ビアンカとの出会い

リクエストボックスより。
ちょっと内容が外れてしまってすみません!
リクエストありがとうございました。


死ぬ前は上司やら店舗マネージャーやらにへいこらする仕事ばっかりやってたから天に立つどころか部下ひとり持つのだって一大事。でも今のお仕事は一人で回していくのが非常に難しいから、相性のいい部下の投入は組織のマネジメントとしても当然の話なのよね。ヒエラルキーのトップから下された命令に逆らえるはずもなく、"こんな業界だけど怖い人じゃなければいいなあ"なんて考えながら初顔合わせの日の朝、気合いを入れてマスカラなんかをまつ毛にぬりぬりしてみちゃったりしちゃったりしたわけだ。部下さんがどんな人かは知らんけど、せめて身綺麗な上司でいたいじゃん?
緊張半分油断半分。上、すなわちボスからの指令が絶対であるこのギャング業界において、部下さんがどんなに私のことを気に食わんと思ったとしたって立てつくことはできないのだから肩の力を抜いて対応すりゃあいいんじゃよな、と自分をリラックスさせて歩く。
仕事部屋にたどり着くと、扉の前にはすでに背の高い誰かがいた。
陽の光にきらきらと金髪が輝いて見える。長くまっすぐなそれは絹糸のようにやわらかく風になびき、ちらりと垣間見えた首筋の白さと相まって鮮烈な印象を人に与える。
少しきつめの目元から意志の強さがうかがえて、まぶしすぎる美貌に目がつぶれそうになった。え?ギリシャ神話とかに出てくる女神降臨した?直視したら殺されるパターンじゃないよな?
「あなたがポルポ?」
「うん」
「わたくしはビアンカ。スタンドの相性が良いと判断されたため、今日からあなたの補佐に入ります」
「そっか。よろしくね、ビアンカさん」
「……」
ビアンカさんはつんと顎を上げた。
「あなたはわたくしの上司となる方でしょう?丁寧に接する必要はないわ」
それってギャングのローカルルール?それともビアンカさんなりのお近づきの挨拶?
丁寧にしていたっていつかはぼろが出そうだからその申し出はありがたく受け取るとして、試しに「ビアンカ」と呼んでみると彼女は長くたっぷりしたまつげの影を頬に落として頷いた。それでいいわ、と認められる。女王さまタイプなのかな。だとするならば私のような血まみれの金で生き延びている人間に従うことには非常なる抵抗がありそうだ。ボスの命令だから誰もこれには逆らえないけど、可哀想に。申し訳なさを通り越して同情してしまうくらい働き甲斐のない部署だよここは。不毛だもん。とにかく不毛。たまに生えた草も世知辛き裏社会が草刈り鎌でさっくり刈り取ってしまうことが多い。そう、つまりスタンドが目覚めた場合でもこの世界で生き残れるかといえばそうではないのだ。
私はお仕事を終えたらもうその人の人生には興味を持たないようにしている。初めのころこそ感情移入しすぎてオエエエとゲロ吐きながらメンタルをすり減らしていたもんだが、何よりも自分が大事である。健全健康安心安全な毎日を送って楽しいことだけをやって生きていきたい。だから、考えなくていいことは考えない。無責任な自己防衛。
ビアンカはもうその術を身につけているのだろうか。

不安が蘇ったのは、ツーマンセルとなってからは初めての仕事に臨んだときだ。
この日の相手はまだ若く、私よりもビアンカよりも年下で、グリーンアイからは溌溂とした力が漲っていた。
「よろしくお願いします!」
「はい、どうもよろしくね」
「……」
ビアンカは私の隣から一歩後ろに下がり、私たちを見据えたまま動かない。
私は何度も繰り返した『試験』の説明を今日も今日とて諳んじて、最終確認のイエス・ノーを要求する。彼は当然のように「やります」と言った。どんな試験であっても自分は合格すると信じ切った強い眼差しだった。
音もなく現れるブラック・サバス。
私が意図的に影をつくると、私のスタンドはその上を滑るように動いて少年へ肉薄した。
自分を押さえつける謎の強い力を感じたのだろう。少年は反射的に恐怖の表情を浮かべて腕をばたつかせた。
矢の先端が彼の腹部に刺しこまれる。ずぶずぶと肉を貫いた矢は血に染まっていて、少年は濁った声で「あ」とうめき、希望に満ちていた瞳を大きく見開いた。
「あ、……あれ、……ぼく……、痛い……?」
「そうだね」
「これが……これが?」
「そうだね」
ブラック・サバスが消えると同時に、支えを失った肢体が膝から崩れ落ちた。ゆるやかにあふれていく血をかき集めるように傷口を手で押さえる彼の顔色は蒼白で、唇は恐怖にわななき、すっかり冷たくなった額からは細かな汗が浮き出ていた。痛みを堪えきれなかった少年の頬をしずくが伝う。
床に倒れこんだ少年のそばにしゃがみこんで目を合わせた。焦点がぶれて定まらない。ああこりゃダメかなあとこちらの気持ちも冷えていった。
「これに……たえれば……いいんですか……」
「そうだね」
「そしたらぼくは、ごうかくですか……」
「そうだね」
日に焼けた手がこちらへ伸びる。
私は握らなかった。……いや、あの、一応初めのうちは握ってたんだけど……結構心に来るんだよ。
手はぱたりと床に落ち、指先ひとつ、もう二度と動かなかった。
「ん。……ビアンカ、大丈夫!?」
振り返った先にとんでもないものを見つけて飛び上がる。足元に死体があるとは思えない素っ頓狂な声を出してしまった。
ビアンカが自分の身体を己の両腕で抱きながらうつむいて肩を震わせていたのだ。
この部署においての初仕事にして初っ端から人殺しを目にしたせいだろうか。触れていいものか悪いものかと手をうろつかせオロオロする私に、ビアンカのうるんだ瞳が向けられる。
美しく、凄絶に、彼女は歓喜の涙を浮かべて不格好に微笑んでいた。
これにはさすがの私も硬直した。
「……ど、どうしたんですかビアンカさん?」
ビアンカは答えず、踊るような足取りで死体に近づくと、綺麗な膝を床について、陶器のように冷えた少年の頬に指を這わせた。涙の跡を指の腹でこすり落とし、まるで親戚の子供でもいつくしむかのような手つきで慈愛の女神たらんとするような笑みをたたえ恍惚とした吐息を漏らす。
「ああ……きれい……」
あっこれダメなパターンだ。私のサイドエフェクトがそう言ってるわ。あかん。担当変えてもらおう。
「ポルポ、あなたは素晴らしいわ……。わたくし、こんなに希望に満ちた死体を見るのは初めてよ……」
「お、おう?」
「見て、このくちびる。まだ薔薇色に色づいたままだわ。ねえ、ポルポも触れてみて。……ああ……きっと彼は自分が目を閉じたことにすら気づかなかったのね……。眠るようだわ。ふふ……!」
「私は触んなくていいかなー……」
「それに、この腹。なんて綺麗に貫かれているのかしら!ああ、まだ血が流れ出てる。もったいない、勿体ないわ……」
ビアンカは聖母のような表情のまま少年の頭を胸に抱きよせた。
そしてヴェールが翻る。
完全なる闇が繊細に編込まれたレースのように軽く揺れ、ガオンと空気の鳴る音のみを残して何もかもを飲み込んで、あっという間に消え去った。
床には血の染み一滴すら見当たらない。
陶酔した美女の舌なめずりは妖艶だった。私は目をそらした。すげえモンぶち込んできたなボス。スタンド能力もヤバいけど本人も相当キマってるぞ。
「ごめんなさい、ポルポ」
「ん?」
「わたくし、あなたを測ろうとしていたの。わたくしはこんな容姿だから色々と“忙しく“させられることが多くて、もしもポルポがそんな人だったら、……、どうしようかしらと」
「うん、わかるよ。様子見は大事だね」
こっちは今まさに君の様子を見てビビり上がってるところだけど何か質問ある?
「だけれど、こんなに素敵な……素晴らしい……ああ……、今まで出会ったことがないの……、胸が高鳴って……、ポルポ、わたくしはどうしたらいいのかしら……」
間違っても口にはしないけどむしろ私が訊きたいわ。私はどうしたらいいんだ。
「わたくしは人間が好きなの。だからひとつになりたいの。人はわたくしをおかしいと言うわ」
「(勇気あるなーその人……)」
「わたくしは狂っていないけれど、狂っていたとしてもそれでいいわ。ねえポルポ、わたくしをそばに置いて。あなたのそばで人を愛し続けたいの」
「そばに置くも何も、ビアンカは私の補佐として配属されてるからねえ……。離れるも離れないも私の一存じゃあどうにもならないし、私は自分に害がなければ基本的にはなんでもいいからビアンカの好きにすればいいんじゃないかな」
ビアンカはパッとかんばせを輝かせた。
「愛しているわ……ポルポ……」
「……交換日記から始めよっか……」

――というわけで、私とビアンカの二人三脚(ちょっとつらい)はここから始まったのであった。まる。