23 護チと脱衣トランプ


この人たち、薄着すぎる。
カーディガンとシャツを脱いで、上は下着とキャミソールだけをつけている格好になりながら、私はのんびりとカードを引いた。ハートの8。ちょうどペアになったので捨てて、隣に座るナランチャにカードを向けた。引きぬかれて、その顔が絶望に染まる。あはは、ババ引いてる。
ナランチャは負けまくって上半身はすでに裸になっているし、ブチャラティはあの謎の肌着姿だ。この中で涼しい顔をしているのはフーゴとアバッキオだけで、ミスタはパンツ一枚の姿で勝負から離脱し、達観した眼差しでこちらのテーブルを見つめている。パンツか帽子かを選べと言われて迷いなくパンツを選んだ姿勢に敬意を表し、どちらもひん剥かないでおいてあげた。そして浮かび上がるハゲ疑惑。
もうひとめぐりして、私は上がり。ナランチャが持ち前の強運で最後のペアを捨てて、アバッキオに一枚残ったカードを向けた。ババです。それを引いたアバッキオが無を装った表情の下で舌打ちしたのがわかる。そうだね、フーゴに引かせると必ずババ以外を取られるもんね。今回もたがわず絵札を引いたフーゴは、ペアを捨てて最後の一枚をブチャラティに渡した。ブチャラティがペアを捨てる。残った一枚を愕然としているアバッキオが引いて、ブチャラティも上がり。悪いなアバッキオ、とまったく悪く思っていなさそうな声音のブチャラティが止めを刺した。
「ウェーイ負けはアバッキオー!」
「ぎゃっはははは!あんたそれ脱いだらラかよ!裸かよ!」
指さして笑ってくるミスタにうるせえ負けた奴は黙ってろと一喝して男らしく脱ぎ始めたアバッキオ。あの紐をどうやってとるのかずっと気になっていたけど、靴紐みたいに毎日穴に通しているんだろうか。と思ったらそのまま脱いだ。脱げるのか。
「よかった……素肌にそれ着てるのかと思ってたんだ……」
「ぷひゃひゃひゃひゃ」
「ミスタテメエあとで後悔すんぞッ」
アバッキオは黒い肌着をちゃんとつけててくれたよ。メンズブラとか出てこなくてよかった。
ところで私も後がない。いつもおっぱいをネタにしているから下着くらいはよくね?と思われるかもしれないが、年々気恥ずかしさが増してきて、谷間とかおっぱいなら良くてもブラジャー系の下着はもうダメだ。恥ずかしい。ていうか年齢的にもつらい。20代も半ばだぞ。アラサーの生下着なんか見たくねえだろ。私も見せたくない。
この脱衣麻雀ならぬ脱衣トランプを提案してきたミスタがいの一番に脱落したのには腹を抱えて笑ったが、そろそろ他人事ではなくなってきた。ここは鉄壁だったフーゴを崩すことに集中して、自分から的を逸らさなければ。
「ていうかフーゴたんもどんな格好してんだって話だもんね。脱いだらマッパにネクタイだし」
「放っておいてください。夏は涼しいんですよ」
「フーゴ、冬もそれだったぜ?」
「うるさい。ナランチャは黙っててください」
真実キレ易い若者であるフーゴを突っつくのはこれくらいにしよう。私は慣れた手つきでカードを切るアバッキオを見た。心なしか目がぎらぎらしているというか、もう二度と負けるかと気合を入れているようだ。そうだね、君のパンツの形態にはちょっと興味があるけど、この中で唯一まともそうな神経してるからかわいそうになるよね。フーゴは堂々と脱ぐし、ナランチャは脱いで何が悪いのかわかってないし(悪くはないけど羞恥がない)、ブチャラティも平然と脱ぎそうだ。がんばれアバッキオ。
今回はあまり手札がよくなかった。厳しい顔をして睨んでいると、席替えして、隣に来たフーゴがにっこり、笑顔を向けてきた。そういう彼の手札は少ない。
「ポルポ、さあ引いてください」
「ぐっ……余裕ぶっちゃって!そのきれいなよゆうをふっとばしてやる!」
「早く引いてください。あんたは引くだけでしょうが」
引いたらペアが出たので捨てた。また隣になったブチャラティにカードを向けると、ちらりと私を見てから指を彷徨わせた。私はババを持っていないのでドキドキもしない。す、と真ん中のカードが抜かれる。ペアにならなかったのか、ブチャラティはそれを手札に加えてアバッキオに差し出した。ブチャラティの偉いところは嘘を見抜ける能力を使わない所だと思う。質問されたら一発だもんね。
ここからアバッキオが怒涛の追い上げを見せた。馬鹿なッ、と動揺するフーゴをネクタイまでひん剥いて、次の勝負でズボンも下ろした。勝負の結末を認めきれなくて抵抗する細い少年のベルトにつかみかかった19歳の青年の絵面はやばかった。
アホかテメエ抵抗してねえで脱げやオラふざけないでくださいよこっちはさっき同時にネクタイまで取られて意味わかんないことになってんですよ良かったじゃねェか全裸にネクタイだけにならなくてよォ感謝してほしいぜオラ脱げ!

恐怖の12回戦。負けたのはナランチャだった。脱落していく男ども。残るのは闘志を燃やしまくっているアバッキオと静のブチャラティ、そして私だ。カオス。ちょうカオス。できることならこのままふたりに自爆してほしい。
「よく考えろよブチャラティ、確かに今はあんたが優勢だぜ。だが勝った先に何がある?あ?そこのアホ面ひん剥いて何が楽しいんだ?」
「おい」
「楽しいか楽しくないかは別として、今は俺がカードを引く番だアバッキオ」
「無視か」
ブチャラティを制したら今度はあんたがその楽しくないオバサンをひん剥きにかかるんだろうがアバッキオこのやろうめちゃ許さん。お前が勝ったら必ず一騎打ちできさまを制するぞ。
一足早く上がっていた私からは、ブチャラティの手札が見える。ババを握っているアバッキオに対して残りは1枚。ゴクリ。今、ブチャラティがカードを引く。
指がトランプにかかる瞬間、ロックをかけていたはずのホテルの扉が勢いよく跳ね開く音がした。ポルポーッと私を呼ぶ女の声。やべえ。その場のほとんどの人間が青ざめた。私ももちろん青ざめた。
「全然戻ってこないからあの優男と野良犬どもの所にいるのだ、――と、……」
あたりをつけて飛び込んできたビアンカは、彼女曰く野良犬どもの格好と私の格好を見て悲鳴を上げた。
「きゃああああポルポなんてすばらしい格好をしているの!下着が透けているじゃない!あぁああっポルポー!!」
思いっきり抱きつかれた。腕に対する配慮は忘れていなかったらしく、痛みがないようにインパクトの瞬間はふんわり優しく包み込むようなハグだったが、その力が洒落にならない。締め付けてくる。アナコンダか君は。
ビアンカに気を取られているうちにブチャラティが勝利していた。アバッキオがズボンまで剥かれて肉体美を疲労しながら敗者ゾーンに去っていく。なぜか私が激励された。テメーの裸なんぞ見たくねえから全力でブチャラティを剥けよと言ったアバッキオにビアンカの投げた灰皿が当たった。
結論から言おう。ビアンカの引きがやばい。
ビアンカが「これよ、ポルポ」と勝手に引いてくれたカードはすべてペアが揃うもので、その的中率に私はドン引きした。君の世界には何が見えているんだ。
対するブチャラティも引きが強く、一進一退、なかなか決着がつかない。とはいえカードには限界があるので、とうとうその場面がやってきた。口を出そうとしたビアンカを止めて、私はカードを睨み付ける。
「うーんんんん……絶対ブチャラティ脱がせる……!!」
別に裸が見たいわけではないが、こうなると意地だ。私は負けられないので、つまりブチャラティが負けるしかない。ゆっくりカードをつまんで、ブチャラティの表情を見て、まったく変化しないので詰んだ。
「これだッ!第三部完ッ!」
「そうだな」
ペアが揃った。やったー!と快哉を叫んで捨て場にカードを投げる。ハートのAちゃんありがとう。
ぴらりとジョーカーを裏返してこちらに見せたブチャラティは、負けたというのにのんびりしている。動揺しないんだろうかこの子は。
「ま、今のは見逃すわ。わたくしとしてもポルポの下着姿を野郎どもに見せるなんて許せないもの」
ビアンカが気になることを言った。
「ちょ、……え?……え?どういう意味?」
「うふ、ポルポは気にしなくていいのよ。さ、この優男をひん剥けばいいのね?任せて」
ぽきぽきと指を鳴らしたビアンカは、何をするのかと思いきやぴしりとブチャラティを指さして、脱ぎなさい、と命じただけだった。よかった、跪いてブチャラティのスラックスに手をかけたりしないで本当に良かった。美男美女がそんなことしてたらただの濡れ場にしか見えない。
ブチャラティの体毛の薄さというかそれ無毛じゃねえのレベルにすべすべしている太ももにくぎ付けになっていた私は、結局ビアンカの言葉が何を示していたのか、すっかり追及するのを忘れてしまった。なので、結局、私がカードを選んだ瞬間に二枚の位置が入れ替わったことには、仕事場に戻ってそのことを思い出すまで、気づかないままだったのである。いかさまも得意とかどんなチートマンなんだ、ブチャラティ。恐ろしい子。