脱法組織のパーティーにて


*上司部下時代
*Twitterアンケートより



ここは法律の壁にせっせとトンネルを掘り進める脱法組織。未成年だって構わず飲酒を強要される。それどころか喜んで飲む少年と楽しそうに飲ませるおじさまの姿はこの立食会に馴染みすぎていて違和感が仕事を放棄する始末。むしろ自然。とってもナチュラル。この場では、寵愛を受ける部下が情を注ぐ上司と杯を交わすことに異を唱えるほうが間違っていると断言できる。
ぼけーっと眺めるうちに、所かまわずイチャコラし始めたおじさまと少年は見せつけるように互いの腕を撫で合った。
「旦那さま……」
「ああ、かわいい子だ……」
囁き声まで聞き取る己の地獄耳が憎い。
私はきびすを返して背中を向ける。お熱い二人の邪魔をするのも刺激的なプレイに巻き込まれるのもまっぴらごめんですのでね。
代わりに軽食を吟味する。食べる順番は非常に大切だ。薄味から濃い味へ。途中で味覚をリセットしてからまた次へ。
悩む私にプレートを差し出したのはホルマジオだった。
「胃袋に入りゃあ一緒だろ」
「軽口を叩きながらも彩り鮮やかで食べやすい食材を適切な順序で味わいやすく盛りつけてくれたホルマジオであった」
「うるせェなアー。解ってんならおとなしく食えや」
「……などと、つっけんどんな態度で照れ隠しをするホルマジオ……」
「オメーはホンットに尽くし甲斐のねー上司だなー……」
「ごめんごめん。ありがたくいただくわ」
呆れていてもお皿を取り上げようとしないホルマジオが好きだよ。
食べる前にホルマジオの首元をつついて教えると、彼はすぐに気がついて曲がったタイの位置を手探りでなおした。
そういえば、こうして急所に触れても避けられなくなったのはいつからだったっけ。警戒心の強い猫のような子たちだ。ひっかかれる代わりに素気なく障りなくさり気なくやんわりと拒否られていた手が、初めて彼らの脈拍を知ったのは。はー。おいしいご飯がよりおいしく感じられるわ。感慨深さとアクアパッツァを噛み締めた。
ちらりと見ると、さっきの歳の差主従はキスの段階まで至っていた。壁際で隠れながらの行為とは言え観衆の眼があるのにやりおるな。私もあれくらいの度胸を身に着けたいものだ。
そんな私の視界を遮るように、すすすーっと音もなくリゾットが戻ってきた。手には私の為のグラスがある。おいしそうなカクテルが飲みたいにゃん、っておねだりをしたら無言でホルマジオと交代して場内に消え、いい感じにおいしそうなカクテルを見繕ってきてくれたようだ。受け取って一口飲む。おいしかった。明らかにノンアルだったけどまあいいか。気を許せない場所で酔っ払って弱みを握られるなんてアホらしいもんね。リゾットちゃんのお見立てに間違いはない。
「そういえばさあ、二人の初体験っていつだったの?」
「げっほ!!」
「……と言うと?」
どっちがどっちの反応かは推して知るべし。
いやほらあのさあ、と目線だけを動かして示す。乳繰り合う二人から連想して浮かんだ話だ。些細な興味だよワトソンくん。え?私?未来に期待って感じかな。泣いてはいない。泣いてはいないぞ。
ホルマジオは窮屈そうに肩を回した。体格だの寸法だのを詳細に注文して作ると有事の際の情報漏洩が懸念されるから、量販店で何着か近そうなサイズを買って渡したんだよね。そのせいで細かい部分が合わないのか、ホルマジオは肩幅を、リゾットは胸板と裾丈を気にしている。おっぱい以外は簡単に管理できる女としては羨ましいような可哀想なような微笑ましいような何とかしてあげたいような、いややっぱりもっと見ていたいから量販店の型紙グッジョブサムズアップ。世界にありがとう。
「もちろん二人とも非童貞でしょ?」
「決めつけ方がハンパねえな」
「童貞なの?」
「ちげェよ」
きゅるん、と上目づかいでまばたき多めに問いかけると即座に否定された。めっちゃんこ早かった。男にとって、いや、ホルマジオにとって"童貞である"と評判を流されることが如何に悔しい事態なのかが察せられる素早さだ。男の子の機微についてはポルポちゃんは門外漢だけれども、まあ、ホルマジオは一度も砦を落とした経験のない将よりも、どんなに小さくても難攻な砦を奪取した事実のある一兵として生きるほうが良いという考え方なのだろう。これなら押せば行けるわ。
引き続き念入りに凝視する。
「あー……、十五ンときの冬。さみィなっつってたら、ダチが"セックスしてりゃあ汗だってかくぜ"っつーからヤッた」
「その友だちと!?」
「紹介された女に決まってんだろ!?アホか!!」
「焦ったわ」
「焦ったのは俺だっつの」
ホルマジオは鳥肌が立ったと大げさに腕をさすった。ごめんごめん、そうだよね、私の早とちりでびっくりさせちゃって悪かった。ただあんたも誤解を招く発言をした自覚だけは持ってほしい。今後このような事態が起こらないようお互いに気をつけてこ。どう考えてもホルマジオは九十九割無罪だけど。
「リゾットたんは?」
「……劇的な話を期待しても無駄だぞ」
「ありのままで良いよ。どんな初体験でも受け入れるから。何なら女の子の服を脱がせたこともない純粋無垢でぴゅあっぴゅあなリゾットちゃんでもおいしくいただけるから」
むしろ初めての現場でどきどきしすぎて相手の服に手をかけられないリゾットちゃんとかめっちゃ可愛いじゃん。こうやって脱がせて、って実地で教わるリゾットちゃん。はわわたまらん。ホックの外し方とかベルトの外し方とかストッキングの破り方とかどのタイミングで靴下を脱ぐかとかを手取り足取り腰取りマンツーマンで教わっ……、はわわ……ガチで教わったのか……?
もしそうだとしたら、もしそんな経緯を目の前で淡々と説明されたら、私は手に持ったすべての食器を置いてパーティードレスの裾を引きちぎりハイヒールを脱ぎ捨て髪留めを投げ捨てながら全身で窓ガラスを叩き割って迷路のようなネアポリスを奔り抜ける。私の探偵生命を賭けてもいい。そう、犯人はいつもリゾットちゃん……!!
「道を歩いていたら引っ張りこまれた」
「んあぁ一番すごいやつーッ!!」
今世紀最大に劇的な話をぶっ込まれた。驚愕と興奮でブヒッてしまったが正直それって年齢によってはトラウマモンだし犯罪だぞ。治安維持活動も請け負う私としては今時分そんな事件が耳に入ったらポリスメンに大量のお手紙を書かなくちゃならんレベルよ。拝啓けいさつさんへ。ちゃんとお仕事してくれていますか?おへんじまってるね。脱法組織より。リゾットの喋り方が通常どおりの無感動っぷりを保っていて安心した。
「うーわッ……そいつァ好みじゃあなかったら地獄だな。そのへんは平気だったのか?」
「そのときは"好み"にこだわりもなかったからな。特に何も感じなかった」
「き、気持ちよかった?」
「……」
逸るおおきな胸をおさえて見上げたリゾットは、しばらく私と見つめ合ったのち、ぷい、とそっぽを向いた。
「憶えていない」
「は……」
拗ね方が幼女。完全に幼女。信じられるか、私より二つも年上なんだぜ。やばいやばい動悸が治まらない。リゾットちゃんの可愛さで寿命がやばい。誰か救心をくれ。このままだと正気を保てない。ぐ……あ……離れろ……、私から離れろ……ッ!!護衛だから離れねェよ。だよねごもっとも。

どうにか落ち着くころには宴もたけなわといった様子で、チョコレートフォンデュならぬ札束フォンデュが始まっていた。ナニしてんだアレ。なんかもう煩悩で精も根も燃え尽きるほどヒートしたし疲れ切ったしわけわからん異文化に巻き込まれるのめっちゃしんどいからそろそろ帰りたいな。
ホストの面子を保つ義理も果たしたことだ。もうおうちにシューッ!してベッドにゴールしても良いよね。
影のごとくこっそり会場を抜け出して、むわりとした熱気から遠ざかる。
こうして外気に触れると、ついさっきまで自分がいろいろな匂いに囲まれていたことがよくわかる。すんすんとリゾットのスーツを嗅いでみると、思ったとおり、知らない香水と埃とアルコールが染みついていた。
「オメーなア。自分を嗅ぎゃあ良いだろ?」
「そこはほら」
「……いやいやいや、せめてもっと力入れて言い訳しろよ」
「だって自分の匂いなんてわからないじゃない?その点、リゾットちゃんの匂いなら知ってるから違いが感じられるっていうか?」
「知ってるっつっても、寝たワケでもあるまいしよォ。……ん?寝てねェよな?」
「寝たことにしとく?」
「……メローネが泣くぞ」
確かに、メローネは私に寄せられる釣書を私よりも真剣に読み込んで勝手にお断りの連絡を入れそうな子だもんな。尊敬するリーダーとおっぱいの大きい女上司が知らぬ間に朝チュンかっこ事実無根かっことじを迎えたと知ったら悲鳴の一つも上げそうだ。
私が同意すると、リゾットが「日ごろじゃれついてくるからだろう」と無味無臭な正解を当てた。
「まあね。……ところで思い出したんだけど、リゾットちゃんの初体験のときの話さあ」
「……」
養生中の芝生を無遠慮に踏みにじる酔っ払いを見るような視線が向けられた。残念ながら好奇心に突き動かされるポルポさんは止められない止まらないポルポえびせんだぞ。
「記憶によると、きみ、"当時は女の好みにこだわりがなかった"って言ってなかった?"当時は"って」
「……」
「言ってたなァ」
「うんうん。じゃあ今はこだわりがあるの?」
「……」
赤い瞳が細くなった。背の高いリゾットの顔が月影を受けると迫力がある。見定めるような眼差しは、強風で倒れた看板を見て通報するかしないかを歩きながら決める片手間の思考に似たものを感じさせた。
「"ある"、と言ったらどうする?」
「"ない"、よりは興奮する」
「そうか」
会話は死んだ。


答えを知るのはもう少しあと、いや、かなりあとになってからのことだった。