30 某年某月某日のバトル


某年某月某日

一発目。プロシュートに仕掛けた。椅子に座ってテーブルに片肘をついて、ペッシがのんびり漫画を読んでいるのを見つめていたので(もうこの時点でかなりおかしいと思う)、後ろに回ってがら空きのわき腹をくすぐった。笑わなかった。
「くすぐったくないの?」
「やりかたが稚拙なんだよ」
「あ、そうっすか……」
ダメ出しを食らった。じゃあどんなのが正解なんだ、と首をひねると、首だけで振り返ったプロシュートが、ソファの方を見て手を挙げた。私たちの方を見ていたソルベとジェラートは、広げていた雑誌を置いた。嫌な予感。
「おら、野郎ども、手本を見せてやれ」
パチン、指が鳴って、あいさー!とふたりが勢いよく立ち上がった。どこの帝王なんだよあんたは。二手に分かれてテーブルを回って私を壁際に追い詰めたソルベとジェラートが私のわき腹と腹に手を伸ばした。
「うひゃああははあはああはあああああっはあははは」
死んだ。

二発目。全開の失敗を踏まえて、まず事前に調査をすることにした。
「ギアッチョとメローネってくすぐったがり?」
「ああ?……別にそーいうワケじゃねーと思うが……」
「俺は結構平気な方だぜ」
「へえ……」
手ごわそうだ。私はトイレに立つふりをしてソファの後ろに回り、隠し持っていたチークをはたくふわふわのやつでギアッチョの耳の下をくすぐってみた。ぞわぁああと身を震わせたギアッチョがアホかアアアアと罵りながらそれを奪い取って投げた。壁に当たって割れた。新品なのに。
「いきなりなにさらすんだボケ!くすぐってえだろうが!!」
くすぐったかったのか。ギアッチョは不意打ちに弱い、と脳内にメモした。
メローネがわくわくしたようにこちらを見上げてきたので、とりあえず後ろからむき出しの首筋を指でくすぐってみた。全然くすぐったくねー、と笑っているので、くすぐるというよりは猫のあごのしたを撫でている気分だった。

三発目。比較的御しやすそうなペッシ。
私の貸した漫画をすごく面白いよと言いながら読んでいたので、逃げられないように膝の上に座ってからコートの中に手を突っ込んだ。
「うわあはあはあははははははポルポやめてあはははアウワーッあはは」
これだよ。私が求めていた反応はこれだよ。涙が浮かぶほど笑かしたので、満足して立ち上がった。顔を上げると、戻ってきたプロシュートがこちらを見ていて、無言で手を掲げて指をパチンと鳴らした。後ろからメローネとギアッチョが飛び出してきて、カーペットに私を押し倒してめちゃくちゃにくすぐってきた。ギアッチョはたまにつねってきた。
「ひぎゃあああはああははあはははあむりむりむり助けてたすけてあああぁあ!!」
死んだ。

四発目。うかつに近寄ると取って食われると有名なソルベとジェラート。
じり、じり、と距離を詰めると、ソルベが、むしろ来いよ、とばかりに腕を広げた。ジェラートを見ると、にこにこしている。あの笑顔が出ている時は何か裏がある時だ。けれど虎穴に入らずんば虎子を得ず。私はソルベのがら空きのボディに手を伸ばした。こちょこちょとくすぐっていると、ソルベの腹筋がふるえてきた。
「あ、あはははは、やべえ、地味にくすぐってえ!」
「地味に!?」
「ポルポのやり方はよわっちいんだよ。ほら、マジのくすぐりってのはこうやんなきゃ」
傍観していたジェラートが私の腕の下に横から手を差し込んで、ガッと羽交い絞めにした。ジェラートの身体の上に乗っかる形で、私の弱点がソルベの前に晒される。連係プレイ、やばすぎる。
舌なめずりをしたソルベのチェシャ猫のように弧を描いた目が、私の脳裏に開幕のゴングを響かせた。
「ひやあああああああうぎゃああああいやああああああはははあははははははゆるしてええええ」
死んだ。

五発目。ソファに寝転がって無防備に寝ているホルマジオに乗っかった。
んあ?と寝ぼけ眼で頭を持ち上げたホルマジオの顔面を片手でソファに押し戻して、押さえたままもう片方の手でよくわからん薄着をべろっとめくり上げた。無言でくすぐっていると、げらげら笑いだしたホルマジオが、私の手をタップした。もうギブアップか、と一瞬手を緩めたのが間違いだった。
視界が反転して、気づいたらソファに寝っ転がっていた。上にはホルマジオ。ニヤアアア、と嫌な笑いを浮かべて、ぼきぼきと指を鳴らした。
「い、いや、嘘だよね、ホルマジオ?冗談じゃん、ちょっとしたジョークだよ、ね?」
両手を胸の前に上げて、話し合おう、と言った私の声はかなり震えていた。何にって、これから訪れる腹の筋肉痛への恐怖にだ。
「寝こみを襲うっつゥ根性が許せねーよなぁーポルポよォオー?」
「ヒッ……うひゃあああうわああぁぎゃああああはっはあははあははあアッあはあぁっアーッウワーッホルマ、ほる、あはっああぁあああ」
死んだ。

六発目。死にまくりでそろそろ疲れてきたので、玄関を開けて入って来たばかりのイルーゾォに突撃した。
「手を挙げろ!お前は完全に包囲されている!」
「は?」
人差し指と親指をのばしたピストルを腹につきつけると、イルーゾォは渋々手を挙げた。
「ここが年貢の納め時!」
「ジャッポーネジョークわかんねえよ!!」
ジャッポーネジョークだとはわかるんだね、すごいよ。
服の中に下から直接手を入れて肌着もつけない素肌を思いっきりくすぐっていると、イルーゾォが笑いながら上体を倒した。わき腹から私の手をどけさせたいのだけど、笑いすぎて力が入ってない手が私の腕にのっかっている。
とうとう玄関に座り込んでひいひい言い出したイルーゾォの前に仁王立ちして、よし、と満足した。これだよ。なんで私が死にまくらなきゃいけないんだ。
「ご協力ありがとう」
「いつか、お前、ぜってええ泣かす……」
捨て台詞もいただきました。

七発目。最後に帰ってきたリゾットに、私はごくりと緊張のつばを飲み込んだ。
この勝負、負けるわけにはいかない。そして、負けないためにはつまり相手の隙を突くことが大切だ。ホルマジオの寝起きしかり、イルーゾォの帰宅直後しかり。ソルベのは別だ。あいつら愉快犯。
一見、何事もない、よくある夕食の時間を終え(見慣れてしまうほど私がここで夜ご飯を食べているという現実)、時々リゾットの隙を窺い、やっぱり隙なんて無いよな暗チのリーダーだもんな、とそのたびに肩を落として、とうとうリゾットはシャワーを浴びにバスルームに向かってしまった。
「さすがに全裸のところを狙うわけには……」
「あっはははは!マジで、ちょっと行ってみなよポルポ!」
「やだよ絶対開けた瞬間メタリカだよ!!」
「えー?案外平気だって」
嫌だよ死にたくないもん。私は計画を練りつつ、オレンジジュースを飲んだ。

心なしかほかほかして戻ってきたリゾットを見て、仕方ねーなあ、とジェラートが私にウインクした。
「リゾットさあ、今日はもう疲れてんだろ?片づけは俺たちがやっとくから、先に休めば?」
「そーそー。ポルポも遅くなんねーうちに帰んなよ。上着、リゾットの部屋に掛けてあるんだっけ?」
「ソルジェラ……!」
私はその意図を寸分の違いなく理解した。つまり、横になったところを狙えというのですね。なかなか卑劣なことを考えるホモどもだ。間違えたホモじゃないんだった。私はソルジェラというよりはジェラソルが好きだ。いや、やっぱりなんでもない。
そうね!と小さくこぶしを握って、リゾットの背中を押す。ブライトさん、やってみせます!見ていてください!アムロは一度もそんなこと言ったことないけど。

薄暗かった部屋にぱちりと明かりがついた。私はリゾットの背中を押したまま、ベッドに誘導する。
「お疲れさま。人間早寝早起きが大事だからね、今日はもうゆっくり寝てね」
ふははお前の睡眠は私が奪う。そんなことを計画しているとは自分でも思えないくらい優しい声が出た。にこっとダメ押しで笑顔を向けて、何か言いたげにこちらを見ながら、押されるままベッドに横になったリゾットを見下ろす。まだだ。まだここではない。
私はなにもありませんよ、と全身で主張しながらコート掛けに向かった。ひっかけてあるカーディガンをとって腕にかける。部屋から出がてら明かりをぱちりと消して、ドアを開け、その瞬間きびすを返してベッドに駆け寄った。廊下から射し込むひと筋の光を頼りに素早く靴の踵を蹴ってヒールを脱ぎ捨て、掛け布団を勢いよくめくってベッドに乗り上げてリゾットをまたぐ。
「私にアドバンテージ!!」
色彩を持ってるポルポとそのくすぐりの試み。
まったく動揺してないな、と気づくべきだった。軽く、私との距離を測るように持ち上げられたリゾットの左手を右手で押さえてベッドに押し付けて、もう片方の手でぺらんと薄っぺらいパジャマをまくり上げた。硬い腹筋。くすぐる前に、とりあえずさすった。
わき腹をくすぐろうとして、ぺたりと手のひらが体温を感じた刹那、はあ、とため息が聞こえて、顔を上げたら視界が反転してベッドに寝転がっていた。あれ、デジャブ。見下ろしていたはずのリゾットが、私を見下ろしている。どういうことなんだ。なんなの、これって暗殺に必要なスキルなの?どういう状況なんだよ。
「ちょ、ちょっと待とう。冷静になろう、ま、待って、ちょ、手取んなやめろ、待とう、落ち着いて」
ホルマジオよりずっとやばい。さすがに殺されることはないと思うけどうっかり頸動脈おさえられて気絶したりとかしそう。
わたわたと両手でリゾットの胸を押そうとしたら、軽く片手でいなされて、私の頭の上でベッドに押さえつけられた。あっこういうエロ漫画見たことある。内なる私が声をあげて、そんな場合じゃねえんだよ自分殺すぞと頬が引きつった。
リゾットの手が私のシャツをめくって、わき腹というかほぼあばらの横のところに指が触れた。
「ひ、……」
「……」
「リゾッ、あはっ、あはっぁは、あっひゃあ、あひ、ひーっあはうっあー!やめ、ばか、やめ、私は!未遂でひった!ッやっばかあーっアホー!ゆうの、ゆーのー!絶対泣かっひいー!っうあっひゃっゲッホゲホこほっう'あ、っはひ、あーッげほっげほ、おぼえて、おぼえっ、くすくすっく、っうぐ、りぞ、うっうっあっ、待っ、あは!ひあはっはは!っげほ、死ぬうあー!」
リビングの方から大爆笑が聞こえてきて私激おこぷんぷん丸というか瀕死。みんなわかってて私をけしかけたんだなうらむ、うらむからな。涙目になって身体をよじったり逃げようとしたりしても手は抑えられてるは脚も力が入んないようになってるわで、もう笑い声も出ないくらい笑かされて触られただけで笑っちゃうビクンビクンな状態まで持っていかれた。
死んだ。

結論から言うと、暗殺チームの面々は指先が器用。あと私の残機/Zero。もうやめて暗チ、私のライフはゼロよ。