年の瀬!音声通話会議


年末。
年末ね。
朝陽も夕陽もお月様もどこかそわそわし始める時期が訪れた。宇宙開闢から幾星霜ともあれば、さすがの太陽系も自分たちの動きがこの惑星に何らかの影響をもたらしているのだなと察するのかもしれない。例えばほら、なあ火星、そういやあそこのちっちぇー惑星ってあと何回か回ったら毎回大盛り上がりしてね?え?マジ?言われてみればそうだっけ?そのへん金星ちゃんのが詳しくね?エーッあんなスパロテもないし自転も速い星の行事なんて知らんしー?……とかいう会話があったっていい。
そんなスーパーローテーションもなく自転も金星よりかは速い我らが地球に住まう私たちだけど、イタリアの年末って言ったらナニがある?ナターレ以外で早押しね。はいイルーゾォくん早かった。
「黙って資料送れ」
「冷たくない?」
無線端末越しに低い声で脅しつけられた。言われる前に送信ボタンを押していた私としてはみかんのみならぬ遺憾の意を表したい。ちゃんとお仕事してるもん。サブパソコンを駆使して四窓で刀を育成したり勝率の低いじゃんけんをしたりSNSで新着の作品を読んだり通販の歳末大感謝祭を楽しみまくったりしてたって資料はまとめてるし割り振りもしてるしご意見メールに丁寧なお返事を出したりしてるもん。
激裏注意かつ推しの生年月日を入力しなければ辿りつけないアングラな業界で生きていると年末の大掃除にも力が入る。まあ舞い込むわ舞い込むわ、一年の澱みがこれでもかと送られてくるもんだから前金だけで懐がぽっかぽかだ。"条件が合わなくて断るにしてもこの依頼があったことは誰にも言うなよ黙っとけよ"と振り込まれる数字の桁は恨み妬み嫉みとその他いろいろなスパイスでコーティングされた見事なものである。いがみ合う二人から同時に暗殺の依頼が舞い込んだ我々は、って状況に陥る場合もあるがそういうときは面倒なのでどっちも前金だけ貰ってオコトワリー!!汚い商売で金を稼いで買った七面鳥はうまいかこのゲボカス野郎(直訳)ってご意見もたまに寄せられるけど、我らがソルベとジェラートの手にかかればどんな薄汚れた七面鳥でもめっちゃおいしくなっちゃうから仕方ない。大笑いしながらこんがり焼いてくれたよ。
「あのなあ、俺だって冷たくしたくってしてるワケじゃあ……」
「ポルポ。オメー、この"跳ね橋作戦"ってのは前にも使ってなかったか?同じ手口はリスクが上がるぜ?」
「同じ手口でやって欲しいらしくてさ。ごめんだけど頑張ってほしい」
「しゃーねーなァ……。お、ワリィなイルーゾォ。続けてくれや。冷たくしたくてしてるワケじゃあねーってトコまでは聞いたぜ」
「うるせえハゲ消えろ」
「あっイルーゾォ通話切った!!」
「言いながら自分が消えてどうすんだアイツ」
ぽしゅんと音を残してイルーゾォのアイコンがなくなった。怒ってしまったようだ。個人端末からフォローを入れようとしたのを見透かしたように、しばらくしたら冷めて戻ってくるだろ、とほぼ全員が口を揃えて言った。瞬間湯沸かし器か何かと勘違いしているのでは?と思わなくもない。
別案件の資料を送信する傍ら、推し刀たんを毎秒十六回の高速クリックで突きまくる。"ッチ……"とささやかな舌打ちが聞こえて心が穏やかになった。舌打ちだけでこんなにも私の心を穏やかにしてくれるのはギアッチョとアバッキオとこの子くらいだよ。
「なあ、みんな脅迫状のデザインどんな感じにした?やっぱり血文字?あんたらが血文字にするなら俺は別のを考えようと思ってるんだけどさあ」
「はあ?脅迫状のデザインなんざ頼まれてもやらねーよ」
「何の話してんだ?」
「え、もしかして俺にしかこの仕事まわされてねーの?ウケる」
「ウケてる場合か?」
「最初は私がやってたのよ。でもリゾットがもう諦めろって言うから一番才能がありそうなメローネたんにお願いしようと思って」
いろんな脅迫状を見て研究してたら精神が疲れ果てたのか無意識のうちに桃色に装飾した創英角ポップ体で打ち込んでたからね。デザインを考えるのは好きなんだけど、負の感情に偏りすぎると疲弊するじゃん?混迷を極めてリゾットに数案見せたら真剣に吟味してから"向いていないようだな"って言われたからもう諦めるしかなかったよね。
良しを褒め悪しを叱る公平なリーダーの人徳ゆえか、参考までに私が送った自作の脅迫状を見たためか、メローネは「なるほどね」とだけ言って通話を無音に切り替えた。作業に集中するようだ。何がどういう具合に成程だったのか知りたいようで知りたくない。
「ギアッチョは有休を取ってるんだっけ?」
出先で通話をしているのか、ペッシちゃんの声には雑音が混じる。アコーディオンの音も聴こえた。どこぞの道端をお散歩でもしているのかなと思いきや、ソルベの声が割り込んで「弾いてんのジェラート」ととんでもねえネタバラシが落とされた。アコーディオン弾けるのかよ。弾けたとしてもなんで弾いてんの。毎日をどう過ごそうがのびのび楽しく生きてくれるなら全然まったく構わないんだけどアコーディオンを弾けたことも持っていたことも弾いてる脈絡もさっぱり意味がわからなくて混乱するから予備動作を挟んでくれ。
「捨ててあったのを拾って弾いてたら意外に人が増えちまってさ。折角だから二曲くらいは弾くのが人情ってもんだろ?」
「そこに俺が通りかかったんだ。……ソルベ、小銭が入ってるけど、この帽子って誰が置いたの?」
「俺だけど」
「人情に謝れ!!」
「うわっ急に音量上がった。おかえりイルーゾォ」
「るッせぇなああ……デケー声出すなら出すって言ってから喋れよ……」
安物のイヤホンだったら今の音波で破壊されてたよ。突っ込みたくなる気持ちはわかるけど。
電波の向こうでペッシが首を傾げたのがわかった。
「ギアッチョが今の大声でブチギレないのって珍しくないかい?もしかして、具合が悪くて有休を使ったとか……?」
普段のギアッチョだったらマイク要らずのハウリングをネアポリスの夜に響かせてくれただろう。確かに、通話の繋がった数人は落雷以上の轟音に備えて身をすくめた。ただし消音設定のメローネは除く。
「ギアッチョちゃんはたぶん画面に集中してるだけよ」
「期待の新作が発売されたそうだ」
「そういうこと」
数年越しの新作がリリースされたなんて、そりゃあ消化できる有給休暇が残ってたら申請するよねえ。私だってそうするわ。
プロシュートが「この書き入れ時によォ」と悪態をつくふりをした。声音と言葉だけなら聞こえよがしな罵倒か嘲りでしかないけれど、苦楽を共にしたチームメンバーたちは含まれた笑みを感じ取る。わざとらしく同調したホルマジオも揶揄ったソルベも声があからさまににやにやしていた。
「何とでも言いやがれ。受理したのはポルポだ」
まあ、仕組みを決めたのは私だからね、申請されたら受理するよね。
一部のメンツはお互いに有給休暇の売買を行ってお金儲けをしているが円満な取引だから合法だ。有休休暇で支給される金額よりも多い金額が動いているのは心底不思議だけど、まあどうしても休みたい日っていうのはあるもんね。私も"どうしても休みまーす!!"っつって単身ジャッポーネに飛ぼうとして待て待て誰か連れてけって襟首つかまれる事案がよく発生するもん。たぶんたまごっちよりも儚い存在だと思われてる。
「みんなもちゃんと使ってくれないと消えるからねー。グループ内じゃ経済回んないよー」
「消えたところで困らねぇから金に換えられてんだろ」
ごもっともだ。
「自由な仕事だしねえ」
「テメーが適当過ぎなんだよ」
「そう?」
「例えば、だ。ギアッチョは有休、ソルベとジェラートは小銭稼ぎ、ペッシは買いモン。ホルマジオとイルーゾォが仕事で出かけてメローネは内勤。俺ももうすぐ出る。で?……リゾットはどうした?」
「特別任務をやってもらってる」
「ほォー……。リゾット、テメー、いま何してんだ?」
「ポルポが口を開けたタイミングに合わせて駄菓子を食べさせている」
「ッ……!!」
リーダー大好きギアッチョちゃんが怒号で音波を破壊した。優しい煽りは無視できてもこっちは看過できなかったか。ひゃっひゃっひゃとやかましいソルベ(街中)とジェラート(演奏中)の大笑いも波状攻撃に拍車をかけた。
そんな折、ぴろん、と唐突に端末が画像を受信する。

――――もう考えなくていいよ。

わけがわからん文章が不安をもよおす字体で綴られた画像に全員が絶句した。
こっわ……とドン引きしていると、無音設定を解除したメローネが「どう?」と声を跳ねさせた。
「ナニが?」
「料理人に出す脅迫状。新メニューとか考えてたら可哀想だから」
発想の飛躍が鋭利だから並の料理人には深読みできないんじゃないかなと思った。
ギアッチョのアイコンがぽひゅんと消える。メローネが戻ったからなのか、勢いを削がれたからなのか、素直にこわかったからなのか、彼はそれ以降一切通話に上ろうとしなかった。
「ナニ?ダメ?」
「……もう少し直接的な文言があるとわかりやすいんじゃないか?」
「ええー?リーダーはそんなつまんない脅迫状もらって楽しい?」
「脅迫状を受け取ってワクワクするような人物はお前とポルポくらいだろう」
リゾットちゃんもワクワクって言葉つかうんだ……。
あと私は脅迫状を送られたらめっちゃビビるし普通に怖がるし写真撮ってみんなと共有して夕飯の席で実物も見せびらかしちゃうと思うよ。わくわくはするけど実際問題この業界ヤバいからな。あっワクワクしてたわ。ごめんリゾットちゃん、ワクワクしてました。
「あとはクロスワード形式も考えた」
「この短時間でクロスワードまで作ったんかオメーは」
しかも上手い具合に"途中までは立ったままでも解けるけどタテ4がヨコ7に干渉している問題に行き詰った瞬間に自分の思考が誘導されていたと気がつき悔しくなってえんぴつを取り出し机に向かう"くらいの難易度に設定されている。なんだその芸当。差出人不明の不審なクロスワードに熱中しちゃった挙句マス目を埋めて導き出したアナグラムの答えが自分の名前だったときの感情ヤバいだろ。椅子から転げ落ちるし疑心暗鬼に駆られて周辺の窓に板打ち付けるわ。ワクワクさん今日はなにを作るの?それはね人の恐怖だよ。
「じゃあもうちょっと考えてくる」
メローネのアイコンが無音を示す。
私たちはほぼ同時に同じことをチャット画面に打ち込んだ。

――――もう考えなくていいよ!!!

返事はなかった。