37 私は生きていてほしい


フィレンツェからヴェネチア行の列車に乗る前に、私たちは宿をとることにした。夜まではまだ時間があるし、あえて一日で強行してもよかったのだが、疲労のたまった状態でボスに会うのはちょっと避けたい。ほんで、数部屋に分かれてホテルにインすることにしたっちゅーわけや工藤。
私のそんな思惑なんて知らない彼らは、ネアポリスからの長い列車の旅で疲れた身体をのんびり癒している。
私とトリッシュは同室。一緒にお風呂に入ろうか?と持ちかけたら、「あのね、ポルポさん」と他人行儀に呆れられた。
「あなたの性格はもう充分すぎるくらいわかったけど、一緒に寝るのはよくってもお風呂はダメ!」
だよね、わかってた。
水音がかすかに届く室内で、私はベッドに横になって天井を見つめていた。さっきまではベッドを椅子代わりに座っていたのだけど、なんだか疲れてしまってそのまま後ろにぱたん、と倒れたのだ。そりゃあ、疲れもするかな。普段使ってない脳みそを使っているんだからさ。
「あー……」
ソルベとジェラートに協力を仰がないといけない。それも、出発する前に、だ。ちなみに彼らは揃って同室。当たり前だよね、あのふたりだもんね。そんなラブラブな彼らと部屋を同じくする羽目になった可哀そうなアバッキオとフーゴに合掌。
私たちの部屋を挟むようにして反対側ではジョルノとミスタとホルマジオとメローネが休んでいる。ジョルノとミスタが同室になったのは偶然だ。偶然だったら偶然だ。そして、ソルジェラと同室のふたりと、メローネと同室になったふたりのどちらが不運だったのかは私にはわからない。どちらにせよ合掌。
部屋を割り振ったのは私ではなくブチャラティとリゾットのリーダー組だ。安定のふたり。まったくブレない。ではこのふたりはまさかドキドキ同室の巻?と異色のコンビすぎる彼らに戦慄したが、内訳を聞いて安心した。そうだね、女ふたり、護衛対象だけで眠らせるわけがないよね。というわけでリーダーコンビは私たちと同じ部屋にいる。
「ポルポ、今なら暖かいわ。……入れば?」
「ういー、そうする。ありがとう」
バスルームの扉から湯気が逃げた。私は身体を起こして、着替えセットと備え付けのパジャマを持って、トリッシュと入れ違いでバスルームに入った。若い女の子っていい匂いがするなって再確認した。
「うあー……めんどくせえ……チートめ、チートはめちゃ許せんよ……」
シャワーを浴びながら愚痴をこぼす。エピタフは卑怯だしキンクリって何?時間飛んじゃうの?は?シンジラレナイ。
今ここでディアボロについてのすべてを打ち明けてよし全員で殺しにかかるぞ、と号令をかけたい。けどそれじゃあいけないんだなあ。はあ。
「(……死ぬしかないかあ)」
ソルジェラ、よろしくね。私は彼らの部屋のほうに手を合わせた。

睡眠の周期から考えて、トリッシュが深い眠りに落ちたと思われる時間を迎えた私は、シーツの海から起き上がった。掛け布団をはいで靴を履く。パジャマにヒールとはこれいかに、という感じだがそこは考えるところじゃない。いやしかし不自然。
緊急事態にいち早く反応できるように、用意されていたエキストラベッドには入らず、椅子に座って仮眠をとっていたブチャラティの横をすり抜ける。気づいているのだろうけど、私だとわかって見逃しているのだろうか。護衛対象が起きたくらいで反応していたらお互いギスギスするもんね。
「すぐ戻るね」
「どこへ?」
じーっと立っているリゾットは疲れないんだろうか。体力の違い?私は無理だな。二時間くらい立ちっぱなしだと血が下がっちゃってくらくらする。
私はカジュアルめのスーツを分かりやすい位置に出した。クリーニング済みだ。午後に出して眠る前に戻ってきたのでパリッとしてます。ついでにトートバッグを肩にかける。中にはいつもの荷物と、シックなワンピースと、それから下着が入っている。
「ソルベとジェラートのところ。あとホルマジオ。相談したいことがあって」
ドアに向かった私の後ろにリゾットがついてきた。隣の部屋に入るか、ソルジェラが出てくるまで見張るのかな。護衛された経験があまりないからわからん。
廊下に出た私は隣の部屋のドアを小さくノックした。チャイムは鳴らさない。アバッキオとフーゴを起こすのは可哀そうだし、彼らに用事はないからだ。暗チの人たちはたぶんやろうと思えば木の葉の落ちる音でも起きると思う。耳が良すぎ。あるいは気配を察知しすぎ。
かちゃりとも音を立てず、すぐに顔を出したジェラートは、私の姿を見てへらっと笑顔になった。
「どうしたんだい女王さん」
「寝てたところを悪いんだけど、ちょっとお願い事があって。ソルベも呼んでもらってもいいかな?」
「わかった」
部屋の奥を振り返ったジェラートに反応して、こちらを覗き込んでいたソルベが足音もなくやって来た。その手には部屋の鍵があった。オートロックだもんね。
続いてホルマジオのいる部屋。同じように小さくノックすると、しばらくしてホルマジオが出てきた。ねみィってのになんだよポルポ。冗談めかして文句を言ってくるあたりで、私とホルマジオの気安い関係がよくわかる。
頼みがあるんだよね、と私はホルマジオを呼んだ。ちょっと眉を動かしてから、ソルベと同じように鍵を持ってホルマジオが部屋から出た。
私を見ていたリゾットに小さく手を振って、私はソルベとジェラートとホルマジオを引き連れて、自動販売機と公衆電話のあるスペースに向かった。くるりと三人の方を見る。自然体で立っている彼らは、それでいて、後ろからいきなり襲い掛かられたとしても冷静に相手を撃退するのだろうな、と思わせる説得力があった。よく見たら全員肉体派じゃん。説得力(物理)怖い。
「あのさ、ソルベのスタンドって、自分だけじゃなく人を変装させられるんだよね?」
「おう。変装っても子供だましじゃねえ、体型はもちろん、声や体臭までほぼ完ぺきにコピーする。仕草や言葉なんかは元のままだから注意しなきゃなんねーがな」
「だよね。で、ジェラートのスタンドが超絶死んだふり特化」
「そ。心臓の鼓動が停止するのはもちろん、脳からの電気信号もある程度シャットアウトするから生体反応も消えるし、痛みや温度、光に対しての反射行動もなくなる。魂があるなら、それでも見ねえ限り生きてるとはわかんねえぜ。ちなみに死んでる間に酸素不足やなんかで身体に損傷が起こることはありえねー。その辺はスタンド様様ってとこかな」
そう、このふたりは、お互いを補完し合うことのできる、コンビで活きるタイプのスタンドを持っているのだ。
例えばソルベが自分とジェラートを変装させてターゲットに難なく近づき、衆目がある場合はジェラートの死んだふりで場を混乱させる。そのどさくさに紛れて物理で殴るもとい暗殺したり、タゲの自宅なんかで行う場合はスタンドで相手を死んだふりさせてそのまま、スタンドによる生命維持機能をぶったぎればそのままお陀仏、らしい。じゃあ最初からジェラートのスタンドだけでやればいいのに、と思ったが、それはかなり本体に負担がかかるのだそうだ。下準備なく相手に死んだふりをかけるのはスタンドの性質に反しているとのこと。ジェラートはじっくりタイプなのね。
私は申し訳なく思いながら、お願い事を口にする。
「ふたりを一時的に引き離すことになっちゃうんだけど、それってどうしても嫌かな?」
「ぶはッ、完全にホモ扱いしてんじゃねえよ」
「いやいやいやいや、ポルポ、ヘンなこと訊くなよ。あと俺たちはホモじゃねえよ。離れるくらいどうってことねーって。四六時中一緒にいるとはいえ、離れたら死んじまうわけじゃねーし」
「そうそう。まあひと月も離れてろってんならちっと寂しいけどな」
そんなにはかからない。明日一日、いや、半日くらいだ。
「ジェラートは"死"の"予約"をしたらあとは射程関係ないんだったよね?」
「ンだな。予約が必要なのか?」
「保険のために、ちょっと」
"死"の"予約"とは、ジェラートのスタンドのちょっとした裏技のようなものだ。一日のうちどのタイミングで"予約"を行っても構わず、"予約"からきっかり24時間以内なら射程距離に関係なく、予約対象にスタンドがついて回る。もちろん誰にも視認できないし感知されない。そして24時間以内に予約対象が致命傷、あるいは時間経過によって死ぬ事態に陥った場合、スタンドがその予約対象に一度だけ"死んだふり"をさせることができるのだ。死んだふりをさせられた対象は、スタンドが解除されるまでそのまままるっきり死んだ状態でいることになる。
だが、これがこのスタンドの便利なところなのだが、"死んだふり"を予約された人物は、偽りの死を迎えるその攻撃を一度だけ無効化することができるのだ。二撃目は防げず、まるっきり死んだと見えていても、戯れに心臓に弾丸を撃ち込まれたりしたら本当に死んでしまうのだが。
難点は、予約をしている間は本体の元にスタンドが戻らず無防備になることと、"予約"をしたらそれが実行されるまで次の"予約"はできないということだ。考えてみれば当然のことだ。本体にスタンドが戻らないのだから、スタンドの能力を行使することはできない。
「ジェラートには私の死を予約してほしい」
「ふんふん、……なんで、って訊いても?」
どうぞどうぞ。私はジェラートを見上げた。
「保険、なんだよね。……私はボスを信用してない。理由はお察しの通りなんだけど。……だから、本当にボスがトリッシュを保護するつもりなのか疑ってるんだ。思えば、ボスは一度もこちらに姿を見せていないし、連絡だって解析不能のメーラーから飛んでくるメールだけ。組織の誰もボスの正体を知らないじゃない?そしてボスの偽名、なんつったっけ、あれを調べようとした人間は例外なく抹殺されている。つまり、ボスはこの世に自分とかかわりのある人間を残したくないわけだ」
ソルベとジェラートが首を動かして同意を表す。
「じゃあトリッシュは?彼女はボスの娘で、今まで存在すら知られていなかったキーパーソンだ。ボスが素直に彼女を保護して、新しい人生を用意してあげる保証がどこにあるんだ、ってことよ」
「まさかマジにはやるまいとは思ったが、俺もそれは考えた」
「私もボスを信じたいのはやまやまなんだけどねえ」
「言葉と表情が矛盾しまくりだぜポルポ」
「ボスを信用って響きヤベエ。ポルポから出ると余計にヤベエ」
ソルベが口元を押さえた手の隙間からブフッと笑いをもらした。私も言っててぞわぞわした。ボスを信用。今更、ないわー。
「トリッシュは可愛いから可哀そう、とか、そういうのは置いておいても、"私たち"が"ボスの思惑通り"に事を進め"させられている"っていうのが気に入らない。というか、もし予想通りだったらちょおおおおむかつく。まあ私情だから巻き込まれた君たちには悪いんだけど」
「や、俺らもイラッとするしブチ殺したくなるから気にしなくていいぜ」
「うんうん。で、俺らはポルポに死の予約をして、そんでどうすりゃいいんだ?マジオを呼んで、俺にポルポの予約をしろって言ったってことは、ソルベのスタンドで俺らの誰かにポルポの変装をさせるってことか?」
話が早くてとても助かる。
ボスの今までの私への執着とか歪んだ愛情かっこわらいかっことじ(ノーサンキューAA略)を見るに、ナントカ以下略ナントカ塔に上るメンバーには私も加えられるだろう、と推察できる。だって私幹部だし。
そんでボスの計画通りトリッシュが拉致され、ブチャラティがぶちキレ。追うブチャラティ。で、地下でボグシャアされて死亡。それは防ぎたい。
「数合わせのために、ジェラートは任務で離脱したってことにしてもらいたい。でも本当に離脱するんじゃなくて、ソルベのスタンドでソルベに化けてついてきてほしい。で、ソルベは代わりに私に変装して私役。私はホルマジオのリトルフィートで小さくなってソルベのポケットかなんかに入って隠れてる」
ふんふん、と黙って聞いていたソルベが、ジェラートの腕に軽く自分の腕を絡めた。
「そりゃーいいけど、いざって時に俺じゃああんまり戦えねえぜ?スタンドも戦闘向きじゃあねぇ。ボスのトコに行けんのはトリッシュと護衛数人と幹部のポルポの少数だろうってのは判るけど、それだったらリゾットに協力を仰いでポルポに化けて貰えばいいんじゃねえの?リゾットならある程度離れてスタンドも使えっしさ」
「あのリゾットが私に化けてペラペラ喋るって考えただけで笑いが止まらない」
「ごもっとも」
女子トイレに入るリゾット、私たぶん正気じゃいられない。
想像してこらえきれなかったのかホルマジオが顔を覆って笑い出した。ソルベとジェラートの目元が心底面白そうに歪んでいる。私も自分のイメージで腹筋痛い。
「なんでソルベに頼むかっていったら、ソルベってナイフ投げるのうまいじゃん。ダーツとかすごい得意だしさ」
「おう、ソルベの腕前は組織ン中でも一二を争うんじゃねえかな」
ジェラートが胸を張った。
「ボスのスタンドの射程がどれくらいかはわからんけど、必ず何かがあると、私は見てる。だから距離を取って攻撃できるソルベにお願いしたいんだ。ジェラートって拳で語るタイプだし」
マウント取って笑いながら相手の鼻骨折ってたジェラートの姿はトラウマだぜってギアッチョが言ってた。あのギアッチョにそう言わせるだけの爆発力がボスに向かったら即行でキンクリされて今度はジェラートが死ぬ。その点、どちらかというとソルベの方が冷静だ。
「ソルベを選んだ理由はわかった。だがよォ、ポルポがソルポのポケットに隠れるなら、ポルポも娘と一緒にボスに接近することになるよな。それって危険じゃねえかァ?せっかくソルポに化けさせてんだから、むしろ小さくならねェでジェラートに化けて俺らと一緒に待ってたらいいんじゃねェの?死の予約も必要ねェだろ」
腕を組んだホルマジオが言った。ソルポって造語つくるのやめろ。なんだそのセンス。
確かにそうしたら私は安全に待っていられるんだけど、トリッシュも殺されず、ブチャラティも殺されない状況をつくるには、あの納骨堂かどっかの地下から、ジッパーを使ってブチャラティが即座に逃げる必要がある。そのためには彼らにとって重要な人物の死が必要だ、と私は思う。それが私に化けたソルベではいけない理由は、サクラが必要だからだ。私の偽の死に姿を見て、「ポルポが大怪我をした、早く逃げて治療しなくては」と逃げるようにけしかけるサクラが。
私が、私に変装したソルベ――いやもう長いからソルポでいいや――ソルポの死体を見て叫ぶ係をすることも可能なのでは、と、流れを組み立てている時に考えなかった訳ではないが、それはジェラートのスタンドの性質上不可能だとすぐに却下した。ジェラートの死んだふり特化スタンドが死の予約をしている間、予約対象はそれ以外のスタンドの効果を受け付けなくなってしまうのだ。つまり予約中は変装ができない。それじゃイカン。
「誰にも傷ついてほしくないから、やっぱり私がやるしかないのよねえ」
ブチャラティとしても、顔を合わせて一日と少しのソルベが倒れるより、付き合いの長い上司が倒れた方が衝撃は大きいだろうし。

ジェラートがソルベと顔を見合わせる。ホルマジオがポケットから小銭を取り出して自動販売機に入れている。コーラを買ってプルタブを開けてぐいーっと飲み始めた。コーラを飲むとげっぷが出るくらい確実じゃぞ、と脳内でジョセフが言った。そうだね。
「ンー……そこまで流れが決まってるなら、特に言うこたあねーけど。んじゃあ、今予約して変装してちっちゃくなって計画イニッツィオといきますか、女王さん」
「うん、お願い。もし私の予想が外れて、ボスが本当にトリッシュを安全な所に隠す場合は、特に攻撃を仕掛けることなくすたこらさっさと隠れようね。……あ、あと、……ホルマジオ、痛くないようにしてくれるかな?切るんだよね?」
「オメー、打たれ弱えのによくあんなこと思いついたよな。安心しろよ、ちっと切るだけだから」
三人のスタンドがぶわりと現れて、あまりの威圧感にビビって壁に頭ぶつけた。
すぐ近くにあったトイレに入って、ワンピースに着替えた私は、躊躇なく女子トイレに踏み込んだソルベにさっきまで着ていたパジャマを「すまん、でもシャワーは浴びた後だから」と謝りながら渡す。ソルベは声を殺してゲラゲラと笑ってから、気にすんなよと言った。ちなみにワンピースの中には新品の下着、が、入っている。チェックイン後、一階のフロントで私が買った新品だ。安くはないホテルなので、突発的に宿泊するようになったり、事情があって着用できなくなった場合のために各種サイズの下着を取り揃えているのだ。ラッキーだった。もし無理だったらフィレンツェの街で下着屋をさがして奔走することになっていた。
ソルベの入った個室の前で待っていた私に、ソルベは笑いながら言った。
「ポルポってマジに乳デケーのな。あとブラジャーってつけにくくね?明日の朝、や、もう今日の朝か。手間取らねえために今練習していい?」
「お、おう、どうぞ」
何度か後ろ手にホックを留める練習をしたソルベは、うんうんと納得して鍵を開けた。そこには私がいた。
「……す、……すごいね、私じゃん」
「そりゃあ俺のスタンドは完璧な擬態っつーのがウリだからな」
声も私のものだった。
上から下まで眺めて、パジャマを身に着けたソルベ、いやソルポがあまりにも私そのものだったので正直に賞賛して、それから私はあっと気づいて首の後ろに手をやった。チョーカーを外して、ソルベに渡す。私のトレードマークとなりつつあるそれを器用につけたソルポは、私の顔でにこっと笑った。



0.5

ポルポに変装したソルベは、ジェラートとホルマジオと別れて、ポケットにワンピースを着た小さなポルポを入れたままのんびりとノックした。すぐにドアを隔てたすぐ向こうに、希薄すぎる気配が近づく。かちりと鍵が鳴って、ドアが開かれた。リゾットと目が合う。
部屋に入ったソルベは、目だけで間取りを見回した。ソルベのいた部屋と変わらないようだ。
「お待たせ。用事も終わったし寝るわ。あとをよろしくね、おやすみ」
鞄を置いてひらひらと手を振る。目を覚ましてこちらを見たブチャラティにもおやすみを告げて、ソルベは人の寝ていた形跡のあるベッドにもぐりこんだ。布団の下でポルポをポケットから出してベッドの上に乗せた。痛くねえ?と囁くように訊ねると、全然、と首を振られた。
ジェラートと離れるのは、何年ぶりだっただろうか。とりとめのないことを考えて、くああ、とあくびをして目を閉じた。胸があるって、結構邪魔なんだなあ。

次の日の朝、ポルポによって用意されていたスーツのような服を着る。髪に隠れていた方がいいじゃねえの、とポルポを肩にのせて髪で隠し、安定するようにスタンドの指を二本だけ具現化して背もたれの代わりにしてやった。
「至れり尽くせりで嬉しいけど、疲れない?ごめんね、面倒なこと頼んじゃって」
「気にすんなって。ポルポはドンと構えて好きにやってりゃあいいんだよ。こっちは面白いことに参加できて楽しいんだからさ」
ポルポは、いつもは遠慮なく振る舞っているのに、誰かの世話になる時はちょっと気にしすぎるきらいがあるな、とソルベは鏡を見ながら思った。
洗面所から出ると、先に着替えていたトリッシュがソルベを見た。笑顔で応えて、暇をつぶそうと、ベッドに座ってポルポの持っていたペーパーブックを開く。ぺらりとめくって、ポルポってこういうのが趣味なのか、とつらつらと読み進めた。
「ポルポ、トリッシュ。チェックアウトはまだ先だが、あまり遅くなってもいけないだろう。そろそろ……ヴェネチアの駅からDISCを取ろう」
「ん。じゃあみんなに声かけて出よっか。リゾットちゃん、任せていい?」
「判った。ロビーに集まるように伝えよう」
リゾットのことをちゃん付けで呼んでみたかったんだよ一度。
ソルベはポルポの笑みの下でガッツポーズを取った。馴染んでる顔ヤベエ。リゾット、かなり最初の方から訂正しなかったもんな。おかげで最初は内心で爆笑してた俺らもかなり慣れたぜ。
トリッシュと会話しつつ荷物をまとめて、ブチャラティにしんがりを任せエレベータに乗り込む。チン、と地上階に到着した箱から出てロビーに行くと、そこには全員が集まっていた。
「珍しいな、ポルポが一番最後なんて。初めてじゃねーの?」
まじか。ポルポって誰よりも早く行くタイプなのか。俺らポルポと待ち合わせしたことねえからわかんねー。
ごめんごめん、と謝り、チェックアウトを済ませてホテルから出た。オメーの相棒はどうしたんだよ、とソルベ――に変装したジェラートに問いかけたアバッキオに、ジェラートが「急な任務だってよ」とあっさり答えた。メローネが、へえ、と声をあげて、顔だけをジェラートの方に向ける。
「そいつは大変だな」
大げさに、ここに姿のないジェラートを労わって見せると、メローネはすぐに前を向いた。ま、俺らを知ってるやつは何かあんなって思うよなあ。ソルベはポルポとして、「ジェラートに無理を言って申し訳ないんだけどね」と苦笑する。

ぞろぞろといつまでも大勢で移動しているのも不自然なので、13人の塊の中で、初めにトリッシュを、そして内側にいる人間を徐々に亀の中に入れていく。
行きかう人に紛れてヴェネチアの駅に着く頃には、ソルベも亀の中で悠々とオレンジジュースを飲んでいた。亀の中に入るのは初めてだったので、あまりの生活感に思わず笑いかけたがなんとかこらえた。これボスが用意したのかよ。マジか。どうやって運び込んだんだ。電気の配線つなげてるボスとか想像するとめちゃくちゃ笑える。ソルベとジェラートは笑いの沸点が低かった。
「ブチャラティ、悪いが出てきてくんねーか?まさか人前で像ぶっ壊すわけにもいかねーし、ジッパーで開けてくれよ」
「ああ、わかった。……リゾット、すまないが出る」
「気にする必要はない」
ポルポがソルベの耳元でぼそっと呟いた。リゾットちゃんこれデレてんのかな。ソルベにはデレがなにかわからなかったが、それはお互いにとって幸せなことだった。もしツンデレやクーデレの意味を知っていたら、ソルベはとうとう笑いがこらえきれなかっただろう。

ノートパソコンにDISCを挿入し、現れた文面を読む。ポルポに変装したソルベの仕事はそれくらいであるというのに、ソルベは文面を見て笑ってしまうかと思った。かなり危なかった。
「("このDISCに入力してある情報は君たちがネアポリスの街から列車に乗った時点で入力したものである"ってマジかよクソウケる)」
つまり、16時35分にソルベたちが列車に乗り込んで悠悠自適な旅を送ったあの時から、ボスはずっとこのDISCが開かれるのを待っていたわけだ。この指令を読んでから15分以内に行動を完了させるようにと指定してあるということは、DISCの状態をリアルタイムで監視している必要がある。コンピュータの前でじっと通知を待っているボス。これを笑うなという方が無茶だ。実際、メローネはボスを揶揄して笑っていた。
全員に指令を伝えて、トリッシュを入れた亀を持って舟に乗り、サン・ジョルジョ・マジョーレ島まであと少し、というところで、ジョルノが立ち上がった。
「島に上陸するトリッシュの護衛、僕が志願します」
「はあッ!?バッカじゃねえのかジョルノよお、新人のオメーにこんな重要な仕事を任せるわけがねェーだろうがッ」
「ですが、ボスは"誰"とは指定していません。幹部のポルポとトリッシュはもちろん連れてくるようにと言われていますが、ただ塔に上るだけなら僕でも――」
「護衛任務をポルポから委譲されてんのは俺らのチームだ。そのリーダーであるブチャラティが行かなくって誰が行くっつーんだよ!オメーなわけねーだろうが!」
後ろからジョルノの頬をつかみあげたアバッキオがぐりぐりとジョルノを罵倒した。冷静ぶってても血の気の多いやつだなあ、とソルベは小さく肩をすくめた。
「アバッキオの言うとおり、もちろん俺が行く。……さあ、トリッシュ、ポルポ。亀から出るんだ」
トリッシュは胸を押さえながら、じっとりと冷や汗を浮かべて立ち上がった。ソルベはその背中を支えて、彼女に続いて亀の出口に手を伸ばした。チッと舌打ちをしてジョルノから手を離し、ソルベが出るのを手伝おうとしたアバッキオに、ふとソルベは部屋を振り返る。
「そうそう、せっかくだし、アバッキオもジョルノも、ナランチャたちみたいに船の上に出たら?ヴェネチアの景色、あんまり楽しめてないでしょ?」
ポルポの声を借りたソルベの言葉に、ジョルノがそうですね、と同意した。その表情に、観光を目的とする以外の決意に似たきらめきを見て、ソルベは微笑みの裏でスッと目を細めた。このガキ、なにか誰にも言えないたくらみを抱えてんな。
言及せずに舟の上に上がったソルベは、続いて出てきたブチャラティに手を取られ、上陸したトリッシュの後を追った。とん、と軽々飛んで着地して、スカートって動きづれえなと裾を払う。
ブチャラティがジョルノから渡され、胸につけたテントウムシのブローチ。まさかただのお守りなワケはあるまい。ソルベのにらみは正しいのだが、あえて狙いを訊ねることもないだろう、と彼はそれをすぐに忘れた。
「ポルポよォ、戻ったらヴェネチアの菓子を15個買ってやるぜェ」
「本当?ホルマジオ、それでよろしくね」
ホルマジオの口元がニヤリと歪んだ。了解、と手を振ったホルマジオに背を向け、ソルベはかつんとヒールを鳴らす。

気を失わされそうになった一瞬、ソルベは意識を失ったふりをして、親指の爪で人差し指の腹をきつく刺した。痛みで覚醒し、注意がトリッシュに向いている隙に、ゆるく握った手の中にポルポを隠す。
「トリッシュ……我が娘……、そしてポルポ……わたしの可愛いポルポ」
「(こいつ、気配がねえな)」
存在感は、ある。だが、人としての呼吸や温度が感じられなかった。どこか遠く、あるいは近くからスタンドを操っているのだと気づくのに時間はかからない。
冷たい床の上に横たえられる。ホルマジオと交わした暗号、菓子の数は過ぎる時間の数だ。15個、すなわち、リトルフィートを解除するまでの時間は、塔に入ってから15分後だ。エレベータの中から地下に連れてこられ、その時までのカウントダウンはもう容易だった。
「ポルポ、目覚めるのだ。お前にわたしの本当の目的を教えてやろう。そうして、今一度、わたしへの反感を封じ込めよう」
ポルポが不満を抱いていることには気づいていたのか。
ソルベは体温のない無機質な手で頬を撫でられて、ぴくりと睫毛を震わせた。目覚めを演出しながら、静かにボスの言葉をかみ砕く。ポルポにつけられた首輪、それが錆びつく前に、今再び新しい枷を嵌めようとしているのだ、ボスは。そのためだけにポルポに娘の護衛を任じ、ポルポ自身に娘の断頭台への先導をさせることで彼女の絶望を得ようとした。なるほど、やはり下劣な手段だ。
ボスの手が止まった。
「そこから出ない方がいい、ブローノ・ブチャラティ。……その柱の陰から出たら、お前は死ぬことになる」
ブチャラティは従わなかった。ボスが振り返ることなく、音もないまま姿を消す。ブチャラティがスタンドを駆使してトリッシュ、そしてソルベの元へたどり着き、ボスの声が納骨堂に響いた。
「なぜお前がそんな行動に出たのか、私は理解に苦しむ。手柄か?金か?より大きなものを求めたのか?」
的外れな反応だな。ソルベは微かに嘲笑を浮かべた。ポルポも、そして見るからに"白"であるブチャラティも、そんな理由で行動はしない。ポルポならなんと返事をするだろうか。うるせえハゲとでも叫ぶかもしれない。それはとても面白いことだ。
「貴様に俺の心は永遠に判るまいッ!!」
携帯電話でジョルノとやりとりをするブチャラティを見て、あのブローチがキーだったか、とソルベはゆっくり目を開けた。おおかた、ジョルノの小細工が仕掛けられていたのだろう。
訓練された正確な体内時計を確認し、身体を起こす。時間まであと少し。携帯電話を置き、立ち上がりかけたブチャラティの肩に手をかけた。
「まあ落ち着けよ。敵の射程距離も能力もわかんねえうちに行動すると怪我するぜ」
「ポル、ポ?……いや、違うッ、お前はいったい……!?」
「ソルベとジェラートって覚えてるかい、あの片割れさ。まさかこうなるたあ思ってなかったが、なんかあるといけないんでな。俺が隠れ蓑になったってわけだ。おい、とにかく離れな」
変装を解いて、きつくなったスカートのホックとチャックを下ろす。肩もきつくなったので上着を脱いでシャツの上から下着のホックをはずした。この間、3秒もかかっていない。
「お前たちがそんな小細工をしていたとは、思わなかったよ……。ポルポ、わたしのポルポ、……残念だ」

「……なんだ?」
ふと、違和感がソルベを襲った。ソルベは、いつの間にかブチャラティの前にいた。そして、ポルポを隠していた手が顔の高さに上がっていた。
「何かおかしいぜ!おいブチャラティ、娘を連れて階段に――いや、壁に――」
言葉が終わる前に、ワンピースを着たポルポがソルベの隣に立っていた。ソルベの手は開いていて、そして体内時計のカウントよりも早かった。いや、早いのではない。ソルベは自分を信じていた。だからこそそれにいち早く気づくことができた。
「時間が"飛んで"るッ!!」
ポルポがソルベの言葉に感心する暇はなかった。凄いなコイツ、事前知識なしでなんで気づけるんだ。口にはしなかったが、暗殺チームの優秀さを改めて知る。そしてポルポは声をあげた。
ひたりひたりと階段をのぼりながら、気を逸らすように言う。
「ボス!悪いけど、私は二度とあんたには従わない!いつかみたいに脅されても、痛い目に遭わされても、二度とね」
「……」
しん、と異様なほど静かになった。ソルベとブチャラティの荒い呼吸だけがそこにあった。
リトルフィートで切り付けられた時に、ポルポは靴を捨てていた。今の彼女は素足で立っている。ソルベよりも後ろに下がっていたブチャラティにはその背中が良く見えた。大きめのワンピースに覆われていてもわかる、華奢な背中だった。
「ポルポ。……わたしの可愛い、愛しいポルポ。お前はよくわたしの役に立ってくれた。わたしはお前を大切に思っていた。……残念だよ。そう、とても……とても残念だ。だが、同時に敬意を表そう。わたしにこんな決断をさせた、お前の勇気に、……最後の敬意を手向けとしよう」
止まった時間のなか、ボスが何を言ったのか、否、口を開いたのか開かなかったのかも、当人以外は知覚できなかった。瞬きをしようとまぶたが動き、時間が切り取られた。動き出した時間の中、瞬きを終える前にポルポの背中から、無機質な腕が生えていた。
「あッ、……ぐ、……くそ、…………ボ、……ス……」
自分だけが知り、動くことのできる停止した世界で女の胸に突き刺した腕を、時を進める前に抜き去らなかったのはなぜだろうか。それは攻撃を加えた本人にもわからなかった。けれど一度咳き込んだポルポの唇の端からこぼれた血液が腕に落ち、垂れて血の軌跡を描いた時、そして頼りなく震える女の手が、己を貫いた腕にすがるように触れた時、男は理解した。そうだ、最期の瞬間までポルポに触れていたかったのだ。
「さようならだ、ポルポ」
殊更ゆっくりと血に塗れた腕が引きぬかれた。膝から崩れ落ちたポルポは、上った階段から大きく転げ落ちて、トリッシュの身体にぶつかって止まった。ボスの影から、3mは離れていた。
呼吸をしていない。血だまりが広がっていく。女は死んでいた。
「ブチャラティ、上に逃げろ!!」
ソルベは誰よりも素早く動いて、倒れた少女と死んだ女の身体を抱えた。事態の予測ができていなければ不可能な動きだったが、それには誰も気づかなかった。ブチャラティがソルベの意図を正確に理解して、スティッキィフィンガーズで大きく壁と天井を叩きつける。現れた巨大なジッパーに掴まって、4人の身体は地上階へと引き上げられた。


悲鳴を上げる者はいなかった。トリッシュをブチャラティに任せたソルベが、血まみれで力の抜けたポルポの死体を舟に連れ帰っても、誰も言葉を発することができなかった。まさかポルポがボスに殺されるなんて、想像もできなかったことだ。ボスを信じていた護衛チームの面々は、あまりの衝撃に、大鐘楼から舟まで走る間、ひどくひどく呼吸を乱した。
「嘘、嘘ですよね?まさか、ポルポが、……」
フーゴはそれ以上を口にできなかった。ポルポが死にかけたことは一度ある。フーゴは知らなかったが、それ以外にもいくつか命の危険にさらされたこともあった。けれどそのたび、ポルポはそれを切り抜け、生き延びてきた。
「ボス、が、……こんな……胸に……穴を……信じられねえ……ッ」
ミスタの絞り出すような声がむなしく海に吸い込まれた。サン・ジョルジョ・マジョーレ島の快晴が、女の死体に不釣り合いだった。ポルポはどんな天気の時も変わらずへらへらと笑っていたが、その笑顔が消えた今、夕暮れの瞳が閉ざされた今、どんな空であってもミスタは心を動かされなかっただろう。
「ポルポ、ポルポが、なんで、なんでボスに殺されなきゃなんねーんだよッ!?ポルポは任務に従っただけだろ!?そんで、そんでトリッシュが殺されかけて、それを止めようとしただけだろ!?何も悪ィことしてねーじゃんかよッ!」
ナランチャの目にじわりと涙が浮かぶ。あんな量の食べ物が身体のどこに入っているのだろう、と、場違いにも考えてしまうほど、穴の開けられた胸の少し下、みぞおちから腹にかけて、ポルポの身体は細かった。平均的な体型なのに、そう思ってしまうほど弱弱しく見えた。
「……クソ……」
舌打ちも忘れて呟いた悪態は、傍に立っていたブチャラティだけに聞こえた。アバッキオの表情は、誰に対してかわからない苛立ちに満ちていた。
女ものの服を血で汚したソルベが、そしてソルベに変装していたジェラートが、ポルポの頼みでリトルフィートを発動していたホルマジオが、順にポルポの考えた計画を、要点だけ説明した。騒ぎを聞きつけて亀の中から現れ、瞬間絶句したリゾットも、なぜポルポがボスを信用していなかったのか、という点を淡々と口にする。二日前に暗殺チームのメンバーが抱いたものと同じ感情を、護衛チームの全員が感じた。
ボスへの怒りと、そして3年を共にした青年たちは、ポルポの枷に気づけなかった自責に胸をざわつかせた。
「ま、そんなに悲しむ必要はねえだろ。ポルポはこのことも計画に織り込み済みだったしな」
あっけらかんとしたジェラートの言葉に、女の死に顔を、激情をこらえて見つめていたブチャラティも、アバッキオも、そしてジョルノでさえも顔を上げた。
「ふ……ふざけんな!!テメエポルポの部下なんじゃねえのかよ!?俺たちより長くポルポと一緒にいたんだろ!?なんでそんな、テメエら、全員平然としてんだよッ!?黙ってんじゃねえよ、変態、テメエあんなにポルポポルポってまとわりついてたじゃねえか、なんとか言えよ!」
6人全員の気持ちを代弁したのはミスタだった。一番近くにいたメローネの服を掴みあげる。メローネはひょいと肩をすくめた。
「おお怖。ちょっと冷静になれよ、ミスタ。新入りくんもだぜ。かなりポルポに可愛がられてたみてーだから、怒る気持ちはわかるけどさあ、考えてもみろって。ポルポが無計画に死を選ぶわけないだろ」
「……」
「それ、は……」
言われてみれば、そうだ。
ブチャラティは、以前からぽつりぽつりと伝えられていた不吉な予言ともいえるポルポの言葉を思い出してぞくりと嫌な思いを抱いていたが、落ち着いてポルポという人物を見てみると、彼女は時折「死にたくない」「生きててナンボよ」などと死を厭う発言をこぼしていた。
アバッキオの脳裏に、死ぬわけにはいかないから危ないことはしたくないんだよ、と言ったポルポの姿が蘇る。
フーゴも、ナランチャも、ミスタも、ポルポが自分や、自分が大切に思っている人に危険が及ぶような計画を立てるわけがないと知っていた。
「けれど、ポルポは……確実に死んでいます。傷を埋めても、それは変わりません」
旅の途中、ジョルノのスタンドの能力について意見を言い交していた時、ポルポは不意にとんでもないことを言った。―――ジョルノのスタンドが生命を生み出すことができるなら、例えば撃ちこまれた銃弾に生命を与えて身体の損傷を回復させることもできるんじゃないの。
ベイビィフェイスの追跡がなく、ゴールドエクスペリエンスの秘める再構成の力を目覚めさせないまま戦いの道を選ぶであろうジョルノを危惧したポルポが偶然を装って与えたヒントだったが、当然ジョルノは知らないし、思い至るはずもない。それはジョルノにとって考えもしなかった発想で、驚くと同時に納得したのだ。
そして、今初めてその力を行使した。
スタンドで生み出した命の欠片が、ポルポの傷になじむと同時に死んでいったことをジョルノは確かに感じたのだ。彼女がもう生きていないというなによりの証拠だった。
視線を彷徨わせたジョルノに、ジェラートがニヤリと笑みを浮かべた。
「あんたらさ、俺たちがスタンド使いだってこと、忘れてねえだろうな?」
「ポルポが自殺めいたことを計画しないように、俺たちだってポルポを簡単には死なせたりしねえよ」
青年たちを動揺させて感情を爆発させてから冷静を求め、絶望のあとに希望をちらつかせるソルベとジェラートの手腕は見事なものだった。年長から数えて二番目であるだけの経験が活きる。
教えられたジェラートのスタンドの能力に、ブチャラティが立ち上がった。横たえられたポルポの死体の側に膝をつき、冷え切った身体と動かない脈を認めたくないというように手首に触れていた、その表情に驚愕の色がまじる。
「なら、……それなら、ポルポは生きている、ということか……?」
「そ。完璧な仮死状態、ってやつさ。ポルポは超絶死んだふり特化なんて言ってたけど、単純に言えばそういうこった。ジョルノが穴をふさいでくれたおかげで、このまま生き返しても問題はねえ」
「だったらさっさとスタンドを解除しろよこのハゲ野郎」
「ジェラートの生え際はファッションだぜ」
「お前もしかして慰めてんのか?俺はハゲじゃねえよ」
じろりと睨み付けて来たアバッキオを、ソルベもジェラートもまったく気にしていない。しかし、そこにひとつの命令が下った。
「ジェラート。問題がないのなら戻せ」
「ンー……」
振り返ったジェラートは、顎に指を当てて小首を傾げた。まったく可愛くない仕草だった。
「俺がやっていいの?……や、つうのもさ、ポルポにも言ってねえしソルベしか知らねえことなんだが、生き返らせるのにはキスが必要なんだよな」
「……」
「……」
リゾットとブチャラティの視線が同時にポルポに落とされた。一拍遅れて、ミスタとナランチャとフーゴが叫ぶ。
「はああああ!?」
長い方の髪を耳にかけたメローネがいそいそとポルポの頭の横に手をついた。
「変態離れろ!!誰がやっても俺はどーでもいいがオメーだけはねえよ!!」
「はあ!?ガキが口出してくんじゃねえよ、俺しかいないだろこの場合さあ!」
「いるだろブチャラティとか!!」
メローネの服の背中の部分を掴んで全力で彼を引きずったフーゴがフーフーと威嚇しながらブチャラティを指さした。俺か、と呟いたブチャラティを見て、メローネが口元に手を当てる。
「何、ブチャラティちゃんって死体にキスする趣味があるわけ?俺はあるけど」
「あんのかよこのネクロフィリア!!」
「ポルポだったら死体でもいいよ」
「コエエよこいつ!」
冗談とは思えない表情だった。アバッキオがメローネの背中を蹴り飛ばす。乱暴にすんなよな。うるせえ変態が。
5つ年が違うとはとても思えないやりとりだ。
「早くしねえとボスの追手が来るんじゃねえの?キスくらい簡単だろ。俺も仕事してる時、ソルベにいっつも起こしてもらってっけど全然気になんないぜ」
「それはあんたらがおかしいんだよ!!」
ミスタの正論に、もしかしてそれが正しいことなのかなとちょっぴり考えたナランチャが考えを修正した。やっぱりおかしいよな。
ブチャラティの視界の端で、さっきからじっと黙ってポルポの死体を見つめ、わずかに泣くのを堪えるように顔をしかめていたトリッシュがすっくと立ち上がった。事態を静観していたリゾットを押しのけてポルポの隣にしゃがみこむ。
「誰がやってもポルポは気にしないと思うけれど、あたしが見たくないわ」
少女特有のやわらかい唇が、ポルポの唇をついばんだ。