36 亀の中で


ジョルノ加入も、護チと暗チの顔合わせも、トリッシュとの癒しの交流もつつがなく進み、私たちはフィレンツェ行の列車に揺られていた。え?早い?いや、初対面とかポンペイとか亀とか、もうわかり切ってる展開だったからね。
街中でナランチャを襲撃したはずのホルマジオは車の中でナランチャと神経衰弱をして遊んでいたし(仲良くなるのが早かった。世話焼きとオトボケちゃんだからかな)、ポンペイではイルーゾォももちろんでかすぎるあの謎の鏡もなく、ジョルノとアバッキオとフーゴが仲良く(仲良くないけど、帰ってきたらフーゴはジョルノと距離が近くなっていた)鍵を取ってきてくれたし、鍵のなかに映し出された指令を読んで亀をつつがなくゲットし、in列車。
亀の中に入るグループと外で万一を瞠るグループに分かれた私たちは、ネアポリスからフィレンツェまでの旅を優雅に楽しむことと相成ったのだ。もっとも、亀の中に入っているトリッシュと私たちは外の風景が見られなくてそれほど快適じゃあないんだけど。

亀の中にいるのは、トリッシュと私とブチャラティとジョルノとフーゴとアバッキオとミスタと、リゾットとメローネだ。なんだこの異色のメンバー。
でも理由はちゃんとあるのだ。
トリッシュは護衛対象だし、同じく非戦闘員である私もある意味護衛対象だ。このふたりがバラバラになっているのは効率が良くない。よって中。
ブチャラティとリゾットはお互いリーダー、かつ主戦力として護衛対象の近くに。よって中。
フーゴとアバッキオは戦闘向きのスタンドではないので(フーゴたんは無差別という点でお察し)、ある意味非戦闘員。よって中。
ミスタは列車内で拳銃をぶっぱなすのもいかがなものか。よって中。
ジョルノは戦闘が可能なのでトリッシュの護衛。よって中。
外の方には、ホルマジオとソルベとジェラートとナランチャが自由席を陣取っている。
ナランチャはレーダーによって生命探知ができるので索敵に向いている。よって外。
ソルベとジェラートのスタンドは敵のかく乱に向いている(と、私は初めてそのことを知ったのだけど)。よって外。もっともソルジェラはいざとなったら亀の中に入って内側から敵のかく乱をすることもできるので、亀は彼らが預かっている。
ホルマジオは本職アサシンとして戦闘が得意なので迎撃用。よって外。

亀の中でトリッシュと一緒に雑誌を眺めて時々言葉を交わしていると、持っていた発禁ギリギリのペーパーブックを閉じたメローネが顔を上げた。読み終わって暇になったのだろうか。
「ブチャラティってさあ、いつからポルポの部下なんだい?」
「うちのリーダーを呼び捨てにしてんじゃねーよ変態クソ野郎」
「アバッキオ、やめろ。……俺は3年前からだ」
変態クソ野郎と呼ばれてもメローネは全く気にした様子を見せない。事実だからかな。むしろニヤニヤと口を歪ませて猫みたいに笑って、ブチャラティの答えを「ふうーん」と面白そうに受け取った。
「3年だってさ、リーダー。俺らのが長いね」
「そうだな」
問われたから同意しました、と言わんばかりに無感動な相槌を打ったリゾットだったが、やっぱりメローネは気にしなかった。
長いとどうなるんだろうか。私が問いかけると、メローネは「色々あるだろ?」と首をかしげる。
「例えばさあ、俺はポルポの下着姿を知ってるけど、もしかしたらこいつらは知らないかもしれない、とか、そういう差さ」
「ゲバハァッ!!」
ミスタが物凄い勢いでコーラを噴いた。隣にいたアバッキオがこっちに向かって噴くんじゃねえとミスタの頭を押しのけた。大丈夫か。今の明らかに死にかけた噎せ方だったぞ。あとお前が私の下着姿を知ってるのは、風邪ひいた時に勝手にそっちが脱がしたからだからな。
「ブラジャー取ったこともあるし」
「なッ……本当ですかポルポ!?」
「なんでお前の発言で私が怪我しないといけないんだよ!!寝てる間に取られたんだよ!」
「ただの変態じゃないかこいつ!!」
だから最初っから変態だって言われてたでしょフーゴたん。愕然としているフーゴを尻目に、メローネは指折り数えはじめた。
「ほっぺにキスされたこともあるし、胸揉んだこともあるぜ」
「胸!?揉まれたっけ!?」
うん、と肯定したメローネの表情がすがすがしい。トリッシュの冷えた視線を受けても動じない変態。さすがのクオリティだった。
いくつか暗殺チームのメンバーが私に行なったアウフな行為を列挙したメローネはリゾットの方を見た。椅子に腰かけて、開いた膝の上に肘をついて手を組んでいるブチャラティとは反対に、リゾットは壁にもたれたまま腕を組んで立っている。メローネに話しかけられて、リゾットが視線を動かした。
「リーダーはポルポの首にキスしたことあるしね」
「そうなのか、ポルポ?」
「そういえばされたことがあるような……」
ブチャラティが食いついた。メローネの笑みがますます深まる。そういう笑顔の時は、たいてい人をからかおうとしているか、良からぬことを考えているのだこの子は。
「ポルポも、結婚するならリーダーがいいって言ってたし」
フーゴの視線が私に突き刺さった。痛い。あとアバッキオが小さく、こいつの趣味悪いなって言った。リゾットに失礼だろ。ちょういい人なんだぞ。見た目は怖いけど。あと服装おかしいけど。服装おかしいけど。大事なことなので二度言いました。でも6年も一緒にいたら慣れるよね。むしろこれが自然だよね。
「それブチャラティに教えてもらったんだけど、酔っぱらってた時でしょ?ノーカンノーカン」
「ノーカンと言えばさあ、俺はぜんっぜんそうは思わないんだけど、ポルポってリーダーにキスしたことあったよな!?」
「うわっびっくりした急に立ち上がんなよ」
んなことあったっけ、と記憶を探る。私はまだファーストキス済ませてないはずなんだが、酔っぱらった時にやっちゃったの?もう前後不覚になるまで飲まないようにしよう。
「(……あ、もしかしてリゾットをからかった時のアレか?でもあれ横だぞ。口じゃねえぞ)」
そうか、勘違いを解かないまままま放置していたからメローネの中ではあれは私の初キスになっているのか。でも違うしな。ノーカンだよ。
トリッシュに、「そうなの?」と訊ねられたので、首を振って事情を説明した。アバッキオとフーゴとミスタががやがやとメローネに食って掛かっているので、たぶんトリッシュ以外には聞こえていない。ポルポの周りにいる人って濃いわねと言われてこれには私も苦笑い。そうなんだよ。濃すぎる。
喧噪をスルーしようとしたらブチャラティと目が合った。
「俺が言うのもおかしいかもしれないが……結婚の相手はよく考えた方がいいと思う」
「お、おう。いや、……私結婚たぶんできない……ぞ?貰い手がいないから……?」
親身に忠告されてしまった。前にも言われたような気がするんだが、言外にリゾットはやめとけって言ってる?初対面から合わせて5回くらいしか喋ってないからかな。でもいい人なんだよ。服装は以下略。
「モテないの?」
「そうなんだよ。私、恥ずかしいことにこの年齢まで恋人なし。仕事が恋人。やばすぎる」
「……そう、結婚は……もう少し遅れるかもしれないわね」
「うん。トリッシュより遅れたらやけ食いに付き合ってね」
「私も……どうなるかはわからないけど、結婚式には呼ぶわ」
「ありがとう」
つらい。でも嬉しい、ありがとう。10は年下の相手に気遣われてしまった。
この通りです、とブチャラティを見ると、大丈夫だ、と言われた。
なにが、と問いかけようとすると、まるでタイミングを計っていたかのようにメローネがげらげらと笑い出した。いや、さっきまでも笑っていたんだけど、私の肩に後ろから抱きついて笑った。
「ていうかさっきから気になってたんだけど、こいつら服装おかしくね?ブチャラティ、何そのインナー?」
うわあああ私がこの3年間ずっと言わなかったことをこいつはああああああ。
「オメーにだけは言われたくねえ!!」
「おかしいだろその……なんだよその切れ込み!?」
「さっきから見たくもない乳首が見えかけてイライラするんだよやめろ!」
「ものすごいブーメランですね」
「申し訳ないが自分たちの格好も顧みてから言ってもらえないか?」
護衛チームが全員首を振った。全面的に同意。
メローネは自分の格好とリゾットの格好を見て、普通だろ、ときょとんとした。感覚が麻痺しているのかガチで言っているのか。確かにリゾットの格好は以下略。
「どっちもどっちよ」
トリッシュの冷静なひと言で沈黙が降りた。私もそう思うよ。