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悪魔(節制)

ドリーム小説
ポルナレフが1212号室にやってきたのは、連絡を受けてから数十分経ってからだった。扉を閉めるや否や、ずるずると床に座り込んだポルナレフに、が駆け寄る。
「傷だらけだけど……大丈夫?」
「あぁ……しっかし、おそろしい相手だったぜ」
「だった、とは……もしやもう倒したということか?!」
ジョセフの言葉にうなずきで答えると、ポルナレフは手に持っていた救急箱をに差し出した。
「ちーっと治療でもしてくれよ。ここはむさくるしい野郎どもに頼むよりは、まだのほうが気がましだぜ」
「敵に襲われながら、なんてやつだ……」
花京院が呆れている。
はポルナレフの傷の具合を見ると、足首と首筋に血がだらだらと垂れている。貧血を起こすほどではなさそうだったが、足首の傷は歩くと痛むだろう。太ももからピストルを取り出すと、銃身上部を引っ張り、無造作なやり方で自分のこめかみに銃口を向けた。
「ペルソナ!」
たん、という軽い銃声とともに、の頭上に、身体を丸めた子供が浮かび上がる。
「ス、スタンド!?」
「どういうことだ!?い、いったいあれは……」
「嫌な感じはまったくしない……むしろ何か心が落ち着いていくようだ……」
子供の幻影はくるりと腕を振るう。ポルナレフの傷が青白い光に包まれ、光が消えるころには血の流れは止まり、痛みもなくなっていた。傷口は皮膚に覆われ、少し色が薄いこと以外は、いつも通りの足にしか見えない。同じことが首筋でも起こり、ポルナレフは疲労も吹き飛ぶほど驚いた。
「もうー少し、秘密にしておくかと思ったんだがのォ」
「ジョセフさんってばいじわるゥー」
笑顔を交わす2人は、秘密を共有していた共犯者だったらしい。
子供の影がに重なり、音もなく消えると、ジョセフはの能力について説明し始めた。
ギリシャの神、テレスポロスの名を持つ子供の影は、だけに宿る、自身のもうひとつの姿なのだという。鏡の前に立てば己の姿が映るように、自分と向き合った時に初めてその姿を現す隠れた存在なのだ。ピストルの引き金を引くのは儀式で、きっかけがなければ現れない己の仮面――ペルソナを呼び出すために必要な行為なのだと、ジョセフはどこか嬉しげに言った。
ペルソナを見せるということは、隠された自分の一面をさらけだすということだ。この世界に迷い込み、保護を申し出たジョセフだけではなく、旅の仲間たちに対してがその選択をしたということを、ジョセフは喜んでいた。
「ペルソナか……、不思議なことがあるものだな……」
「スタンド使いに言われたくないんだけど……」
「それもそうか。すまんな」
の軽口に、アヴドゥルは苦笑を返した。
初めて目にしたのペルソナ、テレスポロスは、その小さな身体をちいさくちいさく丸めて現れた。およそ、あけっぴろげで快活なの姿とは結びつかない、自分の世界に閉じこもるようなペルソナの姿に、アヴドゥルはほんのわずか目を細めた。彼女の心に何があるのか、アヴドゥルは知らない。けれど、できることなら彼女の助けになりたいと、心からそう思った。

ロビーの隅にある自動販売機にコインを入れる。炭酸のジュースを選ぶと、音を立てて落ちてきた缶を拾い上げた。その背中を、ぽんと誰かに叩かれる。
が振り返ると、そこには花京院がいた。困ったような顔だ。
「チケットを買いに行くって言ってなかった?」
「そのはずなんだけど、承太郎たちがいないんだ」
「えぇ?」
ソファで思い思いに時を過ごす待ち人を見て、見慣れた帽子とガクランがないことを知ると、は花京院の言葉に同意した。確かに、見当たらない。
不良のように見えて、もちろん実際にも不良なのだが、承太郎は時間にきっちりしている。几帳面か、と言われればそうでもないのだが、理由もなく人を待たせたりはしない。
「チケット売り場に行ってみれば?」
「うーん、しかし入れ違ってしまうといけないから」
「じゃあ私、ここに座ってるよ。そんで、承太郎が来たら花京院がチケット売り場にいるよって教えたらいいんじゃない?」
はソファに座ってジュースを開ける。飲み口に唇をつけて、花京院の視線がじっと自分の顔を見ていることに気づき、飲まないまま花京院に差し出した。
「飲みたいの?」
「えッ!?い、いや、そうじゃないよ!君のがいらないんじゃなくて今喉乾いてないから!」
「いいよそんなに否定しなくても、他意がないのはわかるって。間接チューだもんね、悪い悪い」
真っ赤になってしまった花京院に気のない謝罪をして、は改めてジュースを飲んだ。この味を選んだのは失敗だったな、と顔をしかめる。
花京院は顔の熱を逃がすように、学生服の襟元をくつろげていたが、しばらく考えたあとで「じゃあ」と口を開いた。
「悪いけど、30分もかからないだろうから、待っててもらえるかな?チケット売り場の人にきいて、承太郎が来ていたらすぐ戻ってくるよ」
「ういー」

ジュースを飲み終わって、5分ほどになる。連れ立ってホテルに戻ってきた花京院と承太郎、そして密航少女は、指先で缶を弄んでいたの肩を叩く。
「結局合流できたんだ、よかったね」
「よかったね、じゃあないわよォ―ッ!大変だったんだから!」
密航少女の支離滅裂な説明を聞きながらエレベーターに乗り込む。が12階のボタンに手を伸ばすと、彼女より早く花京院がボタンを押した。ニコッと微笑まれ、も笑い返す。
花京院の顔がガバッと割れたという時点では笑いがこらえられなかったが、引っ掛かるものを感じて承太郎を振り仰いだ。
「スタンドなのにこの子に見えたの?」
「食った肉と同化してるからだ、とかなんとか言ってたぜ」
「へえ……」
さっぱりわからなかった。花京院に化けてなお巨大化できるほどの肉を食べるとはどういうことだ。

皇帝、釣られた男


アヴドゥルの額の布が落ちたのを、と花京院は確かに見た。
駆け寄り、アヴドゥルを抱え起こす花京院の目は大きく見開かれ、唇はおそれに戦慄いている。
「ほォー、こいつはツイてるぞ。俺の銃とJ・ガイルの旦那の鏡はアヴドゥルの炎が苦手でよォ。一番の強敵はアヴドゥルと思ってたから……ラッキー!この軍人将棋はもう、怖いコマはないぜ!」
ガンマンの言葉に、の呼吸が乱れた。ぞわりと全身の毛が逆立つような感覚のあと、呼び出してもいないのにテレスポロスが現れる。テレスポロスはそっとアヴドゥルの額に触れたが、その指先は光らなかった。アヴドゥルの、まだぬくもりを持つ頬に顔を寄せたテレスポロスは、悼むように瞼を伏せた。額の傷跡に口づけても何も起こらなかった。のペルソナが持つスキルでは、彼を助けられないのだ。
花京院の動揺が、隣にしゃがみ込むにも伝わってきた。ポルナレフの涙を見ても、の動揺は収まらなかった。もっと自分の足が速ければ、もっと真剣に考えていれば。喪失を味わうのは初めてではないが、がアヴドゥルに抱く想いは今までのどれとも違っていた。涙すらこぼれない、空虚な穴が開いたような。
「来ないのかいポルポルちゃんよォー?」
遠くでホル・ホースが挑発する。ポルナレフは歯を食いしばり、それに背を向けようとして、きつく唇を引き結んだ。そうでもしないと、言葉にならない激情が歯の隙間からあふれてしまいそうだった。耳元で声が囁く。
「アヴドゥルはお前がいなきゃあ死ななかったかもしれないなアー……?でもかなしむ必要はないぞ。すぐに再会できる。喜べ、あの世で再会できるんだポルナレフ……。そうだ、お前の妹にも会ったら聞いてみろよ。どうやって俺に殺してもらったのかをよォー!可愛かったぜェ、あの娘は……」
とうとう我慢できなくて、ポルナレフは剣を抜いた。鏡を叩き割る。散らばった破片が飛んできたので、はそれをスニーカーの底で粉々に踏みつぶした。こんな下種が存在するなんて考えたこともなかった。は今、初めての感情を2つ同時に味わっている。噛み殺しきれない呻り声がその証拠だった。
エメラルドスプラッシュによって窮地を救われたポルナレフがトラックに引きずり込まれる。花京院は当然、が荷台に飛び乗るものだと思っていた。
ハングドマンがトラックを追うと、残されたのはホル・ホースとだけになった。倒れているアヴドゥルを勘定に入れなければ、の話だ。
「お嬢ちゃん、俺とやろうってのかい?悪いが、俺は女は傷つけない主義なんでね……」
ホル・ホースは両手を上げて戦わない意思を示す。
「戦うつもりはないよ。私は戦闘向きじゃないから……」
「そうかい。……悪く思うなよ、お嬢ちゃん。これは俺らとあんたらの戦いなんだ」
「……」
にもそれは理解できている。アヴドゥルは負けたのだ。例えそれがどんなに卑怯なやり方だったとしても、負けは負けだ。覆せない。
アヴドゥルの傍に膝をついて、投げ出された手に触れる。血の気を失って冷えていた。
ホル・ホースが近寄ってきて、の顔を覗き込む。
「泣いてるのか」
「泣いてないよ」
否定し、顔を上げて、初めては頬を伝う滴に気づいた。慌てて袖口で目をこすると、ホル・ホースはポケットからハンカチを取り出しての手に押し付けた。
「ホレ」
アヴドゥルの仇であるホル・ホースの差し出したハンカチなど使いたくなかったが、せめて汚して返してやろうと思い、受け取った。
「それは返さなくていいぜ。……なア、いつかあんたは俺に復讐しに来るかい?」
ぐずぐずとが鼻をすすっていると、ホル・ホースはすっくと立ち上がって言った。には、質問の意図がよくわからなかった。アヴドゥルの顔を見て、ペルソナのスキルを思い出して、首を振る。
「……しない」
アヴドゥルが仇討ちを望むだろうか?彼はいつもの苦笑を浮かべての背を叩いてくれる気がした。それは復讐の道を歩めと示すのではなく、未来を見ろと言う仕草に思えた。
「俺はホル・ホース。次に会う時までに、泣き顔を直しておけよ。そうしたら、ビンタのひとつくらいは受けてやってもいいぜ」
そう言ってホル・ホースは立ち去った。花京院たちを追ったのだろう。
はこの胸の空しさがなんなのかわからないまま、ハンカチとアヴドゥルの手を握りしめていた。
ジョセフたちが到着するまで、じっとそのままでいた。

には秘密にしておこうと言いだしたのはジョセフだった。
集中治療室から入院病棟に移されたアヴドゥルは、今は眠りについている。彼はスタープラチナによる直の心臓マッサージと、SPW財団の医療技術のために一命を取り留めたのだ。背中を刺されたことによって顔が逸れ、銃弾が頭蓋をえぐっただけで済んだのだろうと医師は朗らかに言っていた。
しかしその事実を、ポルナレフとは知らない。
「どうしてですか、ジョースターさん!もポルナレフも憔悴しきっています。教えてやった方が彼らのためなのでは……」
「いや、そもそもアヴドゥルは、敵にとっても死んだと思われているのだ。このまま死者として暗躍して貰う方がよほどすんなり物事が進むのではないかと思ってな」
ジョセフは、アヴドゥルに頼みたいことがあるのだと言った。花京院はその案をきいて、なるほどと思った。ジョセフの提案に不自然な点はなく、もし自分がアヴドゥルと同じ立場だったとしても、この誘いは断らなかっただろう。

ジョセフが腕のできものをすっかり取り去って晴れやかな顔で戻ってくる。はつとめて明るく振る舞おうとし、ジョセフの腕を大げさにぺちりと叩いた。
「よかったですね、早めに取ってもらえて」
「ムハハハ、そうじゃな」
一行は車を使い、デリーを経由して山道を進む。
は結局インドには慣れなかったが、表情を覆い隠す大きなマントだけはいいものだと思えた。唇をかみしめても、気落ちしても、誰にもわからないのだ。
「しかし、インドとももうお別れですね……」
「最初はガラクタをぶちまけたような国だと思ったが、離れてみるとあの喧噪や水の流れが恋しいようにも思えなくもないのォ」
運転席のポルナレフは、静かな声でジョセフに続いた。
「俺はもう一度戻ってくるぜ。……アヴドゥルの墓を作りにな」
は何も言えなかった。
車内に沈黙が下りたその時だった。ギイ、と軋むような音と共に急ブレーキがかかる。全員が反動で前につんのめる。
声をひきつらせたポルナレフの指の先には、いつかどこかで見た忘れられない少女の姿があった。

運命、正義


少女が乗り込んでから、車内は一気に明るくなったように感じられた。空元気であっても、少女と笑い合っているうちはも嫌なことを忘れていられる。
「あたしだってもう少ししたらブラジャーするし、爪だって磨くわ。そうなってから世界を放浪するなんてみっともないでしょ?今しかないのよ!」
「まだブラジャーしてないんだ?」
つい好奇心から少女の胸元を見てしまったは、さっと手でガードした少女から手痛い反撃を食らった。
「なによぅ、してたってしてなくたって変わんないまな板にはカンケーないでしょ?」
「た、確かに!……ってさすがにひどい!」

奥へ逃げろ、と言われても、は困ってしまう。奥と言って示されたのは崖だ。
ド派手な無差別格闘相撲を繰り広げたあと、自らがスタンドであることを明かした車はタイヤを唸らせて近づいてくるし、の手を引いて逃げようとした家出少女は転んでしまった。が立たせようと腕を引っ張っても、泣き喚くばかりで動こうとしない。
「それだけ文句を言う暇があるならさっさと逃げろよな」
少女を抱き上げて岩壁に手をかけたのは承太郎だった。から離れた少女の手は承太郎の首にしがみついて、可愛らしい唇から愛など囁いている。
はロッククライミングなんてしたことがなかったし、どういうふうに登ったらいいのかわからなかったので、ある程度登ったところで立ち尽くしてしまう。
「ごめんだけど花京院助けてー!」
!もっと早くに呼んでくれ!」
花京院のハイエロファントに掴まって引き上げてもらうと、はへらりと笑った。
「ありがと」
それから承太郎が燃えたり燃えてなかったり敵がボコボコにされたり鎖で縛られたりしたのだが、先のお礼以降が口を開いたのはたった1回だけだった。
HELPを叫ぶスタンド使いをじっと見て、承太郎を見て、そしてひと言。
「承太郎ってこういう趣味があったのか……」
「ねぇよ」
「ガクランにも鎖がついてるし……」
「……」
無言で後頭部をひっぱたかれた。

霧の町でペンをとる。宿帳に名前を記入しようとテーブルに肘をついた。
「そういや、オメーのファミリーネームはなんてーんだ?」
「え?」
上から覗いてきたのはポルナレフだった。すでに書き終えていたはペンを置いて首をかしげた。
「宿帳って、フルネーム書かなきゃだめなの?」
「……」
「だいたいはそうじゃよ」
「……」
ポルナレフはノートを持ち上げてげらげらと笑い声を立てた。J・P・ポルナレフの下に、堂々とした文字で「」と書いてある。苗字はないし、そもそも日本語だった。
「あ、あはは……、ほらみんな日本語で喋ってるし……こういうの書いたことないから……」
結局、は部屋に入るまでからかわれ続けた。にやにやとこちらを見てくる仲間たちに、どうにも居心地の悪いものを感じて、荷物を部屋の隅に置くと、部屋の扉に手をかける。どこに行くのかと訊ねられ、探検と答えて外に出た。
宿はしんと静まり返っている。軋む階段を降りたところで、は何か悲鳴のようなものを聞いた。奥の部屋だ。
「(もしかして、さっきのおばあさんに何かあったのかな)」
いつどこでスタンド使いに会うとも知れない旅だ。老婆の悲鳴にしては野太い声だったが、自身、とっさのときにかわいらしい声をあげられるかと言えばそうではないので、受付の奥の扉に駆け寄った。
承太郎たちを呼ぶことも考えたが、もしも一刻を争う怪我だったら大変だ。治せるのはのペルソナだけなのだから。
ノックもしないで扉を開ける。瞬間、は硬直した。
背の高い男は不敵な笑みを引っ込め、引きつった表情で口から悲鳴を漏らしている。老婆は呪うように高らかに腕を掲げている。
どちらが被害者に見えるかときかれれば、は迷わずガンマンと答えるだろう。
「邪魔が入ったか。しかしホル・ホースよ、もはやお主は逃げられん!このジャスティスの力からな!」
ホル・ホースの右腕があらぬ方向に曲がる。
「……えっと……お邪魔しました」
扉を閉めようとは後ずさった。ヘンな場面に立ち会ってしまったようだ。ジャスティス――正義と言えば、何番目かのアルカナにそんなものがあったはずだ。確か、幼馴染がの肩を掴んで揺さぶりながら、「ショタだ!やばい!正義はショタだった!つまりショタは正義!ロリじゃなくてショタが正義!どうしよう!」と動揺していた。無言でパトラをかけてあげたのは良い思い出だ。
寸でのところで、正反対の力がかかる。閉まり切らなかった扉に、の口からひいっと悲鳴がこぼれた。
強い力で扉ごと身体を引かれ、つんのめって部屋の床に倒れ込む。お腹を強く打ち付けて、息が詰まった。
「う、うぐ……」
「見られたからには生かしておけん。このままジョースター達の元へ帰られても面倒じゃ。お主もわしのスタンドで踊ってもらおう!」
「嬢ちゃん、逃げろッ!!」
が避ける時間はなかった。はっと気づくと老婆が鋏を振りかぶり、全身に力をこめて立ち上がろうとした時には、刃が振り下ろされていた。床についていた手に鋏が突き刺さる。
「あっ……ぐッあぁぁ!!」
悲鳴を噛み殺し損ねて、は鋏の引き抜かれた手を庇うように身に寄せる。血が滴って服を汚した。
にはスタンドが視えない。だから、霧の方へ血が抜けていったのもわからなかった。ただ、不思議と痛みの消えた手を見ると、そこにぽっかりとチーズに開いたような穴があった。
「な、なんっじゃこりゃあああ!!」
「言わんこっちゃねぇ!」
の左手が、意志とは関係なく動いてしまう。見えない力に引っ張られ、脚を投げ出したまま床を引きずり回される。自由の利く右手で召喚器――ピストルを取ろうとしてもうまくいかない。脚や手のいたるところを擦りむくだけだ。
強く、の左腕が上に引き寄せられ、立ち尽くすホル・ホースの前に立たされる。が老婆を振り返る前に、左手がホル・ホースの首をとらえた。
「や、やだ!なにこれ!ドウイウコトナノー!?」
ぎりぎりと自分の物とは思えない力で男の首を締め上げる左手。は涙を目に浮かべて、抵抗しようと足を踏ん張った。自分の手で、人の首を絞めたことなんてない。
「その穴を開けられた者はジャスティスの意思に抵抗できぬ!そう、まさに、正義は勝つ!」
「な、何が正義だッ、こんなエロ漫画みたいなスタンドが正義なわけないじゃん!」
「嬢ちゃん、着眼点はそこじゃあねェッ……あと手を離……ゲホッ」
ホル・ホースの右腕がゆっくりと持ち上げられる。彼の意思ではない。老婆を撃とうと手のひらに握っていたエンペラーの銃口がを向いた。
「待て!俺は女を撃つ趣味はねェ!」
床を蹴って、盛大にソファをなぎ倒したホル・ホースは、を巻き込んでソファの向こう側に倒れ込んだ。
ふいに、の左手から力が抜けた。
老婆の気が逸れたのだと彼女が知ったのは、覚えのある声が近づいてきたからである。
「大きな音がしたけどよォー、大丈夫か?おばさん」
ポルナレフだった。
が大声を出そうとすると、ホル・ホースがしい、と指を立てた。
「おい、今、婆さんの気をこっちに向けたら、またジャスティスでやられるかもしれねぇ。俺ぁここで婆さんの手駒になってポルナレフと戦うのはご免だぜ」
「う……そ、それは確かに」
いつ、また左手がおかしな行動をとるかわからない。ポルナレフの首を絞めるなんて、だってごめんだった。
じっと身動きせず様子を窺っていると、ホル・ホースががたりとソファを蹴り飛ばした。
「おいポルナレフ、後ろに気をつけろよ!その婆さんの攻撃を受けたら俺達みたいになるぜ!」
「ガンマンー!!舌の根が乾かないうちに何言ってんの!?」
「お、お前は!ホル・ホース!それに!いねぇと思ったらこんなところで何やってん……何!?」
背後から老婆の攻撃を受け、危うく躱したポルナレフは構えを取って老婆に向き直った。ホル・ホースが丁寧に、わずかでも傷を負うと老婆のスタンドによって穴が開けられ、自分やのように老婆の思うまま操られてしまう、と説明をすると、老婆は開き直ってポルナレフへの恨みつらみを吐きだし始めた。
奥の扉から穴ぼこだらけの男たちがぞろぞろと現れる。老婆の手駒となった死体は、ポルナレフに傷を負わせようと容赦がなかった。
暗闇の中、並み居る敵をすり抜けて転がるようにポルナレフは地下へ降りる。彼を追う前に、老婆はニヤリとを見た。
「そうじゃ。無残にも殺された息子の恨みを晴らすため、お主にも協力してもらおうではないか」
老婆の笑い声が響く。トイレの個室の、鍵の間から見事にポルナレフの舌を射ぬくと、老婆はポルナレフを這いつくばらせた。
「さあ、小娘。お主の出番じゃ。このにっくきポルナレフに舐めさせてやるのじゃ!」
どこを、と言えば便器である。事態を把握したは、操られるがままに左手をポルナレフの後頭部に置き――……。





、オメーには何も言わねぇよ」
「う、うん……いや、本当ごめんね……」
「ある意味未遂だったんだ。そうだろ?」
「そうかな……あ、いや、はい、そうだね」
「オメー、この傷治せるか?」
「たぶん治せるけど……」
「けど?けどってなんだよ。、おい、……いや、言いたいことがわかるか?」
「消毒ができるかって意味なら……いやあ……ちょっとわかんないですね……」
「……」
「……」