結婚式If


「ある意味、今日で最後なんだね、私たちの関係は」
「そうだな」
建物までソルベの運転でやって来た私とリゾットは、短く言葉を交わす。相槌を打たれたということは、私のこのセンチメンタルなポエムに付き合ってくれるつもりがあるのだろう。
「私が言い出した時、リゾット、かなりびっくりしてたよね?」
「したな。お前が言うのか、と動揺した」
動揺しているようにはまったく見えなかったけど、まざまざと思い出される『あの時』を顧みると、確かに一瞬硬直していたように思えなくも、ない。いつも私が(主に可愛さや可愛さや可愛さで)魂が抜けるほど驚かされることばかりだから、予想外のことをしてリゾットちゃんの度肝を抜いてみたいと前々から思っていたんだけど、アレで私の願望は成ったと言っていいんじゃないだろうか。イエーイ見てるー?リゾットちゃん見てるー?私の雄姿見たー?

「最初から " そう " で、これからも変わらずに " そう " なんだが…………」
「うん?」
一抹の緊張とそれを紛らわせたい雑念まみれの私の内心になど気づかず、あるいは無視をして、リゾットは静かにシートベルトを外す。心の中に浮かんだ言葉の形も解らないまま漠然とした思いに突き動かされ口を開いた、といった様子に見えた。
彼が二の句を継ぐ前に、ソルベとジェラートが大げさな動作で後部座席のドアを開けた。リゾットはぴたりと言葉を切ってしまって、ここでの続きはもう、口にしてくれなさそうだ。言葉を邪魔されたことに対して拗ねてたら可愛いんだけど、この様子じゃ全然拗ねてない。拗ねるどころか、考えをまとめる猶予が出来たことに冷静さを取り戻していそうで、くっそ、拗ねるリゾットを心のメモリーに保存しておきたかった。容量がいっぱいになったら一枚一枚丁寧にzipに保存していくからリゾットの拗ね顔が見たい。

「大事な話は歩きながらしてくれや、リゾット、ポルポ。悪ぃけど渋滞で押してんだわ」
「これからおにいさん達が腕によりをかけてポルポを綺麗にするんだからよ」
気障なウインクをこちらに投げて、ソルベがリゾットを、ジェラートが私を車から引っ張り出した。作業用のラフなシャツとパンツを身に着けた背の高い男性は、これから私をつむじからつま先に至るまでゴリゴリ削ってガリガリ磨いてピカピカに整える仕事を担っているとは思えないくらい身軽である。それもそのはず、化粧道具や衣裳などの荷物はすでに、前日の晩に駆り出されたホルマジオが搬入済みだ。

パッショーネの力が存分に振るわれ借りられたこの場所に、業者は一人もいない。ジョルノには「手配をしましょうか?」と提案をされたけど、意見を申し入れたのは意外なことに、ポルナレフだった。
―――余計な人間を入れるより、彼らは自分たちですべてを終わらせたいと思うだろう。
ごもっとも、と手を鳴らした。なるほどポルナレフは彼らのことをよく解っている。自信過剰と言われても今だけは断言するが、彼らはなんだかんだで私のことが大好きだ。彼らからすると、その私の晴れの舞台をセッティングするのはやはり、自分たちの仕事だと思うだろう。私も同じだ。
ずっとそばにいたのだから、『最後』の時も、そして『始まり』の時も、ずっと一緒にいてほしい。
あと、私たちの性格的に普通の『それ』ではしっくりこない。一般的な女の子の夢に憧れていた前世の自分の肩を叩いた。

ところでジェラート。まるで今の私は綺麗じゃないみたいな言い方やめてください。うったえますよ。
「ぎゃはははは、悪ぃ!今もポルポは綺麗だぜ、俺たちの一輪の薔薇さ」
「ありがとう、それはそれでつらい」
「ぶひゃあッひゃっひゃっひゃ!!」
元気な笑い声が朝のチャペルに響いた。



*


先に到着していたギアッチョは、雑用係を買って出たメローネのストッパーとして無理やり引きずり出されたことに不機嫌そうな顔をしている。目が合ってビビった。眉間のしわが当人比二倍増しで目つきだけで人が殺せそうだった。
朝に弱い低血圧ちゃんだから仕方ないね、そんなギアッチョも好きだよ。ニコッと笑って手を振ると、ジェラートと打ち合わせをしていたメローネがなぜか手を振り返して来た。ありがとう、話に集中してあげてください。どこまでもマルチタスクな優秀ちゃんである。

そんな彼らが、「渋滞で予定が押している」と言ったにしてはのんびりと準備を進める内に、リゾットは自分の考えをまとめたようだった。
「少し確認しておきたいことがあるんだが、……良いか」
疑問符すらつかないこんなリゾットちゃんが可愛くて死にたい。いや死にたくない死にたくない。テンプレってやつだから。言霊さんは仕事しなくていいです。
顔を上げてリゾットに向き直る。赤い瞳は言葉に収めきらない何かを含んで私を見つめる。残念ならがリーディングリゾットの成果は発揮できない複雑な感情だったが、この瞳が間違いなく私を愛してくれていることだけは、バカだクソ鈍いマヌケだかかったなアホがと罵られる(誠に遺憾である)私にだって解る。
リゾットの手が私の頬にすべる。
「ポルポにとっては不幸かもしれない。……だが、『死が2人を別つまで』という言葉では終わらせないつもりだ。どちらがどちらから別たれたとしても、俺はお前を追い、捜し、そして見つける」
最上級の、リゾットなりの結論なのだろう。
前置きの通り、考えようによっては私にとって不幸なことなのかもしれない。もしも私が解放されたいと願ったとして、多くの願いを叶え、私の力になり、時には新たな萌えを……、じゃなかった、幸福を。幸福を生み出してくれたリゾットは、その時ばかりは私の言葉を聞き入れないのだから。
だけどねリゾットちゃん。不安に思うことなんて何もない。
十人で支えあい、二人で時を同じくすることができる私たちは、もう一人だけには戻れない。私たちのだれもが、私たちのだれもを想う。周りにいる相手は、そして隣を歩く相手は彼らが良いのだと、彼が良いのだと想う。だれもが思う。
喪女で、モテなくて、前世の記憶を抱えて一人で生きていた私は、一人で生きていくことに疑問なんて持っていなかった。だけど今、一人ぼっちは寂しいと感じる。なぜならそれは、周りに彼らが、隣に彼がいるからだ。いなくなることを恐れるのだ。それは世界が何巡しても変わらない真実である。
これは私の勝手な妄想だけれども、リゾットも今、そんな気持ちなのかもしれない。だからあえて、予防線を引いている。
「それは無常の幸福ってやつよ、リゾット。私はリゾットみたいな力も、頭も持ってない。 だから君を捜すことはできないかもしれない。けど、いつまでも。もし三度めがあったとしても、なかったとしても、魂が巡っても、巡らなくても、リゾットのことを信じてあがくわ。……"リゾットにとっては不幸なことかもしれないけど"、こればっかりは諦めて」
私史上最高に冷静で、極大に情熱的で、マキシマムにカッコいい台詞だったと思う。
「…………」
リゾットはじっと私の朱い瞳を見る。冗談かどうかを見抜いてるんじゃあないと思いたいね。私のカッコよさにシビれちゃったんだと思いたいね。いやいや、逆に考えるんだ。冗談だと思われてもいいさと考えるんだ。そしたら本当にそうなった時、今度こそリゾットの度肝を抜けるぞ。
「……お前なら、たがわず、そうするんだろうな」
「そうね。……あぁもし、リゾットが疲れて動けなくなってしまったら、その時は、私が迎えにいくから。首洗って待っててね」
「……そうだな、その時は俺が、お前を待とう」
精一杯の茶化しをスルーして、リゾットは小さく笑った。
まだ指で数えられるほどしか拝見していない貴重な微かな笑みは、控室の準備を終えたプロシュートに声をかけられたことでスッと音もなく消えてしまう。残念、私の網膜がフィルムだったなら、後でネガから大量に写真を量産して心の部屋に張りまくったのにな。

私もソルベとジェラートに控室へと呼ばれ、廊下で別れる。視線を交わして、ニコリと微笑めば、いつものようにリゾットが目を細めた。手を振っても片手をちょっぴり上げただけで背を向けてしまったけど、そういうクールな猫みたいなところ、好きだよ。
「(――――ん?)」
もしかしてリゾット、マリッジブルーだったのか?光の速さで一万回保存するわ。



*


白いドレスの待つ部屋へ入ると、メイク道具を構えたソルベとジェラートが待ち構えていた。
「さ、身も心も俺たちに任せてくれよ、女王さん」
「最高の天国を見せてやるからさ」
今までになく美しくメイクしてくれるってことですねありがとう。
ニヤニヤと笑みを浮かべたトリックスター二人に誘われ、控室の扉を閉める。
これから私は、イタリアのチャペルで結婚をするという、女の子の夢に足を踏み入れるのだ。




*






0.5  (空気ぶち壊し)(結婚のまま終わりたい場合は非推奨)