いびき

「ホルマジオって寝る時にいびきかくタイプ?」
「かいてても自分は寝てんだからわかんねェんじゃねえの?」
「確かに」
「かいてそうだなとは思うけどな」
「ギアッチョは?」
「知らねーよ」
「メローネ、ギアッチョのいびきってどう?」
「なんでこいつに訊くんだオメーは」
「いや、静かなもんだぜ」
「なんで答えられんだよ」
「知ってっから」
「もういやだ帰りたい」
「イルーゾォ、ここが家だよ」



テメーら

部下の普段の姿を知っておくのも上司の役目。私は仕事の合間に護チちゃんのアジトを訪問した。
ブチャラティは遅れて到着する。この場にはミスタ、アバッキオ、ナランチャ、フーゴの四人が揃い、私はそこに一輪の花として彩りを加えていた。いや、ごめん言い過ぎた。私が部屋の彩度を下げ窓ガラスを曇らせ紅茶をシブくしていると言った方が正しいのかな。なんかそこまで自分をこき下ろすと本当に切なくなってくる。しかしここにいる誰もうまくフォローしてくれそうにないので、自分で自分を叩き落としつつ必死に持ち上げる謎のロンリープレイに勤しまざるをえない。切なく暇を持て余したギャングスターの遊びである。
お茶を淹れる係は普段フーゴが担っていて、たまにアバッキオが気まぐれを起こす。私はそのたびにビクビクしている。理由はお察しいただけるだろう。もちろん今までにあんな禍々しい飲み物を出されたことはないし、部下を信頼してもいるつもりだ。でもほら、口ではそう言っていても身体は正直だな、みたいな。一瞬構えるよね。むしろ何度もお茶を出してもらってそのたびに(ある意味)期待を裏切られ続けた身としては、楽しみになって来始めてもいる。いつかやってくれないかな。私にじゃなくて。じゃあ可哀想な被害者は誰になるんだろう。まだ見ぬジョルノかな?あっ、ジョルノ加入の未来を想像すると胃が痛くなってきた。やめよう。
フーゴが淹れてくれたお茶を飲みつつ、大きな肘掛け椅子に腰掛けて幹部の午後を演出する。革張りのこれはくるくる回って『大組織の重要人物』感を醸し出せる大切なアイテムだ。ドアに背を向け、振り返る準備は万端。葉巻とブラインドがないのがマイナスポイントだけれど大目に見よう。
「ブチャラティ、来ねえなァ」
椅子に反対向きで座り、背もたれに顎をのせながらミスタがピストルズと戯れる。ゆらゆらと椅子を揺らして、テーブルの皿から摘み取った持ち寄りのおやつをスタンドに食べさせたり自分で楽しんだりと、のんびり過ごしつつも動きは落ち着かない。たまに皿ごと手に取って「食う?」と勧めてくれるのでありがたくいただき、私も椅子をくるくる回して遊びながらお行儀悪くパクリ、だ。クリームチーズおいしい。こんなことならスモークサーモンも持ってくるんだった。もうそれルームサービスで頼んだ方が早いんじゃない?と囁くガイアは、申し訳ないが無視させてもらった。ナランチャとミスタにはわかってもらえると思うんだけど、あえてマーケットで購入してホテルに持ち込んで食べる、この非日常的雰囲気が楽しいんだよ。
「あの人は忙しいんですよ、誰かさんと違って」
「今私のこと見た?」
「気のせいじゃないですか?」
そうかな?そうですよ。そっか。ちなみに私が暇なんじゃなくて世間が忙しすぎるんだよ。
私をちくりと刺したフーゴも、やることがないのは同じだった。本を読んで暇を紛らわせている。何読んでるの、と訊ねたら無言で表紙を見せてきた。経済学の本だったので目を逸らした。
「貸しましょうか」
私イタリア語得意じゃないから無理だわ。ありがとね。
ナランチャが歓声を上げる。
「このクッキーうまいぜ!」
「マジか。一個くれよ」
「自分で取れよミスタ」
「へーへー」
ひょいと手を伸ばしたミスタにナランチャストップがかかる。
「アッ、緑のやつは取んなよ!まだ食ってねーから!」
「何だよこのミドリのやつ?ミドリムシか?」
「うげっ、食いづれー!アバッキオ、これ何?」
アバッキオはクッキーの箱を指先で引っ張りよせた。ひっくり返して裏を見る。
「ピスタチオだろ」
「ミドリムシじゃねえじゃん!」
「そうだとは言ってねェーだろ」
全員が程よくだらけたところで、がちゃりとドアノブを捻る音がした。
ドアが開かれ、細身の青年から出たとは思えない低い声が私たちを一喝した。
「おいテメーらッ!いつまでも休みの気分でいるんじゃあねえぞ!」
勢いよく立ち上がった四人に釣られて私も椅子から飛び降りる。うわブチャラティこわ。こんな姿を見たことがなかったというこれまでが、 私がいかに立場の強い上司であるかを表しているようだ。ギャングってすごいね。
私に気がついたブチャラティは、一瞬言葉を失って硬直した。全員の時が止まった。
「……」
「……」
私がいると素直にお喋りできなくなるのかな。んなわきゃあない。でも何か申し訳ないからそろそろ帰るね。
「いや、まだゆっくりするつもりだったんじゃないのか?」
「いつまでも休みの気分でいるのはなと思って」
「……すまない……」
今はあまりからかえなさそうだ。もの凄く後悔しているらしい。いいのにね、荒っぽいブチャラティも好きだよ。素直に伝えると、ブチャラティは苦い物でも食べたみたいな顔で微笑んだ。



まつげ

何かお前、まつげ長くね?
口説かれてんのかと思った。
イルーゾォに言われて目を瞬かせる。素早く何度か可愛こぶってすました瞬きを繰り返すと、うるさそうにプロシュートが一度宙を手で薙いだ。
「化粧でもしてんだろ」
「なんで急にまつげ伸ばしてんだよ」
「今日の夜、デートがあるから」
「はあ!?」
「どうせ幹部会か何かだろ」
イケメンの言う通り、ちょっとしたパーティーに参加するだけだ。残念ながらデートじゃあなかった。
お化粧もビアンカを参考にしたら楽しくなって来ちゃって、ちょっとまつげを盛りすぎただけで、特別に気合を入れたのではない。
「なあ、それってどうやって伸ばしてんだ?」
「普通に化粧で。やってあげよっか?」
「いらねえよ!!ちょっと気になっただけだし」
本気で拒否されてしまった。何も持っていないのに押しのけられて遠ざかられる。絶対可愛いのにね、女装したイルーゾォ。ひょろいのにちゃんと男性的な骨格なところがポイントだと思う。可愛くないのがカワイイっていう、絶妙なバランスがさ、こう、もしかして似合うんじゃない?と悪戯してみたら予想外に似合わない、みたいな。一部の人に大人気なアレよ。
百戦錬磨のプロシュート大先輩から化粧の出来についていくつかアドバイスをいただきつつ手持ちのメイク道具を広げていると、そろりそろりと近づいてきたイルーゾォが爆弾の配線でも覗き込むような面持ちでポーチを勝手に漁り始めた。
「……で、どれがまつげのやつ?」
不意打ちでやられて笑った私の代わりに、大先輩の冷静なツッコミ。
「やっぱりやりたいんじゃねーかよ」
「ちげえって!」
未知への興味と好奇心って大事だから、いいと思うよ。なんなら夜までの間にフルメイクキメさせたげるのに。