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本編後。付き合っている。
次の任務は「おかえりなさい」?のその後


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信じられない勇気を振り絞ってしまった朝。
それから12時間ほどしたさっき、スティーブンから電話が入った。帰り道だけれども、欲しいならアイスクリームを買って帰ろうか、という内容である。
またどうして急にアイスクリーム、と不思議になったが、食べたくなることもあるのだろう。バイト先の店長からは「あのニーサンはハイソな生活しとるやろ。棒アイスとか知らんだろな」とにやにやしたいやらしい笑みとともに肘で小突かれたが、『ハイソ』と棒アイスを知らないことは関係ないのではと思う。
私はカップのイチゴアイスをお願いした。パープルグレイマスカットとかいうよくわからない流行りには乗らない。どうせそのうちバイト先のメニューに載ってたくさん目にするようになるのだ。

頼んでしまうと、少し気が紛れた。
アイスクリームの味をきくスティーブンの声音は至って普通で、今朝の私の蛮行にドン引きした様子はうかがえない。彼は常に大人な態度だけど、これは本当に『何も感じていない』のだろう。よくあることで、よくやることで、よくやられることなのに違いない。12時間前に感じた、ぐれぎみの思考が私のため息を軽くする。
スティーブンは重い扉をガチャンと開け、「ただいま」と声をかけた。
広い空間ながら、玄関の変化に気を配っていた私はぴょんと立ち上がって廊下を小走りに進む。
「おかえりなさい。お疲れさま」
「うん、ただいま」
ゴクヒの何かが入っていたら困るため、カバンを預かるつもりはいつもなく、私は迎えに出るくせに何もしないでスティーブンの横を歩いて中へ戻るのが常だった。
それなのでスティーブンの動きを待っていたのだが、彼は私をじっと見下ろして黙ったままだ。怒られるようなことをしただろうかと急いで頭を回転させる。何も思い当たらなかったし、眼差しに込められる意味も、叱責のものとは違う気がした。
「なに?」
「帰りはないのかい?」
「なにが?」
「『おかえりなさい』のキス」
「ふぁっ、えっ、……え!?」
「ないみたいだなあ」
スティーブンはがっかりしたふうを装って(……だって本当にがっかりするわけがない)首を振った。
朝の私のアホな行動はしっかりばっちり記憶され(……そりゃそうだ!)、しかも弄りにまで使われてしまって恥ずかしい。これはしばらくからかわれるなと確信した。恰好の的である。
こちらが対応に困っていると頭上から見て取って、スティーブンは軽やかに、どうでもよさそうな笑い声を立てた。
「いいよ、君からはなくても。あるとは思ってなかったし」
その『君からは』の『は』に当てはまるどこぞの女、あるいは男について詳しく聞きたいジェラシーが燃えないでもない。やっぱり嘘だ。聞きたくない。
ムッとして深追いして訊ねなくて正解だった、と知るのはこの直後のことだった。
スティーブンは片手に提げていたビニール袋を私に見せた。アイスクリームのパッケージが透けて見える。
久しぶりに食べられるのだと嬉しげな顔をすると、「ちょっと持ってて」と手渡された。もちろん受け取る。袋は、スティーブンが握っていた手元の部分だけ少しあたたかいような気がしてドキリとした。こんな些細な事象でも胸を高鳴らせられるなんて、私は非常にお手軽らしい。いやいや、このスティーブン・ナントカ・ナントカという男にかかれば誰だってそうなるのだろう。
ところでその、なんといったか、ファミリーネーム(……だよね?)はいったいなんなの?『スターフェイズ』ってどこに当てはまる響きなの?漫画を読んだときの、『スティーブン・ナントカ・ナントカ、でリズムが3つだったような』とぼんやりすぎる印象が残っているだけで、それでは全然わからない。質問するタイミングを逃した余談だ。
スティーブンは穏やかに、「中身は合ってるかな。開けて見てもらえるかい?」と片手で促した。言われたとおり、確認しようと袋に手をかける。
ところで、手提げのビニール袋の口を開けるためには、一般的には両手を使わないといけない。
私は一般人だったので、もれなく左手と右手で袋の口をつかんで開き、中を覗き込んだ。
イチゴアイスとバニラアイスと、オマケの、外国チックなブロックチョコレートが入っている。
合ってるよ、と言って顔を上げた。
「そう。なら良かったよ」
スティーブンは、そう言いながら私の頭を撫で、髪に指を差しいれるようにしてこちらを支えると、流れるように身を屈めた。
唇と唇が触れ合う。押しつけられたぬくもりに驚いて逃げようとしたが、両手が塞がった私には、がさりとビニール袋で音を立てることしかできなかった。
かすかな音にさえも顔を赤くして目を回す狂った機械と化す。
いつの間にやら煩悩でうっとりと目を閉じてしまっていたが、ぼんやりまぶたを開けると、距離をあけたスティーブンの罪深い微笑みが瞳に映った。
「『ただいま』」
「ふぁ、……はい……?」
「迎える君からはなくてもね」
帰ったあちらからはある、というのか。
優に私の5000倍はえげつない行為に幸せを感じると同時に、色々な意味で後悔もした。
「そうそう。明日も楽しみにしてるよ」
命の危機が日常に組み込まれる前に許しを乞おうと思う。



0603