雨の日に背中合わせで


配管工のおっさんをビョンビョン跳ばせるのにも少し飽きてきた。

外は雨で散歩にも行けないし、あっいや仕事は。雨だからね。ハメハメハ。
これは冗談で、本当は季節のせいか政治の情勢のためか株価のためかわからないけれど、お仕事の数が減っているから余裕が出たのだ。だからこうして、魅惑のTATAMIを取り寄せてもらって敷いた、私の部屋の一スペースで遊ぶコトができるわけです。
なぜか私の部屋のTATAMIスペースにリゾットがいるわけだけど。
なぜか自然と背中合わせに座っていたわけだけど。
なぜかお互いやり残していた趣味に没頭しているわけだけど。

私のほうはいま飽きたところですが、リゾットはもくもくとページを進めているようで、規則正しく一定のペースでページを繰っている。え?本ってそういうモノだっけ?"いつから文章量や表現によって読み進める速度が変わると錯覚していた"?
そしてパラパラパラパラと2秒程度で読み終えないということは、かなり気に入ったか面白い作品のようだ。小説かな。エッセイ?もしかすると学術書……?まさかの辞書だったらどうしよう。それもギリシャ語とかの。これ以上マルチリンガルになってどうするつもりだ。旅行行きやすすぎる。
リゾットにもたれて、リゾットにもたれかかられ(これはむしろリゾットがつらいのでは。私の支えられなさは異常)たまま、しばらくイヤホンでおなじみの音楽をきく。うーむ、暇だ。

暇だったので、リゾットに手を伸ばした。
リゾットを支え(られてるのかなあ?)つつ背中にべったりくっつく。腹。腹をさすろう。雨だしね。意味がわからないのは自分でもわかっている。私にも意味がわかんないもん。

「!」

触ろうとしたら、ぴ、とつねられた。なにそれ可愛い。新しい嫌がり方だ。邪魔してほしくないんですね、わかります!
生きていた年数でいえば私はリゾットのほぼ倍ですからね。年上として物分りよくやめることにした。可愛かったし。すごく可愛かったし。つねるって。痛くない程度につねるって。なにそれー!!愛しんでまうやろー!!
「(にしても……)」
リゾットがそこまで熱中する本ってなんなんだろう。
気になったので、膝立ちになってリゾットの後ろから覗き込んで見た。英語だったので、単語をちょっと追う。理解して、食べてもいないベビーカステラ噴くところだった。
「(ゆ、ゆゆゆびわものがたり!)」
しかもこれは二つの塔!
余計かわいくなった。真剣に読んでるなと思ったら指輪物語かあ。カラマーゾフとかじゃなくて話の重みにちょっと安心したけど(リゾットなら既読かもね)、指輪かあ。
「(リゾットが読み終わったら話ができるな!)」
主にドワーフとエルフについてね!

ポテトを どSで


@コピペ
非常に下品




独特の匂いが漂うリビングのテーブルで、私はメローネと向かい合っていた。周囲からはがさがさという紙のこすれる音や、むしゃむしゃと咀嚼する音がする。
私は息を吸い込んで、できるだけ真剣な声を心がけて言った。

「すみません、ポテトどSで一つ」
対するメローネは、そんな私をせせら笑う。整った眉を器用にゆがめて、見下すような視線が向けてくる。悠然と椅子の背もたれに身体を預け、こちらには興味のない素振りを見せる。
「それが客の口の利き方かい? ポテトが欲しかったら 『お願いします』だろ?」
ぐ、と歯を食いしばって、だけど胸の疼きを止められない。そんな声が、自然と喉から発された。
「申し訳ありません……。……ポテトどSでお願いします……」
「へえ、ポテトが欲しいの。客のクセに店員におねだりだなんて、いやらしい……。はしたないと思わないのかい?ポテトが欲しくてガマンもできないって?しつけのなってない客だ」
唐突なSM劇場にイルーゾォがそのポテトを噴き出した。
「店員様、申し訳ありません……。このいやしい客めに、どうかお仕置きをしてください……!」
メローネの瞳が愉悦に細められる。淫猥な光を湛えて私を見つめると、こてりと、愛らしさすら感じられる仕草で首を傾げた。
「ふうん、お仕置きしてほしいの。ポテトだけじゃなくてお仕置きまで要求するなんて、恥ずかしいと思わない?―――ほら、どんなポテトが欲しいのか、そのいじきたない口で言ってみろよ」
「あッ……熱々で、外はカリカリ……な、ナカは……ナカは……」
「さっさと続けないとあげないぜ」
男性の骨ばった手がテーブルの上をふらりと彷徨って、一本のポテトをつまみあげる。私の鼻先にそれを寄せて、目で追うと、焦らすように自分の口に寄せて食べてしまう。
「ま、待って! ナ、ナカはホクホクで、っ、こ……香ばしく揚がった、ポテトをお願いします、店員様ッ!」
「ふうん、ホントに言うんだ?自分の貪欲さが恥ずかしくないの?こんなトコロでそんなことを口にするなんてさあ」
周囲の視線を揶揄し、くすりと声を潜めて笑う。そんなメローネの姿は誰より活き活きとして、不揃いな輝かしい金髪も、マスクの奥の隠された青い瞳も、私の反応をじっくりと楽しんできらきらしていた。
「は、恥ずかしいです……。でも、でも、人に見られてると思うとその、……余計に欲しくなるんです」
「救いようのない変態だね、あんた。まあ、お仕置きも済んだことだし、ポテトをあげるよ。でも、その前に」
「は、はい」
「やりたいんだろ?いいぜ、見ていてやるから、あんたのそのはしたないものをレジにぶちまけな」
ちらりと視線が動いたのは、メローネがリゾットの反応を見たためだ。私も彼のことが気になって、メローネから顔を逸らそうとする。すると止めるように、一際大きい声が上げられた。
「今すぐデキないならポテトはやれないなあ」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて、食卓にはふさわしくない汚れたものをぶちまける。
「アハハハハッ!ホントにシちゃったよ。あんたは根っからそうなんだね。客になるために生まれてきたんだろ? ポテトだけじゃなくて、あんなべたべたした液体もたくさん欲しがってたもんな?」
小さく頷く。金髪の男性は周りの恐怖した気配などどこ吹く風、私と同じくらいの厚顔さで、テーブルに身を乗り出した。
「そんな表情しちゃって、完全に『客』だね。それにしてもこんなに出すなんて、何考えてるんだい?そんなにシたかったの?400円も出すなんて。今は特別価格150円だったのに。あんた一昨日もシようとして、店の前でうろうろしてたよな?物欲しそうな顔してさ。何度シても満足できない? ふふ、モノが欲しいならおねだりするんだね。やり方は知ってるだろ?ほら、言ってごらんよ」

こんなあざとい言い方をしていてもメローネはどこまでも自然体で、油と塩のついた指を色気たっぷりに舐めてからペーパーで拭く。彼のあざとさ、演技力、人の気を惹きつける能力が羨ましく、大人として負けていることが悔しかった。
精一杯の甘い声を腹の底からか細く絞り出す。
「はい、店員様……。―――おねがいします……店員様の手で、私のお皿、……硬くて熱いのでいっぱいにしてください……」
「いいよ。いっぱい入れてあげる。ついでに塩もたっぷりぶっかけておいたから。また客になりたかったらいつでも来な。その代わり今度はパンケーキも頼むんだね。あんたが嫌って言っても、熱くてべたべたしたのをいっぱいかけてやるよ」
メローネは綺麗に微笑んで、赤い紙パックから私のプレートへざらざらとポテトをぶちまけた。



どうだった、と感想を聞くと、遊びを始める前よりも幾分か顔色の悪くなったイルーゾォが、まずそうにハンバーガーを飲み込んだ。
「まじで……見てて死ぬかと思った……」
「メローネはともかく、オメーもこーいうのに躊躇ねェよなあ……」
ホルマジオは私のぶんのハンバーガーを二つ寄せてくれる。ありがとう。
「面白いものはやらなきゃ損かなって。どMをやったことがなくて難しかったけど」
「へえ?アレで初めて?素質あるのかもね、ポルポ」
マジでか。メローネに褒められると本当にそういうケがあるのかと自分を見つめ直してしまうわ。なにせこの子は本業が暗殺者、副業がどSみたいなところあるからな。暗殺の仕事の中には拷問や尋問も含まれていなくもないから、向いているっちゃあ向いている。趣味が仕事、的なアレだ。
ところでさっきからずっとリゾットが無言で眉間にしわを寄せている件について。
「あー……ポルポ、オメーとりあえずポテトとオレンジジュース飲めや」
勧められたので、汗をかいたコップにストローを突っ込んで吸う。氷で薄まっているけど、やっぱりオレンジジュースと名のつくものはおいしい。
「……美味いか?」
ようやくリゾットが喋り出した。怒ってるのかと様子をうかがっていたのがわかったのだろうか。とりあえず、場を和ませるためにジョークを一発。
「とってもおいしいです、ご主人様」
「……」
「うわ怖い、怒るなよ。ポテトあげるから」
眉間のしわが増えたのでお皿を差し出した。いい、と端的に断られてしまう。
あまりに短かった答えに何かを見出したのか、メローネが両手で頬杖をつく。にやにやとした悪戯っぽい笑顔の中に八割の本気がこもっているのを、私とイルーゾォとホルマジオとリゾットは見た。つまり全員が見た。
「リーダー、あぁいうの好きかい?よかったら貸すぜ」
イルーゾォが胃を押さえた。
「今はお前とあまり話したくないんだが」
「あはは!笑える」
「笑えんのはお前だけだよ!!!」
そうか?私も笑ってるぞ。声は出てないけど腹筋引きつってるぞ。だってメローネが貸すって。ナニを貸すんだよ。どんなやり取りよ。本かビデオか円盤か、いやはやもしかすると高度になんかこう、そっち系の会員カードだったりするかもしれない。それを貸すメローネと、虫でも見るような温度のない目で彼を見下ろすリゾットが簡単に想像できてふくつうがいたい。
脳内でひーこら言いながら、それを丁寧に押し隠して、リゾットのマネージャーとして仕事をする。マネージャーじゃないけど。ダメでーすはいはいーこれ以上は事務所通してくださーい。
「リゾットちゃんは私の嫁だからね、いかがわしいものを貸してもらっちゃ困りますよ、メローネくん」
「俺が嫁か?」
「え?そこに食いつくの?嫁だよ?」
むしろ嫁以外のナニがあるんだろう。リゾットって私のナニ?恋人?いやそれは私たちの言葉でいう『嫁』ってやつじゃあないのか。
「お前の『嫁』の定義が広すぎんだよ!お前に言わせりゃペッシも嫁だしギアッチョも嫁だしメローネも嫁だしジョルノも嫁だしフーゴも嫁だしアバッキオも嫁だろ!!」
「そうね、もはや私自身にも『嫁』の定義が危ういところがあるしね。イルーゾォも嫁だよ」
「多妻すぎだろ」
「……」
苦笑したホルマジオはなんとなく嫁って感じがしない。おねえちゃんかおにいちゃんだろ。性別的にはおにいちゃんだね。

「俺もあんたもポルポの嫁だけどさ、俺、同じ土俵ならあんたに勝てるぜ」
メローネが急にデカいことを言い出したので、一つだけ指摘しておいた。
「相撲だったらメローネはリゾットに負けると思うよ」
リゾットに肉弾戦で勝てるのはソルベとジェラートくらいじゃあないかな。少なくともメローネは勝てないだろう。体格的にもスキル的にも、肉体労働向きじゃなさそうだし。
「スモウって夜のスモウかい?」
この子は本当に命知らずだなあ。
「えっと……」
「考え込むな」
一瞬言葉に詰まったのを、感銘を受けたと勘違いされてしまった。でも絵として見ると綺麗な気がするね。言わないけど。
「ポルポは俺のこともあんたのこともおんなじように"カワイイ"って言ってたし、今は俺のほうが言われてるし。それに俺、動物しつけるのうまいんだぜ」
「あんたは私をなんだと思ってんの?犬?」
「ネコ」
はいはいあんたはタチタチ。バリバリタチ。イルーゾォ以外みんなタチ。
「アホか俺はネコじゃねえ!!つーか女がタチとかネコとか言うな!」
「確かに、イルーゾォはタチネコ切り替わるタイプかも。リバ?」
たぶんそれだね、とメローネが頷いた。私のハンバーガーに手を伸ばして来たので、ぴしりと叩き落とす。私からカロリーを奪おうなんて百年早いのです。
「もうハンバーガー食べていいかな?リゾットが関わるとみんなネコになるから安心っていう結論でいい?」
「良くはないだろう。俺はどれでも得をしない」
「ですよね」
隣からポテトを口に押し込まれた。もう黙っていろという意味だと察して食事に専念した。
イルーゾォが一拍遅れて叫ぶ。
「俺はネコでもリバでもねえから!!」
それは悪魔の証明に近いよ、イルーゾォ。



暑かった夜のこと


連日の猛暑に、べったりひっついて眠っているのはお互い片足を苦行の域に突っ込んではいないかと危惧し、寝室を一時的に分けようと提案したのは私だ。
お風呂上りにホカホカしていた天使のごときリゾットは、いや、かなり誇張したわ。三十を二年後に控えた男性を引っ張ってきて天使と形容して許されるのは某クラトス某アウリオンだけである。もしもリゾットが天使だとしても、彼は可愛さなどかけらもない裁きに特化した天使であることだろう、仕事的な意味でも。

お風呂上りにホカホカしていた恋人に前述の通りの案を提示してみると、彼は何か言いかけた唇を閉ざし、考えながらキッチンで水を汲み、ひと口飲んだあとにようやくボソリと返事を寄越した。
「そうしたいのなら、俺はどちらでも構わない」
どちらでも構わなくはなさそうだった。
しかし、元々私に不満を漏らさないリゾットが相手だ。もし、寝苦しくて仕方ないのに、べたべたとくっつき、時にはこみ上げる衝動を堪えきれず胸に頬ずりしたりする私を努力の下無視しているとしたら、それは非常に申し訳ない。本当に煩がっていたら一言くらい何か言われそうな気もするが、六年の内、よーしよしよしよしと構いすぎて怒られた覚えがあまりないので、境界線を見極めづらい。なにせ私はリゾットが好きで好きで仕方ないいやしんぼである。そういえば、このセリフを口にする下衆野郎二人は華麗に退場させてしまったから、誰にもネタが通じないんだよな。通じたとしても、口には出さないけど。


ビミョーな沈黙を経て始められた独り寝生活。今朝で六回目を数えたが、どうにも七回目の朝を迎える気になれない。
慣れとは恐ろしいものだ。隣にリゾットがいないと寂しく感じてしまう。こんなことなかったのに!二回分のモテナイ人生の中で、一度だって私が独り寝に寂寥を抱いたことなどなかったのに!
恋人がどう、というより、リゾットがリゾットたるがゆえに発生した感情のようだ。恋人などいたことはなかったので全部想像だけども、非常に相手に不名誉なこととは思うが、幾人か知り合いでシミュレーションをしてみたところ、やはり別の部屋で休むことにはあまり違和感を覚えない。

だけど六年の間、それなりの頻度でアパートに押しかけ、リゾットの部屋に寝泊まりしていたが、その時も別段寂しいとは思わなかったような。リゾットが私の話をじっと聞いて相槌を打つ、そしてたまに言葉を交わす、あの落ち着いた時間があったからだろうか。それとも、アパートの借り部屋自体が小さかったために、離れている感覚が薄かったのだろうか。

ふと考えて、すぐに答えはやってきた。カツ丼を食べたことがない人間が「カツ丼がなきゃ生きられねえ」とはようよう言わない。つまりはそういうことだ。


いくつかの無駄な思考を経た上で、私はタオルケットを跳ねて身体を起こした。
遮光性の低いカーテンの隙間から、晴れた夜独特の月明かりが部屋に射す。黒より紺に近い暗闇の中で、私の姿は濃い影になって見える。
スリッパに足を入れ、何も持たずに部屋を出た。
先に部屋に戻ったリゾットを見送り、ドラマを見終わった私がベッドに入ってからしばらく時間が過ぎている。気配を探る高等技術を持たない一般人は、廊下に漏れ出る明かりを頼りに同居人の状態を探らなくてはならない。明かりは漏れ出ていなかったので、たぶん寝ているか、瞑想でもしているんだろう。
ちなみに、瞑想をしているリゾットなんて一度も見たことがない。黙りこくって顎に手を寄せ考え事をしている時は、だいたい敵の殺し方でもイメトレしてるんだと思っている。偏見だ。

リビングから出るまでクーラーを効かせていたから、廊下はあまり暑くない。あと、私の部屋には扇風機が置いてある。これはまったくの余談だ。

ノックもせずにそっとノブを押し、扉を開く。カーテンの性能の差で、リゾットの部屋は私の部屋よりずっと暗い。いや、もしかして閉め方の問題かな。私は適当にザッと閉めてしまうからたまに隙間があるけど、リゾットは丁寧に閉めているもんな。雑破に閉める場面も時々目にするが、そういうのは特殊な場合だ。希少だ。貧乳よりも価値が高い。ごめん言い過ぎた、そもそも市場が違うね。
「どうした?」
尋ねられ、私は持ち前の厚顔を存分に活かした。
若干の気恥ずかしさを押し隠してぱたぱたとスリッパを鳴らして近づくと、かすかに身体を起こしてこちらを見ていたリゾットが身動ぎをしてベッドサイドのランプを点けた。ぼんやりとした橙色の光が目に眩しい。それはリゾットも同じだったようで、ちょっとだけ目を眇めていた。
「眠れないのか?」
眠れないわけじゃあない。ただ落ち着かないだけだ。
「リゾットちゃんがいないと寂しくてさ」
「……そうか、俺もだ」
「(えっ)」
可愛い、と思うより先にキュンと胸が疼いてしまった。悔しい。お前もさみしかったんかい。
まあ、イタリア男特有のリップサービスの可能性が高いけど、ポルポちゃんは人を信じることにしているので言及はしない。嬉しかったのは確かだし。
「一緒に寝てもいいですか?」
リゾットは無言のまま腕を伸ばし、ベッドのすぐ横に立つ私の手首を取った。
「そのために来たんだろう?」
「(包容力MAX)」
ありがとうございます、ほんと。

企画を提案したのは私だったし、頓挫させたのも私だったけれど、その日の夜はとてもよく眠れた。