31 テーブルの下の攻防


きっかけは単純なものだった。
食事もおやつも置かれていない、私のぶんのグラスだけが残るテーブルで本を読んでいた時のことだ。
あ、なんで暗チのアジトに来てまで本を読んでいるのかと言うと、時間のかかる手続きがあって、しかもそれを終わらせなければ今日の仕事が終わらないというので、空いた時間を有効に使っているのだ。仕事場で缶詰になっているよりも、こっちのほうがずっといい。
私の向かいでカタカタとノートパソコンに何かを打ち込んで集中していたメローネの脚が不意に伸ばされて、私のつま先にぶつかった。ただそれだけ。怒るようなことじゃないので、私はそれを無視してちょっと足を引っ込め、本を読み進めようとした。その時、またメローネの脚が伸びて私の爪先をかすめた。なんだなんだ、休憩なら立ってやった方が気持ちいいぞ。
もしかして、疲れてるのだろうか。
珍しい姿を心配して顔を上げて、私は目を細めた。メローネが、私を見てニヤッと笑っていたのだ。
「……ほほーう、メローネくん。これは挑戦とみていいのかな?」
「へえ、なにがだいポルポおねえさん。俺、なんかしたかな?」
すっとぼける気だなこのやろう。可愛い顔したってダメダメ、全然ダメさ。私の闘志に火がついた。
白鳥は優雅に泳いでいるように見えて、その実水面下で激しく足をばたつかせているという。
私はテーブル、そして上半身には戦いの気配などちらとも見せないよう、ベッド脇のライトのスイッチを足で消す時のワザを使ってメローネの足を踏んだ。そしたらその上から踏まれた。メローネの足で私の足が挟まれている。こうなったら私も上から踏むしかない、と言いたいところだけどテーブルの脚の高さには限界がある。私は下にあるメローネの足を、空いている爪先でかつんかつん蹴った。蹴りまくっていると、メローネはパソコンに向けていた顔をふと上げて、ぶはっと笑い出した。人の真顔を見て笑い出すとは失礼なやつめ。
「なにさ、急に笑い出したりして」
「い、いや、あは、あはは、だってさあ、ポルポってほんと、嘘つけないよな。これからどーしよっかなーって顔してたぜ」
「まじか」
顔に出るとか、どうなの。ギャングとしてどうなの。仮にも人の上に立つ地位だぞ。
笑い出したメローネを見ていて、うっかり攻撃を忘れていた両足を、メローネの両足が横からこつんと挟んだ。
「今度は靴脱いでやろうぜ」
「そうだね。ヒールじゃメローネに分が悪いもんね」
「それマジで言ってんの、ポルポ?綺麗な靴を汚さないであげようっていう俺の心遣いだろ?」
「ヘンな所ばっかり紳士なんだから」
笑い合って、メローネはパソコンを閉じた。私は本を閉じた。立ち上がった。
ついてきなよと言うので、メローネの部屋にお邪魔したところまではよかったのだが、「あ、そこの部屋はまだニオイ残ってるかも。窓開けてんだけどなかなか抜けねーんだよなー」と謎の扉を紹介されたり、あまりにもリビングの風景が殺風景で生活感がなかったので「まともな生活してるの!?」と詰め寄ったら「だいたいリーダーんちで飯食ってるし、ここはあんま使わないだけだよ」と言われた。ちょっと安心した。
メローネの部屋には四十八手だの拷問だの、あぁ彼の実用的な趣味なんだろうな、と納得できる本がたくさんあった。そしてやっぱり寝心地の悪そうなベッドが置いてあって心配になった。この子、ちゃんと人間的に生きていけるんだろうか。
ちなみに勝負が寝技にもつれ込んだ時点で力じゃ勝てねえと踏んだ私がおっぱい攻撃で場を制した。なぜか数戦交えて落ち着いたあと、ベッドの上で壁にもたれて座っていた私に、横になっていたメローネが、「そもそもそう簡単に男の部屋に入っちゃダメだし、ベッドとか乗っちゃダメなんだぜポルポ」と忠告してきて唖然とした。おまえがいうなよ。