お見合い


上司部下時代の話


私、お見合いをすることになったんだ。
ポルポがそう言った時、イルーゾォは耳から言葉が滑り落ちて、一瞬何も聞こえなくなった気がした。咄嗟に確認したのは閉ざされた部屋の扉だ。今し方ポルポが出て来た、薄っぺらいドア。
「お、おまえ、……誰とだよ?」
「さあ?知らないけど。良い人だってペリーコロちゃんが言ってたよ」
「はあああ?知らねえやつと見合いすんのかよ」
「だいたいのお見合いがそうなんじゃない?まあ、イタリアでは珍しいよね」
何でもないことのように言ってのけるが、これは大したことだ。イルーゾォの心臓は嫌な具合に音を立て、水を飲んだばかりの喉が渇いた。
ポルポに想いを寄せている人間を、イルーゾォは一人だけ知っている。メローネのそれを恋と言うなら二人に増えるが、少なくとも明確にポルポのことを特別な想いで長く見つめ続けているのは『彼』だけだった。
その男の借りている部屋で、その男の私室から出て来たばかりの女が口にするには、あまりにも不穏な言葉だ。
「資格をいっぱい持ってるんだってさ。ソムリエとか」
「そいつギャングだろ?」
「穏健なギャングもいるってことじゃない?あるいは、ソムリエっていうのが何かの隠語なのかも。血の……とか?」
「バカじゃねえの」
馬鹿なのは俺だ。イルーゾォはまた水を飲んだ。今すぐこの話をやめさせればいいのに、つい先が気になっている。軽率な性格は自覚していた。
「受けんの?」
ポルポは平然と首を振った。
「受けないよ」
ほっと、安堵の吐息を隠す。
理由を問えば、彼女は明快に答えた。
「結婚はしたいけど、私の理想って高いから」
「『理想』?」
イルーゾォは、とにかく薄っぺらいドアの向こうを気にしていた。ポルポはイルーゾォの忙しなく動く視線を辿り男の私室を振り返ってから声を潜めた。もちろん、イルーゾォと同じ理由ではない。どうせ、仕事の邪魔になってはいけないとでも考えたのだろう。バカだ、と二度同じことを考えた。
「プロシュートみたいに格好よくあって欲しいし、ペッシみたいに優しい人が良いし、ホルマジオの面倒見の良さを知ってるとそこも気になる。イルーゾォみたいなちゃんとした反応を返してくれる律義さがあると嬉しいし、ギアッチョみたいに無口でもいい。うーん、メローネとソルベとジェラートはかなり微妙なところだけど、ご飯をつくるのが上手かったり、集中力があったりするのも素晴らしいよね。リゾットみたいに私がべたべたしても下ネタを言っても動じない泰然さも欲しいし、どっちかっていうと戦いに強い方がいいかなって。なにより私のことを好きでいてくれたらもう、養うことに関しては問題ないからさあ!ほら、理想高いでしょ?うああ、モテたいよー……」
「モテるどころか誰とも結婚出来ねえんじゃねえの」
「うっ、それを言われると」
ポルポは胸を押さえたが、イルーゾォはちょっぴり安心した。そんな男は早々現れやしない。
それから、ふと思った。
「(……リーダーでいいんじゃねえの)」
当然、口には出さなかった。目の前に居る女にも、部屋で仕事をする男にも、よい結果にはならないだろうと判断したからだ。もっとも、女の方はけらけらと笑って同意したかもしれないが。
するとポルポは、イルーゾォの気など欠片も知らずに笑って言った。
「リゾットちゃんと結婚出来れば最高じゃね?」
「お前もう黙れよ!!」
理不尽だと叫んだ女を前に、どちらが理不尽か滔々とまくしたてたい気持ちを必死におさえた。



おにく


体重計に乗って首を傾げる。数字が増えていた。
いったん降りてもう一度乗る。変わらなかった。もしかして、太ったか?
心配にはなったものの、こういったことは過去にもあった。十代の頃は太ったと絶望してダイエットをしたものだが、眩暈を起こすだけで何も変わりやしなかった記憶は根深い。
まさか今回もそうではあるまいな。胸はこれ以上成長しなくていいよ、もう充分だ。体重の変化はノーセンキュー。胸のおかげでちょっとだけ、ほんのちょっぴり平均体重から、本当にね、ちょっとだけね。まあぶっちゃけてしまえばそれなりに平均体重からはみ出しているので、減ってくれないと悲しみが続く。

むしゃくしゃしたので、べたりとリゾットの腹を触った。かたい。このかたさがたまらない。
「リゾットって太る?」
「カロリーを摂って、動かなければ太る」
「……」
耳が痛い。この話題はやめよう。
「太ったのか?」
これだから察しのいい奴は。
太ったみたいですよと言うと、リゾットは私の二の腕をふにりとつまんだ。
「変わってる?」
「いや、わからないな」
言いながらも、離してくれる気配がない。
「……触り心地が良いの?」
「そうだな」
へえ。胸揉むか?同じ柔らかさらしいよ。
そこまで言ってビビッと来たので、私はリゾットの手を避けて彼の二の腕を揉んだ。それからシャツの下の胸に触った。
「……一緒……なの?」
「さあ?」
そうよね、リゾットに訊いてもね。触り比べながら首を傾げる。一緒なのかなあ。その間、体重のことは一瞬頭から吹っ飛んでいた。こ、これが雄っぱいパワー。



おもむろに噛みつく


「あんたってさあ、ポルポのどこが好きなんだよ」
メローネが突然リゾットに絡み始めた。私のことが話題に上っているので、ついついクロスワードパズルから顔を上げて行く末を眺めてしまう。
「お前に言う必要があるのか?」
「ふーん……そうやって逃げるつもりかい?怖いの?」
何を怖がることがある。私の数ある魅力のすべてを挙げきれないからって、恥じ入ることはないんだよ、リゾット。なあんて、ごめん。フカしたわ。
「身体目当てじゃあないとも限らねえからさ」
「……」
これにはさすがのリゾットも閉口。まあいつも黙ってるんですけどね。それにしたってひどい言い草だ。
「むしろ私がリゾットの身体目当て、っつう方が自然なんじゃない?」
「それはいいんだよ、リーダーの身体なんか浪費すりゃいいのさ。有り余ってんだから」
「ナニが?」
メローネのざっぱりとした口調が私の疑問をぶった切る。
「色々さ。体力だとか」
彼が続けて下品な言葉を使ったので、私はわざわざ「マンマミーヤ」と驚いてみせた。この程度の下ネタでガタガタ言うことはないのだけど、そうすることが自然な流れに思えたので空気を読みました。日本人として当然のことですよ。
案の定、メローネは大げさに喜んでくれる。一連のお約束をこなし、話は元の道に戻り始める。
「最低でも三つは挙げられるだろ」
「ちょっと、最低値が低くない?私だってそのくらいならあんたの好きなところを挙げられるわよ」
「どういう意味だよポルポ!ひでえや、もっとあるだろ!?」
「それは私の台詞なんだけど」
お前は何を言っているんだ。
「俺の魅力は語りつくせないかもしれないけどさ、ポルポのはだいたい三つくらいで済むじゃん」
胸がデカい、金がいっぱい、胸がデカい、の三つかな。空っとぼけた顔をする青年は、しかり、と頷いた。
「胸がデカい、金を持ってる、下ネタがえぐい。好きだぜ」
もっとあるだろ、と言いたかったけど、自分で自分の好きな部分を挙げるとしてもパッとは効果的なものを捻り出せなかったので、文句を言うのは止めた。それよりリゾットだ。君はどう思うんだ、リゾット。
私たちの真剣な気配を受け流し、リゾットは至極どうでもよさそうにした。
「言うとしても、それはメローネ、お前にではないし、あえてこの場でする必要もないだろう」
「まともなこと言っちゃってさあ。つまんねえ男だよな」
「メローネ、今日はリゾットに喧嘩を売っているの?」
なかなかに刺激的な挑発をしているけど、いったいどうした。
「なんとなくそんな気分になったから、ストレス発散してるだけ」
非常に正直で宜しい。しかしあまりにもリゾットが可哀想すぎて、咄嗟にこみ上げた笑いを必死に押し殺した。イカンイカン、意味もなくメローネから喧嘩を売られるリゾット、めっちゃ面白い。ヤバい。でも笑えない。人として笑っちゃあいけない。わかる。わかるよ。わかるんだけど。メローネとリゾットが同じ空間に居るとしょっちゅうこういうことが起こるから困る。いわゆる、興奮の供給過多ってやつだ。リゾメ、まで考えたが、真顔の下にすべて隠してココアで蓋をした。
結局その日の夜に掘り返してみても、まったく答えてくれる気配はなかったんだけど、なんだろうね、一晩中彼が目覚めるまで彼の美点を褒め称えたらお返しに二、三点くらいを教えていただけるのかな。よーしパパ頑張っちゃうぞ。