27 まあ、やるよね


ブチャラティの部屋を見回していたら、見るからに中身の入っていなさそうな大きな鞄が置いてあったので、私はそのそばにしゃがみこんだ。素早く廊下を見る。よし、ブチャラティはまだ戻ってこない。
私は逸る気持ちを押さえて、未知の感覚にドキドキと胸を高鳴らせながらそれをそっと摘まんだ。
「スティッキィフィンガーズ〜」
一気に引いた。ジッパーがじじじじじじと音を立てて開いていく。達成感。非常に楽しかったので、「閉じろジッパ〜」と唱えながらジッパーを閉めた。満足して立ち上がって振り返って硬直した。
戻ってきたブチャラティが、放置されていた鞄を見て、それから私を見た。
「み、……み、みみ、見た?」
「そうだな、見たな」
「う、うわああああああああ」
部下のスタンド能力を真似してひとりで遊ぶ上司。痛い。痛すぎる。冷や汗がどっと出た。
「わ、忘れて!今の忘れて!何にもなかった!今、何にもなかったよね!?」
顔も赤いかもしれない。恥ずかしすぎる。
ブチャラティに詰め寄ると、ブチャラティはそうだな、と生真面目に頷いた。
「大丈夫だ、俺は何も見ていない」
さっき見たって言ってたけどな。ありがとう。あとその言い方、逆に傷つく。ごめんわがままで。
私は平静を装って椅子に腰かけた。ブチャラティが、カウンター造りになっているテーブルに私のものと同じグラスを置いて、冷蔵庫に向かった。
とにかく、オレンジジュースを飲んで落ち着こう。私は残してあったグラスを手に取った。
「スティッキィフィンガーズ」
「ガッホ!!ゲホッゲホッ、ば、ばかやろうブチャラティ!!きっさまー!」
ぼそっと呟かれてオレンジジュースを噴いた。ティッシュで慌てて飛沫を拭き取って、がたんと椅子から立ち上がる。すまない、と、からかったことを謝ってくるかと思ったら、ブチャラティは冷蔵庫の方を向いて、私に背中を向けたまま、くっくっくと肩を震わせ始めた。
「く、ふ、ふふふ、は、く、く、はは、はは、あはは、く、くく、あははは」
震えるのは肩だけじゃなくて背中が小刻みに上下して、とうとうブチャラティは片手でお腹を抱えてしゃがみ込んでしまった。時折、私のはしゃいでいた声と後ろ姿を思い出すのか、笑いを噛み殺そうとして失敗した声が漏れた。ヤメテーもう私のライフはゼロよー!
ブチャラティがしゃがみ込んだまま全然起き上がってこないので、私はカウンターテーブルの内側に駆けこんでスーツの上着の下に手を入れてわき腹を思いっきりくすぐってやった。うわっポルポ、と私の名前を呼んだあと、ブチャラティは更なる笑いで死にそうになっていた。
しばらくくすぐって笑かせているとブチャラティが私の手をタップしたのでくすぐるのを止めた。ぜえぜえとお互いに息を乱して、ブチャラティはもう冷蔵庫に肩でもたれかかってこちらを向いて、開いた膝の上に腕をのせて死にそうだ。私のせいでスーツが乱れているので、こんな時でも色っぽい。なんなんだよ。謎のインナーの魔力なのか。
ブチャラティの膝と腹の上に手を乗っけて、私は肩で息をしながら口を開いた。
「全部忘れた?」
「はあ、はあ、……くすぐるのは卑怯だ、ポルポ……」
「忘れて!!全部忘れよう!そんでゼロからやり直そう!」
詰め寄ると、ブチャラティは両手を挙げた。
「わかった、わかったよ、そんなに必死にならな、ッく、……く、ふふふ」
「こいつ忘れてねえ!!同盟破棄だ!今度こそ仕留める!!」
腹筋が震えはじめたのでとりあえず手を突っ込んでくすぐった。もともと暖かい体温がぽかぽかしてくる。笑いすぎて軽くしゃっくりが出ているのが可愛いと言えば可愛いのだけど、あと赤くなった目元に笑い涙を浮かべてこっちを見てくるのも可愛いのだけど、それに誤魔化される私ではない。だってこの子絶対ヘンな時に思い出して耐えきれなくて笑うパターンや。
それにしてもかなりくすぐっているのに、全然下品な笑い声は立てないのね。なんだろう、生まれもっての気品なのかな。
もうズボン剥くしかねえかなと考えた瞬間、たぶん私の目が据わったのだろう。ブチャラティが(笑いすぎて)涙目になりながら、それはちょっと待ってくれと私を止めた。ちょっと待てば剥いていいのだろうか。私が待機していると、ブチャラティは下を向いて笑いを飲みこんで、数回深呼吸をして、ふう、と顔を上げた。
「長い戦いだったが、これでおしまいにしよう」
「そうね。私ももういい歳だからね、若者とこんなことで争いたくはなかったんだけどね……認めたくないものね、スタンド使いゆえの過ちと言うものは……」
しみじみ呟くと、ブチャラティは私をじっと見てから、ぽつりとこぼした。
「そのうち、俺のスタンドでポルポを言葉も出ないくらい驚かせてみたいものだな」
こわいこというのやめてほしい。