38 北イタリアでのランチ


菜食主義について議論する青年たちの隣で、私はピッツァを食べながらこっそりとため息をついた。
なんだ、この展開。

目覚めて一番にトリッシュの顔が見え、無事でよかったわと言われたことはいい。隣でぎゃあぎゃあ騒いでいたミスタたちとメローネがあああと声をあげたことも、よくわからんが構わない。ソルベとジェラートがマジでかとゲラゲラ笑っていたことも想定の範囲内だ。そのあとブチャラティに結構きつく抱きしめられたのも、まあ、びっくりしたんだろうな、と頷ける。痛くなかったのか、とリゾットに訊ねられて、めっちゃ痛かったわよと言ったらそうか、と目を細められたのもオッケー。もう駄目だと思ったんですよとジョルノに微笑まれてごめんねと謝ったらその後ろからフーゴがぱっと現れてふざけないでくださいよやるならこっちにも相談してからやれよド低能がッと罵られたのも問題ない。アバッキオに無言で頭ひっぱたかれたのも許せる。正直すまんかった。
それからブチャラティのボスを裏切る宣言があって、護チメンバーが驚いて冷や汗を流し嘘だろブチャラティそんなの勝てっこないよと続くのかと思ったら、なんと全員俺も俺もと続々舟に乗り込んでしまった。えっなにこれ。
フーゴたん、いいの?と訊ねると、なに言ってんですか誰よりも先にボスから離反したのはあなたでしょうがって言われてしまった。そりゃそうなんだが、フーゴたん、それでいいのか。
暗チが護チと一緒に行動していることといい、フーゴが裏切りを選んだことといい、この展開、謎すぎる。みんなありがとうと言っておくべきだろうかと考えて、死亡フラグっぽいからやめた。

「チーズ垂れてるぜ」
「あ、まじだ。ありがとう」
ホルマジオに布巾を差し出された。
隣のテーブルではいちゃもんをつけられたナランチャが一般人をボコボコにしているし、ソルベとジェラートがそれを囃し立てているし、アバッキオが一蹴りしたあとでこいつ敵じゃねえなって気づいたみたいだし、もうカオスだ。リゾット、変わらない君だけが頼りだよ。あと、ちなみにブチャラティも生きているので普通に食事を摂っている。それを見るとホッとするわ。
ところでこれから何が起きるかって、スクアーロとティッツァーノの襲撃があるはずなんだよ。どのタイミングで現れるのかはわからないけど、その戦い、どうなるのかな。ナランチャの格好いいシーンだったと記憶しているけど、この異色すぎるメンバーを見て、スクアーロとティッツァーノはなにを思うだろうか。私と同じテーブルについてるやつら知らねえんだけど、とかそういうことだろうか。ポルポ生きてるんだけど、とかそういうことだったら困るなあ。
「あたしはどうしても知りたいッ!自分が何者から生まれたのかを!それを知らずに殺されるなんてまっぴらよ!」
トリッシュの決意をきいて、全員が目的地を定めた。サルディニアね、オッケーオッケ―。
どうやら彼女、オメーが思ってるよりタフみてえだなブチャラティ。アバッキオがカッコイイ角度で言った。アバトリフラグが立ったよトリッシュたん。
微笑ましくその光景を見守って、じゃあサルディニア行のルートを決めないとね、とリゾットとメローネに話しかけた私の後ろで、ガチャリと食器が大きな音を立てた。
「なんだッ!?……ナランチャじゃねェか!」
こちらのテーブルで一番に立ち上がったのはホルマジオだった。さすがナランチャのこととなると反応が素早い。ごめん偏見。
敵のスタンド攻撃で舌を切り取られたかなんかで息ができなくなったナランチャの喉にジョルノがペンを突き刺したのを見て、私は記憶をたどった。確か、射程が長いくせにふたりは近くからこちらを見ていたはずなんだけど、と敵をさがす前に、警戒し、立ち上がっていたリゾットが流れる水を通り越して、一軒の家のベランダを見た。私とソルベとジェラートも釣られて顔を向けた。おえええとえづく声がした。
「……えっと……今、メタリカ……」
「さっきからこっちを見ていたからな」
「あ、……気づいてたんだ。スゲエな暗殺者……」
ていうか見ていたからなって、そんだけで攻撃しちゃうんだ。イケメン目当ての少女だったとは思わないんだね。やっぱりプロすごい。こわい。
恐らくベランダにじゃらじゃらとカミソリを吐いたのだろうふたりは撤退したようだ。射程外だ、とリゾットが言った。スクアーロとティッツァーノに同情した。撤退しなかったらたぶん喉まで切られてたと思う。

傷ついたジョルノに肩を貸して戻ってきたナランチャの背中をホルマジオがばしばし叩いた。ホルマジオ痛いよと批難したナランチャの言葉は聞こえなかったことにしたらしい。
「ところで、なんでみんなあっちの戦いに手を出さなかったの?さっきはメタリカしてたのに。メローネも特に追跡しなかったし……?」
「え?そんなの当たり前だろ」
リストランテのテラス席でのんびり見物の構えを取っていたソルベとジェラート、メローネ、それから私の傍に立っていたリゾットに訊ねる。
ホルマジオはナランチャを心配したのか護衛チームのテーブルに向かったが、「こりゃあ敵の射程距離はかなり長えだろうぜー」とか「ぎゃはははナランチャ、無理しねえで喋んない方がいいんじゃねェのかー」とかこっちも傍観の姿勢をとっていた。ホルマジオはクラッシュともトーキングヘッドとも、射程距離の問題で相性が悪そうだとは思ったけど、無理しないで喋らない方がいいのではと忠告するくらいだからトーキングヘッドの能力にも察しがついていたのだろう。それを護衛チームに教えなかったのはなぜなのか。
私は素朴な疑問を口にしたつもりだったのだが、きょとんとしたメローネに続いて、ジェラートはニッコリ笑ってソルベと声を重ねた。
「俺たちの仕事はポルポを守ることだからな」
ありもしない裏を疑ってしまう笑顔だった。ものすごく頼もしいセリフだし、青空のように爽やかなのになぜかひんやり冷たい影がある。な、と同意を求められたリゾットも当然のように頷いた。
「最初に攻撃をしたのは、こちらにスタンドを向けられると面倒だったからだ。お前に害がないならあちらに任せる」
さいですか。要するにこれは、原作不干渉、ということなのだろうか。せっかくのチート軍団なのにもったいねえ。私たちはなんでここにいるんだろうか。あ、ボスクソ野郎を殴ってアバッキオとナランチャの命を確保するためですねわかります。メローネが私の口元に生ハムを運んだ。ありがとう、プロシュートを食ってる私。人間で考えると絵面的に最悪だな。
「目的地はサルディニアだったな?もう少し詳しい場所はわかるのか?」
「リゾット。……どうだ、トリッシュ?何か思い出せることはないか?」
戦いが終わり、亀の中から姿を現したトリッシュに、ブチャラティが背をかがめて問いかける。
今さら言うのも何だけど、やっぱりリゾットとブチャラティが会話してるの違和感バリバリ。でも初っ端よりは会話がスムーズになっている。このまま笑顔で肩を組めるようになるといいね。ブチャラティのあの謎のテンションなら何とかなると思う。
「……カーラ・ディ・ヴォルペ。エメラルドのように青い海岸にある、キツネの尾という名前のリゾート地。そこで母は……あなたたちのボスと知り合ったと言っていたわ。彼はサルディニアの方言を使うサルディニアの人だったとも。でも、そのバカンスの後、父は姿を消したわ。……それ以外はわからない。何をどう探せばいいのかも、見当がつかないわ」
「カーラ・ディ・ヴォルペ。それだけわかれば充分だ」
トリッシュとブチャラティから向けられた視線に小さく頷いたリゾット。移動手段を手に入れるため立ち上がったブチャラティたちの背を追う際に、先に行くよう私の背を押した彼の姿は、背の高いソルベとジェラートに隠れて見えなかった。
ホルマジオに勢いよく後ろから肩に腕を回されて、片腕にメローネがしがみついて、私はすぐにそのことを忘れた。