スパイはこのあとスタッフがきちんと仕留めました


面接と聞いて良い思い出を蘇らせる人はどれくらいいるだろう。
応募する側は寿命を削りながら己と向き合わなければならないし、審査する側もまた予算と期待値の釣り合いを考えなければならない。未来をかけた魂のやりとりだ。
はてさてこの業界に未来らしい未来はないと思うのだが、それでも何かを感じたらしき人がたまに突撃してくる。念のために言うとこちらは募集なんてかけていないのだけれども、無駄に広い私の顔と経営する"ダークネスなクリーニング業務(と書いて暗殺と読む)"は徐々に知名度が上がり、連絡手段も増えてきた。
そのせいか、時おり依頼用のメールボックスや秘密のポストに、依頼ではなく履歴書が入ることがあるのだ。
初めて見つけたときは顔写真こそないものの自己アピールみたいなもんが書かれているそれが一体ナニかわかんなくて自殺の依頼かな?と職業病に見舞われてしまったもんだ。だって予想外でしょ、うちの社員(社員か?)になりたいとかいう謎願望。リゾットに相談したらリゾットもこてんと首を傾げていた。すみません、我々にはまず人員を増やすって発想がないもんで。
どうしたものやらと夕食どきにみんなを呼び集めて話し合った結果。
「面接してみようぜ」
「ホルマジオ」
一番無視しそうな人がおかしなことを言い始めた。どうしたのホルマジオ、とうとう純粋無垢な同僚が欲しくなったの?
バカかオメーって罵倒された。
印刷された履歴書もどきの文章を指でトントンとモグラ叩きよろしく叩いてまわったホルマジオは、「ココとココとココとココ。あとフォント」と私の顔にきちんと目玉があることを確認しながら鼻の頭にしわをよせた。示された箇所を追ってみるもただの自己紹介にしか見えなかったのでいやただの自己紹介にしか見えませんけどと正直に告白するとイヤイヤイヤと首を振られた。
「"デモンズキャットタワー"……先月からこっちの足を引っ張りにイチャモンつけてきてる奴らのメールにそっくりだろ」
「なるほどな、言われてみりゃそうかもしれねー」
「お前よく気づいたな」
「当たり前のように会話してる中に横からごめん。そんな可愛い名前の対抗組織いたっけ?記憶にないんだけど」
「そりゃあそうだろーな。テメーの知らねえ所で調査した」
「教えてよ」
「全案件の証拠が揃ってから報告しようと思ってたんだけど、間に合わなかったんだ。ごめんよポルポ」
上司が仲間外れにされるのってどうなんだ。一番初めに立ち上がって調査しないといけない立場だぞ。
ようやく行われた報告によると、デモンズニャンコタワーさんはこちらのお仕事ぶりが気に入らず自作自演で依頼を寄越しては遂行を阻止し悪評を流そうと頑張っている人たちらしい。
依頼の実例を挙げられれば私もわかる。あれかー。だいたい私が断ってるかみんながさらっと完遂しちゃってるから後回しにしてたわ。同一犯だとは察していたけどお名前はデモンズニャンコタワーっていうんだね。そういう名前のチョコレートパフェとかありそう。てっぺんに悪魔の羽がついてるの。
くしで刺したバゲットをチーズの海にひたしてぱくり。うまい。
「デビニャンちゃんたちはスパイ活動を頑張る方針にしたのかな?」
「略すならもっと丁寧に略せよ」
「せっかく相手のほうから接触を図って来やがったんだ。ホルマジオの言うとおり、どんなやつを何人送り込むつもりだかありがたく"面接"させて貰うのも悪くねーな」
突っ込んでくれてありがとうイルーゾォ。やっぱりあんたは私の癒しだ。プロシュートはスルーしたけど真面目なイケメンフェイスを惜しみなく見せつけてくれたので許す。
まあホルマジオ先輩とプロシュート兄貴の言うとおり、せっかくの機会だから様子を見させていただくのもよろしかろう。管理するのは私だから、スケジュール的にも問題ないし。
でも私、人事の仕事したことないんだよなあ。
「私面接したことないけどみんなある?」
「生きてりゃ一度はあるだろ」
そういう考えはよくないぞギアッチョちゃん。ていうか君も一度は面接受けたことあるの?ヤバいじゃん。どんな面接?面接官無事?なんの面接?コンビニ?毎日買いに行っちゃうよそんなの。しがないOLが魂を潤わせるための楽園じゃん。仏頂面でおつり返してくれるの?可愛すぎてうっかり落としちゃいそうだな。差し入れするのはひと月くらい通ってからのほうが良いかな。ギアッチョって警戒心強いし、レジ前の棚からぴょいって目の前で取って買ったチョコをそのまま渡して去りたい。ヤバい普通にシミュレートしてしまった。
「五体満足で俺の前に座ってるぜ」
「ん?」
話聞いてなかった。何が五体満足なの?
ギアッチョはそっぽを向いた。ギアッチョさんすみません。お願いですからギアッチョさんが人生で受けた面接の話を聞かせてください。お願いします。
取りすがっても無駄だった。

誰が面接官になるのか挙手を求めると、意外なことにソルジェラが手を挙げずまさかのリゾットが挙げた。リゾットがやるなら私はいいやと林檎のチーズフォンデュを試みた左手はプロシュートに鷲掴みされて掲げられたので私も数入りだ。質問シートとか用意しないといけないのめんどくさいからやだって駄々を捏ねたら真面目かオメーはと呆れられた。
「まともな面接してどーすんだ」
えっマジオまじかよまともな面接してあげようよ、相手は遊びじゃないんだぞ。
「こっちも遊びじゃねェよ。オメー笑うなよ?」
そうだった。ソルジェラが参加しないそれすなわち絶対に笑ってはいけない面接24時が始まるということである。だって彼らは自分たちが笑うと確信しているから不参加なわけで。そんな現場に私を配置しないでほしい。
「はあーい……」
白ワインでのばされたチーズがぽてりと小さく沸いた。

面接申請受理と日程を通知した途端、図ったかのように応募が殺到した。まあ図ったんでしょうね。知ってる。知らなくてもわかるわ。誰だってそーする。私だってそーする。いや、するかな。まあいいや、"する"って言うのがお約束だからね。
形から入るので私はスーツを着た。宣言したらリゾットちゃんも着てくれた。びしっと決まってどこからどう見ても今日からギャのつく自由業です本当にありがとうございました。個人的な趣味で髪もセットしてもらった。ネクタイは私が締める。セーフティーバーは案内人の亡霊さんが上げてくれるけどリゾットのネクタイは私が締める。パッショーネマンションは今日も明日もパーリナィです。何言ってんだろ私。
御用達のリストランテの奥部屋を借りて準備完了。
時間通りにウエイターさんが来客を告げた。どうぞー。
デビニャンの一員とおぼしき男は、女ひとりに男五人という結構な集団具合にびくっとした。一対一じゃあないにしてももうちょい少人数だと思うよね。ごめんね、みんな君の顔が見たかったんだよ。
「お名前と経歴、志望動機をお願いします」
「オレに名はない。語るべき過去も、未来も……。強いて言うなら志望動機は"オレ"を探すため……か」
初っ端から強烈なキャラが来た。
ノーバディって書いてあったからノーバディさんなのかと思いきや本当にノーバディさんでしたか。無神経な質問してごめん。
「では経歴も省略しますか?」
「アンタたちの望む答えは出せないからな……」
「聞いとこうぜ。ちなみに俺の隣にいる剃り込み野郎は結婚詐欺に遭って人生に絶望、荒れてた時代に借金背負って売り飛ばされた」
「オメーなー……バラすなっつっただろーがよォー……しょーがねェなぁー……」
嘘か本当か危うい小芝居を挟むな。私まで動揺しちゃって可哀想でしょ。
「言いたくないなら良いぜ。こんな業界だ。泥に塗れた過去なんざ腐るほどあるだろ?枚挙してちゃあ日が暮れちまう」
メローネが頬杖をついて無邪気に笑った。
白い歯がこぼれるような笑顔に、名無しさんもこくりと頷く。
「ま、俺があんたの立場なら新人として幾らかは弁えるだろうけどね」
名無しさんが弾かれたように顔を上げた。
イルーゾォくんが端的に言った。
「お疲れ」
ギアッチョがコールベルを鳴らした。
すぐにウエイターがやってきて、ギアッチョが顎をしゃくったのを見ると、心得たりとオレくんを立ち上がらせて退室を促す。
ぱたんとドアが閉じる。メローネが活き活きとぺけを描いた。
私は"この卓上ベル、そういう役目があったのか"と思った。主催なのにシステムを知らないってぽんこつにも程がない?

次の人は女性だった。
ぱっちりした目が印象的で、しなやかな身のこなしからは肉体派であると読み取れる。
「あたしの名前はマリエルです。あなた方の活動はブローノ・ブチャラティを通して知りました」
「おっ?」
ここでまさかのガチ案件?
私がブチャラティの名前に反応したと気がつき、マリエルは静かに首肯した。
「ブチャラティはあたしに良くしてくれました。あたしがこうしていられるのもブチャラティのおかげなんです。騙されて売られかけたあたしとあたしの友だちをブチャラティが助けてくれたの」
「誰に騙されたの?」
「名前はわからないけれど……」
「アイアスん所の人身売買じゃねーの?」
「おヴぁ!?アイアス氏ってまだ元気にしてるの!?懲りないな!」
すっかり大人しくなったとばかり。リゾットちゃんの仇だからって頑張って仕返ししたのに無駄だったのか。階段のぼるときに一段間違えて上ろうとして足がスカッてなれ!って頑張って念じたのに。足がスカッてしてもめげないとかどんな鋼メンタルなんだ。くっ、私は負けないぞ。今度こそちゃんとささやかにげんなりさせてやる。
「息子は大人しくなっても本体は現役だぜ」
「下ネタみたいだね」
「ナニ言ってんだオメー。退場してーのか?ベル押すか?それとも死ぬか?」
「まーまー落ち着けやギアッチョ。実際にお盛んだから間違いじゃあねェ」
「クソジジイのシモ事情とかいうどぉぉぉでもいい豆知識やめろ」
「いやでもよォ、その相手がこの女となると話は変わるだろ?」
「えっ」
「はっ?」
「それは変わるな」
リゾットが律儀に相槌を打つころにはマリエルちゃんの笑顔が凍っていた。反射的に何かを言わなければならなかったのに言えなかった、その一瞬を逃した人の顔だった。唇がわずかに動いて空気だけを吐いた。
爆弾を落としたホルマジオは「そんなにさっさと諦めんなよ」と呆れた声でアドバイスした。命がけの追いかけっこで裏路地の突き当たりに追い詰められた子兎が恐怖で腰を抜かしたのを見て興醒めする捕食者みたいな台詞やめろ。お前にとってはお遊び混じりでも子兎さんは必死なんだぞ。
「まあ三ヶ月前のこったから記憶違いかなァとも思ったが、その腕時計はあの日もつけてたよな?切れた男からの贈り物をつけるのも悪かねーが、まー何となくそういうタイプには見えなかったんで探りを入れたらこのとおり」
「えええ……ブチャラティの話は?」
「真偽はともかく、ポルポは歳下の名前に甘いからな」
「わかる。どうせならパンナコッタを人攫いから助けた、くらい言やぁいいのに。ポルポの対応もっと甘くなったぜ」
たしかに甘くなるわ。あとメローネはお家に帰ったらなんでフーゴちゃんをパンナコッタってお名前で呼んでるのか詳しく教えてね。
「……てことはマリエルさんも不採用?」
「固まってる時点で無能だろ」
あまりにも辛らつな評価。こんな面接、司直に訴えられたら確実に負けるわ。
「無事を祈る」
恐怖しかない無感動なリゾットの声。
合わせて響く乾いた音が、マリエルさんの今後を決めた。


そのあとも五人ほどと面接(仮)を行った。
ハイライトとしては。

「事務系なら任せて欲しいにゃんっ」
「事務系だけかにゃん?」
「ふえぇ……だってぇ、運動とか怖いじゃないですかぁ……ふみゅうぅ……」
「個人的にはもう少し知りたい」
「却下」
ちりーん。

「僕は記憶力に自信がありまして」
「うっ、その枠埋まってる……」
「俺のほうを見て言うなって」
ちりーん。

「接近戦で俺の右に出るやつはいない。弾丸要らずのキラーマシンとは俺の二つ名だ」
「正気で言ってるとしたらすげえな」
「なまっちょろい身体でよく言ったものだ。貴様に俺の相手が務まるとは思えんが、信じられないのなら試してみるか?」
「そっちじゃねえよ」
ちりーん。

「もともと別の組織に所属していましたが将来性に不安を感じたため転職先を探しています。機械を操作するのが得意です」
「おおっ、機械系!いいなあ。私は機械があんまり得意じゃないんですよねー。ゲームは好きなんですけど。ミハイルさんはゲームします?」
「はい。色々と手を出すのですがガンシューティング系のゲームを多く好みます。実際の射撃は不得手なのでご期待には沿えませんが……」
「それぞれの得意分野で活躍していただければいいので気にしないでくださいね。私も射撃は無理です」
「そう言っていただけると気が休まります、ポルポさん」
「ところで前職でも機械系の分野を担当なさってたんですか?」
「はい。担当は回収データの復旧や情報管理でした」
「なるほどなるほど。ここで私がミハイルさんに"採用するかどうかはあなた次第です"と言ったらどうしますか?」
「お望みのままにします」
「了解です。別んとこで同じようにされたら怖いので不採用!!」
ちりーん。

「ぼく、ポルポさんのためなら、なんだってします」
「はわわショタ」
ちりーん。

ショタ枠は明らかに狙ってきてた。私がお稚児趣味だって噂を頼りにしただろ。合法だもん!お稚児趣味じゃないし仮にお稚児趣味だったとしても合法という名の紳士だもん!!無垢なショタをおとりに使うなんてそんな悪には勧誘禁止だれ!!
結果は(もちろん)全員不採用だったし、ちょっとしたきっかけから一部が敵対組織の斥候同士だったと判明したせいで半分ほどがタイマンを眺めるだけの時間になったが、馴染みのリストランテでアフタヌーンティーを楽しめたから良しとした。争いを高みから見物しながらおやつを食べるってめっちゃギャングっぽいね。
それにしても肩がこる。なけなしの気をつかうのもかったるくて服の上からおっポジを直した。メローネに持っててあげよっかと言われ一応丁寧に断ったけどリゾットがいなかったらたぶん二分くらい持っててもらってただろう。重いよおっぱい。
「ソルベとジェラートが参加しなかったのって、めちゃくちゃ疲れるってわかってたからかな」
一人だったら投げてたわ。
リゾットが分けてくれたサンドイッチをかじる。
ピーナッツバターって素朴でいいよねえ。くだいた実がまたたまらない。ざらついた舌触りもくせになるんだよなあ。
がじがじと遠慮なく食べる私の隣で、自分のスコーンを割ったリゾットが今日で一番やばい発言をした。
「ただ参加者に紛れて遊ぶためだろう」
「げほっ!!」
むせた。
素早くぬるい紅茶と替えてくれたけどそうじゃない。サンドイッチのせいじゃない。
「待ッ、は!?ソ!?ジェラ、ソ、は!?」
「ソルッ、ジェ、……はあァああ!?」
「紛れ、まぎ、……おいメローネ履歴書どこやった!?」
「テスト終わった気分になって破って捨てた……」
「ふざっけんな今はマジでマジお前……マジ……ホルマジオ!!」
「でたらめ書いてでたらめに変装してんだから俺が内容憶えてたって判るわけねーだろ!!」
「一番遊んでんのあいつらじゃねえかよ!!」
視界を銀色の塊が高速でかすめた。そんでものすごい音を立ててコールベルが割れた。床に落ちて壊れた音色がひたすらに切ない。弁償しなきゃな……。
おやつの写真を撮ったままテーブルの上に放置していたスマホが震える。電話だ。
渦中の人物、ソルベの名前が表示されている。
「もしもし女王さん。俺、ソルベおにいさん。さっきまで女王さんたちの面接を受けてたぜ」
「さあて誰だったでしょうか!当てたやつには拍手してやるから頑張って当てろよ。当たんなかったら不採用ー、なんつって。ぷひゃははは!」
「ぶひゃひゃひゃ!……そんじゃ、チャオ!」
言うだけ言って切りおった。
見抜けなかった悔しさでひたすら唸る最年少二人と予想をしていた最年長。
率先して面接の利を説いたプロシュートが参加しなかった理由をようやく理解したホルマジオイルーゾォ私の三人。そうだね、ソルジェラがいないんだもんね、おかしいよね。こんな一大イベントにあの二人が参加しない理由なんてちょっと考えればわかるよね。ちょっとも考えなかった自分が情けなく思えてくるよね。うん。なんだろうすごい虚無感がある。虚無というものがあるっていう矛盾が胸の中に渦巻いてる。虚無とは……私とは……。スペースポルポが生まれる……。

リゾット以外が虚無顔で帰宅した。メローネとギアッチョなんて通夜帰りみたいだった。こんなところ初めて見たわ……。
にやにやしながら出迎えたソルベとジェラートはホルマジオとイルーゾォによる開幕バイオレンスを受けて地に伏してなおげらげら笑っていた。この人たちは本当に人生を楽しんでいるんだな。スペースポルポはしみじみ思った。
階段の上で煙草をふかすプロシュートの至言が走る。
「楽しいだろうよ。人の不幸は蜜の味だ」
ポルポは犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな……。