ポルポが可愛い話

@memo

自室で着替えていて、あることに気がついた。
私、リゾットに「可愛い」って言われたことなくね?
べつにこの歳になって、女の子を褒めるように可愛がられたいわけではない。だけど、リップサービス精神の旺盛なイタリアでイタリア人と付き合っていて一度も外見を褒められたことがないってめちゃくちゃレアじゃないかな。泣いてないよ。自分の外見が、プロシュートやメローネには遠く及ばないものだということは知っているさ。美しいと言ってくれるビアンカが特殊なんだ。わかっているとも。
わかっているけど、なんだかちょっとはリゾットに「可愛い」って言ってもらいたいような、そんな気がする。26歳だけどね。許してよ。
しかし彼は人のことを「可愛い」と褒めるタイプだろうか。イタリア語でいうならば発音としては非常によろしいが、なかなかリゾットの口からリゾットの声で発される言葉としてはマッチしない気がする。誰に対してなら可愛いっていうのかなあの人は。どんなふうに言うんだろう。お前は可愛いな、って言うのかな。その発言はいくらで買えるんだ。私にも言ってくれリゾットちゃん。

どうしてもその言葉を引き出してみたくなったのでめいっぱいオシャレをしてみた。
そもそもなぜ私が着替えているのかというとそれはブチャラティとお食事をする予定だったからだ。言っちゃあワルイがリゾットの言動に意識が逸れたのはついでである。
何着かを見繕って、新品のワンピースに決めた。
ブチャラティに迷惑をかけないよう年齢相応に落ち着いた格好を心がけたけど、出掛けることと、リゾットから例の言葉を引き出すことを考えると、どうしても気合が入ってしまう。


リビングに下りると、リゾットはテーブルでカッフェを飲んでいた。
「ちょっと出掛けてくるね」
軽く声をかけると、道には気をつけろと視線を向ける前に忠告される。それから目が合って、リゾットの視線が、すすす、と私の格好をなぞった。
「どう? 可愛い?」
相手に任せていたらいつまで経っても欲しい言葉が得られないとわかっているのでここで先制攻撃。
リゾットの口は何かを言おうとして閉ざされ、すぐに、初めとは違う言葉をつむいだ。
「そうだな。……どうしてもそれで行くのか?」
「ん? まあ、気に入って買ったし、せっかくブチャラティと会うからね」
どうせなら良い格好をしていきたいじゃない?
もしかして、傍目から見るとはしゃぎすぎて痛々しいかな。いいじゃん26歳だけどこれくらいのレースは許してよ袖口だけじゃん。
反応を待っていると、リゾットの表情が悩むようなものに変化する。変化といっても5mm程度だ。長門かあんたは。
「とても似合っている。……だが……、……」
「"だが"? 気になるよリゾットちゃん」
リゾットはたっぷり20秒は沈黙した。言うか言うまいかものすごく考えている。何をそんなに悩むことがあるの。こわい。いつもみたいにハッキリ言ってくれ。
どう促したものかこちらまで考えあぐねていると、リゾットがようやく答えを出した。
しっかりと目を見て、まっすぐに伝えられる。
「似合っている。……これから出掛けるお前に言うことではないかもしれないが、その姿を他の男に見せたくないと思うほどに」
「……えっと……」
今マジでリゾットちゃんが喋った?
およそこの男性から出るとは思えなかった台詞に面食らった。私の心が読まれていて、ものすごくサービスしてくれたのかな、どうしようそれ恥ずかしいぞ。ていうか、これ、ガチだったらもっと照れる。恥ずかし、うわ、マジか。
もしもリップサービスだったら穴を掘って埋まりたいくらいに照れてしまったが、このリゾットちゃんからそんな生やさしいお世辞が出てくるかどうかは難しいところだ。たぶんこれは本当で、えっと、そうすると、私は。
「あ、……ありがとう……」
自分から仕掛けたことで自爆するのはいったい何度目だろう。私は学習しないタイプだなあと自己を認識しているが、さすがにこればっかりは、どんなに先読みが出来たとしても予測できなかっただろう。
リゾットは言ったっきり、ふい、と顔を逸らしてカッフェに戻ってしまった。私が動揺したことに気づいて、見なかったふりをしてくれているのか、あるいはリゾットちゃんも言っていて何か思うところがあったのか。
私はそっと鞄を椅子に置いた。
「あの……着替えて来たほうがいい?」
こんな時なんて言えばいいかわからないの。
わからないなりに提案してみたが、どうやらこれが正解だったようだ。
「悪いが、可能ならばそうしてくれ」
端的に頷いたリゾットは、もう一度私を見て、いつもと変わらない表情で、少しだけ目元をゆるめた。
「似合っている」
「お、おう」
予定していた言葉ではなかったけれどそれ以上にとんでもない褒め言葉をいただけたせいか。
階段をのぼる私の頬はぽかぽかと熱かった。

メローネがポルポを怒らせたよ

さすがに今度ばっかりはメローネをひっ捕まえた。椅子に座らせて、私も向かいに腰を下ろす。メローネは行動が行きすぎた自覚があるのかないのか、にこにこと笑っている。笑ってるっておかしいだろ。
私はメローネを見て、あのね、と説明をした。
「普通ならこんなことしたりしないけど、今はみんな風邪ひいてるじゃない?メローネだって咳してるし、ちゃんと寝てなきゃダメじゃないかな」
「プロシュートが寝込んでるとかウケるよな。俺が咳してるのは乾燥してるからだし、大丈夫だぜ?」
そういう問題か?
からっと笑い声をたてて頬杖をついたメローネは、どう見てもひとの話を聞く体勢ではない。ここは年上としてきちんと注意すべきかな、と思って、私は真剣な顔をつくった。あ、いや、最初から真剣でしたけど。
「もう……。私が怒ってるのわかってる?こんな時メローネはなにを言うべきなのよ?」
真面目に話をきいてくれよ。
メローネは私を見つめて、己の魅力を完全に理解している目で笑みを浮かべた。
「ポルポ、愛してるぜ。だから許してくれるかい?」
噴いた。全然順接になってないぞ。
がつんと声をあげて怒らなきゃいけないとわかってるけど、ダメだ笑っちゃってダメだ。なにこの子、そういうのどこで覚えてくるんだ。嬉しいけどこの流れ絶対狙ってただろ、すんごく面白い。
「えへ」
もうだめだこいつ面白すぎる。こういうところがあるからメローネのことを怒り切れないんだよなあ。ていうか私、致命的に怒ることに向いていない。もおおお面白さに負けてお説教もできないなんて私これでも26歳か?でもメローネが可愛すぎるのが悪い。
もう風邪を引いているみんなの部屋でわざとらしくどんちゃん騒ぎをしちゃダメだよ。メローネ自身だって風邪ひいてるんだからね。安静にしていてくださいな。
「ポルポが添い寝してくれるなら大人しくしているのに」
ばかやろう私に風邪がうつったら誰が仕事するんだ。残ってるのは私とリゾットくらいだぞ。

ネグリジェの話

※会話文だけ
※夏の話
※今までになく直接的に致しちゃいそうになっています




「夏で暑いので、薄いネグリジェで寝たいんですけど……いいですかね?」
「訊かなくても好きにすればいい。涼しく寝られたほうがいいだろう」
「ありがとう。大抵の場合、涼しく寝かせてくれないのは君ですけどね」
「着衣という意味ではネグリジェより薄いぞ」
「薄いどころか起きるまで着てないですよ」
「どちらが寝にくい?」
「どっちって君、それきいてどうするの?」
「興味があるだけだ」
「ネグリジェ着てリゾットと一緒に寝てないからわかんない」
「なるほど」


「え?昼に言いませんでしたっけ?え?涼しく寝たいんだよ?」
「どちらが涼しく寝られるかはわからないと言っていただろう。試してみるのがわかりやすい」
「試すもなにもないだろ。というかその試し方は正確じゃない!」
「正確な試し方というと?」
「対照実験でしょ」
「そうだな」
「知ってるなら言わせないでくださいよ」
「確かに薄いな」
「めくんないで!コエエよ!そしてこの場合の"対照"は、ネグリジェを着て寝ることとネグリジェを着ないで下着だけで寝ることであって、ネグリジェを着て寝ることとネグリジェを脱がせてにゃんにゃんすることじゃないよ!」
「"ネグリジェを着て寝ること"と"ネグリジェを着ないで下着だけで寝ること"の差を調べて、"ネグリジェを着たまま事に及ぶこと"と"脱がせてすること"を経由して、"下着だけで寝ること"と"下着もつけずに寝ること"の結果も出せばいいのか?」
「増えてるー!六個の実験のうち三つはヤバイし、最後はそもそもいらない実験だよ!私の前提と目的はネグリジェで寝ることなんです!ぶっちゃけどっちが涼しくてもネグリジェで寝るよ!」
「俺は気になる」
「本当に気になってるなら時間と体温と温度の表つくってから言いなよ……」
「大丈夫だ、途中で調べて、あとからまとめられる」
「記憶力の無駄づかい!」
「無駄か?」
「激しく無駄だしょ……お互いになんの利もないよ……」
「利がないかも調べるか」
「ばっきゃろー増やすな!どう調べるの!?」
「それは他のことを調べている結果を見て一緒に考えよう」
「考えるのもおかしいけど一緒にってのもおかしい。めくんないでくれ」
「涼しくないか?」
「めくったのでぱたぱたしてくれるのは涼しいけどのっかられてるのでわかりませんね」
「そうか」
「(え?話終わり?え?)」


「さて……」
「ひえー待てーやめろー暑いからやだー汗かくし洗濯やだー」
「そんなに暑いのが嫌なら」
「お?」
「……これでいいな」
「……いま、ナニした?なんのスイッチ入れた?」
「クーラー」
「ああああ暖房だけじゃなかった!!そうだったあああ君空調持ってたんだった!!そんな便利なものあるなら前から使おうよー!」
「電気代が負担になるかと思った」
「欠片も思ってないでしょ!?」
「少しは思っている」
「ていうか、ていうか、同居だから自分の分は自分で出すって言って電気水道光熱費を家に入れてくれてるじゃん!充分すぎるよ……!これ私が申し訳ないよ……!」
「食費はお前持ちだろう。そちらのほうがかかるし、払わせてもらえないならそれくらいはする」
「全部払う気だったの!?養われている!」
「そもそもその金はお前からの給料だ」
「依頼料だって渡してるしいいああああ涼しい」
「そろそろ涼しくなってきたか」
「なってきたけどどんとむーぶ!」
「ドイツ語で言ってくれたら」
「(知らねえ……)」
「残念だったな」
「(絶対この人も暑いはずなのに……!)」



「暑かったか?」
「暑かった!……と言いたいところだけど、悔しいことにクーラーでちょうど良くひんやりした」
「それは良かったな」
「良くないけどね」
「暑いというのが理由なら、それをなくせば問題ない」
「(微妙に言い返せない)」
「(言い返さないのか)」
「とりあえず」
「……」
「ネグリジェはやめます」
「そうしたいなら」