24 ポワゾン


遅行性の毒でよかったな、と、場違いにも犯人に感謝した。そら、自分主催のパーティであんまり仲良くない幹部仲間が毒殺されたら自分に疑いがかかるもんね。でも、日本の火サスで勉強しないとダメだぞ。2,3時間効果を遅らせたくらいじゃ疑いは晴れないぞ。明らかにオメー黒だぞ。
パーティで勧められたドリンクを飲んでおいしいっすねあははとあんまりおいしくなかったけど笑って、まあお互いこれからもがんばりましょうねと心無い握手を求められたので応じて、ダンスなんていうおしゃれな時間はなかったので安心して立食でご飯をたべて、そういえばドレス姿は誰にも見せたことがなかったなあと思ったので自慢がてら暗チのアジトにやってきてイエーイこれ似合ってる?どう?どう?と軽くアルコールが入っていることもあってくるくる回ったり悪かねーよと褒められたりしてリラックスしていた時だった。ふいに、くらりと強烈な眩暈が私を襲った。
つないでいたイルーゾォの手を、やばい、と思って振り払って、ソファの背もたれに手をついた。振り払ってごめんねなんて思う余裕はその時はなかったんだけども、イルーゾォは気にした様子もなく、なんだ酔っぱらったか?と私の背中を軽くたたいた。そうかも、と一瞬で収まった眩暈に苦笑して顔を上げようとして、何かが引っ掛かったように咳き込んだ。いつもみたいに咄嗟に口元に手を当てて、そっぽを向いてえずきそうなほど激しく咳き込んで、あっこれやばいな、とようやく気づいた。手真っ赤。
なんじゃこりゃああああと叫ぶ暇もなかった。真っ赤すぎて笑った。でも笑い声を出す元気も表情を変える時間もなくて、心の中で色んなことを考えてプギャーして、口にできた言葉はこれだけだった。
「やばいちょううける私の手血まみれ」
そのまま床にぶっ倒れた。掃除、ごめん。声が出なくて、目を閉じて。


起きた。知ってる天井だった。これリゾットの部屋のリビングの天井だな。
私どうなったんだ。声を出そうとしてできなくて、身体を起こそうとして、できなかった。重い。頭痛もするし、胃も痛いし、口の中もイガイガした。
「起きた!みんな、ポルポが起きたよ!」
ぼんやりと薄く目を開いていると、タオルを持ったペッシが私の顔を覗き込んで、わあっと声をあげた。ガタガタガタッとものすごく椅子がうるさく鳴って、足音がして、すぐにメローネの顔が天井の景色を遮った。金色の髪が逆光でくすんで、顔の横にこぼれて、マスクの向こうできつく眉根が寄せられていた。なんだひどい顔してるな、と言おうとして、声が出なかった。おいおい、いったいどうなっちまったんだ私は。まばたきすら重い。なにこれ、新種のスタンド攻撃?もちろん、マジでそう思っていたわけではない。
あの幹部いつか泣かす。毒を仕込まれたんだなという確信があった。同時に、遅行性でよかったと思う。そうでなかったら本当にこの世からオサラバしていたところだ。
「声、出ないのか?ポルポ、俺がわかる?」
わかるわかる。そんな声出さなくてもわかるよ。ていうかメローネの手熱いな。もしかして、私の顔が冷たいのだろうか。
「オメー、どこで何口にしたんだ?あ?」
「ホルマジオ、今聞いても答えられねーだろ」
どこでって言われてもパーティでとしか。色々口にしたけど、何がダメだったのかがよくわからん。あの異様においしくなかった食前酒かな。でもおいしくなさすぎってあからさまだよな。ダミーかもしれん。2時間サスペンスで鍛えた推理力がうなる。
「……う……みず……って、声出、ゲホッゲホッゲッホ」
「おい喋んな、吐いた時に喉もやったのかもしれねーだろ」
「ん……」
吐いたのか。え、床に?わからんけどごめん、もしそうだったら凄いごめん。
非常に申し訳ない、と、ソルジェラにゆっくり抱き起されてから頭を下げると、ソルベが気にすんなよ、と笑った。吐かせたの俺らだしな。ジェラートがけろっと言った。すみません本当に。ひとの吐しゃ物なんか見たくないだろ。私も見せたくなかったよ。
「メジャーな毒だったからさあ、ここに解毒剤残ってて良かったぜ。誰だか知らねえけど、そいつに芸がなくて命拾いしたな、ポルポ!」
毒にメジャーとかマイナーとかあるんだ。初めて知ったよ。誰かを毒殺しようと思ったことも毒殺されかけたこともないからさ。うん。素晴らしい笑顔のジェラートの後ろからソルベが続けた。もっとも、知らねえ毒だったとしても死なせるつもりはないけど。
ありがとう、とっても頼もしいね。殺気がチラついてなければもっとね。
私が、私を見ている8つの視線にひとつひとつ顔を向けると、おのおの、なんだか不穏な表情を浮かべた。メローネなんかは無邪気ににっこり笑って、ポルポはなんも考えないでゆっくりしてればいいから、と明らかにヤバイ発言をかました。ペッシは心配そうに私の額に浮かんだ冷や汗をぬぐってくれたあとに、大丈夫だよポルポ、兄貴たちに任せたら、ぜんぶうまくいくよ、と不安を掻き立てることを言った。うん、ナニがうまくいくんだろうね。
私が問うに問えないでいると、ふとプロシュートが廊下の方に顔を向けた。
「判ったのか?」
「あぁ。入手経路も隠蔽しない、粗末なやり方だった」
ナニを入手する経路の話ですかね。やっぱ毒ですよね。つまりナニについて調べていたのかというと、今回のパーティの主催者である幹部の彼のことですよね。紙も何も持ってないけどすべてリゾットさんの頭の中にインプットされてるんですかね。怖ろしいです。顔文字があったら私泣いてる。
「リゾ、りぞっ、ちゃん、あのさ……」
「だから喋んなっつってんだろ耳までイカレてんのかオメーは!?」
「ギアッチョうるせえよ」
ありがとうホルマジオ。でもギアッチョもありがとね、君の心配が心にしみる。嬉しいです、という意味を込めてニコッとしてからリゾットの方を見た。あのね、言いたいことがあるんだけどね、その、あのさ、なんていうか君たちが今計画してるのって、つまりそういうことだよね。無償でやっちゃうんだよね、上司が侮辱(というか攻撃)されたからさ。
「おんびんに、いこ。運よく、わ、たし生き残ってるから、これ、しょうこ、つかんで、脅せるし」
喉が麻痺してんのかな。うまく声が出ないし、乾いた変な声になってしまう。声紋認証でドアが開くタイプのロックがかかってたらたぶん家に帰れない。
とにかく私の方で大人の対応してみるよ、と精一杯訴えたら、プロシュートに罵られた。脳みそまで麻痺してんのかテメーは、と眉根を寄せる。
「あっちは殺す気で来てんだ。失敗したって判ったら、次は実力に訴えてくるに決まってんだろうが」
「そりゃ、そうだけど……幹部だよ、あいてはさあ……」
殺しちゃったらどんな混乱が待っているやら。表向きには何にも悪いことしてないんだから、犯人探しにも力が入るだろうし、そうなったら不利なのはこっちだ。こっちというか、私よりも暗殺チームが不利じゃないかな。ボスには確実にうちだってバレるぞ。
「ポルポがそう言うのなら」
リゾットは静かに口を開いた。わかってくれましたか、リゾットさん。
「手口を変えよう」
「ちょっゲホッゲホゲホガッ待っ……」
「バレるようなヘマ、するわけねーだろ?いいからお前は黙って寝てろよ。明日の朝には終わってっから」
ナニが?彼の人生が?こいつら本気だ。脅すとか、そういう選択肢がない。あの幹部の心境はたぶんガラッと変わる。えっポルポがこの毒で死ぬんですかやったー!死んでないじゃないですかやだー!ていうか俺が死ぬ。
すごく……哀れです……。手を出す相手はたぶん間違えていないんだけど、まさかその相手が猛犬飼ってるとは思わなかったようだね。私もこんなに皆が怒るとは思っていなかったよ。認識誤ってた。ごめん。
非常に頼もしい、そして珍しいイルーゾォの笑顔を見てこりゃ何を言っても止まらないわと悟った私は、起きた時と同じようにゆっくりソファに頭を戻して、それから目を閉じた。もう知らね。


一週間後に件の幹部の葬式に呼ばれたので、私は若輩の身ではありますが生前とても良くしていただきました、このたびのことはとても残念でなりません、なぜ彼がこんなことになったのか……そういえば最後にお会いしたのはこの方の主催するパーティでしたねあの時は私も素晴らしい贈り物をいただいて驚きました、と適当ぶっこいてお花添えておいた。うらむなら自分の迂闊な行動をうらんでください。






具体的にだれがポルポを吐かせたか