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怖い話にもさまざまある。心霊系、都市伝説系、実話系、意味深系。本当に怖いのは人間でしたオチは理解した瞬間の鳥肌が半端じゃあない。若い女の悠々自適な一人暮らしの眠れない深夜を慰めるために読み始めた話があまりにも真に迫るものだったせいで、こういった代物の大半が創作であろうとは思いつつも心胆を冷やした記憶はいつだってまざまざと蘇る。マイナスドライバーの話はやめろ。
「……ってわけで、夏を満喫する一環として怖い話大会をしようと考えてるんだけどね。私、有名どころしか知らなくてさあ。もしジョルノたちが何か知ってたら教えて欲しいんだわ」
「こわいはなし、ですか……」
「ナランチャがナイフ投げたらミスタの目の前スレッスレに刺さったとかか?」
「やめろよソレ……思い出したくもねェ」
身を震わせたミスタが強く目をこすった。想像しただけでヒヤッとする。ヒュンした?ヒュンした?顔を覗き込んだらうるさそうな表情で「やめろって」って言われた。したんだな。無理もないよと肩を叩いたらマジでやめろよっておこられた。
「アンタの好きそうな分野だと、……アバッキオが女性と間違われてストーカー被害に遭った話はどうです?」
「おいフーゴテメエ、ひと言でもこいつに話しやがったら俺はテメエのズボンのポケットに飴玉が入ってるって話をぶちまける。覚悟して口を開くんだな」
「は?飴玉なんか入れるはずがないでしょうガキじゃああるまいし。裏地をひっぱり出して見せましょうか?ほら、何も入ってませんよ。粗雑な切り札は秘めたままなら粗まみれだと知れずに済んだのに、アバッキオらしくもない悪手ですね。ストーカーからの手紙をまだ引きずっているんですか?なんでしたっけ。"愛しの……"、空想で"エミー"って名前をつけられたとか」
「小一時間前まで確かにイチゴの飴玉があっただろうがよォーッ!!不思議なポケットしてんじゃあねーぞッ!!」
貰ったから知ってるのかな。かわいいね。
ストーカーは発覚から二日で検挙されたらしい。ネアポリスの平和と非実在エミーちゃんの安寧は無事守られたみたいで何よりだ。
「なあポルポ。俺、第三倉庫で決まった番号を入力するとおかしな現象が起きるって聞いたぜ」
「おおお!盛り上がって参りましたわ!」
第三倉庫とは、かつてボスが根城のひとつとして使い捨てていた廃ホテルに存在する。
ホテルの有する五つの地下倉庫のうち、三番目にナンバリングされているから"第三倉庫"。単純でわかりやすい。
倉庫にはまあどうってこたぁない資材やらガラクタやらが詰め込まれているのだが、ナランチャによれば開錠する四桁の暗証番号をわざと違うように入力すると不可解な現象に見舞われるらしい。
「エーットォ……、なんか印象に残る数字だったんだよなア。忘れらんなそーって思ったんだけど」
「忘れてんじゃねーか」
笑ったミスタの横から、ふとブチャラティが口を挟んだ。
「ナランチャ、もしかすると"1967"じゃないか?」
「あ!それ!さすがブチャラティだ!」
よくわかんないけど私も囃し立てた。さっすがブチャラティだぜ!
「でもなんで"1967"が印象に残る数字なの?チョコボールの発売年だから?」
「は?チョコ……?」
「ポルポは知らないのか?」
「え……ウルトラマンセブンが飛来した年?」
「そうなのか?」
無垢なきょとん顔が可愛くて思わずブチャラティの頭をよすよすしていた。みつあみを崩さないように優しくよすよす。
ブチャラティは私の手を拒まず、少し目を細めて微笑んだ。
「いや、大したことじゃあないんだ。調べ物をしている間にちょっと目について話題にした内輪のネタだから、わからなくて当然だな。すまない。とりあえず、1967と入力した人間は悉く気が触れてしまったそうだ」
「お、おう。そっか」
さりげなく内輪から弾き出されたね、私。強引な話題転換に使われた怪奇現象氏も急にパスが来てびっくりしているだろう。
実際にやってみないとどんなもんかはわからないけど、やってみるのは恐ろしい。典型的な"わカらナいホうガいイ"話だなあ。これは披露するにはちっとばかし弱いかしら。何せゴーストのどてっぱらにワンパン叩き込んで破ァー!!してるような人たちばっかりだからな。数人に至ってはもはや謎の毒に冒された村に単独で迷い込んで単独で罠をかいくぐり単独で敵を全滅させて爆発を背景にゆっくりと歩いて帰還していそうだし。うっかり手持ちの弾薬が残り五発分しかないよお敵は五十以上だよお死んじゃうよおって状況でもなぜか無事なんだろうなあ。生半可なネタでは太刀打ちできないわこりゃ。かっこ、以上すべて個人の想像です、かっことじ。
「じゃあこういうのはどうです?……実は僕は未来が視えるんです」
「お?」
「ポルポ、"そのクッキーは焦げていますよ"」
「……」
指先でつまんだばかりのクッキーに注目が集まる。
何の変哲もない、洋菓子屋さんのクッキーだ。量産品よりかはばらつきが出るだろうけれど、焦げてるようにはまったく見えない。裏返してもただのココアクッキーだ。
無言の笑顔に促されて、微妙な気分で口に運ぶ。がり、とかじって目を見開いた。
ココアじゃなかった。
これ全部、絶妙に焦げてる。
「なんでわかったの!?」
これを取るように仕向ける隙はなかった。
ジョルノの席とクッキーのお皿は遠かったし、この話題を振ってからはクッキーに手をつけたのは私だけだ。どのクッキーが焦げているか、ジョルノにわかるはずがない。私が食べようとしたのがココアクッキーではなく焦げクッキーだったということもまた、ジョルノにわかるはずがないのだ。
「言ったでしょう?僕は未来が視えるんです。たまに外れますけど、今日は当たりました」
「外れる日もあるの?」
「まあ、そうですね。こういうのは運と統計です。今日はポルポが青色のスカートを履いていたので、当たる気はしていましたが」
「なんだァそりゃ。スカートの色で占ってんのか?」
「種明かしはしませんよ、ミスタ。それで、どうです?意味がわからなくて怖い話として披露していただけますか?ポルポなら口先でそれっぽく修飾できますよね?」
「謎だけど、信頼の証として受け取るね。ありがとう」
口先でそれっぽく……の部分いる?
しかし本当によくわからないマジックだ。いや、私が知らないだけでゴールドエクスペリエンスレクイエムに新しい能力が芽生えたのかもしれないけど、運と統計だと本人が言っているならきっと言葉で説明できる理由があるのだろうし。でも私のスカートの色がクッキーの焦げとどう関連するのかはまったく理解できないわ。スタンド使いってふしぎだなあ。


余談だけど、怪談大会を開いたその夜、私は一人でトイレに行けなくなった。
ごめんねジョルノ……やっぱりこいつらには勝てなかったよ……。