んでくださった主に恩を感じている。俺個人としては、聖杯を求める気持ちはない。主のために二鎗をふるい、忠義をまっとうする。それこそが俺の望みだ」
ものすごく語ってくれた。ありがとう。ディルムッドって、はいといいえとなんと!で主と会話するってネタがあったけど、他人とならぺらっぺら喋るのかな。主を前にすると従者としての気持ちが先だっちゃって口下手になるのかな。思ったことはちゃんと言ったほうがいいよ。セイバーはマスターに噛みつきまくりだし、ライダーのマスターなんか鯖に主導権奪われまくりだよ。
「なるほど」
真面目に説明してくれたディルムッドに対してこのリゾットの無感動さである。
「主は誰でもいい、ということか?」
「なッ……」
そこ突っついちゃうの?この倉庫街でそんな大事な話をしちゃうの?今せっかくいい形にまとまったのにちょっかい出しちゃうのか。このタイミングか。流れとしては正当だけど、あんまりにサラッと言うものだから反応が遅れた。
「忠義さえつくせれば誰でもいいのだろう?少なくとも俺にはそういうふうに聞こえた」
「何をバカな!俺は主―――、……あるじに、……」
あわわ、見た目25歳くらいのぴちぴちルックの男が俯いてしまった。心バキ折りはソルジェラの得意技かと思っていたけど、無表情無感動冷静にひとつひとつ反論をつぶされるとへこんでしまうよね。わかるよ君の気持ち。
召喚されたから主とするのは当然だーと主張ムッド。相互理解のない主従関係はハリボテと同じではないのかとネエロ氏。相互理解という点で痛いところを突かれたディルさん狼狽え。誰が主でも構わないというお前の姿勢と同じようにお前の主も誰が従者でも構わないんだろうよと追撃。それはマスターとサーヴァントの関係だから主がそう思われるのは当然だとケルトの騎士。そのハリボテの関係で見せ掛けの充足を得ることはお前の自己満足でしかない。お前がそこで停滞している限り主の信頼は永遠にお前に向くことはないだろうなとリゾットさん。ディルムッドちょっと沈黙。果たしてそれは正しい忠義の形か、俺にはお前のそれが忠節だとは思えないなと解説席にはリゾット。ディルムッド視線うろうろ。忠義とは主君に対し真心を込めて尽くす心だと大辞林ネエロ。俺は主に、と焦ったように顔を上げるランサー。真心とは偽りや飾りのない誠意のことを意味するが、お前にとっての"主"とは飾りの存在か?"主"と名がつけば誰に対しても膝を折るのか?
愕然としたように立ち尽くしていた槍使いの男は、お前は、とかぶりを振った。
「お前とてサーヴァントだ。マスターのために尽くす、それはサーヴァントとして召喚された以上、俺のような忠義の誓いや騎士道を抜きにしても、身を捧げることは命題だろう。俺にそこまで言うお前が、お前のマスターに向ける想いとはなんなんだ」
ディルムッドのメンタルが瀕死。そんな精神でこれからの戦い頑張れるのか?セイバーの左腕にゲイ・ナントカをぶち当てられるのか?どうでもいいけどゲイ・ボウってキワドイよね。アニメを見ている時にソルベとジェラートだけじゃなくてホルマジオが爆笑してた。ケルトヤベエって言ってた。私も思った。ゲイ・ボウ♂
雑念にまみれている私には気づかず、ディルムッドは、恐らく口を開いたリゾットを注視する。リゾットは言った。
「俺は"マスター"に従っているのではない。"ポルポ"だからこそこの身を懸けている。ただそれだけだ」
私とリゾットは、たぶん、同じタイミングで彼を見上げて、私を見下ろした。嬉しいこと言ってくれるじゃないかリゾット。そんなこと言われたらホイホイ抱きついちゃうよ。人前だからしないけど。
「私もだよ、リゾット。君だから召喚した」
正確に言うと、君たち、になるんだが、ここで引っかかるポイントをつくることもあるまい、とリゾット単体に対象を絞った。
ねー、と首を傾げてみせると、リゾットが同意するように目を細めた。私のリゾットちゃんの可愛さはさいきょうなんだ!ここでガッツポーズ。
顔の向きを戻すと、ディルムッドのメンタルが死んでいた。片手で額を押さえている。
「そっちの事情はわかんないけど、なんか、後ろから2人来たよ」
とりあえず大きく手を振った。アイリスフィールらしき白い美女がこてんと首を傾げてから振り返してくれた。なにそれ可愛い。
あっもしかしてここ、ライフルかなんかのスコープで監視されてるのかな。下手な動きはしないようにしよう。頭撃ち抜かれたら私死んじゃうよ。あれ?銃弾って鉄分混じってるっけ?混じってたら磁力操作でなんとかなるかな?いや銃弾って鉛玉だっけ。アウトー。私アウトー。
ウホッいい戦い。
ランサーとセイバーの正々堂々名乗りを挙げた戦いを、ミルキーを舐めながら観戦していたらアララララーイとゴルディアスホイールが到着して我が名は征服王イスカンダルーばかばか自分から名乗ってどうするんだよお!可愛らしいライダー陣営がログインしました。
「こんばんは」
「おお、貴殿もサーヴァントのマスターのようだな?」
「そう、ポルポって言います。こっちは」
黒猫のジジと続けるべき流れに自分で笑ってしまった。シャドウワーカーのリゾットです。彼のせいじゃないんだけどやっぱりシャドウワーカー違和感ある。シャドウワーカーってなんだよ。必殺仕事人をカッコよく言ってみたのやめろ。ワークマンとか言われたらもっと笑って再起不能になってただろうけど。やべえワークマン。行こうみんなのワークマン。
持ってた大袋からミルキーを掴み取って、ひと握りぶんのこぶしを差し出すとライダーが大きな手を出した。ぱ、と手を広げて飴をざらざらとその手に落とすと、おお!と偉丈夫が破顔した。
「飴か!」
「ざっつらい。マスターさんと一緒にどうぞ。これおいしいですよ。ミルキーはママの味なんですよ」
「ありがたくいただこう。ほれ、ボウズ」
「バカバカバカあ!こいつら敵だろ!敵からもらったもんを簡単に食―――もご」
大きな手と指がちんまりした飴の包み紙を取って、白くてまるいそれをウェイバーの口につっこんだ。自分も食べている。
「あまい」
「甘いなあ」
「甘いよね」
なにこのほのぼの。リゾットにもひとつあげた。ぴ、と包み紙の両端をつまんでひいて剥がして、現れた飴を取った。のんびり口に入れる。あ、舐めるんだ?前は私にぶちこんで来たからまたそうするかと思った。もしかしてエネルギーを摂らないといけないくらい魔力が足りてないのかな。ごめん、私、自分の起源もわからない一般人だからさ。
強そうな鯖の出現に戦いの手を止めてこちらを窺っていたセイバーとランサーが、ライダーからの誘いを受けている。セイバーはきっぱり断る。ランサーはどうかなと思って見ていると、ぐ、と背筋を伸ばして、俺が従うのは主のみ、と言っていた。でもまだ動揺してるよねえ。だろうな。パススカイプ便利。
「貴公らはどうだ?我が軍門に下り、余と共に聖杯をめざす意思はないか?聖杯は譲れんが、のちの時を朋友として共に歩もうではないか」
「バカかライダー!そんな誘い文句に釣られるわけないだろ!」
カッコいい台詞とごもっともなツッコミなのにミルキーでもごもごしてるから可愛い。
私は飴を口内の端に寄せて頬をちょっともごっとさせながら頷いた。
「まずは交換日記から始めましょう」
「うむ。お互いを知ることは大切だ」
「そうね、あとお茶したりしよう」
ライダーが笑いながら私の頭をぐりぐり撫でてくれた。イエーイ征服王のナデナデイエーイ。テンション上がった。
ライダー的には今のお誘いはジョークだったようで、プンスカしているウェイバーたんを宥めている。ものは試しと言うではないか。ばかばかばかあ!やることのスケール考えろよ!そんなやりとりが微笑ましい。この子イルーゾォと同じ匂いがするね。がんばってね。
隠れてないで出ておいでよーとライダーが呼び掛けたら金ぴかのひとが上のほうに現れた。やだこれスカートだったら中が丸見えになっちゃう。ギルガメッ子じゃなくてよかった。
「我を差し置いて王を自称するものが2人も現れるとはな」
やだイケボ。なんかキラキラしててカッコよかったから拍手した。すごいよ!英雄王さん!
イケメンでイケボで強くて王様で、非の打ちどころがないね。その性格もスパイス。このひとの前でディアボロが頂点頂点言ってたらたぶん宝具でぐっさり行かれる。その器もないのに口を叩くなとか言われそう。もっと難しい言葉遣いで。
「どうしよう?飴、献上したほうがいいのかな?」
「……したいならすればいいんじゃないか?」
「でもミルキーって、王様に献上して逆に不敬になったりしないかな。どうですか、ライダーさん」
「余は気にせんぞ?」
だろうね。
「女雑種、ミルキーとはなんだ?」
なんか食いついちゃったよ。冗談だったんだけど。ポルポジョークだよ。でも冗談で済ませられる空気じゃないな。ていうかあんたさっきからそこで待機してたんじゃないのか?ミルキーはママの味なんだよ?
「甘くておいしい飴ですよー。その高みまでは上れないので投げてもいいですかー」
「雑な奉じ方だが特別に許す」
献上品のために我様が下りてくるわけないもんな。リゾットよろしく。投げるの得意そうだから、飴ちゃんをひとつ渡した。リゾットは半歩引いて、「いくぞ」も「そーれ」も「いっけえええ」もなく無言で投げた。ぱし、と難なく金ぴか様がそれを片手で受け止める。ぴ、と開いて食べた。あっ今食べるんだ?手土産はお茶うけに出す、みたいなもんなのかな。それが礼儀なのかな。それとも興味があったのかな。
「甘い」
「そうだな、甘かったぞ」
もごりと呟いたギルガメッシュにイスカンダルが同意した。
「あと、ロシアンルーレットチョコもありますよー」
「それはなんだ?」
「いや、そんな話をしている場合ではないのでは……」
控えめなディルムッドのツッコミに、ウェイバーが何度も頷いていた。我が道を往きすぎる王2人には完全に無視されたので、ディルムッドがセイバーを振り返る。セイバーが大きくひとつ頷いた。あなたの言うことが正しい。そう言って貰えてよかった、俺は危うく自信をなくしかけた……。
ロシアンルーレットチョコは1パック6個のチョコの中にひとつだけ激辛ヌガー入りのチョコが入ってる悪戯グッズだよ。
ギルガメッシュは、ほう、と片眉を上げた。
「それも奉ぜよ。6つのうちどれに入っているかを見分ける術はないのだな?」
「食べてみるまでわかんない」
「よし」
何がよし、なのかわかんないけど時臣がんばって。
また投げてもらおうかなーとリゾットを振り返ると、リゾットの視線がスッとギルガメッシュを通り越して夜の奥に向けられた。わずかに私の前に出る。なんだなんだ。私も同じ方向を見てみた。
よくわからんなと口を開きかけて、Arrr−!と不明瞭な雄叫びと共に影が飛び出してきた。バーサーカーキター!どっかで、殺せバーサーカー!って雁夜おじさんが叫んでるのかな?殺されたくないぜバーサーカー。
ドンパチやってバーサーカーがセイバーに気づいてうんたらかんたらで私たちポカーン。なんか大変そうだね。そうだなあ。ラ、ラララライダー、あれがバーサーカーなのかよ。だろうなあ。ですねえ。飴ちゃんいる?え、あ、……もらう。ウェイバーたんすはすは。
「時臣め、退けと言うか……」
恐らく遠坂邸のほうに視線をやって、それからギルガメッシュは私を見下ろした。投げろってことね。
「リゾット、お願いします」
チョコレートの箱をリゾットに手渡すと、リゾットは少し持ち方を変えて、ひゅ、と風切り音を立ててそれを投げた。ナイスストライク!
金色の英雄王はチョコのパッケージをちらりと眺めて、それからすーっと音もなく姿を消した。霊体化便利だよね。リゾットが霊体化したことはこれまでで一度もないし、宝具扱いの彼らも偵察に出てる時くらいしか霊体化してないみたいで、私が実際に霊体から実体する彼らの変化を見たことはない。たぶん。あっ間違えた、一回あったわ。リゾットが彼らを宝具解放する時に―――あれは霊体なのか?宝具だから霊体っていうかなんか、なんなんだろう。
みんなが撤退する流れになったので、せっかくだから飴を大放出しちゃおうということでリゾットに投げてもらった。さっきから投げさせてばっかりでごめん。
「セイバー!これ甘くておいしいよー!」
「え、えぇ、あ、はい、ありがとうございます」
戸惑ってたけどスルー。
「ランサー!これ舐めて元気出しなね!あと、明日の午後にハイアットホテルってとこの近くの公園で愛の告白大会やってるよー!」
「かたじけない……?」
戸惑ってたけどスルー。みんな飴舐めて元気出せ。
ランサー陣営、ケイネス先生が聞いてくれればいいね。
婚約者の魅了が解けない限りそれはないだろう。
どうにかなんないかしらね。
魔術礼装の製作ができる人間がいればいいんだが。
それこそ某先生のお株だろ。
発想がないのか技術的に無理なのか。
令呪使うとどうなるんかな?
ふむ、間桐に手を出す時にバーサーカーの狂化が令呪で解除できれば、その可能性もあるだろうな。
フラグ立てまくるのめんどくさいよおーリゾットー。
令呪を返却されると俺たちは座に帰ることになるから、その手段はやめてほしいんだが。
私だって嫌だよそれは!!?
それは良かった。
あ、ねえ、それも令呪で命じたらどうなんだろう?全員の魂、……というくくりなのかはわからないけど、英霊としての概念を現世に定着させるように命じたら?エラー起こして令呪だけ消費されるのかな?
そういう前例を聞いたことがないから判らない。が、なんらかの形で結果は現れるだろう。末端とはいえ聖杯の力が働いているんだ。
ウボアー。もうみんなと離れたくないよー。
俺もだ。
ありがと。……何も知らなかったら、みんなと協力して他の陣営を蹴散らして、聖杯を手に入れて、ずっと一緒にいられるように願っていただろうなあ。
そうか。
そんでゆがんだ形で叶えられる。……どうなるんだ?世界中のひとが死んで、私たちだけが一緒に生きるようになるのかな?
かなりゆがんでいるな。
ね。
……おやつは買わなくていいのか?
ん、買っていこうか。なにがいいかしらねー。
飴も補充したほうがいい。
そうだね。次はサイダー飴とかにしよっかなー。
*****
ごめんなさい、もう続かないです……。