22 ポルポのざれごと


イルーゾォは噎せた。お前とだけはご免だ!口の周りをティッシュで拭きながら言うと、ポルポは気を悪くした様子もなく、私もだよ、と頷いた。
この女からは時々とんでもない爆弾が飛び出るな、とホルマジオは笑いながら冷静に思った。普通、本人を前にしてそんなことを言うだろうか。いや、言うかもしれない。ホルマジオなら言える。だがそれはホルマジオが男だからで、ホルマジオの言葉には完璧なジョークの響きがあるからだ。ポルポは真顔だった。
「ホルマジオとも無理だよねえ。結婚は出来てもセックスはできないわ」
つまり、そういう話である。
「お前何考えて生きてんだよ?」
「今ふっと思ったのよ。だって私の周りの男ってあんたらくらいしかいないんだもん。モテないから」
「モテない理由を胸に手を当てて考えてみろ」
「……んー……おっぱいがデカいからかな……?」
「もういい」
ポルポとの会話は、イルーゾォの精神をごりごり削る。なぜこのタイミングでそんなことを考えるのかと言いたい気持ちはあったが、まあこの流れだと仕方ないかな、と理解できるシチュエーションでもあった。ホルマジオの部屋に集う三人が何をしているかといえば、AV鑑賞会だからだ。
ひとが目をそむけるような展開のそれを売りつけられてよォ、と、まったく悔しくなさそうな顔でパッケージをヒラヒラと揺らしたホルマジオに、ポルポがマジでか気になる、とくいついたのがきっかけだった。お前女の自覚あんのか?呆れ顔で言ったイルーゾォに、ポルポはけろりと頷いた。ただビデオ見るだけじゃん。そういうところがダメなんだろ、とは、イルーゾォもホルマジオも言わなかった。
かくして、ホルマジオの部屋の大きくもないテレビに映し出された色事の録画は、映画の鑑賞でもしているのかと言うほど和やかな雰囲気のなかで進んでいった。おおよそ、これで興奮できる人間はかなり危険な趣味を持っているんだろうな、と、興奮のこの字もでないほどひどい内容だったので、イルーゾォは遠い目をしながらそれを眺めていた。拷問担当として痛めつけ方には興味があったのか、ホルマジオはなぜかふんふんと頷きながらメモを取っているし、ポルポは男優の声が邪魔、と場違いな感想を漏らしてオレンジジュースをすすっている。よく飲み物が飲めるな。イルーゾォは呆れた。三人とも各々飲み物を口にしてはいるが、こっちはそう言う仕事、ポルポはど素人だ。この手の映像がわんさか横行していた時代に彼女が生きていたとは知る由もない二人は、それぞれ気ままに時間を過ごしながら、数えきれない幾たびめかになるため息をついた。こいつ、本当におかしいやつだな。
ビデオも終盤、喘ぎ声なのか悲鳴なのか判別のつかない音声が部屋に響き始めたころ、ポルポが問題の発言を口にした。
「私、イルーゾォと結婚はできてもセックスはできねーわ」
イルーゾォは噎せた。

ホルマジオは巻き戻しボタンで気になる場面をリプレイしながら、ポルポの言葉に同意した。
「そーだなァー。ポルポだしなあ」
「でしょ?想像するだけでばくしょうだよね」
「想像すんなよコエエから!!」
「ほら、そう言う反応じゃん。つまり無理なんだよ。あははは、お互いちゃんと恋人見つけないとダメだねこりゃ!手近なところで済ませらんねーもんね!」
結論はそこなのか。イルーゾォは深くため息をついて、ベッドの真ん中を陣取ったポルポの横顔を見た。そもそもそういうビデオを見るのに男の部屋に上がり込むこと自体おかしいし、なんでお前は俺とホルマジオの間に座ってんだよ。アホか。ポルポはたぶん何にも考えていないんだろうなあ、と、聞かずともわかる。
「オメーは一生恋人ができねーか、あるいは痛い目見て男嫌いになるかのどっちかだろーなァー」
「まじでか。マジオもそう思うのか」
「マジオって呼ぶんじゃねーよ」
ホルマジオの言葉に全面的に同意。イルーゾォは口の中にとびこんできた氷をがりがりとかみ砕きながらテレビに視線を戻した。息も絶え絶えと言った様子になり、悲鳴もあげられなくなった女が天井から吊られていた。面白くない内容だった。
「これ、あんま面白くなかったね」
「……」
今さら、「怖かったわ」なんて震える姿を期待していたわけではない。ない、けれど、改善すべき点について、自分たちと意見が合致する女もどうなのだろうか。
ギャングの女ってみんなこうなのかな。もしそうだとしたら面倒くさいな。イルーゾォは暗転していく画面を見て、ため息を落とした。