起きたらいつも通りリゾットがこっちを見ていた。目が合うので、一度言ってみたかったセリフを口にした。
「おはようハニー」
「俺か」
これは絶対リゾットちゃんだろ。



悪態

「メローネはいつも、ツッコミとはいえ"しね"って言われてしんどくないの?やめようとは思わないの?」
ずっと気になっていたことを尋ねると、メローネはパソコンの画面から顔を上げてきょとんとした。
「しんどくなんかないぜ?だってアレは愛だろ?」
なんなのギアッチョとメローネは夫婦なの。バイオレンスなケンカップルなの?
ギアッチョへの信頼を垣間見て感動していたら、メローネは表情を笑みに変えて楽しそうに言った。
「興奮するしね」
やっぱりメローネはメローネか。




かき氷

夏の風物詩。かわいいペンギン型のモノが送られて来たので、がりがりと氷を削った。
「はい、リゾットも」
「かき氷か。かなり量が違うんだが、お前が多い方じゃないのか?」
「かき氷はお腹にたまらないしねー。でもいっぱい削りたいじゃん?だからリゾットにあげる。さ、シロップは何にする?」
リゾットはイチゴを選んだ。自分カラーだね、わかる。リゾットがそう来るなら、と対抗心が湧いたので、私はレモンとイチゴのハーフ&ハーフにした。自分カラーだよ。
しゃくしゃくと食べ進めて、崩れそうな山を沈める。さぞかし名のあるかき氷と見た。なにゆえそのように荒ぶってこぼれるのか。ボウヤだから?
「ねえねえ、さくさくさくさく、って多めに一気に食べてみて」
「……お前がするなら、しよう」
そう来たか。その勝負、受けよう。ベット!
私たちはスプーンを氷に差し込んだ。さくさくさくさく。
「うっ……つめたい……」
リゾットは無表情で氷をすくって食べている。ペースが一定なんだけど、この人本当に人間なのかな?
負けるわけにはいかないので(勝負だしね)がんばってちまちま進めていたら、リゾットの手が止まった。ん?とリゾットを見ると、少し顔を横に向けていた。
「キーンとした?」
「した」
「してる?」
「している」
リゾットも人間だったようだ。
「私の勝ちでいい?」
「ペースも、ひと口の量も違っただろう。勝負というのは同じ土俵でするものだ」
え?それ負けたくないって言ってる?負けたくないの?勝ち負けにこだわるリゾットなんて初めて見た気がする。賭けならまだしも。
「ふーん……じゃあ再戦してあげてもいいわよ?氷はいっぱいあるし、シロップもカルピスに変えてもいいし?」
ちょっとえらそうに、余裕ぶってふっかけてみた。リゾットはちらりと私を見て、そうだな、と頷いた。
「とりあえず、これを片づけてからだ」
「うん」
「"同じ土俵で"」
「うん?」
首をかしげたら、リゾットがつかつかと私の隣にやってきて椅子を引いた。見上げて、どしたの、と言おうとしたその口に、たくさんの氷がのせられたスプーンが突っ込まれた。
「んんーっ!!つ、つめたい!!」
なにすんねん!
口元を手で押さえて、氷を溶かすのに時間がかかるほど冷えた口内から少しずつ甘い味を喉に落とす。
リゾットは表情を変えることもなく、さらりと。
「不平等だっただろう?」
「うぐ……」
最初からリゾットのキーン顔見たさに量を増やしていました、なんて素直に言えるはずもなく(嬉々として私にほぼすべてをぶち込んでくるだろう)、せめてイーブンな量で済むように、渋々ながら、頷いた。
「不足分は、いただきます……」
「そうだな。不足分は、俺が食べさせよう」
自分と私に、交互にスプーンを向けるリゾットを、頭痛に耐えながらかなりぐったりきて見ていて、なんとなく気づいた。
「(こ、こいつ、楽しんでる……)」
どんな状況にも適応できる男、リゾット・ネエロ。




昼寝から起きると

テーブルの上にラップのかかったパスタがあった。ホルマジオとオセロをしていたギアッチョが、不機嫌そうに私を見て、ん、とテーブルを指差した。
お皿の下にメモがあって、わざと直線的にした脅迫状みたいな字で「ポルポ」と書いてあった。
「食べていいの?おやつ?」
振り返ると、ギアッチョは不機嫌そうに頷いて、盤に視線を戻した。コマをぱちんと置く。この二人の勝負、すごく気になる。
フォークを持ってテーブルにつく。
ギアッチョはホルマジオと勝負を置いて、部屋を出て行った。忘れ物かな。
パスタはペペロンチーノだった。甘くないおやつとしてパスタを食べるのは初めてですよ。脳内でフリーザ様がニヤリと笑った。いただきます。
ひと口食べて、おおっおいしい!と感想を口にすると、ホルマジオがブクッ、と噴き出した。
「どしたの?」
「いーや、なんでもねェ。うまそうに食うなと思っただけだよ」
褒められた。

食べ終わってお皿を洗っていると、ギアッチョがリビングに戻ってきた。
「おかえりー。勝負はどっちが勝ってるの?」
「…………白」
どっちなんだろうね。
きゅ、と水を止めて手を拭く。どうせここにいるんだし、乾くのを待ってから片付けよう。飲み物を淹れてソファに戻った。
隣でオセロを再開した二人。どうやら白はギアッチョのようだった。
眺めていると、ギアッチョが口を開いた。
「俺も食ったんだけどよお、アレ、まずくねえ?」
首を傾げる。ペペロンチーノのことか。
「全然まずくなかったよ?むしろおいしかった。好みの味だったんだけど、誰がつくったの?」
ばちん。コマが強く置かれた。白だった。
隙ができてるなあと思ったら、その通り、ホルマジオはギアッチョの白を黒で挟んでいくつもコマをひっくり返した。ギアッチョは特にそれを悔しがることもなく、眉間にシワを寄せて、口をへの字に曲げて、私のほうなんて見ずに、それどころか反対側に顔を向けて、ぼそりと言った。
「…………つくったの、俺」
ホルマジオがくつくつと笑っていて、ギアッチョがうるせえハゲ笑ってんじゃねえよ凍らすぞ、と凄んだ。それすらも可愛く思えて、私は手を伸ばして、ギアッチョのふわふわした髪の毛を撫でた。二十五歳とは思えない可愛さ。
ギアッチョは一瞬私を睨んだけど、それ以外抵抗することもなく、コマで最後の方眼を埋めた。黒がひとつひっくり返り、ギアッチョは負けていた。

(@コピペ)


膝に

「リゾットさん、ここに正座してください」
ベッドを示して、パン、と手のひらを合わせてお願いすると、ベッドに腰を下ろしてめくっていたスケジュール帳を(必要なのかと知って身近さを感じた)閉じて脚を上げた。枕より少し足元のほうに、膝を揃えて座ってくれる。
お願いしておいてなんだけど、こういう時にこそ定番の「なぜ?」を使うべきなのでは。信頼されているのか、時間をかけるのが面倒だったのか。前者ですよね。前者ですよね?前者だといいなあ。前者でありますように。
私はお礼を言ってから、仰向けになった。首と頭の間の曲線に、ちょうどリゾットの膝がこう、ね。当たるというか、膝で支えてもらうというか、のせさせていただくというか。要するに、ひざまくらだ。
普通のひざまくらというと、たたまれた脚に垂直に近い向きから頭をのっけると思うのだけど、私はまっすぐ、膝の向きの直線上をなぞるように、膝を立てて寝転がっている。
「それなりにかたいですねー」
「……だろうな」
正座してもらってるしね。
見下ろされている。リゾットのほうに伸ばそうとしたら、自分の肩らへんに持ち上げたところで握られた。そう簡単には手出しさせない暗殺者としての心構えですね?命と書いてタマと読むやりとりをしてきたプロの習慣つよい。
「落ち着きます」
「そうか」
「はい。ありがとう」
片手で私の手を握ったまま、リゾットは閉じてベッドに置いていたスケジュール帳を取った。
「(片手で開けるのかな?)」
さすがリゾットだな。その手の動きを目で追っていたらちらりと目が合って、手帳の表紙が私の顔に近づいてきた。
「……」
躊躇なく私の額に置いた手帳を、リゾットはこれまた、顔は見えづらいけどたぶん変わらない表情でめくり始める。あまりに自然な動き。私は台かよ。面白すぎるだろ。
「なんでこうしようと思ったの?」
「手帳を開きづらいなと思ったところにお前がいたからだ」
ちょう面白い。まるで酔ってるみたいだろ。素面で言ってるんだぜこれ。リゾットが酔って前後不覚になってるところ、見たことないけど。
くふくふ笑っていたら(くすくすより強かった)、静かな声が落ちてきた。
「揺れて読めない」
読めるくせにねえ。




ナランチャにもらった

ぬいぐるみの縫い目を見る。私には無理だなこりゃ。
型紙があっても、売り物みたいに綺麗には縫えない。綿を入れてもはみ出たりして。自分には雑なところがあると自覚しているので、暗チ人形なんてのはつくれないわけだ。がっかり。

部屋にぬいぐるみを飾りに行くため、階段を上っていたらリゾットが部屋から出てきた。カップを持っている。飲み物がなくなったのだろう。
「珍しいものを持っているな。どうしたんだ?」
「もらったの。さっきまでナランチャが来てたでしょ?まあ、ナランチャも、もらったけどいらなくて私にくれたんだけど。久しぶりに見ると可愛いよね。柔らかいし」
「そうだな」
気のない同意だ。いつも通り。私もメローネが自分の服の円模様の周を教えてくれてたら、そのあまりにも無駄な知識に空返事をすると思う。測ったことに感心はするけど。
なんとなく見つめあったので、ぬいぐるみの頭を持って、リゾットに近づけた。布でできた猫の口を、リゾットに近づけた。ふに。
離して、ニコリ。ニヤリ、に見えたかもしれない。
「奪っちゃった」
リゾットは無言でぬいぐるみを取って、その頭を軽くつかんで、私の口にぬいぐるみの口をくっつけた。
「奪われてしまった」
それって、ぬいぐるみを通して私がリゾットの唇を、ってことですよね。
ぬいぐるみが離されて、見えたリゾットの目はちょっと楽しそうだった。




君のニノウデ

どうやら、ニノウデというのはひんやりしているものらしい。自分ではそれほど強くは感じなかったが、さて、一番身近にいる彼女のニノウデはどうだろうか。
リゾットは、隣で漫画を読みながらゴロゴロしているポルポの腕に触った。
「ん?」
ポルポが顔をこちらに向けた。無言でその半袖をめくり、片手でぺたりとニノウデを包むようにする。
「(確かに)」
比較のために、首と、シャツの下の腹にも触れたが、やはりニノウデが一番ひんやりしていた。
「なにしてんの?」
不思議そうに尋ねられた。それもそうだろうな。リゾットはポルポの顔を見て、少し考えてから、やはり無言でシャツの裾を戻した。薄い布の上から腹を撫でる。
ポルポは漫画を閉じて枕元に置き、身体を起こそうと膝を立てた。リゾットはポルポが起き上がるより先に、黙ったまま彼女を跨いだ。見下ろしているリゾットには、彼女の朱い瞳に、より疑問が浮かぶのがよくわかった。
「どしたの?お願いだからそのまま座らないでね。私、たぶん潰れます」
「だろうな」
ポルポがリゾットの上に座るのとは、まったく違う話だ。
引かれていた腕をつかんで、シーツに戻す。身体の横に並べる。まったく変わらない表情でそれを行ったので、ポルポはいくつか、困惑の声を上げた。具体的には、「意味わかんないですね」「その姿勢きつくないの?」「どいてー。気分的に重いからどいてー」と、そんなところだ。もちろん、聞くリゾットではない。ポルポの言葉も、抵抗には弱すぎる。
短い袖の中に指を差し込むように、ポルポの柔らかくて白い、すべすべしたニノウデを上から押さえる。指が、手のひらがひんやりした。
「重っ……」
脚と言うより膝と言うより、もう、ある程度手で身体を支えているような姿勢だから、ポルポがベッドをぺしぺしとタップするのも当然だろう。
「どうしたの?疲れてんの?揉む?」
ポルポはなにかにつけてリゾットを揉みたがる。たぶん、それくらいしか疲労回復の方法を知らないのだろう。ポルポ本人は、食べるか飲むか寝るか、あるいはリゾットの傍にいれば回復するようだし、自分が参考にならないと思っているに違いない。
リゾットも、単に疲労を和らげるという意味では、バランスの良い食事を摂って充分な睡眠時間を確保すれば済む。ポルポに揉まれなくても、それで問題はない。ただし、精神的な疲労を回復させる特効薬は、ポルポのニュアンスとあまり変わらない。
ポルポがリゾットの傍でのんびり接触したり、会話をすると落ち着くのと同じように、リゾットもポルポの気配を近くに感じたり、接触したり、言葉を交わすことで、不思議な安定を得るのだ。
「揉まなくていい」
事実、疲れているわけではないし。
「じゃあ、なんの目的があるの?私を脅しても何も出ないぞ。金しか出ないぞ」
脅す相手の八割は金が手に入れば満足するのではないだろうか。
ベッドに押さえているポルポのニノウデが温まって来たので、リゾットは押さえる場所を変えた。手をずらすと、またほのかにひんやりする。
「今日は暑い」
「うん?あー、うん、そうだね。気温高いよね。クーラー利かせてるけど、温度低くしてないから、そよ風みたいな感じだし。ちなみに君のせいで私はもっと暑いよ?」
「そうだろうな」
「重いですし」
「そうだな。体重がかかっているからな」
朱い瞳は雄弁だ。わかってんならどけよ、と、普段はあまり元気良く開いていない瞼の奥からリゾットに告げてくる。もちろん、聞くリゾットではない。
「暑いので、涼んでいるところだ」
「……」
「"パードゥン?"」
とても読みやすい。
「そうだね。私も君も暑いと思うんですがね」
リゾットの予測通り、ポルポは頷いて、足をぱたぱたと揺らした。膝がリゾットに軽く当たる。痛くもかゆくもない。
「人のニノウデはひんやりしているらしい。触ってみると、実際に冷たかった。だから、こうして涼んでいる」
「へえー、冷たいの」
ポルポは頭を動かして、押さえられている腕と、それからリゾットを見た。
「て、それ涼めるレベルの冷たさじゃなくない?ぴたっと当たって、"おっひんやり"、くらいだよね?こんなガッツリ掴まれてたらすぐ温まるよ。もっと冷たい枕とかにすればいいのに」
確かに、触れ続けているから、二つ分の体温は混じり合って同じになっている。しかしリゾットに離れるつもりはまったく、これっぽっちもなかった。
「このままでいるから、なにか冷えることを言ってくれ」
「(ナニとぼけたこと言ってるんだろうこの人)」
雄弁だ。
彼女は怪訝そうに眉をひそめつつも、悩むことなく口を開く。
「ふとんがふっとんだ」
「……」
「ねこがねこんだ」
「……」
「アルミ缶の上にあるみかん」
「……」
「レモンのいれもん」
「……」
「あっ、バインダーないや。頼めばいいんだー」
「……」
似たような響きの駄洒落を、時々思い出すように視線を彷徨わせて口にしていたポルポが、ぴたりと真顔でリゾットの目を見つめた。
「電動ノコギリを使っていたら刃が折れて飛んで私の手首をざっくり切り裂いて血がだばだば」
「冷えた」
「私もだよ」
ぶるりと震えるくらいなら、そんな想像をしなければいいのに。
冷えることを言ってくれと要求したのはリゾットだったが、予想していなかった方向からの攻撃に、ほんの少し驚いた。
リゾットの言葉が冗談だと思ったのだろう。そんな動揺には気づくことなく、ポルポはまた、平和な駄洒落や、場の空気が凍りつくあるあるを喋り出した。
ニノウデはすっかりひんやりした感覚を失い、むしろ暖かくなっている。そのうち薄く汗が滲むかもしれない。
それでもとりあえず、少なくともポルポの唇が言葉を紡ぎ出す間は、リゾットはこの体勢から動くつもりはなかった。
しばらく、じっと、たまに相槌を打ちながら聞いていると、ポルポの唇は、"冷える話"から逸れて笑い話だったり日常の話に変わった。ポルポは自分が多弁な性格だと自覚していて、状況を読んで黙することもできるが、相手が嫌がっていないことがわかると、いつまででもニコニコと楽しそうに話し続ける。独り言は、あまり言わない。相手がいるから喋るのだ。それは見ていて、とても面白い。
なぜだか、六年ずっと見てきているのに、毎日を共にするようになってからもずっと見てきているのに、彼女を見つめていて飽きることがない。リゾットは、言葉に表すことが難しいその理由を知っていたし、飽きる日なんてものが来ないことも、よく、わかっていた。

ポルポの話の風が止んだのは、彼女がアラビアータの魅力について語り切った時だった。ニノウデにも、クーラーの冷気の届きづらい首にも、うっすらと汗をかいていた。
「喉渇いた。ジュース飲も」
「……そうだな」
リゾットはポルポから手を離した。ポルポも起き上がって、スリッパを履く。
部屋を出て、熱気にうめいたポルポが手早くジュースを淹れて、リゾットもコップに水をくんだ。部屋に戻ると、ポルポはクーラーの風が一番当たる場所を陣取って、しばらくそこに立っていた。
「涼しいわこれは」
そうだろうな。
リゾットも、立ったままそんな彼女を見ていた。ポルポが涼み終わるのを待っていた。
ゆっくりと減って行くジュースの色を横目に、ポルポの身体が彼女にとっての心地よさまで冷えるのを待っていた。
そのニノウデを通して、またポルポに触れる時を待っていた。




なのよ!

イルーゾォとソルベとジェラートが家に来ていて、リゾットが彼らと階下で話をしている。私はといえば、舞い込んできた仕事にてんやわんや。手伝ってもらえる内容じゃないし、あーんめんどくさいよおーと言いながらキーボードを叩いた。
「終わった……」
この解放感。道路で全裸になるとこんな気持ちになるんだろうか。なりませんけど。

階段を下りて、ようやくまともに挨拶をした。いらっさーい。
「お疲れさん、ポルポ」
「クッキーあるぜ。食う?」
「食べる食べる!」
おやつの時間まではまだあるけど、私は自分に甘いので遠慮しない。
飲み物を持ってリゾットの隣の席につく。斜め向かいにいるジェラートがクッキーの盛られた皿をこちらに押してくれた。私が一枚摘まんで、リゾットも摘まんで、ソルベも摘まんだ。どうでもいいことだけどあえて気にすると、ソルベがリゾットの隣で今までどんな話をしてリゾットに絡んでいたのか、すごく聞きたかった。聞かないですけど。
いくつかボリボリボリボリボリボリボリーレヴィーアして、たまに話を振られても多くの場合口の中になにかが入っていたので、頷くか首を振るか、そんな小さな反応をしていた。だよなーと同意されるか笑われるかで、話はすぐに展開する。そんな時だった。
私の真向かいでカッフェを飲んでいたイルーゾォが、呆れた、と言わんばかりに腕を組む。
「どんだけ腹減ってんだよ。食わせてる俺らも俺らだし、うまそうに食ってんの見んのは気持ちいいけど」
「うん?」
首を傾げると、イルーゾォはため息をついた。
「お前の優先順位、俺らより食いもんのほうが高えの?」
ソルベもジェラートもリゾットも、イルーゾォの顔を見た。
ジェラートが噴き出した。ソルベの肩も、どうやら震えているらしい。
「べつにマジで思ってるワケじゃねえし、わかってっからいいけど。……あんたらはナニに笑ってんだよ」
イルーゾォジョークだったらしい。わかりづらいことはしないでもらいたいね。情緒がなさすぎてマジレスしてしまうから。
ソルベとジェラートはくすくす笑いながら顔を見合わせた。
「だって、なあ?今のってアレだろ?」
「いわゆるよぉ、"私と仕事のどっちが大切なのよ!"の亜種……だろ?」
「なッ……」
イルーゾォは自分の発言を振り返って、ほのかに顔を赤くしてソルジェラを交互に見た。
「違えよ!!ただの冗談だよ!俺はこいつの彼女じゃねえし、どっちが大事でもどうでもいいよ!」
「またまた、大きく出たなー」
「食いもんって答えられたらショックだったくせにな。ぶくくく」
「うわああ違えー!!アレは違えー!ぽいけど違えんだよ!」
可愛いなあこの子。
「ちなみに……」
リゾットがクッキーを摘まんだ。
「俺と食べ物のどちらが大事なんだ?」
ソルベが今度こそマジで紅茶を噴いた。ジェラートがゲラゲラ言いながらハンカチを差し出す。そこにティッシュあるのにハンカチ。
私はリゾットを見る。そっと手を握る。
「そんなこと言わせてごめんな……」
ジェラートがテーブルをばんばんと叩いた。イルーゾォが自分のカップを避難させる。ソルベはまだ噎せていて、リゾットは摘まんでいたクッキーを私の口に押し込んできた。
「目が笑っているぞ」
「あらら」
私、正直だねえ。




爪切り

ぱちん、ぱちんと音がする。手は持ち上げられて、指も支えられている。
ぱちん、ぱちん。これで六回目だ。一本につき二回とちょっと、ぱちん、と音がする。
「うまいねー」
「そうか?」
「うん。……私、人に爪を切ってもらうの初めて」
そういうことだ。

お皿を洗っていて、爪が少し伸びていることに気づいた。
「リゾットって、いつ爪切ってるの?」
いつも一定な気がする。
「というか、……爪、伸びてる?」
「お前はたまに俺を人間以外のモノにしたがるな」
「ごめんごめん」
リゾットだけじゃなくてみんなのこともだよ。だってみんな私の常識で測れないんだ。
「爪は、伸びたなと思ったら、時間のある時に切っている」
へえ。
「…………伸びたのか?」
察しがいいのか、私の話の入り方が下手くそだったのか。いや、隠しているわけじゃないから、上手い下手もないか。
ほらね、と爪先を見せる。手を握ったら少し食い込むくらい、伸びていると思う。最近切ってなかったからなあ。体毛の手入れが必要ないなら、こっちも恩恵を受けられたらいいのに。
リゾットは私の手を軽く握って、そうか、と言った。

どうやらその「そうか」は、「そうか、なら切ろう」の「そうか」だったらしい。どないやねん。切るつもりでしたけど、切ってもらうことになるなんて思ってなかったよ。
「めんどくさくないの?人の爪切り」
「特には」
「(そんなもんか?)」
それともリゾットが無感動なのだろうか。もしかして、こういうちまちました作業が好きなのか。嫌いではなさそうだ。興味を持ったことには凝るようだし。
「痛かったら言ってくれ」
「おっす」
ぜったい痛くなさそう。

やすりまでかけてくれた。しかも、「爪やすりは持っているか?」と聞かれたので、マジか、と四種類が一本にまとめられた便利なやすりを持ってきたら、予想通り手入れを続けてくれた。マジで良いの?それで良いの?つまらなくないの?心配になって尋ねまくってしまった。いいのかネエロ。
爪の表面までピカピカツヤツヤになった。至れり尽くせりですね。
「ありがとう!なんか楽しかった」
自分でやるより丁寧に整えられているし。
「そうか」
「リゾットが上手だからか?気持ちよかったし。ツヤツヤしてるし」
「そうか」
へらへら笑って、自分で自分の爪を触っていると、リゾットが立ち上がった。あ、爪切り直すよありがとね、と言おうとして、あ、爪、のところで回り込まれた。そして膝をついたリゾットに、スリッパを取られた。
「……あの、ナニを……?」
嫌な予感がする。
夏なのでなまあし。スリッパは涼しいやつ。ジョルノがくれた冷感マットに似た生地のスリッパだ。いや、それはいい。
足首に触らなかったのはリゾットの有り余る優しさと気遣いだと思うのだけど、代わりに踵から足をすくい上げられてしまった。思わず私も足を上げてしまって、そのままツッコミの言葉を探していたら、危ないから力を抜いてくれと言われてしまった。ナニが危ないの?あっはい、目測がズレて深爪させてしまうことですか。それってやっぱり、あの。
「……足も、切るの?」
「問題があったか?」
「問題、というか、そこまでお願いするのはさすがに……悪い……」
悪いし、どんな絵面なんだ。足だぞ。夏の。
リゾットは本当にどうでもよかったのか、はたまた聞こえなかったことにしたのか、そうか、と雑な返事をして、左足の爪に爪切りの刃を当てた。いやいやいや。
「汗とか」
「ああ……」
それきり何も言わないし。なんなの。続きを言って。声帯の電池切れた?
「(吉良吉影、みたいな?)」
そういう趣味があるかは知らないが、こっちのほうに興味が移ったのかもしれない。
抵抗しても無駄だと悟ったので、さっきしていたのと同じように、リゾットを見ることにした。顔を少し下に向けて、目を伏せて、いつもと変わらない落ち着いた呼吸を繰り返す。うーむ、エロい。この角度な。
「(エロいけど……)」
やられているのが私だという点で、素直に興奮できない何かがある。

「これくらいの長さでいいか?」
「お、おう。ありがとね……ごめんね」
「いや」
「(どっち)」

ぴっかぴか。




タオルで拭う

うっかり殺されると困るので、声をかけてからリゾットの頭にタオルをのせた。むしろ覆った。かけた。
「拭かせて!」

水風呂で、それほど暑くないからだろうか。なんか知らんが、二人一緒に入浴している。
お風呂場の前に置いておいた、髪の毛をまとめるためのタオルを手に取ってもう一度中に戻る時、すぐそこに別のタオルがあったので、ふと思いついてそれも持って行くことにした。何を思いついたかというと、リゾットに頬ずりしてすはすはリゾットちゃん落ち着くよお癒されるよお、とやりたかったので、準備として、彼の髪の毛を拭き拭きすることだ。拭き拭き。二十六歳の女が口にしていい響きじゃない。だから脳内にとどめる。

私の動きを追っていたリゾットをぐいーっと押して動かす。当たり前だけど、リゾットが自分で動いてくれた。私にそんな腕力があったら腕立て伏せとかもっとできるよ。
背後に回って、タオルの上から拭き始める。
ゆるい天パに矯正はかけないけど、長さを整えるために美容院にはいく。髪を切りたくなったら来てくれ、なんてブチャラティに優しく言ってもらえたけど、忙しいあの子にそんなことを頼めるはずもない。ほら今ブチャラティ幹部だから。
美容院ではトリートメントも頼むことにしている。すると、洗髪のあとに髪の毛の水気をタオルでぬぐってくれる。あれはイイですよね。
するっと、タオル越しに耳も拭い……拭く……?水気を……とる……?タオルに吸わせる……?耳周りの水分を拭って、ついでに少し、タオルごとちょっとだけ指を差し込んだ。抜いたら、リゾットが緩慢な動きで振り返ろうとしたので、両手でその頭を押さえて前に向けた。これなー、昔は耳の中によく水が入って、音がボワボワしたよね。片方を出したらもう片方に入っちゃったりして。志村ー、こよりこよりー。
「楽しいか?」
「うん。痛くない?」
「痛くはない」
じゃあナニ?
髪の毛を拭くのは、フーゴたんと同居していた時に何度かさせてもらったことがあるので慣れている。最初はツンツンしながらバカですかあんたとか罵られたけど、そのうち罵倒して来ながらも諦めたので私の根気の勝利だ。あと煩悩。
「髪の毛が短いと拭くのが楽ねえ」
「誰と比較して言っているんだ?」
「私」
「お前はそれなりに長いからな」
「天パだしな」
「関係があるのか?」
「わからんけど」
とはいえ、タオルは湿る。そろそろイイかなと思ったところでやめた。タオルは浴槽のふちに畳んで置いて、手ぐしでリゾットの髪をできるだけ元の形に戻した。
そして本題。
今度こそ振り返ったリゾットに抱きついて、頬を寄せてすりすりすりすり。
「……」
「はああ落ち着くー……癒されるー……あーリゾットちゃんーリゾットー癒されるよー」
すりすりすりすり。手ぐしで戻したけどこれもう意味なかったかもな。あと、シャンプー偉大。お風呂!って感じがするよね。普段とは違う特別な匂い。あー。
「好き……」
「……そうか」
冗談だと思ったのかな?好きだよ?私、真面目に言うのすごく照れるんだ。逃げたくなっちゃうんだ。好きなんだけど。でもこの流れなら言えた。
頬ずりするのをやめて、そのままじっとしていたら、身体の向きを変えたリゾットに撫でられた。犬?私は犬かな?犬でいいよ。リゾットの犬です。




けんか

ギアッチョが、いつも以上にメローネと目を合わせようとしない。そっぽを向いている。メローネが近づくと威嚇する。メローネが話しかけても無視をしている。
「どしたの?」
メローネに尋ねてみると、メローネはさあね、と笑いながら肩をすくめる。
「ギアッチョは繊細なのさ」

ギアッチョがメローネを煩がったり、罵倒したりするのはいつものことだけど、口も利かなくなるなんていうのはとても珍しい。よほどのことがあったのだろう。
メローネの回答ではよくわからなかったので、直接本人に聞いてみることにした。
「どしたの?」
顔も見ないほどの喧嘩を(一方的とはいえ)しているのに、同じ空間から出ようとしないのは、みんなの集まるこの部屋の居心地がいいからか、ここにしかない瓶のりんごジュースがおいしいからか。
ギアッチョはむすっとした顔で、じろりと私を睨んだ。睨んだわけではなさそうだけど、目つきが悪すぎてそう見える。
ギアッチョはグラスをきつく握った。
「あのクソ野郎が、俺の目玉焼きにソースかけやがった」
あっ、一緒に朝ごはん食べてたんだ?目玉焼きだったんだ?それでこんなに怒ってたんだ?
メローネはニヤニヤと笑みを浮かべながら私たちを見ていた。ギアッチョに視線を戻す。
「ちなみに、ギアッチョはナニ派なの?」
「クレイジーソルト」
目玉焼き戦争の溝は深い。




彼の服

着てみたかったので言ってみたら、サイズが合わないだろうなと言われた。ですよね。
「急にどうした?」
「なんとなく。寒くなかったのかなって思って」
「特には」
「確かめてみたいじゃん?」
「…………」
そもそも直にソレって。どんだけ肌ごこちが良いんだ。気になるだろ。六年前から気になってたよ。もっと厳密に言うと、生まれる前から気になってたよ。
リゾットは、ちょうど羽織ろうと思っていたコートを見て、私を見て、たっぷり五秒は沈黙してから、私を手招いた。近寄る。
後ろを向かされて、っしゃあ、と私内心ガッツポーズ。
衣擦れの音と共に、肩に重みが加わる。ありがとう。
おお、ベルトこうなってんの。カチカチ嵌めるの楽しそう。私はおっぱいが邪魔で、押しつぶさないと無理そうだ。さらし巻くか?
「腕通していい?」
「俺はどちらでも」
私物に触られるのが嫌いと一部でかなり囁かれているリゾットの服を着るとか、考えてみると蹴り飛ばされても文句言えないな。俺はお前に近づかない、ならぬ、俺はお前を近づかせない。
おい袖。袖余る。なにこれ彼シャツ?あっそういう……。気づいて笑いかけた。お約束じゃん。堪えた。
「さすがに余るねえ」
リゾットに向き直って見上げると、どうでもよさそうに、だろうな、と言われた。言ってるリゾットは半裸。着ればいいのにね。防御薄すぎだろ。このコートは丈夫そうだけど。
「いつもここを絞ってるのは、袖口が広いと邪魔だからなの?」
「そうだ」
「へー」
アレもエロいですよね。露出は多いのに、なぜか禁欲的。しかし目を引く。いや半裸的な意味じゃなくて。これはリゾットだからか?ベルトだからか?アバッキオみたいに紐で止められてたら、ヤバイなその色気。二十二歳の時からこれ着てるけど、年々な。なぜか醸し出される謎の色気。なんなんだろうね。無機質なのにね。無機質なのにね。
手で肩の位置を直されて、でもまあ、合わないので余る。そしてリゾットは半裸。可愛すぎるだろ。マジでこの半裸不思議すぎる。なんでなんだよ。
冷えたら悪いなと思って、そろそろ脱ぐことにした。
「ありがとね。無理言ってすまん」
「それは構わない。満足したか?」
「したした!リゾットちゃんに、いつもと違うふうに包まれた、的なね!楽しかったし、着せてもらえて嬉しかったわ。ありがとね!」
実際はかなり違うことを考えて笑いを堪えたり感心したりしていたんだけど、それを暴露することもあるまい。一瞬、パッと感じたことだけ言っておいた。マジで蹴り飛ばされなくてよかったです。
「……そうか」
私からコートを受け取ったリゾットはそれを着て(地肌に)(地肌に)(地肌に)、カチリとベルトの金具を嵌めて、じっと私を見た。なにを考えているのか読み取る前に、片手で頬を包むように触れられて、親指で撫でられた。
「……そうだな」
なににかかった同意なのかも、細められた赤い瞳がなにを表しているのかも、一瞬詳しくはわからなかったけど、優しげだったので、まあそれで、なんでもいいかなあと思ってしまった。その眼差しは貴重。




鈴付き首輪

ホルマジオとプロシュートと、テーブルで話をしてたら、「たっだいまー」なんてご機嫌な様子のメローネが部屋に入ってきた。ちゃりんちゃりんと小さな音がついている。小銭でも持ってんのかな。
「おかえりー」
「なあなあ、ポルポこれどう?」
指で示されるまでもなく、視界に入ったのは首輪だった。鈴のついた、がっつりした首輪だ。太くて、スタッズがついていてもおかしくないようなゴツさ。色は朱色だ。プロシュートが顔をしかめた。
「似合っちゃいるが、センス悪ぃな」
「なんで鈴までついてんだよ?」
メローネはカラッと答える。
「その方がイイかなって」
「犬かオメーは」
「ポルポが飼ってくれるなら狗でもいいよ。ポルポが飼って欲しいなら、もっとイイ首輪買ってくるし」
「イヤイヤ、飼って欲しいなんて言ってないよ」
「して欲しくなったら言いなよ」
「テメーはめげねぇな……」
ちりん、とメローネは自分で鈴を鳴らす。
「なあ、似合う?」
改めて依頼品を見てみよう。もとい、改めてメローネを見てみた。
さらりとした金髪と、目元を隠すマスク。蠱惑的な曲線を描く唇。全体のバランスとしては、端正な顔立ちの変態、と言ったところか。そこに、凶悪さすら感じさせる首輪が加わったことで、言うなれば"柔"の変態具合が引き締まり、強調されている気がする。女子のファッションで言う、フェミニンな中に辛めのアイテムを混ぜるテク。
ハッキリと言おう。
「凄く似合ってる」
ぱっと花が咲くように変態が笑った。間違えた、メローネが笑った。
「やったー!」
なにがそんなに嬉しかったんでしょうね。この子のツボは難しい。
ちなみに、彼がホルマジオとプロシュートの白い目を気にする様子はまったくなかった。