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カラフルな棒がたあああっくさん入った袋を頭上に掲げる。
「フー・ダルティフィス!!」
「は?」
夏の夜と言えば花火である。夜空に散らそうぜ私たちのパッションを。
怪訝な顔を向けてきたイルーゾォにパッケージを突きつける。"お子様にも安心!"を謳う花火の詰め合わせはいっそ下品なまでに色づけられ、あまりの雑多さにあてられたイルーゾォがむっと顔をしかめた。私もだけど、彼は自分の気分と違うものを急に押し付けられると引いてしまう傾向が特に強い。全体をざっと眺める胡散臭そうな表情がすべてを物語っている。裏の世界で仕事をする人間の表情がこんなにも雄弁でいいのか不安になるが暗殺者にポーカーフェイスは必要ないのかもしれないなと思い直した。いや何にせよある程度感情を殺す技術には長けていたほうが有利ではなかろうか。いやいやよく考えたらイルーゾォって有事には結構な勢いで心を閉ざせる頑張り屋さんだったわ。ってことはいまこの男は完全なるリラックス状態にあるってことか。フゥ……。守りたい、このドン引きしたお顔。
「みんな予定ある?」
ここは私の家のリビングルームだ。ぐるりと見回せば、思い思いに休日を過ごすむさくるしい男たちが一斉にこちらを向いた。
夏を満喫しようと決める前からの長期休暇だ。金を積まれようが懇願されようが靴を舐められようがすべての依頼を知らんぷりすると全員で決めた。自分のために使う時間は誰にだって必要だ。部下が優秀なだけについつい日ごろから忙しく働かせてしまいがちだからこその宣言である。え?通販の履歴?いや別にゲームの発売日とかぶせてるわけじゃあないんだよ。誤解だ。長期休暇を設けたいなーって思いながらネサフしてたら秋ならぬ夏の夜長で一気に攻略すべしとおすすめされるシリーズの最新情報に辿りついてしまってちょっと手が滑っただけなんだ。ほんとだってば。嫌!来ないで!何も隠してないったら!醜い己を背にかばう。
「今日?」
「うん」
「ん、だったら俺は夜に軽く遊ぶつもり」
「他は?」
「暇だぜー」
「このまんまオメーんちでメシ食って帰って酒飲んで寝るくらいなモンだな」
「録画でも消化しようかと思ってた」
「ま、だいたいがそんな感じだろ。予約が入ってんのはメローネだけか。この間言ってた茶髪の女に会うのか?」
「ええ……茶髪かよ。それ誰の話?今日のは黒髪ポニテのスペイン人だぜ」
「知らねェよ。オメーの女の詳細だろ。俺に訊くなっつーの」
メローネが本気で不可解そうにしてて笑うに笑えない。ホルマジオの記憶違いだけはありえないと知ってるから余計に怖い。誰だよ茶髪の女性って。たぶん驚愕の速度で興味を失ったか深く愛し合っていたのに不慮のなんやかんやに巻き込まれてなんやかんやしてしまったせいで過剰な衝撃を受けて自己防衛本能が働いたかすっとぼけなければならない事情があるかのいずれかのうち一番初めに挙げた事情が理由なんだろうけどビビるから不用意な発言でポルポたんの心を惑わすのはやめていただきたい。メローネおまえアレだろ、暇なときにはめっちゃ読み込むくせにどうでもいいしめんどくせえなってときには約款とか一切読まずに説明書と保証書を同時に捨てるタイプだろ。ビビらされるたびに口を酸っぱくして私の心は絹ごし豆腐だって説明してるのにこうやって無邪気にお箸でえぐってくるんだもん。絶対そうだよ。
「休暇中に悪いんだけど、みんなの予定を一日だけ都合して貰えないかな?察してるかもしれないけど、夜にこの花火を」
「はーい!!俺今日空いてるぜ!すっげえ暇!暇すぎて死にそうだったんだよ!」
「だろうな」
「知ってた」
「前振りがなげェんだよ」
「実は誘われんの心待ちにしてただろお前」
元気いっぱい手を上げたメローネの瞳は未知への好奇心と喜びで溢れ、ハッブル宇宙望遠鏡でもこんな輝きは観測できないだろうと私に確信させた。君が私のためにいつでも全力投球で他の何もかもを投げ捨てようとするのはよくわかってるつもりだからこうなると予測できなかったわけではないけれども、黒髪ポニテのスペイン人女性に対する申し訳なさが胸を刺すよね。せめて穏便に優しく、次の約束も取りつける感じで連絡してあげてほしい。横暴な上司からの命令って言っていいから。実際に横暴な上司の命令みたいなところあるしね。
「花火やらない?家の前なら場所も開けてるし何かあっても安心だから遊ぼうよ」
この家は街外れに位置するから小火が起こっても被害は少なくて済むだろうし、最大限に誇張すれば私の私有地は私の国だ。はなびきんし、とわかりやすい看板が立てられた公園とはわけが違うのだよ、わけが。

えっちらおっちらバケツを運ぼうとしたら横から手が伸びてきて無言で代わってくれたリゾット・ネエロのモテパワーに慄きつつ、初めの花火に火をつける。
手持ち花火の先端からシャワーのように火花が噴き出して赤い線を描き、宙に円を描くと光の飛沫が飛び散った。
「っぶねえな!!」
「ごめんごめん。えいっ」
「うわっお前マジでやめろ!このっ……、うわっ俺の緑だ!!色違うのかよ!?」
「あははは、イルーゾォびびってやんのー」
「ガキかよ」
「おんなじ形の花火なはずなのに急に緑の火が出てきたら誰だって驚くだろ!!」
暗がりだと区別つきにくいもんね。
プロシュートがぱたぱたと手で煙を扇ぐ。
「テメーら、火ィ持ってるやつは風下に移れよ」
「これ何だと思う、ソルベ」
「面白そうだな、やってみようぜジェラート」
かち、と拳銃型チャッカマンの引き金をひいて火をつけたのはジェラートだ。そういえば夕飯の直前になっていったん自宅に帰ると言ったのにやけに早く戻ってきたなと思った記憶があるな。あの面白チャッカマンはそのときに持参したのだろうか。チャカで着火するチャッカマン、とかなんとか喋りながら自分で自分のギャグに爆笑している男二人を見て考える。ロケット噴射型の花火はバーナーかと疑うレベルでヤバい噴出音を立てているから火傷だけはしないように気をつけてくれな。
「火つけるやつ私もやりたい」
焦げついた花火をバケツの水に放り込み、新しい一本をテキトーに選んでジェラートたちのそばに駆け寄る。げらげら笑いながら持ってるせいで花火の軸がブレて残像まみれになってるから怖い。
ジェラートは「チチチ」とわざとらしく舌打ちを繰り返した。指の代わりに花火を振りながら。
「女王さん。"やりたい"なんて俺たちは言わないんだぜ」
「ポルポもよく言ってるだろ?……"やりたい"と思ったときにはもう"終わって"るんだぜ」
私の花火から火花がブシャアアアアと飛び出した。あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。私は"チャッカマンを貸して"と頼んだのに気がついたら花火に火がついていた。ありがとね。でも贅沢を言うようだけど私にやらせて欲しかったかな。
握りつぶしたグレープフルーツから果汁が弾けるような、刹那的な光が地面を照らしては消える。砂粒を焦がす前に溶けてしまう鮮やかな熱だ。
ぎゃあぎゃあ悲鳴を上げて楽しむ子たちを見る。
緑と赤のダブル持ちでライトセーバーごっこをしているっぽい子と目が合った。舌打ちして逸らされた。なんでよポルポさん悪くないでしょ。しいて追及するなら可愛すぎる君が悪いでしょ。
へび花火をけしかけられて笑いながら跳ねまわる男は最終的に花火を踏み潰した。逆に君の勇気すごくない?
息を殺して線香花火を育てる子たちは玉の大きさ勝負をしているらしい。楽しみ方は共通するもんだなと感動した。うっすら、"ええ?なに、アンタもう堕ちちまったの?ヤり甲斐がねえなあ……"などの聞く人が聞けばいかがわしくなる台詞が聞こえてきたが気のせいだろう。
「スモークチーズが食べたくなってきた」
「お。今からで良けりゃあ燻ってやろうか?」
スモーク系の食べ物って"ジュースいる?"みたいな軽さで作り始めるものだっけ?人生において手間暇を惜しまな過ぎでは?
「だって食いてえんだろ?」
「リゾットー、女王さんがスモークチーズとワイン引っかけてえっつってるけどどうする?」
FF内から突然ボールを投げられてもキャッチするのがこの男。
「その辺りに置いておけば勝手に燻されるんじゃないか?」
対応が塩すぎて笑った。
「ぎゃはははは!!」
「イイなそれ!冷蔵庫にあるモんありったけ持って来ようぜ!」
とうとうしゃがみこんで笑い始めた。
ぽんっ、と弾ける音がする。
「ウワーッ!!やりたかったのに!!」
誰も見ていないうちに、プロシュートが打ち上げ花火を咲かせていた。
惜しみつつも反射的に「たまやー!!」と叫んだのは、ジャパニーズソウルのなせる業だった。