密航少女は、のバスタオルに包まれてじっと口をとがらせていた。密航がバレ、鮫にも襲われかけ、がたいの良い青年に胸まで触られたのだ。訳の分からない質問はされるし、ナイフの脅しは効かなかったし、気が沈んでいた。
「この子かね、密航者というのは」
現れた巨体に密航少女が捕まる。船長は去り際に承太郎の煙草を帽子の飾りで揉み消すと、の軽快な口笛を受けた。
「渋いことするなあ。年代かなあ」
「そういう問題かな?」
「スタンド使いかどうかを見分ける方法を見つけた。俺も今気づいたんだが、スタンド使いはちょっとでも煙草の煙を吸い込むと鼻の頭に血管が浮き出る」
承太郎の言葉に、スタンド使いは誰もがハッと鼻に手をやる。も思わず自分の鼻を触っていた。
「君はスタンド使いじゃあないだろう」
「つい……」
「照れるんじゃない」
ため息をついたアヴドゥルをしり目に、正体を暴かれた偽の船長はにやにやと笑みを浮かべた。
承太郎への賞賛の言葉と同時にスタンドが力をふるい、密航少女の身体が何かに持ち上げられたように甲板から浮かぶ。
「水のトラブル!嘘と裏切り、未知の世界への恐怖を暗示する月のカード、ダークブルームーンだ!」
「(私の知ってる月のアルカナとは全然違う……)」
の知る「月」の人物とは、料理がうまく、不自由な身体をおして武器を取り、そして命をなげうつ覚悟を決めた青年だ。ふん、と鼻を鳴らして、ごたくを並べる偽船長を睨み付けた。
「人質とるとか卑怯すぎる!プライドはないのかプライドは!スタンド使いなら正々堂々スタンドで勝負しろ!」
「何とでも言え!5対1だぞ、多少のアドバンテージがあったとして何が問題だね」
「5対1くらいでガタガタ言うな!アヴドゥルは7対……違うわ8対1だっけ?……で勝ったもん!」
「そこは突いてやるな!!」
黒歴史を掘り起こされた時の居た堪れない気持ちを知ったのか、ポルナレフがアヴドゥルと目を合わせようとしなくなった。
海に飛び込もうとした偽船長をスタープラチナがボコボコに殴り飛ばすと、解放された少女の腕を承太郎が取る。
「ぬ……!」
フジツボに力を吸い取られ、海中へ引きずり込まれた承太郎を追って、ジョセフが船べりから身を乗り出す。どんな時でも冷静な態度で物事に対応できる承太郎が、敵の独壇場とはいえそう簡単に負けるとは思えなかったが、舞台は海のなかなのだ。呼吸という、どうしようもできない問題があることは事実だった。
「………フジツボなんてあった?」
「え?い、いや、あたいには見えなかったけど……」
「あれはスタンドの力の一種だ。スタンド使いではない達には見えなくて当然だ。救いがあるとすれば、吸い取られたスタープラチナのパワーが、敵のスタンドに吸収されてはいないことだな。いかに承太郎とはいえ、弱ったスタープラチナでダークブルームーンと海中バトルを繰り広げるのは難しかっただろう」
「な、なんだそのエロ漫画みたいな能力」
まんじりともせず海面を見つめていると、やがて大きな渦ができる。ハイエロファントを伸ばしても、細かな鱗のカッターに表皮を切り刻まれるだけだった。
は歯噛みする。自分の能力は、こういう戦いにはまったく向いていないのだ。
スタンドも持たない彼女にできることは、密航少女の震える肩を撫でてやることだけだった。
水をかき分け、水面に顔を出した承太郎を見て、ジョセフが歓声を上げる。と少女はぱっと手を取り笑い合った。
「……そういえばさぁ」
ハイエロファントの手を借りて、甲板に戻ってきた承太郎を見る。はぽつりと呟いた。
「タワーオブグレーの時もそうだったけど、だいたい、敵は足を奪ってくるよね」
「……」
「うむ、そうじゃな」
「いやジョースターさん、そうじゃな、じゃあないんじゃ……」
ポルナレフが嫌な予感に顔を引きつらせる。一拍置いて、どおん、と大きな音がした。振り返るまでもなく、火の粉が降り、煙の臭いがする。
「ボートを下ろせ!脱出するぞ!」
2艘のボートに船員と分かれて乗り込むと、チャーターした船は轟音と共に海底へ沈んでいった。
「は普通のひとみたいだけど、あんたたち絶対おかしいわよ。いったい何者なの?」
人質にされ、人智を超えた現象を目の当たりにし、船まで爆破されたのだ、彼女の質問はもっともだった。はケラケラと笑う。普通のひとに見られたことを面白く感じたのだ。厳密にいえば、彼女も普通のひとではない。
「君と同じ、旅を急ぐ者じゃよ。さ、水でも飲みなさい」
「うん。……う、うわあ!?」
少女はの肩をすり抜けて、その先の海を指す。噴きかけられた水をぬぐって視線を向けると、太陽の光がさえぎられるほど巨大な船が静かに浮かんでいた。
クレーンが船員の後頭部に突き刺さる。まともに見てしまったは、心を落ち着かせようと口を開いて、やっぱりやめた。何も喋る気になれなかった。青ざめたの顔を見て、アヴドゥルがそっとローブの袖にを隠す。
「こういう歓迎は、女の子にはきつすぎるぜ」
承太郎の言葉に肯定を示すと、ジョセフは強い口調で船員に命じた。誰も計器に触ってはならないと告げる。
そして腰をかがめて少女に目を合わせると、言い聞かせるような落ち着いた口調で言った。
「1つだけ真実がある。我々は君の味方じゃ」
彼の言葉で不安が拭い去られた、というわけではなかったが、少女は激しく鼓動する心臓がだんだんと落ち着いていくのを感じていた。
おじいさんやジョジョらとは違って、船員たちや自分と同じ、戦えない人に数えられたと、船員に連れられるように階段を降りる。の顔はいまだに青く、直視しなかった少女にも先ほどの出来事がいかに衝撃的であったかが理解できた。
「ね、ねえ、。シャワー浴びない?」
コックをひねると、水が出る。気分転換になるはずだと、少女はに気を遣った。
「そうだね、君はさっき海に落ちちゃったしね」
も少女の気持ちがわかって、そっと微笑む。
「結構胸あるんだね」
「そういうは……なにそのぺったんこ……」
「貧乳はステータスなの!」
の胸はあまりにもささやかで、成長途中であるだろう年下の少女と同じか、それよりも小さかった。
ふくらみ始めのつぼみのような少女の胸元をじっと見下ろして、はぐっと視線をそらす。食生活が違うからだろうか。もしもそうだとしたら、このカツカツの旅路の中で、はより少女と差がついてしまうだろう。なにせ少女は成長期で、は曲線で表すならば、ゆるやかに下降を始める年頃なのだから。
「……!?」
急に表情を凍らせて息を呑んだ少女に、はカーテンの方を振り返った。そしてそこに巨大な猿――オランウータンがいるのを見て、あんぐりと口を開けた。ハッと太ももに手を伸ばしたが、いつも締めているベルトとそこに挿したピストルはない。脱衣所の籠の中だ。
少女がつんざくような悲鳴を上げる。猿の手が少女の肢体に伸びるのを思わず身体で庇って、は拳を握りしめた。額の絆創膏がトレードマークの先輩直伝の右ストレートを武器に、まっすぐ行ってぶっ飛ばして逃げよう、そこまで考えていた。
「おい」
低い声が猿の鼓膜を揺らした。猿が動く前に、その脳天に重い錠が叩きこまれる。
扇風機が飛んできたり承太郎が頬を張られたり壁に取り込まれたりと、の目の前でめまぐるしく事態が進行する。
「ど、どういう……え?!なにこれ!?」
「スタンドだ!船が……船自体がスタンドだったんだ」
「んなバカな……」
は船内を見回す。これらすべてがスタンドだとしたら、そもそもスタンド使いではない自分たちに視認できていることがおかしい。は別段、頭が固いわけではなかったが、簡単に認められることでもなかった。スタンドが使えなくても見えてしまうスタンド。いったいその保有するエネルギーはどれほどのものなのか。
捕えられ、動けなくなった承太郎に気を良くしたのか、猿はにやけた口元からよだれを垂らしてと少女を交互に見る。動物特有の、感情の浮かばないボタンのような瞳が数回少女たちの胸元を行き来して、やがてから視線を外した。
「……こ、この猿……」
明らかに、胸の大きさを見ていた。
「貧乳が悪いか、えぇ!?何なんだ!いったいなんなんだ!ちっぱいがそんなに悪いことか!?私がなんかあんたに迷惑かけたか!?おっぱいが小さくて!偶然ちょっとおっぱいのでかい年下の女の子と並んでたからって!比べられ切り捨てられる!これがどれほどの精神的苦痛かわかるか猿!返事しろ!聞こえてる!?ちょっと!力のアルカナは同じでもコロマルとは全然違うな!!」
一丁前に服を着ている猿の襟首を引っつかんで揺さぶる。の剣幕に、ちょっと涙の浮かんだ横顔に、少女はあいまいな笑みを浮かべた。ものすごく気にしていることだったのか……。
わずかにうろたえた猿の手が、確かめるようにの胸元に伸びる。ガッ、と勢いよく、ないふくらみを掴まれて、今度はが身を引いた。
「ウワーッ!獣姦反対!」
相手は動物だからな、という遠慮はもはやなかった。知性のある生き物が意図的に猥雑な行為に走ったら、それは有罪なのだ。は胸元を腕で隠しながら猿の腹を蹴り飛ばした。よろけた猿の後頭部に、承太郎からの攻撃が突き刺さる。勝てないと踏んで情けない泣き声を上げ、腹を見せた猿だったが、承太郎もも少女も許さなかった。
「信じられない。あの猿は、己のスタンドで海を渡ってきたのか……」
ゆがみ、消えていく船をボートの上から眺め、アヴドゥルが冷や汗を流した。強大すぎるエネルギーが、放出されながら海に沈む。もう二度と見ることはない。
は着替える暇もなく、バスタオルを巻きつけ、脱衣所の籠だけ持ってボートに乗り込んでいた。
「あ、あの、?僕たちは海の方を見ているから、着替えた方がいいんじゃあないかな」
「ありがとう。でも下着はつけてるから全然大丈夫だよ」
「大丈夫じゃあないだろう、まったく」
「イイこと考えた。アヴドゥルさんの服のこのヒラヒラの中に隠れて着替え……」
「」
「はい」
目元を赤くしたアヴドゥルにぴしゃりと叱られ、は素直に返事をした。籠からショートパンツを取り出すと、ボートの椅子に腰かけたまま足を通す。上着をかぶってバスタオルを取ると、くしゃくしゃにまるめて、代わりに籠に突っ込んだ。アヴドゥルがそのバスタオルを取り上げて、丁寧に畳んで籠に入れ直す。
「ねえ、そのピストルって……のなの?」
もぞもぞとジョセフの影で着替えをしていた少女が、ひょっこりと顔を出して指をさす。銀に塗られた手のひらサイズのピストルだ。シリンダーはなく、一見すると自動式の拳銃に見えた。弾倉をグリップ内に挿入する簡単なタイプだ。
「そうだよー」
「ピストルで敵をやっつけるの?」
「んー、うん、まあ、大きく言えばそんな感じ……?」
の戦い方を知っている者は、この中にジョセフしかいない。どうやら初対面の時に何かがあったようなのだが、承太郎も花京院もポルナレフも、アヴドゥルすらその実態を知らなかった。それはすっかりと打ち解けあったジョセフが、ほんのちょっぴりの悪戯心を出したためなのだが、彼らはジョセフの巧妙な策のためだと思い込んでいる。あるいは、そもそもを戦力として数えていなかった。
は話を適当に切り上げると、ショートパンツの裾を盛大にまくった。
うっすら日に焼けた見慣れた肌とは違って、布の中はきれいな白に近い象牙の色だ。ポルナレフが身を乗り出して、慌てて顔をそむけたアヴドゥルに小突かれる。は黒塗りのベルトをきつめに巻くと、ピストルをそこに差し込んだ。
「やっぱりこれがないと落ち着かないね。……で、脚フェチのポルナレフ的にはどうだった?私の太もも」
「なかなか良かったぜ!今度ひざまくらでもしてほしいなーなんちってイッテテテテ!冗談だよアヴドゥル!」
ポルナレフの足を、アヴドゥルが容赦なく踏みつけている。
はじりじりと照りつける太陽の下で大きく伸びをすると、承太郎と向かい合って座っているアヴドゥルの脚の間に身体をねじ込んだ。
「お邪魔します」
びっくりして腰を浮かせたアヴドゥルの胸元に遠慮なくもたれかかる。
「ちょっと寝るわ。なんかあったら起こして」
もぞもぞ動いて居心地のいい座り方を見つけると、はそのまま目を閉じた。
「……」
「……」
「……」
「お、おい!寝るのは構わないがなぜここなんだ!」
おやすみ3秒で眠りに落ちたには、アヴドゥルの声は届いていなかった。