合コン

ナランチャの言葉を聞いて、私とミスタの口から素っ頓狂な声が出た。アバッキオがミスタを叩いて、私の頭を押さえつける。ぐぐぐと身体が傾いだ。
うららかな昼下がりのカフェテラスは賑わっている。私たちの声がちょっと大きかったところでどうにかなるとも思えない。
しかし、私とミスタは自然と声を潜めていた。ナランチャに顔を近づける。
「本当に、合コンだって言ってたの?」
「うん。ネエロのオッサンが……」
「オッサンって言うのやめたげて」
「ン?うん。ネエロが女の人と居たから声をかけたんだよ」
「オッサンで良いでしょうに……」
フーゴが呟いたけど、リゾットがオッサンだとすると私もオバサンってことになっちゃうから、そこのところはしっかり締めておきたいんだ。
ナランチャが彼らを目撃したのは、ちょっとしたジェラテリアの前だった。見覚えのある服装ではなかったが、ナランチャ・ギルガは見逃さない。ミスタが言及したところ、本当はカワイイ男の子を目にとめた女性がナランチャにウインクをしたので気を惹かれたのだと告白していたが、まあそこはいい。ミスタが好きそうな顔だなアと思ったと言ったナランチャを見てミスタがむせび泣くふりをした。
その彼女の隣に知った顔がいるのを見て、ナランチャは目を丸くした。駆け寄って話を聞くと、女はニッコリ笑ってこう言ったという。
「私たち、ジャッポーネ式の合コンで知り合ったの」
合コンが何かわからなかったナランチャは、リゾットに促されてそのまま場を後にしたが、『合コン』なるものに興味を抱いた。そしてちょうど待ち合わせをしていたジャッポーネに傾倒している私に訊ねた。私が驚き、私からジャッポーネの合コンの話を聞いたことのあるミスタも驚いた。簡単に言うと、ただそれだけの話だ。
「リゾットが合コンねえ……」
「で、合コンってナニ?」
ナランチャが首を傾げた。
ミスタが大雑把に説明している間、私は頬に手を当てて考える。リゾットが合コンねえ。いったいどんな流れなんだろう。
「近くにメローネはいなかった?」
「ヘンタイだろ?見なかったぜ」
「そうかあ……」
同行していないのか、はたまた別口でお持ち帰りをしているのか。まさかこんな昼間っからしけこむということはあるまいな。おっと、下品だったか。昼間であろうが夕方であろうが夜であろうが、いつどこで何をするかは人の自由だ。
リゾットが合コンねえ。
いったいどんな事情があるのか、どんな顔をして合コンに参加したのか。並んで座って女性陣を待っているリゾットや、「それじゃあバラバラに座りましょうか」と幹事に言われ席を移るリゾットや、最初こそ雰囲気に気圧された女性が遠巻きにしていてぼっちだったものの、ちょっとしたことをきっかけに誰かとお近づきになり、「このあとお酒でもいかがですか」などと誘われたうえで「一杯だけ」という流れで女性をお持ち帰りするリゾットの想像が頭の中を走馬灯のように駆け巡り通り過ぎていく。普段なら体面を気にして堪えるところだが、周りにいるのはノリのいい子供たちだ。大人ぶっても仕方がない。
声を立てて笑うと、フーゴが私の足を踏んだ。
「笑っている場合ですか。これは問題ですよ」
「問題って言ったって、コトが起こらなきゃあ相手の自由でしょう。さすがに家に連れ込んでアレコレされたら、マジか、とは思うけど」
「問題なのはテメーの態度だろ」
だって、彼はリゾット・ネエロだぞ。理性が鋼鉄で、色香に惑うタイプでもなく、火遊びに手を出す性格でもない。何か理由があるのだろうし、本来ならば私はこのことを知らなかった立場だ。ナランチャの話を疑っているわけではないが、又聞きした情報でとやかく責め立てる気にもなれない。問題かなあ?
「相手はあんたに男付き合いの制限を課しているのに、自分は緩い規制の中にいる!その不平等さに疑問を抱かないところがおかしいんですよ!」
「え!?私、男付き合いの制限なんか課されてるかな!?」
至って自由だぞ。今度こそ驚いたわ。私は脚を組むのをやめた。
「フーゴ、こいつには何を言っても無駄だぜ。男ができても変わっちゃあいねえ。ただのバカだ」
「アバッキオたんひどい」
ただのバカ呼ばわりされたのが悔しかったので、アバッキオのお皿からオリーブを奪った。おいしい。
一度他人に触られた皿が嫌になったのか、アバッキオはプレートごとおかずをこちらに押してよこす。ありがたくいただくわ。
「不平等かしらね。まったく制限があるとは気づいていなかったし、感じていないんだけど」
「不平等ですよ。あんたののろまさはどうでもいいんですが、これじゃあまるで……浮気じゃないですか」
フーゴちゃんってきっちりしてるよねえ。
浮気ねえ。
よくわからなくなってきたので、オレンジジュースを飲んだ。案ずるより産むが易し。
「帰ったら訊いてみるよ」
まあ、あまりにも間抜けな台詞だなあとは思ったが、それ以外にどう言えと。
「あんたが帰っても、帰ってなかったりしてなあ」
ネエロの奴が、と言ったミスタがフーゴに殴られていた。護衛チームは可愛いなあ。
あと、ここにブチャラティがいなくて良かった。

家は静かだった。マジで帰ってなかったよ。笑ったわ。
まあ、お昼の少し前にナランチャが彼を見かけて、それからまだ三時間くらいしか経っていない。デートなら夕方くらいまでかかるのかな。
改めて考えると、なんとなくモヤモヤがある気もする。意外と私も繊細だったようだ。
仕事に集中しきれないまま食事の準備の時間を迎えたので、とりあえず一階に下りてエプロンをつける。
「あ、おかえり」
冷蔵庫を漁っていると、玄関の方で音がした。ただいまと言う声もある。うっかり普通に返事をしてしまい、自分の情けなさに再三の笑いがこみ上げた。こんな時どんな顔をすればいいかわからないの。心の中の綾波レイが囁いた。
本当にどうしようかなあと迷ったので、心の中の碇シンジくんに従うことにする。いきなりリゾットの胸を叩いてこの浮気者ォと叫ぶのもしっくりこない。微笑んで迎える。まあ、浮気だったら自分から申告してくれそうだしなあ。
「夕ご飯はいるかな?」
「ああ。いいか?」
「もちろん」
いささか疲れて見えたので、今すぐ追及する気にもなれなかった。食事の時でもいいかな。
数日後に思い出して改めて感じたけど、やっぱり私ってノンキだ。
「ちゃっちゃか作っちゃ……う……けど、どうした?え?新手のスタンド使いか?」
キッチンに戻り、ソルジェラから分けてもらったプチトマトでもつまみ食いしながらパスタを茹でてアルデンテ。
そう思って踵を返した瞬間、後ろから腕を掴まれた。そのまま引き寄せられる。新手のスタンド使いの仕業ではなく、彼は素のままのリゾットだった。
余計によくわからない。これは私がするべき動きなのではないのか。行かないでとリゾットの背中に抱きついて縋るのは、私の仕事なのではないのか。わかんねえ。リゾットわかんねえ。六年付き合ってても全然わかんねえわ。
「嫌なことでもあった?」
なんとなく投げかけた質問は、ピンポイントで正解をぶち抜いたようだった。
リゾットはこちらに、もう半分はおぶさってるんじゃあないかと思うくらい体重を掛けてきている。知らん匂いがした。
「合コンが嫌だったの?」
ちょっとの間、リゾットは悩んだようだった。なぜ私が知っているのか考えて、ああ、とため息交じりの低い声を出す。
「ナランチャに会ったのか……」
「うん。お昼に一緒にご飯を食べたのよ。……で、相手の女の子はどうしたの?」
今度は答えなかった。
「え!?やっちゃったの!?」
まさかの。
「ニュアンスが違う。……ジョルノに引き渡した」
「ん?……んん?ナニ、……同業者か何か?」
「近い」
ジョルノに引き渡したってことは、やっぱり合コン自体がえらい力でセッティングされたものだったようだ。私に一報を入れてくれよジョバァーナ少年。頼むよ、なんかよくわかんないけどドキドキしちゃったじゃん。
私がホッと安堵したのがわかったらしいリゾットは、しばらく黙ってから、私を離してくるりと向かい合い、「ポルポ」と名前を呼んだ。
「悪かったな、黙っていて」
「いやいや、気にしないでいいよ。ちょっとびっくりしたけど、今のハグでチャラだわ」
安いと言うなかれ。リゾットとのハグをヤフオクに出せばめっちゃ高値がつくからな。そういう問題じゃないけど。
今度は自然にニッコリ笑えた。
そんな私を見て、リゾットはもう一度少し身をかがめた。二度目のハグでチャラどころかこっちに借りができちゃうね。
それにしても、リゾットをここまで疲弊させる同業者さんは何者だったんでしょうねえ。

ちなみに後日、真偽のほどを問い詰められたリゾットが、フーゴたちに対して取っていた私のノンキすぎる態度を知ってめっちゃビミョーそうな顔をしていたのだけど、それは余談だ。





よちよちおっぱい

Twitterログ
リクエスト品
上司部下時代


疲労満天な顔はしないけれど、私とて数年はともにいるのだ。えーと確か、これで四年目だったっけね。さりげない機微を見逃さないこのタコちゃんアイズでまるっとオミトオシよ。
ベッドに滑り込むようにして寝そべったリゾットは、ナイトランプの明かりを少し絞った。落ちる陰影の濃い横顔を眺める私は肩肘を立てて頭を支えるスパダリごっこの真っ最中だが誰にも伝わらないので心の中で夜景に嫉妬しておいている。
目を細め、ぼやける視界の焦点を端正な顔立ちに合わせると、視線に気づいた彼がこちらを向いた。なにも悪いこたぁしていないからそのままにこりと微笑みを浮かべる。すがすがしさすら感じさせる笑顔をね。

ここ最近は、私が割り振る仕事が多かった。ギャングスターとして頂点を極めるディアボロから降ってくるお仕事の数々が夕立のようにばらばらと顔を打ってくるので忙しい。傘を用意しようにも、私の傘はお金と部下だ。こんなときに部下を頼るわけにはいかず(なにせ整理をつけるのが私の仕事であるから)、金はボスから賜るものなので効果があるはずもない。
私は無力なので、実行委員の役割はほぼすべて暗殺チームとビアンカに割り振ってしまっている。私人望なさすぎるからね。周りのやつらが手を貸してくれないんだよね。ははーん、冷たい世の中ですこと。これだから派閥って。派閥って。ばかやろーハブにされてる私が悪いんじゃねえ。ハブにするほうが悪いんだあ。えーん。……と、ビアンカに泣きついたら彼女はこてんと首をかしげて妖艶な笑みを浮かべ、恍惚としながら無邪気に"わたくしが消してもいいわ"と言った。消さないで。仕事のしわ寄せが全部こっちにくるから消さないで。いい香りのする首筋に額を押し付けてぷるぷるとかぶりを振った。
それから一週間はがっつんがつんに働いて、おっこりゃ私も社畜の仲間入りかな?ってな具合でへとへとになったポルポさんは、ようやくお尻の根っこを椅子から引きはがして、我が愛しの暗殺チームちゃんが拠点とするアパートへやってこられたというわけだ。
みんなの体力はデスクワーク専門の私なんぞとは比べ物にならないほど鍛えられヤバみが極まっている。おかげでおいしいご飯にありつけて、お恥ずかしい話だがめちゃくちゃ食べてしまった。いや、普段からめちゃくちゃ食べてはいるんだけど、もっといっぱいっていう意味で。
片づけを終えると、それぞれはさっさと疲れを癒すため、早々に自分たちの部屋へと戻ってしまう。意外とあっさり終わって静寂が戻ると、思わず、ふー、とため息がもれた。
この部屋で暮らすリゾットは、テーブルの上にもたれて溶ける私を見て、放り出すのも難儀だと思ったのだろう。
「……泊まるか?」
「泊まるー」
最高の提案をしてくれた。さすが、我が部下よ。

というわけで客間を勧められたのだけど、私と入れ替わりでシャワーを浴びにバスルームへ入った男の背中がやけに疲れて見えたので、私は一計を案じた。
初めてお泊りしたときは男用の、まあぶっちゃけるとリゾットの彼パジャマみたいなことになってた私だけど、今は自分の服を置かせてもらっている。おかげさまで朝チュンの寝起きみたいなドラマチックなグッモーニンは回避だ。どっちにとっても面白すぎて笑うでしょ。リゾットも絶対ウケてるって。あの男は無表情の下で"うわ"って感じの感想を呟いてるに違いねえんだ。私だってウワッて思ったよ。似合わねえよ彼シャツも彼パジャマも。二十四歳のイタリア女だけどノー彼氏でごめんね。
そんな悲しい歴史を持つ桃色のパジャマを身に着けたまま、無人の部屋へ遠慮なく踏み込む。誰もいないベッドは朝にきちんと整えられたのか、しわがのばされて綺麗だった。へっへっへ、今からお前をぐちゃぐちゃにしてやるわ。家主じゃなくて、その下種な上司がな!!
とうっ、とデカいベッドにダイブ。はー、気持ちいい。リゾットちゃんのベッド広いナリィ……。私んちのベッドもかなり広いけどさ。快適に睡眠をとりたいから。睡眠っていうのは楽しくなきゃあいけない。何事もそうだけど睡眠は特にそうだ。あと待って、下ネタの話はいままったくしてないから誤解しないでね。そのイメージは全部メローネのせいだからな。
ごろごろしながらケータイ電話をいじっていると、リゾットが部屋のドアを開けてしばらく何事かを考えてから隠れてこっそりため息をついた。おい見えてるぞ。もっと隠して。
ドアはぴたりとは閉ざされず、軽く開いたままだ。隙間風とか平気なのかな、と思ったけど、もしかすると未婚の男女だからとかそういう配慮か?と気づいて拍手喝采を送りそうになった。リゾットちゃんってどんだけ紳士なんだよ。やばいよ。なんで恋人いないの?いるでしょ実は?ていうかいたらマジでこんな上司でごめんな。自分で自分を冷静に見ると大草原だしリゾットちゃんには大迷惑だよな。
「どうした?眠れないのか」
「リゾットちゃんが眠れないかなって思って、寝かしつけにきたの」
「……眠れないように見えるか?」
「疲れてるかなってね。実際疲れてるでしょ?まあ、ここに横におなりよ」
ぽんぽんと空いたほうを軽くたたく。
リゾットは無言で毛布の中に滑り込み、ナイトランプの明かりを絞る。私はスパダリごっこをし、さて、冒頭に戻るわけだ。
リゾットに手を差し伸べて、目を閉じさせる。されるがまままぶたを下ろした男はいわゆる『お綺麗なツラ』タイプだ。しげしげと眺めてから頬を撫でる。
「ありがとね。無茶させてごめんよ」
「構わない。そのための俺たちだ」
ネルフかな?
「いいこ。ありがとう。お礼におねえさんのおっぱいをあげよう」
身を寄せて、リゾットの頭を抱えたまま胸に押し付ける。このためにパジャマのボタンは上から三つまで開けっぱなしだ。普段なら避けてくださる紳士なシニョールだが、目を閉じた今は上司の優しい声音に安心して気が抜けていただろう。さらに相手が女となると生粋のイタリア人としては手を出すことも足を出すことも叶うまいて、すなわちここは私のステージというわけだ。
我ながら最高の触り心地を誇るおっぱいの、その谷間にうずめるようにぱふぱふと乳肉を押し当てる。
「ねんねこねんねー」
子守歌知らなくてごめんな。
テキトーに歌うと、リゾットは私の肩をつかんでぐぐぐぐぐと力強くこちらの身体を押しのけた。
「リゾットちゃん?もういいの?それとも揉む?安らぐよー」
「寝ろ」
「ええー?もういいの?」
「初めから欲しいとは言っていない」
「まあね」
押し売りだ。
リゾットは静かに「ここにいたいのか?」と言った。
リゾットちゃんのそばにはいつでもいたいが、これ以上眠りの邪魔をするのも申し訳ない。
仕方なしにベッドから降りてルームシューズを履き、ひらりと手を振った。
「おやすみ」
「ああ。……ボタンは閉めろ」
「リゾットちゃん閉めてー」
「……」
冗談だったんだけど、手招きされて近寄ったらマジで閉めてくれた。優しさ星から来た優しみ王子か?
閉めてくれているあいだ、よしよしと頭を撫で続けていたら、なつかない猫のようにぷいっとして今度こそランプを消してしまった。
ドアの隙間から入り込む廊下の明かりが道筋を示してくれる。
今度こそ本当に手を振って、きびすを返して立ち去った。
お疲れ、リゾットちゃん。
二年後の私から君へひと言。

色んな意味でちょうごめん。




リゾットとお風呂

Twitterでアンケートを取りました。



突撃隣の晩御飯。ならぬ、突撃我が家のバスルーム。
脱衣スペースで服を脱ぎ、シャワーの水音が響く浴室の扉に手をかける。一応、私にも恥じらいってもんがあるからバスタオルを体に巻き付けてあるよ。各所を敵に回す発言をすると、フゥー胸がデカくて巻き付けるのがキツイぜチクショウ、ってところなんだけどそこは企業努力ということで頑張った。バスタオルの端っこを布と肌の間にねじ込むときの苦労ね。堅めにやっておかないと簡単にはだけちゃってエロゲか?みたいな事態が起こるからそこは念入りにやったとも。
さてさて、ちょっとポルポさんっぽいところ、見せちゃおっかな。
ドアノブを握った手を一気に下ろして、鍵のない扉を一息に引き開ける。この早業、神速の技術、これこそが私の神砂嵐である。
「リゾットお覚悟ッ……うわっぷシャワーはないだろ!!」
思い切りお湯をかけられて、まるで砂を蹴り上げられた子供のように顔を腕でかばう。
「急に入ってくるな」
「実に正論」
それな。家主の権限を振りかざしても有罪だからな。
一糸まとわぬ姿をさらすリゾットは、鍛えられたその身を隠すようにわずかに身じろぎした。恥じらってんのか?と邪推したが、おそらく気をつかってくれたのだろう。どこまでもやさしさに満ちた子だな。可愛すぎる。おねえさん食べちゃっていいかな。
「一緒に入ろ」
「嫌だ……と言ったら?」
「ポルポちゃん泣いちゃう」
「……」
泣きまねをしたらため息が落ちた。
リゾットはざっとシャワーで浴室内の汚れを落とすと、バスタブにお湯をためはじめた。湯気がほかほかと立ってゆき、見るからに心地よさそうだ。察しのいい私は口角を持ち上げた。ふはは、リゾット・ネエロおそるるにたらず。女の涙には勝てなかったか。や、まあこの人は女の涙を見ても無言でスルーできるメンタルも持っているだろうけど、根はイタリア人だし、原作のことを考えると一定の年齢までは平穏な教育を受けていたようだし、やっぱり女性には優しくするという考えが染みついているのかもしれない。うーん、イタリア男ってすごい。改めてそう思った。
まあ、相手が私だからかな、という自惚れに似た推測もできなくはないが、それはあまりにもリゾットに失礼だろうからやめておく。
「まだ湯はたまっていないが……濡れたままでいると冷える」
「私を濡らしたのはリゾットちゃんなのに……」
「正当防衛だろう」
「だよね。ていうかさっきのセリフちょっとシモくない?」
「何がだ?」
「やっぱりなし。ごめん」
リゾットちゃんはピュアって名前の銀河にある純粋星のクリスタル王子だったね。ごめん。私が悪かったよ。謝るから深く考えるのはやめようね。後生だから放っておいてくれ。私の頭がおかしかったんだ。なんでもかんでも下ネタに結び付けると人間関係が崩壊しかねない。気をつけます。
まだ浅い湯船につからせてもらって、膝を抱えてあたたまる。
バスタオルが肌にはりついてくる。客観的に見ると面白いなこの絵面。バスタブで三角座りをする私とフルチンのリゾット。面白くないわけがない。ごめん、私が正気だったら爆笑してた。正気じゃないから見逃していられるけど、こんなん笑うしかないだろ。ごめんね、悪いのはすべて私なんだけど勝手に笑いかけててごめん。リゾットちゃんもバスタブのふちに腰かけていないでお湯につかったらどうかな。君こそ冷えるよ。
ざばりとお湯を波立たせて、特に文句も言わず浅瀬につかったリゾットの頭を撫でる。かなりきつい体勢だけど支えてくれるから大丈夫だ。もう何もかもが面白くてヤバい。私のリゾットちょうヤバい。自分の頭を撫でてくる面倒くせえ上司(上司か?)を物理的に支えなくてはならない部下(部下か?)とかギャグ以外の何物でもない。しかも支え方ちょううまい。普段誰を支えてスキルを上達させているのかおねえさんに教えてごらん。プがつくおにいさんかな?
濡れた髪をいつくしみ、毛づくろいをするように指で梳いていく。ふむ、濡れているとちょっと硬い感じがする。
「何をしに来たんだ?」
「リゾットちゃんとお風呂に入りたくて」
「満足したか?」
「まだでーす」
にこりと笑う。
そうか、と相槌を打ったリゾットの、こちらを支えていた手がするりと動いた。バスタオルの結び目を片手でとく。はらりと落ちるようにめくれた布を手で押さえ、距離を取る。
「ナニしてんの?」
「お前を早く外に出そうとしている」
「やだ……リゾットちゃん……めっちゃいけず……」
ちなみにおわかりのとおり、全然いじわるじゃあない。
最後まで脱がしてバスタオルを奪ってしまえば恥ずかしくなった私がそそくさと退散すると思っているのだろう。日ごろから、おっぱいはいいけど下は恥ずかしいの……とかなんとかこじらせたことをほざいているからね。
駄菓子かし、おっと、だがしかし。
自分からバスタオルを最後まで取り去って見せつける。おっぱいはどうでもいい。
「じゃじゃーん。水着のパンツを履いているんでしたー。ざんねーん」
幸いなることに、二十六歳という我が年齢を除けば完璧に可愛らしいつくりの水着である。服が似合う体型がキープできる謎の体質でよかった。
「……」
「似合うっしょ?」
「ああ」
「おっぱい揉む?」
「……」
某逆転する裁判ゲームの証人みたいな黙り方をされた。手を取って無理やり揉ませてみたが無反応。目も合わない。照れてるとかだったら奇声をあげるけどたぶん本当にどうでもいいんでしょうね。
ちぇ、と内心でお行儀悪く舌打ちして顔を背ける。おっぱいパワーも衰えたな。最初のころは顔を真っ赤にして慌ててくれてたのに。
ごめん。ねつ造。最初のころからなんにも反応なかったわ。
満ちてきたお湯の栓を閉めてリゾットにしなだれかかる。浴室は静かになって、甘えた私の声だけが響いた。
「ねえ、リゾットちゃん」
「……」
「悪いんだけどのぼせてくれる?くらくらしてるあなたが見たいの……、……うおッ!!抱えるのやめて!!」
ぐっと抱き寄せられてお湯が跳ねた。抱きあげられ、扉の前まで連れていかれる。そして床に下ろされ扉が開け放たれた。
逃げる湯気と無言のリゾットに追い立てられるように浴室を出る。
「……防御堅いな……」
ぴしゃんと閉じられた扉を背に腕を組んだ。
入り込むところまではうまくいったんだけど。
お風呂でのぼせてふらふらになるリゾットちゃんの姿は、次のチャレンジに期待しよう。