32 腕相撲


こいつらどこにそんな力を隠し持っているんだ。真剣に身体をまさぐりたくなるほど、彼らは平然としていた。

「哀れだから両手使わせてやるよ」
「両手!?私が両手であんたが片手!?それはさすがに言いすぎじゃなあい?」
「じゃあ片手でやってみりゃあ良いだろ?ま、すぐに両手使わせてくださいって泣きついてくると思うけどな」
そう言って肘をついたプロシュートの右手を握る。そもそもプロシュートは握ってこない。ゆるい。ソルジェラの号令を合図によいしょ、と力を入れて理解した。動かねえ!
「りょ、両手使わせてください!」
「ほらな」
兄貴カッコいい!と声援が飛んだ。私のことも応援してくれよ誰か!悪いけど俺ら、負けるやつには賭けねえから。
その言葉通り、私はプロシュートの腕を倒すことができなかったのである。しかも余裕さを見せつけるためか、わざと不利な方向に傾けて、おら、と力を入れているとは思えない声音。どうなってんの?え?身体何で出来てるの?私と同じたんぱく質?合金とかじゃなくて?こわいのは、この中でプロシュートがソルジェラの次点で細身だという現実だ。神様がいるとしたらパラメータガン振りすぎる。
「つーワケだ。テメーのゼリーは俺が食う」
「ぐ、くっそおおお、もってけ!」
「悔しかったら勝ってみな」
悔し紛れに、テーブルに置いておいた賞品のゼリーを投げつけるも、難なくキャッチされてしかも去り際まで格好良かったので私はテーブルに突っ伏した。ペッシならわかるよ。ふたり分の体重を引っ張れる力があるもん。リゾットもわかるよ。見るからに動かなそうだもん。ホルマジオもわかるよ。どちらかというとごついし。
「プロシュートつええよ……」
腕相撲勝負なんていう、いつもなら下らねえことやってんなで終わるはずのソルジェラからの提案に、プロシュートがあえて乗ったその理由が、しかも。
「(私のゼリー……)」
そんなに食べたかったのか、イタリアじゃ珍しいみかんゼリーが。
負けたままじゃいられん。
むらむらと闘志がわき上がる。むらむらという表現はどちらかというと違うベクトルを向いているような気がするから、ふつふつと、のほうがいいかもしれない。ふつふつとわき上がる闘志。でもなんか弱そうだわ。
「プロシュート!スタンド!スタンド使っていい!?」
私は立ち上がって訊ねた。ゼリーをスプーンですくっていたプロシュートが、ゼリーから目を離さずに答えた。
「ああ?構わねーが、テメーのスタンドは刺すだけしかできねえんじゃなかったか?」
よし言質取った。
それには返事をせずに、私はリビングを出た。プロシュート以外の視線が私を追う。廊下を行き、こんこん、ノックして開ける。中にいた彼に事情を説明して、それでいいならそうするが、と了解を得てリビングに引っ張り出す。
「よし、プロシュート!もっかいやろう!」
「ゼリーは食っ、テッメエエそれのどこがスタンドだ!噴くかと思ったじゃねえか!」
「リゾット・サバスだよ」
「アホか!!」
私がリゾットの部屋に入った時点でソルジェラは笑いすぎて瀕死だ。この人たち沸点低すぎて生きていくの大変そう。
「どの体勢だったら力入る?」
「この場合なら後ろだな」
私のずるい手に、負けん気がくすぐられたのか、プロシュートは低く息を吐きだしながら肩を回した。ゆっくりと、斜めになった椅子に座り、ガンッと音を立てて肘をつく。
「今度は絶対勝つからね」
その手を握った私と、私の後ろから覆いかぶさるようにして私の手に手を添えたリゾットを、プロシュートがその美貌に闘志の迫力を宿してひたりと見据えた。ソルベとジェラートの号令が静かにかかる。けれど、唇を開いたプロシュートも、それを見た私も、手には力を入れなかった。
「勝つ、だと?ハッ、だからテメエはアマトリアーレから進化しねェんだよ」
ど素人って呼ばれた。リゾットいるのに。リゾットいるのに。大事な略。
「俺たちは、プロはそんな言葉は使わねえ。なぜなら!'勝つ'とそう心に思った時にはッ!!」
ものすごい勢いで押されて、それをリゾットが止めた。傾いた状態で拮抗している。私が腕相撲をしているというより、私を挟んでリゾットとプロシュートが対決している感じだ。
「プロシュート、こえーな」
「相手がリゾットだと本気になるよな」
「リゾットも強いもんなあ」
外野の意見を聞いてちょっと後悔した。強い人に強い人を当てるのって作戦としては失敗だよね。ここは搦め手で行くべきだった。
ぐぐぐ、とゆっくりプロシュートの方に傾いていく腕。これ今筋肉に触らせてもらったらすごい硬いんだろうなあ、と完全に他人事で眺めてしまう。はあ、と私の耳元でリゾットが息をついた。もしこれが忍耐の吐息だったら、私はリゾットのそれを初めて聞いたよ。感動した。
「ペッシ、私を応援して!」
「え?あ、うん!ポルポとリーダー、がんばれ!」
「ペエエエエッシ!オメーの前にいんのは誰だか言ってみろ!」
「あ、兄貴ー!兄貴だよ!プロシュート兄貴ー!」
「だめだ私への応援より心がこもってる!!」
ペッシがかかった時のプロシュートこわいです。
何を言ったらリゾットにより気合が入るんだろうか。なけなしの力を込めながら勝負の行方を見つめる私。役立たず。ごめん。
「ポルポー、リーダーのこと応援してやったら?」
メローネから声援代わりの提案が飛ぶ。私は振り返ろうとして、至近距離にリゾットがいるのでやめた。ほっぺとほっぺがくっつくぞこの距離。
「さっきからそれ考えてるんだけどさあ、リゾットって何がかかったらターボエンジンかかるの?」
「そりゃお前、アレだろ、リゾットの好きなモンじゃねえの?」
「リゾットってなにが好きなの?ささみ?」
「ぶひゃああはあささみ!!」
「それじゃね!?それだろ!!ささみ1年分をかけて戦うリゾット!やっべえ!」
ソルジェラが大爆笑しているということは違うんだろうな。
私の、いや、リゾットの手がプロシュートの腕を大きく押した。とうとうテーブルのふちを片手でつかんで耐え始めたプロシュートは、(なぜか)乱れた前髪を、息を逃がすタイミングでふり払った。
「兄貴、栄光は兄貴にあります!」
「そうだペッシ!見ていろ俺の覚悟をッ!!」
そのセリフ、なんか逆じゃね?配役が逆じゃね?あともっと大事な時に使うべきじゃね?
「おわっプロシュートやべえどこにこんな力隠してたの!?ペッシの声援ドーピングずるい!」
ぐぐぐぐと押され、っらあああああと冷静さをかなぐり捨て、額に汗を浮かべたプロシュートの気合で腕が倒れた。
「'勝つ'と言った時には、スデに!……勝ってるんだよ、判ったかバカ」
「特に何を賭けていたわけでもないけど最後に罵られて悔しい!あとカッコいい!!」
袖ではなく、胸ポケットから出したハンカチで優雅に汗を拭いたプロシュートは、立ち上がってゼリーの元へ向かう寸前、横目でリゾットを見てにやりと笑った。
「ッあー、ひっさびさに全力使ったな。リゾット、テメー、早いうちに筋肉痛が来るといいな」
「お前もな」
ふう、と息を整えて返事をしたリゾットに、ソルジェラの笑いが被った。
「ぶはぁあっやべええ筋肉痛が遅いリゾットくっそわらえる」
「なんだかんだで明日か明後日、腕ぎしぎしなんだろふたりとも、やっべええ」
それちょっとかわいいな。
リゾットが私から離れたので、私は釣られて立ち上がった。右手同士が繋がったままだ。
「急に借り出してごめんね、リゾット。疲れたよね?なんか飲む?」
「気にするな、疲れてはいない。負けてしまって悪かったな」
「いやいや……あの状態のプロシュートは反則モノだよ……。頑張ってくれてありがとう」
ペッシと魂のタッグ組んでたしね。まあ私のスタンドがリゾットだとするとプロシュートのスタンドはペッシなんだろう。そう思おう。
「リーダー、腕張ってねえの?ポルポ、揉んでやれば?」
「ぶひゃっ」
「なんでいまソルジェラの笑いが重なったのか詳しく知りたい」
気にすんなよと額を突き合わせてくすくす笑いながら言われたので、気にしないことにした。イルーゾォの言う通り、張ってる、のだろうか。普通の状態の腕がわからんからよくわからんが、なぜか右手は重なったままなので、左手でコートの中に手を突っ込んで前腕に触ってみた。
「硬え!マジで私と同じつくりなの!?ちょ、え!?」
自分の右腕を触って慄いた。なにこれすごい。かっこいい。私も筋肉欲しい。同じつくりじゃねーだろオメーは女なんだからよォと呟いたホルマジオに、そういう問題じゃないよちょうかっこいいじゃんこれ!と反論した。DNAの99%だか98%だかは人間みんな一緒だとか言うしタンパク質は同じだしおんなじようなもんだろ。
「すごい」
「そうか。……礼を言うべきなのか?」
「言わなくていいと思うわ。揉む?揉んだ方が楽なの?」
「まあ、……あとには残らないな」
「(リゾットにも筋肉痛はあるんだ)」
ドキドキした。同じ人間だね。よかった。私時々これを確認して安心するんだけど何なんだろうね。スタンド使いのこと別次元の生き物だと思ってんのかな。まあ私の想像もつかないパワーを持っているという点ではそうなんだけど。
やり方教えてもらえたら、せめてものお礼に私が揉むよ、と申し出たら、ちょっとリゾットが悩んだ。手間と結果を天秤にかけてるんだろうな。私なら揉ませるだろうか。揉んでもらうな。脳内で即座に結論が出た。
「ちょうどシャワーを浴びるから、その間に自分で済ませる」
手間を捨てたらしい。私は頷いた。繋がっていた右手が、ゆるゆると離される。もしかして、力を込めすぎてかたまってたのか。
「そう。じゃあ出てきたら肩でもたたくわね」
「ポルポ、テメーよー」
「うん?」
プロシュートに声をかけられた。非常に男らしくソファに腰かけているのに、ゼリーをすくう手つきは上品だ。どこまでもスマートな人だなあ。
時計を示される。
「もう深夜だぜ。リゾットの前に、テメーの帰り道を心配した方がいいんじゃねーのか」
「あー……」
言われてみれば、普通ならもう寝ている時間だ。どれだけ白熱した戦いだったのか、進んだ長針を見れば察せるというものだろう。
どうしよう、と一瞬悩んで、ぺたりとリゾットの腹に触った。なんでかって、そこに腹があったからだ。
「今日リゾットんとこに泊まってくわ!万事解決!」
イルーゾォがあくびをこぼした。お前勢いだけで生きてんなあ、と言われてしまった。
「な、なに、あの、ちゃんとシーツも枕カバーも洗ってから帰るよ……?……あ、今日はダメ?リゾットちゃんちに恋人来る?」
「来ないし、ポルポがどうしようと俺は構わない」
「だって。リゾットちゃん優しいね。ところでリゾットちゃんの恋人すごく気になるわー。いつかバッタリ会えたらいいのに」
「あはは、いるかもわかんねーし、いたとしてもここには連れ込まないだろ常識的に考えて」
メローネに常識を説かれた。そうだね、ここアジトだもんね。
さわさわ腹筋を撫でていたら手を外された。すみません、調子に乗りました。私は素直に謝って、それから客間のベッドを整える準備に向かった。
リビングに残っているソルベとジェラートがお互いに真顔で、ありゃーダメだな、と言い交していたことを私は知らない。知らないったら知らない。ナニがダメなのか、気になってもいない。いないんだってば。