労災下ります

※上司部下時代


暗チちゃんのアパートに行ったらリゾットとメローネがいた。
メローネは半袖シャツの上からカーディガンを羽織って女子力の高さを見せつけつつ、ズボンは青年らしいロックなものを履くことで甘辛な雰囲気を演出して私を迎えた。リゾットも、甘辛ではないにしても似たような恰好で『日常』を表している。
非番の日はだいたいみんなこんな感じで、出来る時にしっかりと力を抜いておく大人としての技術を輝かせていて、常に堕落しおやつの時間を一日に五回取れたら幸せだなあと二時間に一度時計を見上げる私とは大違いだ。メリハリが必要なのだよ、メリハリが。わかっちゃいるんだけどね、実行できるかって言うと話は別だ。
みんなと共有して食べる為に、開拓したお店で買った羊羹を出す。リゾットが受け取ってお茶の準備をしてくれるのだけど、彼の母性はどこまで行けば終わりが見えるのか。
和系の食器はないので、羊羹はケーキを食べるお皿で切り分けられた。まさか定規で測ったのか、というレベルで正確に等分された三次元的和菓子に戦慄する。リゾットちゃんの目には何が見えているの?羊羹の経絡系?
人数が少なくても私とメローネは陽気に喋り倒せるたちなので静かにはならない。リゾットも、聞き役として多くは口を挟まないが、抜群のタイミングで相槌を打って場をますます盛り上げる。さすがは年長だ。
「あ、やべ」
「うん?どうしたの……、って」
羊羹のおかわりを取りに立ち上がったメローネが、何かに失敗して椅子に座り直した。
見ると、カーディガンの利き腕側にじわっと血がにじんでいた。
「ウワアー!!血!血が!!」
「あははは。ごめん、やっちまった。急場しのぎでも気に入ったカーディガンだったんだけどなー」
「そっちか!違う違う!腕ナニ!?どしたの!?」
「傷が開いちった」
見たらわかるよそれは。
カーディガンの下からこんにちはと礼儀正しく挨拶した傷口は、見るからに鋭利な刃物で切り裂かれて生まれたものだ。街中で喧嘩騒ぎに巻き込まれたとも思えない。可能性として最も優秀なのは、仕事でのトラブルか。そんな報告されてないよ私。頼むから上司に隠さないでくれ。
「大丈夫?」
「へーきへーき」
「無理言わないでよ。メローネ、それ治療費と特別費用下りるけど申請した?私が間違ってる?」
「してないから、ポルポは間違えてないぜ」
「なぜしない……。帰ったら容れとくから、日時と状況の詳細くれる?」
ついでにギャルのパンティもおくれ。
「ええー」
「"ええー"じゃなくて」
「自分のミスを報告したがるヤツは、俺たちの中にはいねーと思うけどなあ……。こんなのは怪我の内に入らねえし。なあリーダー?だからあんたも申請しなかったんだろ?」
「……」
「は?」
頭が痛くなってきた。濃い目の緑茶をぐいっと呷る。あとで羊羹ももう一切れもらおう。
沈黙は一種の回答だ。リゾットに視線を向けると、彼はつつつと自然極まりない様子で、部屋の内装に興味を持ちましたと言わんばかりに目を逸らした。ガン見し続けても無視の一手を決め込まれる。ついにはお茶のおかわりを淹れに立ち上がってしまった。いつ怪我を負ったのかはわからないが、もしも今のメローネのように開きそうな傷を抱えているのならば彼に細々とした作業を任せるわけにはいかない。あ、うん、そうですね、傷がなかったら甘えてしまいますね。リゾットちゃんすみません。
「リゾットはいつ、どこで、どこに、どれくらいの怪我をしたの?」
「リーダーは三日前の仕事現場で脚に痛そうな怪我をしてたぜ」
嘘だろ承太郎。
リゾットは真顔できっぱり言った。
「このくらいなら動ける」
「動けても……報告して……!!」
テーブルに突っ伏して泣いた。気づかなくてごめん。あと、それ怪我だから。動けていたら怪我じゃない、みたいなブラック契約はしてないはずだよ。どうして自分からブラックな仕事っぷりに走り始めるんだ。リゾットの場合はネエロだからか。ネエロだからなのか。
根性かプライドか、男と仕事とギャングの世界って、ポルポほんとにわかんない。


暇だから

ブラウザが落ちた。スネークばりに応答が途切れ、カーソルがぐるぐると渦を巻き、ビジー状態が無情に私を絶望の淵へ叩き落とす。黄泉平坂を転がり落ち死の世界の食べ物を食べてしまってもおかしくない。転がってて気づいたら口の中に冥府の焼き鳥が詰まっていました、と言われても今なら死んだ目で"そうですか……"と言えそうな気がする。推しメンの両目に提供の二文字が被るのとは話が違う。あれはむしろご褒美だ。ただし麿眉に被ったら悔しい。
落ちた原因はわかっている。多重影分身の術ならぬ多重タブ閲覧の術を駆使してメモリを圧迫しまくったのがいけなかった。申し訳ないことをしたとも感じる。パソコンは頑張って働いてくれたのにな。使用者が加減と言うものを知らない副部長に怒られそうなたるんだ精神で君に頼り過ぎたんだ。
机に肘をついて背筋を曲げ突っ伏すように俯く。B級映画の主人公みたくちょっと罵声でも上げてみたくなったけど、まあ、そこまでのことでもない。クソッ、こんな屈辱は初めてだ!これが限界。あとはお約束の"13年ぶり"。
使用状況は送信せず、ぐるぐると椅子を回して気を紛らわせた。
アダルトなサイトを見ていたとか、動画の途中だったとか、FLASHで遊んでいたとか、疚しい理由とは違う。Web上で依頼人と取り引きする真っ最中だったわけでも、報告書をしたためてフゥとひと息ついたわけでもない。そんな一大事だったらもっと取り乱してクラウチングスタートからのベッド飛び込みでシーツをめちゃくちゃにしながらじたばたもがいとるわ。何時間もかけて書いた文章が一瞬のうちに消え去ってしまうあの恐怖は体験した者にしか理解はできないだろう。硬直するよね。私の周りだけ時間が止まるんだよ。心底から現実を拒絶しちゃって今すぐ消え去りたくなる。あんな気持ちを味わいたくなくて、今は2行につき一回Ctrl+Sを押すし1分に一回バックアップを取ってくれる優秀な文書製作機を使ってるよ。おかげさまでメモリを食いまくって動作がもっさりするけど背に腹は代えられない。っていうかアレか?そんなもっさりソフトで文書を書きながら画面の半分を使ってブラウザゲーをやってるから排熱が激しくて湿布を張りたくなるのか。らめぇ身体が火照っちゃう……、とか台詞を当てて遊んでる場合じゃなかった。
気持ちがおちんこで、いや下品だ。落ち込んできた。気分転換が必要だ。
可哀想なブラウザを一休みさせ、最後に見たページを思い出す。
メンタルリセットのため、私はグループを作って遊べるアプリを別のブラウザで立ち上げた。見知らぬ人とも見知った人とも繋がれる便利なモノが2001年に開発されているなどとは俄かには信じがたいが、能力者はすごい。とてもすごい。深く考え始めると螺旋階段を永遠に上り続けなくてはならなくなるから私は石になることを選ぼう。
人の心を掴める効果的な一文を入力する。
すぐに数人の閲覧記録がついた。
かたかたと調子よく話を進めていき、時が来たりておもむろに立ち上がる。
私は画面はそのままにして隣の部屋へ向かい、返事を待って入室すると、椅子ごと振り返ったリゾットに駆け寄ってその首に抱きついた。彼は厳しい体勢を物ともせず耐えきった。
「"リゾット、お願い。今すぐ私を抱きしめて『好き』と言って"」
「……お前が好きだ」
お願いしたとおり、リゾットは私を抱きしめて言ってくれた。"優しさ"というか"優しみ"を感じるね。聖母のような包容力に圧倒的感謝。
「今度は何の遊びだ?」
「どうしても寂しくなっちゃったの……」
「……」
「"どうだかな"みたいな目されるとおねえさん傷ついちゃう」
「寂しくはならないだろう?」
「エナジーチャージは必要ですよ」
10秒メシならぬ10秒リゾット。これは効きますわ。
私は鍛えられた体躯から身を離し、こちらの左腕にそえられた大きな手を右手で包み込んだ。
目を伏せてみる。
やっぱりこれ言わなきゃダメかな。ダメだよなあ。ネタとしては面白いんだけど、実際に言うとなると照れる。所々狂ったイケメンでハーレムを作って金をばらまいているから忘れられてるかもしれないけど、私って基本的に永遠の喪女だったんだよね。
「リゾット、大好き」
そして羞恥をねじ伏せる。額にキスを一発贈った。のしつけて返されちゃう。
「……」
リゾットは"やはり何かあるな"と胡乱な眼差しをスッと細めた。怖っ。これは私が悪いし、今日はなるたけ近寄らないようにしたい。
スペックうp、経緯うp、.zipでおっぱいうpして安価。じゃあ一番近くにいる人物に愛を囁いて愛を囁かせてデコチュー。ベネベネそういうの大得意だよ何も言われなくとも日頃からやってるし、と思ったがなんか恥ずかしいぞ。だけどこれは、マイクを向ければ客席が声をそろえて"ぜったーい!"と呼応するレベルで確定的権威を持つ。
「ポルポ?」
「すまんかった」
呼ばれてソッコー降伏した。ごめんて。私がスレにいる限り、安価の指示は絶対だったんだよ。


I want you

くしゃみをするごとに近くに居た人を一回口説く、わけが分からないよと困惑されそうなゲームで面白かった口説き文句を三つ挙げる。

一つ目はソルベ。
「俺、今までずっと嘘をついてた」
儚い微笑みが似合わない男である。
「ポルポのこと、応援してる素振りだっゲフッけど、実は、ぶっ、ぶは、ずっ、ウッ、と好きだっうえうぇ」
「ソルベ……」
「もう我慢できねえんェアッだ……くっ……ぐ……」
「鎮まってね」
「わかってる。わかってんだ。ここはお兄さんとしてキメなきゃならないってのはわかってんだけどな」
無理なんでしょ。それこそわかるわ。笑い涙拭けよ。

二つ目はギアッチョ。
こちらの背後に立ち、肩を叩いて私を振り返らせる。
「……ハンカチ落としたぞ」
「うん?」
ハンカチ持ってないけど、私がハンカチを落としてギアッチョが拾った設定らしい。面倒だったのか、拾い上げる動作はなかった。
「……落としたよな?」
「落とした。拾ってくれてありがとね」
「……オメーがハンカチを落とすのと同時に、俺もハンカチみてえに落ちちまったんだ。俺のことも拾ってくれねーか。ハンカチは誰にでも拾えるが、これはオメーにしか拾えねえん」
「……わかった。恋だね?」
「ックソちくしょうが!こんなクソゲーに巻き込みやがって!二度とするかッつーんだ!死ね!!」
「椅子壊れちゃう」
頑張った。ギアッチョ頑張ったよ!笑ったら私が蹴り壊されそうだったので堪えた。

最後はプロシュート。
内側からシャイニングな男は庭に出て煙草を喫っていたのだけど、小さくくしゃみしたところを耳ざとく聞きつけたメローネによって罰ゲームへの参加を強制された。今さらながらなんでくしゃみ=罰ゲームの図式が出来上がったのかは私も憶えてない。
まだ半分は残る煙草を捨てる気にはなれないのか、プロシュートはその場に立ったままだ。
「テメーが来い」
どうして口説きの対象が『架空の誰か』ではなく私で設定されているのかも永遠の謎に認定しておこう。
プロシュートの傍まで行くと、彼は少々強引に私の腕を掴み自分のほうへ引き寄せた。痛くないのに、なぜか胸を騒がせる力強さだ。イケメンにはそういう調節スイッチが備わっている。
面倒くさそうに吐き出された煙草の煙が線を描く。
「仕方ねぇ奴らだな……」
超絶ダルそうだった態度はがらりと変わり、こちらにぐっと顔を近づけて鼻先が触れ合うほどの距離で視線を合わせて来たプロシュートは、雌猫量産モードに入っていた。
「朝、目覚めたとき。俺は何より先に、ポルポ、テメーのその眼に映りたい」
歴代の彼女にこんなことしてるの? "枕になりたい……"みたいなタグがついちゃいそうだよ。


面白かったのでまたやりたい、とかナントカ言ってる子が数名いたけど、私を抜きにしてやってもらえると助かりますねと言っておいた。笑いかときめきか無かでゼロorインフィニティなんだもんな。恋の強盗団に荒らされて心が空っぽになるわ。