ナデナデシテー

いやあ、よく言うじゃん?"背の高い人は頭を撫でられると簡単にオチる"ってさ。長身の人は頭を撫でられることに慣れていないから普段されないことをされるとドキリとする上に、それが"頭ナデナデ"っていうただでさえ高破壊力を誇る攻撃だったりするともうたまらんという話である。
そこで私は考えた。こいつぁ我が可愛い暗殺チームちゃんにも適用されるのか?ってね。
まあ答えは簡単に導き出せる。数式のようなものだ。我が叡智、我が万能にかかればちょちょいのちょいさ。うん、そうですね、期待/Zeroです。だって彼らだよ。こんな素晴らしいおっぱいを持つ私が胸元を強調する服を着てじゃじゃーんと現れてもぶはっと笑って似合ってんじゃねーかってにやにやするヤツらに可愛げを求めたってしょーがない。ちなみに笑ってくださったのはホルマジオだ。平均的な身長だが、私より高いことに違いはない。

というわけでやって参りました、イタリアはネアポリス、郊外とも言えないものの人けのない場所にひっそりと建てられた隠れ家的なアパートメント。集合住宅と呼ぶにはあまりにも簡素で、おそらく中身でさえ生活感の窺えない人物が数人はいるだろう。メローネとかメローネとかメローネとか。あとメローネとか。
かんかんかんとヒールで段を踏み、二階へ上がる。一室の扉はすんなり開いた。やけに静かで、本当に誰かいるのか疑ってしまう。気配がないのは暗殺者的な意味での習慣なんでしょうかね。
「お、ポルポ」
「女王さんじゃん」
「ソルベとジェラートか」
「ふはっ。誰を期待してたんだ?」
「静かだから俺たちじゃねえなって思ったんだろ?」
「まあね」
ソルベとジェラートについては完全にゲラという印象が根付いてしまっていて、何もなくても大声で笑っていそうな気がする。一番『まさか』な二人だった。
彼らはダイニングテーブルを挟んで向かい合い、ラフに椅子に腰かけていたが、私が来ると立ち上がってお茶を淹れ始めた。ありがたくいただく。お茶菓子はどうするか、もはや訊ねられることもない。いるに決まっているとはわかりきったことだ。お恥ずかしい限りだが自重はしない。自重したらまじで飢えて死ぬし。
「何してたの?」
「目と目で話し合いさ」
「リアルにできそうだから怖いわ。……お、ありがとう」
レモンの浮いた冷たい紅茶とクッキーが出された。早速ごくごくさくさくと体内を幸福で潤す。ソルベかジェラート、どちらかの手作りクッキーなのか、プロ顔負けのそれを食べると彼らはにこにこしながら感想を訊いてきた。おいしいよと言うと自慢げに指を鳴らす。グラッツェ。
他愛のない話をして時間をつぶす。何しに来たんだっけ、と本来の目的を忘れそうなゆるやかな時間だ。
この部屋に誰かがいたらそやつの頭をかいぐりかいぐりもしゃもしゃに撫でくりまわそうと決めていたが、ついついおやつに心惹かれて三十分もロスしてしまった。危ない危ない。
特に何の反応もないだろうな、ソルジェラだし、と初めから諦めモードだったがポルポさんは止まらない。ノンストップ、ドントストップ、キャントストップ。
ごちそうさまと言いながら立ち上がる。「片づけっから置いといていいぜ」と言ったソルベに手を伸ばす。不思議そうにこちらを見るまなこの光をかいくぐり、額から手を滑らすようにしてつむじを撫でた。二人がぽかんとする。
「いつもありがとう。いい子だね」
年上の男にこの言い方はどうかと思ったが、頭を撫でる=フーゴorナランチャみたいな図式が出来上がっていたので対応がそっち方面に突っ走った。ご、ごめんな、プライドとかあるよね。ナメてるわけじゃないからね。あんたらの怖さはようく知ってるからね。
なでなでしてから、ジェラートのほうにも歩いてゆき、意味わからんと笑いも忘れた彼の頭にも触れる。
「かわいいね。いつもお疲れさま」
言っておいてアレだけど正直、日頃の行いを顧みるとソルジェラは別にかわいくないのでは、と突っ込まれそうだ。誰もいなくてよかった。可愛いんだよ。私からしたら暗殺チームみんなかわいいんだよ。個性豊かでいいじゃないですか。定期的に"こええ!!"ってなるけど。
どう反応するかな、と様子を見ていると、ソルベとジェラートは超意外なことに「ふは」と吐息で笑った。ちょっと顔をそらす。
「なんだ、女王さん、なんかの企画か?」
「俺らにやっても面白いことなんか何もないぜ?」
その割には、普段よりも弱腰になってやいないかい。
口にはしなかったが私の言いたいことを察したらしく、二人は弁解ともつかぬ弁解を早口で述べた。
「いやいや、なんつーか、ほら。この歳になって頭撫でられるとかさ」
「ないだろ。ないんだよ。いや、なんつーかさあ。こういうのはリゾットにやるのがセオリーってもんじゃねえ?」
「まあ、いつもの私ならね」
最初から君たち狙いでした、みたいな平然としたすまし顔をつくった。まさか偶然この部屋にいたからですとは言いづらい。なんか、あの、ガチなリアクションにこっちも戸惑ってるんだよね。
二人は肩をすくめた。わざとらしい。
「いいけどよ。面白くなかっただろ?」
「可愛い顔が見られたと、私は思っているけどね」
「あーあ、こりゃしばらくネタにされて強請られそーな気がするぜ。なあソルベ」
「ふは。だよなぁ。女王さんが来たかと思ったら、女王さんの皮をかぶった小悪魔だった、たぁな」
「一本取られた気分だ」
「取ってないけどね」
プライドにひっかき傷をつけちゃってたらごめんな!

それから終始照れくさそうだったソルジェラに見送られ、アパートを後にする。いやあ、あの強豪にあんなとろけた顔(※主観だ)をさせるナデナデパワーはあらゆるものを超越してるなあ。大したもんだ。
自宅に帰って手を洗い、服を着替える前にリゾットの部屋へゆく。ノックをしなくても開放されているが、一応、コンコン。もしもーし。
薄く開かれた隙間から返事が聞こえるやいなや遠慮なく侵入。できるだけ何気なさを装いつつ、振り返るリゾットちゃんに「ただいま」と身体を寄せる。ニコッとして、そのまま右手を頭にオン。髪の毛の流れを無視してわしゃわしゃ。大型犬を撫でるときのように、優しく、しかし大げさに。乱れた御髪は撫で終わるときに指ですいて戻した。ちょっと崩れた髪型が色っぽくて実にいいですね。たなぼた的な興奮要素が追加された。グッジョブ私。もう自分でも何言ってんのかわかんないけどフィーリングで生きてるよ。
「……急にどうした?」
おっとこっちは予想外に無反応。べつに頬をかああと紅潮させてうつむき顔をそらすリゾットちゃんのスチルを手に入れたかった、とまではいかないが、もう少し戸惑われるかと思ったのに、さすが鋼鉄のメンタルを誇る男だ。我らがリーダーはこうじゃなくちゃあね。謎のガッツポーズを決めそうだ。
「んーん。なんでもない。リゾットちゃんはかわいいなあって」
ここまで言って気がついた。あっ、これ私、一週間に一度はやってんだ。リゾットの可愛さゲージが頻繁に満タンになるせいで耐えきれなくて、心が撫でまくりたがってるんだ、と自分を納得させ本能のままに部下の髪に手を出して撫でまくってんだった。そら無反応なわけだわ。慣れてんだもんね!!くっそー!私がパッショーネでギャン畜やってたときからだもんね!慣れるわよね!!なんか悔しいです!軽くしょんぼりした。
こちらの狙いはわからずとも、私が脱力したのは目に見える。リゾットは"こいつはまたわけのわからんことを思いついたか"と言いたげな視線を私に向けたあと、反対に私の金髪を撫でた。私が彼にしたやり方よりもずっと丁寧だ。くっ、こんなところでも格で負けてる。身体は屈しても心までは屈しないんだからぁ!ううしかし気持ちいいです。もっとやってくれ。癒される。
鉄壁のリゾットにあえなく敗北した私は、弱った精神のまま「昨日渡された書類は『ジョン・スミス』からの依頼だったがなぜ請けたんだ?」と仕事の話をされて泣いた。あからさまに偽名だけどただのネット弁慶な厨二男だったからだよ。この感覚、実に説明しづらいのでまずは思考をとろかせる神のナデナデを止めておくれ、おにいさん。





沼は深い

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リゾットは普段、私がプレイしているところを横で見ているだけだ。見たくて見てるわけじゃあないと思うんだけど、私が大量の食べ物を持ち込んで部屋に籠城すると決めるとあちらから世話を申し出てくれるので結果的にROMることになる。家事一切を投げ出して『借り』としつつお花摘みとお風呂と最低限の生活要素以外は排除する私にとってはとてもありがたい。こちらが空腹でぶっ倒れることがないよう部屋で暇をつぶしつつ様子を見る最強のサポートまでついていて、試しにぽつりと「紅茶飲みたい」と言ってみると五分後にはティーポットとカップがトレイにのってしずしずと姿を見せる。何も言わなくてもミルクと砂糖つきだ。ちなみに昔っから飲みまくっているため甘いミルクティーが大好きだと思われがちだが、牛乳と糖分は貴重で迅速なカロリー源だからちょいちょい摂取しないとやばいかなと思って選んでいるだけで前世っからのお付き合いというわけではない。リゾットのぶきっちょな笑顔をめがけて白いミルクをふええ、なんて展開もまあ悪くはないと思うけど、今は関係ないし、本当に何の話かわからないのでやめておこう。いやまじで何の話だったっけ。
えーっと、とボタンを連打しつつ記憶をたどる。
そうだ、リゾットがゲームを見ている話だ。
お世話をお願いしている――わけでもないけど結果的には――手前、フローリングに放り出すなんてありえない。我が右腕がごとく部屋で待機してくれる彼には人間工学に基づきホモサピエンスをダメにすると有名なふあふあクッションをご提供した。リゾットがプリンタルトとオレンジジュースとおはぎを運んできてくれるまではもちろん私が座っていたので体温であったかくなっていてごめんだけどと控えめに勧めてみたがまったく気にされなかったうえに、むしろ私をただのカーペットに追いやるようで抵抗があったのだろう。いやはや優しすぎる。彼はクッションに背を預けたまま、こちらに向けて両腕を広げた。意図を理解してほわあああと声が出る。ホモサピエンスをダメにするソファなんてメじゃないわ。これは万物すべてをダメにするソファ。まさに人間椅子と言えるが不気味さはまったくなくむしろ心を浄化してくれる美しく清涼なブリーズが時おり私の髪をそよがせる。すりよるとあったかい。しかもダンジョンの地図になってくれる。集中しすぎて息を止めているとさりげなくリラックスさせてくれるし胸糞展開で心が荒んだら「ちっくしょーう!」と言いつつ放り投げたコントローラーをうまくキャッチしつつ空いている片手でおなかをぽんぽんよしよししてくれるというロイヤルスイートな対応つきだ。なにこれちょうしあわせ。私しあわせすぎ。やばい。半端ねえよリゾット。どうでもいいけど半端ねえよリゾット・ネエロ、って日本語で呟くとなんか響きが気持ちいいな。今度ヤナギサワ(もはやおなじみ、日本の友人である)に言わせよう。たぶんヤツならノってくれる。なにせジャッポーネには先駆した名言があるのだから引かれることもないはずだ。事件の影にはやっぱり矢張、というね。我々にとってのソルジェラメローネジョルノ・ジョバァーナみたいなもんですよ。妖怪媚薬配りどもめ!配られたことないけどやるとしたら絶対あいつらだよぉ。ジョルノだって侮れないわ。なにせ主人公さまであって、あああ、もうまた話が脱線した。
そんなこんなで私をフルサポートしてくれるリゾット・ネエロくんだけれど、涼しい顔をしていても暇じゃあないかなあ、と気が気でなくなってくる。休憩を挟みつつもほぼ九時間ぶっ続けだ。ちなみに合計プレイ時間は現在午後四時をもって五十八時間を記録したがこれくらいならまだ『中編』と言えるのではないだろうか。もうすぐラスボスだけどオマケモードとかつよくてニューゲームとかあるし。
「暇じゃあないかな?」
「特には。自分ではやらないから、見ているのも悪くない」
「やってみる?」
「いや、いい。お前ほど上手くはできないだろうから」
「私そんなに上手くないけどね。初見は死ぬし」
死んで悔しいからお金を貯めてグレネード的なものを買って金の力で敵を倒す、そんなプレイスタイルだ。現実でもゲーム世界でも変わらないなって言われたけど褒めてる?ねえ褒めてる?
それにしてもやっぱり気になる。
リゾットが席を立った隙にお行儀悪くコントローラーを離さないままクッキーを食べ、うーんと考える。なんだ、彼は何だったら楽しめる。移動や戦闘は私のやり方を見ていてすっかりわかっているだろう。レベルアップも単調な作業になりかねない。業務として淡々とやりそうだ。ストーリーを進めるのは『本当のプレーヤー』である私だと考えていそうだからイベントの先には絶対に行かないようにするに違いないし。
無駄にウィンドウを開いて、瞬間移動可能な町の羅列にカーソルを合わせる。
そのうちに用事を思い出した。そうだ、と一つの町を選ぶ。歓楽街のある、ちょっとダーティな都市だ。ここにあるカジノでメダルを集めてレア装備を手に入れようと思っていたんだった。隠れキャラに気を取られていたけど、この装備がないと次の敵は手ごわそうだから入手しておこう。

スロットに勤しんでいると、リゾットがサンドイッチなどの軽食を用意して戻ってきた。良妻すぎかよ……。しかし手は止められない。ごめんちょっと待って、と言おうとして、ごめ、の部分で「そこだ」と声がかぶさった。思わずスロットを回したまま振り向いてしまう。
手の止まった私を見た彼は、トレイを器用に片手で持ち画面を指さした。つられて前を向く。しばらく時間を置き、彼は「そこだ」とまた言った。理解して慌ててボタンを押す。もうちょっとコミュニケーション取ろうな!と内心爆笑した。言葉が少ないにもほどがあるからな!おねえさんじゃなかったらもう一周してたからな!
リゾットはまたじっと画面を注視する。彼はそのまま指示をくれて、見事にシルバーの横並びをゲットした。
「ありがとう。すごいね、君。なに、動体視力?」
「法則もあるだろう?」
「まあ、あるわね。私なんか時間で考えちゃうけどリゾットは見えてるの?かっこいいな?」
「そうか?お前もできるだろう」
普通じゃないか?みたいな顔されても困る。できないよ。王は人の心がわからない!!リーダーは上司を過大評価しすぎィ!みんなそういうフシがあるよね!私そこまですごいヤツじゃあないんだけどね、食欲とおっぱいと貯蓄は除くけど。食欲とおっぱいと貯蓄は大したもんですよ。えへへ。きったねえ組織の女幹部のテンプレが極まってて気持ちいいくらいだわ。
「ここでメダルを三万枚稼ぎたいのよねー。スロットかカードが効率よくてさ」
「カード?」
「ポーカー。それ自体は大したことないんだけどね。いやあ、ハイ&ローがすごい倍率なもんで調子に乗って破産しまくりでさあ。リゾットならできるかな?」
引き際とか見定めるの上手そう。
キャラを移動させて画面を変える。
カードが配られたので、また私のソファになったリゾットに操作を説明してコントローラーを渡す。私越しに画面を見る彼は、「一度失敗させてくれ」とわけのわからんことを言った。お、おう、どうぞ。破産するまでは何回でも失敗してくれていいよ。ていうか破産しても大丈夫だよ、なんとかするから。
失敗させてくれ、と言ったのにリゾットは負けなかった。小ぢんまりとワンペアで勝ち、ハイ&ローを味見する。きりのいいところで引き上げ、ふ、と短く息をつく。
「わかった」
「ナニが?」
「仕組みが」
「……あ、そう……」
「しばらく操作を借りてもいいか?……直接三万枚を稼ぎたいなら返すが……」
「や、任せるわ。ていうか稼いでくれんの……?」
「お前がいいなら」
「よ、よし。『許可』する。ていうかマジでナニがわかったの?」
「法則の読み方。一部だが」
私は考えるのをやめた。
「サンドイッチ食べるわ。いただきまーす」
「悪いな」
ぜんぜん悪くないよ。うん。リゾットがやりたいならもちろん、操作権くらいいくらだって譲渡するとも。
ちらりと盗み見た横顔は真剣だった。
あっ、これハマったな。
こういうのって時間泥棒だからね。
「満足したら起こしてね」
たぶん十万枚くらいは余裕で稼がれるだろうなと思ったので、私は食べ終わったら、起こされるまで仮眠をとろうと心に決めた。