21 護チをぱふぱふ


私がホテルの一室を訪ねると、全員がほぼ同時にこちらを見た。ガタ、と椅子をひいて立ち上がりかけたミスタが、私を見て、なんだポルポか、とすぐに腰を下ろした。ブチャラティはいないようで、どうやら私と彼を間違えたみたいだ。私のほうがブチャラティより立場的には上なんだけどなあと思ったけど、いきなり全員に礼を取られてポルポさんと呼ばれるのも怖いので何も言わない。
「ブチャラティはどこ行ったの?」
「ちょっと出かけてくるって言って出てった。デートかなぁ?」
「へー、彼女いるんだ?どんな女の子だろうねえ。あ、私もお茶貰っていい?」
と、アバッキオに訊ねてはっとした。アバ茶は困る。普通のお茶がいい。そのポットに中に入っているのはお茶かな?お茶だよね?新人を激烈に歓迎した結果がアレだもんね?私のことも激烈に歓迎してくれちゃうのかな?
私はアバッキオのことを飲尿プレイ変態男だとでも思っているのだろうか。じっと見ていたら、チッ自分でやれよと悪態をつきつつもカップを取りに立ってくれた。さすがのイタリア人、文句を言いながらも、茶器の扱いが丁寧。
音も立てないで私の前にカップを置いて、あたたかいお茶を注ぐアバッキオの手つきは慣れたものだ。長い指が軽くポットのふたを押さえているところなんか私の好みどんぴしゃりである。
「ありがとう、アバッキオ。君の手ってすごく綺麗だね。ちょっとおねえさんに貸して、触らせて!」
「アホなこと言ってねーで黙って飲んでろ」
「ポルポって手フェチか?」
ミスタがテーブルに肘をついて身を乗り出した。私はアバッキオのほうに手のひらを広げて向けながら、顔だけをミスタに向ける。
「いや別にそう言うわけじゃあ。綺麗だなって思ったから触ってみたくなっただけ」
「へー。俺のは?」
ミスタの両手がテーブルの上で開かれる。身体をそっちに向けてまじまじと眺める。自分の手に取ってすりすり撫でる。うん、掌から伝わってくる男の子パワー。これが若さか。
喧嘩をしていた青年らしい節くれだったしっかりした指だ。そうやって見てみると、ブチャラティ、フーゴ、アバッキオの指の細さはすごいもんだな。不健康ではないのにすらっと細い。でもミスタの手もいい。太陽みたいな手。うん、ジョルノの輝きが太陽だとすると、たぶんミスタの手はそれを支えるように持ち上げる太陽みたいなぽかぽかした手なんだろうな。ちょっとメルヘンチックなことを考えた。
「格好いい手だよね。男の子らしい」
「そうかあ?ナランチャのは?」
「しっとりしてて子供体温でかわいい。すべすべ」
「カワイーって言うなよなァー。ポルポ、なんでもすぐカワイーって言うんだもん」
ナランチャはぷくっと頬を膨らませた。そういうところが可愛いんだよ。
ミスタの手を取ったまませっせっせのよいよいよいの動きをして遊んでいると、フーゴのため息が聞こえた。ポルポはもっと語彙を増やした方がいいですよ。新しい罵倒の仕方だった。たしかに「可愛い」ばっかり言ってる自覚はある。可愛い、すごい、やばい、きれい、かっこいい、うわ、ビビる、こわい、おう、うん。私ってこの10個で会話をつないでいるしな。

立ち上がって、座っているフーゴの後ろからむぎゅうと抱き着く。フーゴは面倒くさそうにカップを置いて、胸の前にある私の手をほどこうとした。そうはさせじとおっぱいを押し付けると、さっさと離れてくださいよコアラの子供じゃあるまいに、と椅子を引いて立ち上がられた。そのまま腕から身体を抜こうとするので、そんなに嫌なのかよう、と追いかけて頭に頬ずりしたら下からほっぺをつっぱねられた。解放すると、フーゴは腰に手を当てて私に向き直った。めいっぱい不機嫌な顔をしてため息。でも私は知ってるぞ、家では君が抵抗しないことをな。
「いい加減、外で僕に構うのはやめてください」
「一足早い思春期かあ……これが母性ってやつかね。うりゃ」
「うひあやッ、な、ん、もご」
ミスタが茶に噎せた。
驚きすぎて、視界もきかないし、どう抵抗していいのかわからなくてうまく私を突き離せないフーゴに―――私の胸に顔を押し付けられたパフパフーゴにおっぱいを寄せると、フーゴが硬直した。アホですかあんたはあああああと怒声がシャツをとおして胸に伝わってきた。言葉でも理解できたし振動でも理解できたよ。
これ以上続けると家でも口をきいてくれなくなりそうだったので離れよう。顔を真っ赤にしたフーゴがフーフー威嚇してきて、肩に強めのパンチをくらった。アウチ。
「そういう低俗なことはミスタにやってください!」
「えッ、マジでか!?」
めっちゃ食いついた。フーゴ、自分で言っておきながらそんな顔でミスタを睨むのやめなよ。
「おっぱい好きなの?やろうか?」
ボタンを一個外して両手を広げると、アバッキオがやってらんねえって顔で反対側を向いた。ミスタが立ち上がって、でもとかダメじゃねとか上司だしとかブチャラティが怒りそうとかうだうだ言っていたので、とりあえずその頭を引っつかんで谷間にオンさせた。水をかけられた犬の尻尾みたいにビャンッとミスタの両手が彷徨うように上がって、私の腰に落ち着いた。ぱふぱふしていると、やがて顔を上げて、真顔で、すげーなあんたの胸、と言われた。褒められてるんだろうか。たぶん'ポルポ'も同じ感触だと思うな。絵面的には最悪だけど。
「ていうかすげーのはあんただよ。よく人前でそこまでシャツ開けて胸出せんな」
しっかり支えるタイプの下着がほんのり見えている胸元を指さされた。
「なんていうかさあ、ここまで胸がデカくなると、もうどうでもよくなるよね」
「あー、筋肉がついてっとアバッキオみてーに胸ガッ出し始めるみてーな感じか?」
「オメーも腹丸出しだろうが!」
どっちもどっちだと思うよ。あと、アバッキオの服は確かに気になる。
ナランチャを胸に迎えたら、きょとんとしたあとで、枕にするとよく眠れそー、と言われた。ありがとう、私もおっぱい枕は夢だと思う。
「いざ、アバッキオ」
「誰がやるか。痴女かテメーは」
「いいじゃん、減るもんじゃないよ。自分で言うのもなんだけど、結構触り心地いいんだぜ」
減るのはSAN値くらいだよ。
じりじりと距離を詰めると、立ち上がったアバッキオがポットからふたをとった。そのままポットを構えられる。もしかしてそれ投げるつもりなの?なりふり構わなすぎだろ。中身まだ湯気立ってるよ。私は思わず壁に背をくっつけた。
「あ」
「あ」
「あ」
私とフーゴとナランチャの声が重なった。完全に油断していた背中がどんと押され、アバッキオの身体が傾ぐ。がちゃり。
「ザケてんじゃねーぞミスタ!」
こぼれないようにポットのバランスをとったアバッキオは、一瞬そっちに気を取られた。倒れないようにアバッキオが一歩前に出たおかげで距離が詰まったので、私は気を抜いたその頭をひょいと抱き寄せた。胸に。
「ポルポ、来てい―――……」
ブチャラティの言葉が途中で止まった。あ、おかえり。帰ってきたのか。私とナランチャがブチャラティを迎える言葉を口にすると、ブチャラティはああただいま、と何事もなかったかのように対応した。もっとも、私のおかえりは途中で言い止めざるをえなくなったのだけど。
私の胸に顔をうずめたまま、アバッキオが開いていた手で私の顔を強くつかんだのだ。痛い。骨が痛い。ゴゴゴゴとオーラが立ち上りそうなほどゆっくり顔を上げたアバッキオの表情が見えない。
「ひょんなおこんにゃいで、わかった、わひゃあった、もうやんないから」
「そんなんだからテメーはその年になっても恋人のひとりもできねエーんだよバカがッ!!」
「は、はい」
ものすごい剣幕で怒られてしまった。そんなに嫌だったのね。ごめん。ちょっと調子乗ってた。
ごめんね、と謝ると、次からは無闇にやるんじゃねえぞと脅された。はい、やりません、ちゃんと相手を見ます。そういう意味じゃあねー。
「……すまないが、どういう状況なんだ?」
「ポルポが全員にパフパフしてる」
「……」
ブチャラティが頭を抱えてしまった。アバッキオなんとかしてよ。テメーの蒔いた種だろーが行ってこい。ミスタよろしく。俺やだよ。ナランチャは?今のブチャラティ怖いからやだ。フーゴちゃん?自分でやってください。
アイコンタクトで言葉を譲られまくったので、私は意を決してブチャラティに近づいた。
「私が無理やりやったようなもんだけど、あの、怒んないでね、私を」
「ポルポの突拍子もない行動はいつものことだからな、怒ったりはしないが……」
真剣な目で見下ろされる。
「自分の身体をもっと大切にしてくれ」
「……あ、はい……」
真面目。ブチャラティ、真面目。
アホなことをするなと怒られるかと思ったら私の心配とは。ありがとう、そしてありがとう。お礼にブチャラティが私の肩にかけた手を開けっ放しだった胸に持って行ってみたら、冷静に言われた。
「ポルポ。……"ねえさん"、頼むから」
眉根が寄せられたので、こりゃこれ以上は怒られるわと思って手を離した。相手は見てるから安心してね。私が言うと、ブチャラティは―――私の"おとうと"ちゃんは諦めたように、そうか、と呟いた。