28 親方、空からポルポが!


リゾットんちに入ろうかとノブを捻ったら、下からポルポじゃねーかと声をかけられた。ホルマジオがゆったりと階段をのぼってくる。ぴん、とあることをひらめいて、私は階段の一番上まで駆け寄った。お?と足を止めたホルマジオに、いっくよー!
掛け声一発、飛んだ。
「うおあああああオメーバッカじゃねーのか!?」
カンカン、と二段降りて、片足を一段下の地面につきながら私を抱きとめたホルマジオは、すぐに私を下ろしてパァンと側頭部を平手でぶった。イテエ!パンチしようとしたら難なく止められた。クソッこれだから肉体派は。
「いきなりなんなんだよォオメーはよォー!アブネーだろ!」
「どんな反応するかなと思って……」
「アホか!想像しろ!!」
「現実は想像よりもぶっ飛んでることが多いからさあ」
「オメーのやることのほうがぶっ飛んでるっつーの!しょーがねーやつだな!つーか……やるなら自分で着地できる高さにしろよなァ」
階段の上を見上げる。それほど高くはないと思ったけど、こうしてみると結構あるかもしれない。
「そうだね。キャッチしてくれそうな人にだけやるわ」
「……ペッシはやめとけ」
「ペッシは案外受け止めてくれると思うけどな。問題はプロシュートだろ。絶対避けるよ」
「……」
ホルマジオはちょっと考えて、そうか?と首をかしげた。お前の中のプロシュートはどんだけ男前なんだよ。たぶん暗チの中の誰よりも筋肉ないぞ。だってすげえ細いもん。プロシュートになら腕相撲で勝てる気がする。
そう主張すると、ホルマジオがゲラゲラと笑った。やってみりゃわかんだろ。だからやらないって。落ちたら怖いもん。
やる時は呼べよ、と念を押されたので、もしやるとしたらね、とあいまいにうなずいた。

イルーゾォが私に気づいた。何してんだよそこで、と階段を指さされて、私は立ち上がった。かわいそうな獲物といえばイルーゾォ。イルーゾォといえばかわいそうな獲物。首をかしげて一番下で立ち止まっているイルーゾォに、私は一段下がって声をかけた。
「いっくよー!!」
「!?」
とうッ、と気合一発、イルーゾォめがけて階段を蹴ると、イルーゾォが目を剥いた。アホかアアアアと叫びながら勢いを殺して受け止めてくれてホッとした。イルーゾォもどっちかっていうと後ろから近づいてこっそり殺害タイプだから、ホルマジオとかペッシみたいにレベルを上げて物理で殴る、みたいな人に比べて細いんだよね。服で隠れてるけど細いんだよ。
「何考えてんだお前は!」
「受け止めてくれるかなと思って」
「一か八かに賭けるのやめろって俺前から言ってるよな!?」
そういえば言われていたかもしれない。でもイルーゾォなら受け止めてくれるだろうなって思ったんだよ。実際大丈夫だったじゃん。ありがとうイルーゾォ!笑顔で押しきる作戦だ。イルーゾォは胸を押さえて息を整えた。こいつマジに目が離せねえ、と呟かれた言葉は聞こえなかったふりをした。

ソルベとジェラートは安定していた。私がジャンプした瞬間、ふたり同時に目を丸くしたものの、なんと抱き留めるのではなく両側から私の手を取ってぐいっと持ち上げて勢いを殺して、私に足で着地させた。何が起こったのかわからなかった。人間空中ブランコじゃねえか。
「ソルベもジェラートもすごい力あるね」
「まあな。俺たち、お互いをおんぶしたり抱っこしたりとかよくあるし」
「ジェラートに比べたら軽いもんだぜ、ポルポなんかさ」
「ごちそうさま」
私が手刀を切るとふたりは爆笑した。これ全員にやるの?と訊かれたので、プロシュートはやめようかと思ってる、と答えると、ソルベとジェラートは顔を見合わせた。
「やった方がいいって、絶対」
「そうそう。だってあのプロシュートだぜ?ぜってー面白いって。そん時は呼んでくれよ」
「面白そうだけど私怪我したくないわよ」
「いざとなったら俺らがスタンドで助けてやるからさ」
なー、とニッコリ笑い合ったソルジェラに、私はほだされた。ひとつ年上なのに、なんだろうこの屈託のなさは。メローネの無邪気さとは違う爽やかさだ。これでキレまくってるヤ……いや、ギャングだというのだから人は見かけによらない。会話をしているとただの距離が近すぎるノッポ同士に見えるのにね。
ちなみにこいつらのスタンドが救出に向いていないどころかそんな能力がはなからなかったことを知ったのはこの後だったが、私はこれについてツッコミの機会を与えられなかった。テキトーぶっこきよって!

ペッシは可哀そうだったので、下から数えて三段目から飛びついた。受け止めてもらうというより私が抱き着いた形だ。その日は偶然プロシュートと別行動をしていたようなので、運がよかった。
ペッシは意外なほど力強く私を支えてくれた。さすが、ブチャラティと兄貴をくっつけた釣竿を持って踏ん張れた馬力の持ち主だ。ていうかその時のセリフを今思い出したけど、あのほっそいブチャラティよりもプロシュートの体重は軽いんじゃねえかよ。やっぱダメだろ。私顔面擦りむくだろ。
「このことプロシュートには内緒ね。みんなにやってるから」
「うん、わかったよ。兄貴にやる時は俺にも教えてくれよな」
「了解。みんなして私が土まみれになるところが見たいんかねえ?」
ペッシが苦笑した。兄貴は凄いんだよ、とにっこり微笑まれて、そうだねえ、ペッシが言うならそうなんだろうなあ、とすんなり頷けた。プロシュートは凄いんだろうなあ。……男気、とかが?

三番目に心配な子が帰ってきた。ギアッチョだ。ひょろそうだもんなあ。
脚の筋肉はあるだろうけど、全体的にはなあ。
どの高さから飛ぼうかな、とギアッチョをじろじろ眺めながら上ったり下りたりしていると、階段の下でギアッチョが顔をしかめた。
「オメー、またなんか変なこと考えてんのか?階段に油でも塗ったのか?」
「私のことなんだと思ってるの……?」
「馬鹿以外の形容詞が見つからねえ」
失礼な子だ。確かに、まあ賢いことをしているつもりはないけれど。どちらかというとアホな行動だという自覚もあるけど。
「ギアッチョって衝撃に強いタイプ?」
「なんだァ、それ?あー……まー、強いか弱いかッつったらツエ―――」
飛んだ。強いなら問題ない。ギアッチョがぽかん、と口を開けて、それからザッと顔から血の気が引いた。ホホホワイトアルバム!どもってるところを初めて聞いた気がする。スタンドを装備したギアッチョが私を氷で固定した。固定されて勢いが死んだ。寒いです。
スタンドを解除したギアッチョは、目の前にすとんと着地した私をものすごい目で睨んだ。私のデコに曲げた人差し指の一番硬いところを突き刺さんばかりに突きつけて、ぐりぐりとえぐるように押し付ける。
「イテエです」
「オメーがアホなことッしてッかッだろーがよオオオオ!!」
ものすごい勢いで罵られた。びっくりした?と訊ねると、してねエよと強がられた。
「オメーとはしばらく口利かねえからな」
「え、ええ!?ギアッチョ、そんなに気を悪くしたの?ご、ごめんね、許して!」
私の横をすり抜けて階段をのぼろうとしたギアッチョの手を掴む。疲れて帰ってきたのに上司の奇行に付き合わされて怒ってしまったのだろうか。ギアッチョなら怒りながらも許してくれるかな、なんて考えは甘かったか。ごめんよ、アホな女で。
「ギアッチョと喋れないとさみしいです!」
もう伝家の宝刀土下座しかないかと思ったところで、ギアッチョが私の手を振り払った。
「うっせー!ペッシにやって地面に激突しろ!」
「あっ、ペッシはしっかり受け止めてくれたよ」
ぽろっと言ってしまったのがいけなかったのか、ギアッチョはカンカンカンと階段を駆け上ってバカ女!と私を罵ってからドアの向こうに消えてしまった。プライドが刺激されたのかな。ごめん。

バイクをアパートの下に停めたメローネは首をかしげた。
「ポルポ、パンツ見えるぜ?」
「まじでか。丸出しだったのかな、恥ずかしいな」
冗談だよと笑われて、メローネが階段の手すりを触った。一歩階段に足をかけて、誰か待ってんの?と私を見上げる。俺を待ってたの、と言わないところを見ると、今日はテンションが振り切れているわけではなさそうだ。これなら安心かな。私はメローネ!と名前を呼んだ。ジャンプ。
えっ、とメローネがマスクの向こうで目をまんまるく見開いて、後ろに下がるかと思いきや逆に踏み込んだ。私の腰を受け止めてくるりと勢いを逃がして、地面に下ろされる。
「ビビったあー!空から天使が降って来たかと思ったぜ!」
「天使!うはっ、やばい鳥肌立った!」
「え?俺が格好良すぎて?」
「あはははは!!そうそう!かっこよかったよメローネ!ありがとね!」
だんだんメローネのテンションが上がってきて、前から思ってたけどイイ腰してるよね、と褒められた。褒められたのか?褒められたと思っておこう。ありがとうと言うと、でも俺のベイビィは母体に巣食うから腰は関係ないんだよなー、残念!と勝手に悔しがっていた。そうかい。
「これみんなにやってんの?」
「そう。あと残ってるのはプロシュートとリゾット」
「ぶは!トリじゃん!来たら呼んでくれよ!」
「把握」
メローネは笑いながら階段をのぼって行った。いよいよクライマックスが近づいている。正直に言うと怖い。なんか、どっちも軽く避けて私が地面とキスする未来が見えるんだよな。むしろそれが自然なんだよな。

ごくり。私は生唾を呑みこんだ。プロシュートが携帯灰皿に吸殻を捨てて、それをポケットに突っ込んでこちらを見上げた。位置としては絶好だ。私はちょっと待っててと言い残してドアを開け、プロシュートが帰ってきたよーと声をかけた。部屋の中が騒がしくなってどやどやと7人が出てきた。
「……テメーら何やってんだ?」
「見物」
「気にしねーでいいぜ」
ペッシまでいることを訝って、プロシュートは私を見上げた。
「またテメーの思いつきか?」
「そんな感じ。プロシュート、いざ勝負!」
顔面を怪我する覚悟で階段を蹴った。プロシュートは驚きもせずに、片足にかけていた体重を戻して両腕を広げると、あまりの余裕さに動揺した私をそのまま全身で受け止めた。プロシュートの身体は揺らぎもしなかった。な、なんなのこの兄貴、かっこいい!少女漫画かと言いたくなるほど丁重に降ろされて、上階からほら見ろとかやっぱりなとか兄貴かっこいいとか野次が飛んできた。
「どういうことなんだ!プロシュートはこんなに細いのに!?」
「人は見かけじゃねーんだよ、一個賢くなってよかったなア」
「ウッこいつカッコいい……」
「バーカ」
広げた手のひらでわしゃわしゃと髪の毛をかきまわされて、私は素直にプロシュートに拍手を送った。去り際まで格好いい、さすが兄貴です。そりゃ女が寄ってくるわ。外見も中身もチートなんだもんな。
あの細さを維持しながら筋トレするのって大変なんだろうなあ、とプロシュートの口にする食べ物を思い浮かべて、それが私とあんまり変わらないことを思い出して、もしかしてそういう体質なのかな、と考えて震えた。体内までカッコいいな。なんなんだ。

あとはリゾットを待つのみだ。
階段の一番上に腰かけてのんびり夕陽を見ていたら、下から声をかけられて本気で驚いて変な声が出た。
「い、い、いつからいたの?」
「今戻ったところだ。……何をしている?」
リゾットを待ってたんだよ、と、私は立ち上がってスカートの汚れを払った。素早く一段飛び上がって、いくぞ!と叫んだ。わずかに目を見開いて、それからリゾットは落ちる私に腕を差し伸べた。最上段から飛び降りたにも関わらずこの安定感。これが固有スキル母性EXの成せる業なのか。
どうやって抱き着けば負担にならないんだろうか、と瞬間考えて、あっそんなこと考えるのは意味のないことなんだなとすぐに理解した。
私がリゾットに抱きつくような形で受け止められて、すとん、と下ろされて、それから、何をされたのかわからなかった。少しかがんだリゾットに背中を支えられて膝裏をすくわれて、びっくりした私は自然とリゾットの首に抱き着いていたし、私の身体は横抱きにされていた。え、今時間飛んだ?キングクリムゾン?
「す、すげえ……リゾットカッコいいな……」
「あまり驚かせるな」
「驚いてないように見えたし、見える」
「そうか?」
降ろされる気配がない件について。私がどうしたらいいのか戸惑っていると、リゾットはそのまますたすたと階段をのぼりはじめた。えっと、重くないのか?私のおっぱいの重量は結構あるぞ。
ドアの前に立ったリゾットは、悪いが開けてくれ、と私の手がドアノブに届くようにした。いや、そんなことするなら降ろしてくれた方が早いのでは。
そう言える雰囲気ではなかったので、おう、と了解の言葉しか口にできず、私はドアノブを捻った。腕で押すと、わずかに開く。どうすんのかなと思っていたら、リゾットは足で残りを押し開けた。足も使えるんだこの人。
音があまり立たないようにドアを閉めて、その間も私はリゾットにしがみついたままで、なんかもうよくわかんないんだけど、どこまでこの状態で進むのかな。衆目に晒されると思うと気恥ずかしいぞ。
願いむなしくそのままリビングに入ってしまった。イルーゾォがうわあ、と引いた。どっちに?私にだよね、わかる。私もイルーゾォがリゾットに横抱きにされていたら引くもん。ただしその場合はリゾットに。リゾイル、なくはないな。むしろアリじゃないかな。やっぱり引かない。興奮する。
「今日はもう大人しくしていろ」
「あ、……はい」
ソファの前で降ろされて、そのまま座らされた。気圧されるように頷くと、リゾットは廊下の方に出て行った。
「……リゾットの母性、やべえー……」
私が呟くと、ポルポの思考がヤベエよとジェラートが笑った。ソルベも笑った。