バレンタインでございますわ


やけに陽気なメローネが私の背中に覆いかぶさる。暖房でぬくまった部屋とはいえどどうして君は頑なにそのお洋服を身に着け続けるのだろうね。六年以上も見ていれば目が慣れてメローネたん今日もそのおべべ似合ってて可愛いねえとしか思わないけど"寒くないのかな"とだけは毎年不安になる。ぺたりと素肌に触れてみると普通にあたたかいのでもしかしたら基礎体温が高くて普通の洋服だと逆に耐えられないのかもしれないな。今日も今日とてテキトーこいたよ。
「なあなあポルポ。今日が何の日か知ってるかい?」
「んー?バレンタインデーでしょ?」
ちゃんとチョコレートはご用意しておりますよ。溶けないように倉庫部屋にぶち込んであるから見えないだけで人数分ありますからね。
倉庫代わりに使っている部屋はイルーゾォから『冷蔵庫』と罵倒されるレベルの極寒を誇る一室なのだ。冬場にあそこから物を取ってくる役目は毎回ギャング式じゃんけん(出した手で相手をいち早くボコしたやつが勝者になる意味不明なローカルルール持ち)で押し付け合われる。
いやいやそんなに嫌がらなくても。まったく野蛮な男たちだこと。
……などと洋画チックに肩をすくめる私も率先して行くつもりはない。寒いもん。そして変なところでイタリア男の気概を発揮する彼らもまた、私に"オメーが行け"とは言わないため、チョコレートはいまだに倉庫から一歩も動いていない。
メローネがぷくっと頬を膨らませた。背後から頬と頬をこすり合わせられる。ひげってなんだろうね。気配すら感じないなめらか肌だ。メローネたんって成長期を経た人間の男にはたいていひげが生えるって生態を知らないで生きてるんじゃないか?
「もー!ポルポ!よく思い出せよ。今日はポルポが初めて俺の爪の形を褒めた日だろ!?」
「確かにそうだったかも。ごめんねメローネ、私すっかり忘れてたわ。爪のかたち記念日だね」
「まったく仕方ないなあ。俺がわがままな恋人だったらこの時点で拗ねちまってたぜ。この日に備えてちゃんと爪の形整えてきたのに気づいてくんないしさ」
「ごめんごめん。どれ?今からでも見てもいい?」
「反省してるなら見てもいいよ。ほら、これ。綺麗にしたんだからな」
「あらまあつやつや」
みんながギャングじゃんけんに夢中になっているせいで誰も突っ込んでくれなくて悲しい。
メローネの爪がつやつやなのはガチだったから指先で撫でさせていただいた。どんなケアをしているのやら、保湿から磨きから甘皮の処理まで完璧だった。
「ところで私いつ褒めたっけ?」
「俺の夢の中」
さいですか。

勝負が決した結果、ペッシが『冷蔵庫』からチョコレートを取ってきた。うぅ寒いと身震いしながらもこもこセーターのもこもこ袖をひっぱっておててをないないしている。うそだろ……その仕草が許されるポテンシャルはリゾットにすらないものだぞ……幼女の特権だぞ……。ペッシの成長性に改めて全ネアポリスが慄いた。
紙袋から一つ一つ包みを取り出す。狙いどおり冷え冷えのままだ。これなら中身も溶けてはいまい。
まずはソルベとジェラートに。
ホワイトチョコでYESを象った石板チョコと、ビターチョコでNOと書かれた石板チョコを渡す。
「お、今年はお揃いじゃあないんだな」
「ある意味お揃いだけどね。常にYESなお二人の生活に僅かながらスパイスを加えさせていただこうと思いまして」
「ひひひ、グラッツェ。いやあーどっちから食うか、どうやって食うか。楽しみだなジェラート?」
「食うときを想像するだけでワクワクが止まらねえや。ありがとな、女王さん」
YESもNOも俺たちには存在しねえとばかりに溶かして混ぜてもっかい凝固させたコロシテチョコを生み出されるかと予想してたんだけど意外と平和的に解決してくれそうだ。ばちこーん!と送られたウインクもキマっている。

期待のまなざしで刺し殺されそうなのでメローネにも包みを渡した。
彼はまるでリリース直後から激推ししているにも関わらず常に日陰者として扱われていたキャラクターにとうとうボイスが実装されたときのような顔でそれを胸に抱きしめた。わかる。その気持ちめっちゃわかるわ。わかるからこそそこまで喜んでもらえて嬉しいわ。
「一生大切にするから」
「ありがとう。食べてね」
「やだ」
「毎年どうしてんの?」
まさかメローネの部屋には歴代のチョコレートがすべてそのまま残っているというのか。さすがの私もそれはどうかと思いますよ。食べものは食べてこそですからね。
じっと見つめて答えを待つ。
メローネは気まずそうにくちびるをとんがらがせた。
「……食ってる……けど……」
よかった。ものすごく安心した。
「じゃあ今年もおいしいうちに食べてね」
「……………………………………うん」
嬉しいやらもったいないやらなんやらかんやらがごちゃ混ぜになった顔だった。
たまにおやつでチョコを買っていくこともあるけれど、やっぱりそれとこれとは話が違うんだよね。わかるわ。めっちゃわかる。でも食べてね。

ホルマジオには事前調査を行った。ねこちゃんがうっかり食べてしまってはいけないのでチョコレートはやめておいたほうがいいかな、と今さらながら気を回したのだ。
ホルマジオは"アイツらは賢いからよォ"と言ったあと"まあオメーみてーな性格のやつもいるから今回は猫草で"と好みの銘柄も含めて丁寧にリクエストしてくれた。引っかかるひと言があったような気がしなくもないが私は大人なので右から左へ受け流し、ぽちっと左指を動かすだけで購入を完了させた。朝に届いたそうだ。猫さまにおいしく召し上がっていただければ何よりである。
それにしても"野良が居座っただけ"だとかなんとか言っていたホルマジオもいつの間にかお猫さまの奴隷と化していっているから猫はすごい。

リゾットには珈琲豆をあげた。
知り合いからお古のサイフォンを貰ったもんでね。どうせならミルも買って優雅なコーヒーブレイクを楽しむのも良いんじゃあなかろうか。リゾットが珈琲担当ね。私はお茶菓子担当するから。
流れで隣接していた小箱をひっぱり出し、ギアッチョにもチョコを渡す。
「珈琲豆の匂いが俺のチョコに移ってんぞ」
「あ、迂闊だった。ごめん!」
「すまない、ギアッチョ」
「べつにリーダーは悪くねーだろ。こいつのミスだ。ふっつううううの常識がありゃあ別に分けとくもんだからな。ふつううううの常識がありゃあ」
「今年も普通の常識が無くて申し訳ない。私のと交換する?」
眼鏡の奥からじとっと睨まれた。
「しねえ。これでいい」
「女王さんが選んでくれたギアッチョの為のチョコだもんな!」
「今のは"ツンデレ"への配慮が足りない発言だったぜ、ポルポ。ギアッチョは照れ隠しに"ちょこーっと"文句を言っちまっただけで内心は嬉しく思ってるのさ。な、ギアッチョ!」
「ぶはひゃひゃひゃ!!チョコだけに!チョコだけに!?」
「オメーらの石板叩き割んぞ!!」
「急に日本語でダジャレを差し込まれてもわかりづれえよ!!」
日本語でダジャレを仕掛けたっていうのに気がつくとはイルーゾォもやりおる。日本語を少し勉強してみたときにうっかり私が多用するネットスラングの語源から調べて行っちゃったもんで『意味不明』を顔面で表した男と同一人物とは信じられない。
隣のホルマジオが驚異的な速さで習得したのを見て完全にふてくされていたからもう諦めたのかと思っていたけど、密かに続けていてくれたんだな……。おねえさんは嬉しい……。
余談ながらギアッチョはぶちぶち言いながらもその場で封を切ってチョコを食べ始めた。
ひと口たべてもぐもぐして、ぱち、と一つまばたき。
「……」
そしてまたもぐもぐ。さっきよりもゆっくりと。
一瞬の無防備な表情は、チョコレートの味を気に入ったのだと、何より如実に語っていた。
「うっ……」
にまにましないように唇を噛み締めすぎてちょっと血が出た。

プロシュートにチョコレートを渡す。
当たり前のように差し出された手に、当たり前のように箱を載せた。
強気な眉をくいっと動かし、片方の口角を持ち上げて"グラッツェ"。
そして当然のように指先だけでペッシを呼んで、いそいそとやってきた彼の手から紙袋を引き取る。
金の箔押しが施されたそれは、流れるように私へ寄越された。
ぽかん顔の私を見て、宝石よりも気高い煌めきを放つ瞳がぐるりと室内を見回した。
「どうやら俺が一番乗りのようだが、この部屋にはガキしかいねえのか?貰ってばかりじゃあ男が廃るってもんだろうが」
嘘やん。これ私にかよ。学年で一番モテる男子の幼馴染にお願いこれ●●くんに渡してほしいの……っていうタイプじゃないやつか。惚れるわ。このテクで何人の女を雌にしてきたんだ?食ったパンの数はおぼえてなくても女に渡したプレゼントの数くらいはおぼえてるだろ?アッはいそれこそおぼえてないですよね。モテを舐めてました。すみません。
「開けていい?」
「構いやしねえが、俺に先を越されちまったリゾットちゃんの前でか?」
「リゾットちゃん……ぷひっ……」
「くくく……」
「リーダー……?」
「……」
黙ったままカップを傾けるリゾットに好奇の視線が集まった。
「本当に先を越されちまったんだ……?」
「やべえじゃん」
「おい突っつくなよ!!」
「しれっとしてるけど内心では焦りまくってるリーダーが見られると聞いて」
「あ、リゾットからは起き抜けにもらったよ」
「そういうことだ」
「チッ、面白くねーな」
リゾットを動揺させる目的で乙女心を弄ぶのは大罪ですよ。公然喪女惑わせ罪で検挙しますからね。
中身は造花だった。たっぷりした花びらは本物そっくりだ。顔を寄せると仄かに匂いもする。良い夢が見られそうだから枕元に置いとこ。
「ありがとね。枕元に置いて寝るわ」
「好きにしな」
プロシュートはひらひらと手を振り、喫ってくる、と億劫そうに立ち上がった。

庭に出た背中を追いかけて行ったメローネが勝手に内鍵をかけ、にやつく青年の顔で締め出しに気がついたプロシュートが思いっきり足で窓を蹴破ろうとして私が悲鳴を上げる一幕もあったがまあそれはいいとしよう。べらぼうに寒い時期に窓が死ぬとか悪夢が過ぎるわ。

イルーゾォにはクッキーとクッキーの型をあげた。
買いものをしたとき『量り要らず!混ぜて焼くだけ簡単クッキー!』の素を見つけ、これなら俺にも作れそう、と希望を見出していた彼へせめてもの応援の気持ちを込めたつもりだ。混ぜて焼くだけだからね。謎の工夫を詰め込んだりしなくていいからね。口に出すと怒られそうだから心の中で念押しする。聞いてイルーゾォくん、混ぜて、焼くだけ、だからね。伝わってください。
心配したのか「俺も一緒にやろうか」と言いかけたペッシの口を誰より早く叩きつけるように平手で塞いだプロシュート兄ぃの兄貴魂に乾杯。
目を回したペッシには片手で食べられるお手頃サイズのミルフィユをあげた。君のやさしさで君が傷つかないように兄貴はまだ君から目が離せないみたいだね。うんうん。でもさすがに痛そうな音だったぞ。腫れないように冷やしたタオルをあげようね。

「そういえばポルポ、倉庫にはまだ紙袋があったけど、あっちは何なんだい?」
ペッシが首を傾げた。
取りに行ったから見えたのだろう。
「あれはジョルノたちの分だよ」
「ふーん?」
「ジョルノたちって、一人、二人、……えーと……俺たちよりも少ない……よね?」
「そうね。トリッシュもいるけど合わせたって少ないわね」
「えーと……あの、言って良いのかわからないけど、……俺たち用の袋よりも大きかった気がするんだけど……」
一部の空気が冷えた。主にメローネの周辺が。
いや、親戚の子供の成長を見守るおばちゃんみたいな気持ちになっちゃったんだよね。あれもこれもめっちゃあげたくならない?可愛い可愛いって慈しんで貢ぎまくりたくなる精神がバレンタインでも働いたのよ。なまじっかお金があるから大抵のものが買えちゃうのもよくない要素だ。
「ブローノたちも、多く貰っても食べきれないんじゃないか?」
まさかリゾットから指摘が入るとは。
でもご安心召されよ、私もそこまで間抜けじゃあない。
ちっちっち、と人差し指を振って見せる。
「使い捨てのぬくぬくアイマスクとかちょっとしたカフスボタンとか救急用品の補充とかネクタイとかどくばり付き護身用指輪とか、使えそうなものを選んで買ったから問題ナッシング。こう見えても私、この業界は長いんですわよ」
「そうか」
「そうなんです」
問題めっちゃありますけどね。
よいこのみんなはまねしちゃだめだぞ!