私を好きにしていいから

リゾットちゃーん、と呼びかけつつ彼の座るソファにお邪魔する。人ひとり分の間隔をあけて腰を落ち着けると、彼は何もかもわかりきったように、組んでいた脚を下ろした。いちごミルクのかき氷の比じゃない甘さだ。強烈で胸が焼ける。だってこれ、アレだぜ。私かプロシュート以外にはやらないんだぜ。いや、プロシュートにやるかどうかっていうのは完全に私の想像なんだけどやりそうじゃない?プロシュートにならやるでしょ。私とプロシュートと、あと誰かな。わかんないけど我々Pコンビは確実だよね。その片方としては栄光の権利を振りかざし、今日も素晴らしく鍛えられた太腿を捕食者の前にさらけ出させる。もちろん服は着ているよ。夏だからってリゾットがブーメランパンツ一丁でソファに座ってたらさすがの私も大爆笑して床に崩れ落ちて転げまわるわ。あと正気を疑う。それはもうリゾット・ネエロじゃないだろ。ソルベかジェラートかメローネの『変装』だよ。でもごめんちょっと見たい。正直に言うと見たい。
遠慮なくそこに頭をのせ、"暑苦しいんだよオメーら"と不評をいただくべたべたした接触を試みる。手で腹筋をさすったり(かたい)脇腹を揉んだり(かたい)、読書に夢中なリゾットちゃんの邪魔をする。仕事にね、一区切りをね、つけてきたからね。えらいえらいって褒めてもらわないと困るんですよ。次のモチベーションにならないじゃないですか。リゾットにかっこよくママになってほしいんだよね。ダメか?ぐだぐだ言ってると片手でよしよししてもらえた。
ある程度満足すると、私は少し身を起こした。彼の太腿には触れたまま、「リゾットちゃん」となるたけ甘えた声を出す。こっちになんて欠片も興味なさそうだった人は、ようやく「腹でも空いたのか?」と本を置いた。違うっちゅーねん。私がいつでも空腹だと思ったら大間違いですよ。まあ、空いてるんですけどね。イグザクトリー。そのとおりでございます。
「ねえリゾットちゃん。私のこと、好きにしていいから……」
「……」
目を伏せ、口元に手を添え、恥じらったように。全力で薄い本を参考にしつつ頑張った。無駄な努力乙。
「アシュトン・ベラの屋敷の構造説明してほしいなっ」
男女関係なく、私は地図や屋敷図から正確な情報を得るのがちょっと苦手だ。もし苦手じゃなかったとしても、ドアを開けて三分とかからない場所にプロが居るなら訊いてしまったほうが早い。
リゾットは私の目を視線でじーっと射抜いた。
「タンマ。"好きに"っていうのはムチャブリじゃない方向ね」
「"ムチャブリ"というと?」
「縛って湯船に沈めて蓋を閉めるとかかしら」
「お前を好きにする権利を捨てて、アシュトン・ベラの屋敷の構造の説明をしないことにしていいか?」
「待って」
結構ガチな声で止めた。ポルポジョークはかなりウケない。



ガチャガチャガチャン

最近、デジャブって感じてる?私は感じてないのよね。だから世界は正常に動いてると思う。そして正常に動いている世界では幸運値も公平に割り振られているはずで、幸運値が公平に割り振られているなら、出現率0.05パーセントっつったらそりゃあ0.05パーセントの確率でレアカードを引けるんじゃないかな。
「お前さあ……」
イルーゾォが頬杖をつきながら指をガラスに滑らせる。私に話しかけているが、視線は指の先、スマートフォンの画面に向いて動かない。クエストをつまらなそうな顔でこなしては「レベル上がった」と報告だけくれる。よかったね。テキトーに返事をすると「お前がやれっつったんだろ!!」と怒鳴られるから極めて丁寧に片手間でお祝いした。
そんな私は、真剣な顔でボタンを押す。
「っ、られた……!!」
「俺さあ、お前のその顔、かなりデジャブ感じんだけど」
「じゃあ世界が狂い始めてんだわ……」
「狂ってんのはお前だよ。それ何回目?リーダーに叱られんぞ」
まだ三回目だし、リゾットちゃんはこんなことじゃ私を叱ったりしないもん。だいたい、報告しなきゃあわからない。
「"今日"の回数を訊いてんじゃねえよ」
「星が綺麗ね」
「今は朝の十時だよバカ」
「ねえ、ちょっとイルーゾォ、私の代わりにここのボタン押して。いい?青い子が欲しいって祈りながら押してね」
無理やり自分のスマホを押しつける。
嫌々ながら、といった様子だけどやってくれた。画面がきらきらと虹色に輝き始める。
虹色に。
やっぱりおかしいわこの子。初めっから思ってたんだけど引きが良すぎる。普段は割を食うツッコミ役を一手に担ってくれているというのにけしからん強運だ。初っ端に与えられるアイテムでガチャガチャッと運試しをしてドでかい魚を釣り上げたこの男のことを私は一生忘れまい。あのときの最低に最高で超COOLな台詞、"なんだこいつ、顔が好みじゃねえな"も伝説のうちに数えたい。いやいやいや、こんにゃろう、あんた、私はその子が欲しくてめちゃくちゃ走ったんだけど。大人だから言わなかったけど内心で泣いたからね。
光に包まれてゆっくりと現れた立ち絵を見て。
私は。
「イルーゾォ、もっと自分の能力をコントロールできるようにしない?最高にありがとう」
「よくわかんねえけど贅沢言ってんじゃねえよ。どういたしまして」
青い子が欲しかったんだけど、それよりも星マークの多いレアっ子が出て眩暈がした。