ポッキーゲーム


ポッキーゲームはたまにやると結構楽しい。無理強いはいけないけれども、親しい間柄で相手の了承を得ていれば宴の余興にももってこいだ。やんややんやと囃し立てる酔っ払いが賭けを始めるのもお約束である。お金よりも人気のおつまみをベットして野次をしこたま飛ばし笑い合う男たちを見ているとこっちまで笑い転げそうになるから不思議なものだ。この気持ちってなんだろうね。愛じゃよポルポ。そっか愛かあ。愛なら仕方ないな。
リビングルームをざっと見渡すと、一人掛けの椅子に腰を下ろすリゾットと、その隣で長い脚を持て余すプロシュートを見つけた。プロシュートがリゾットの耳元で何か囁く。リゾットはプロシュートと一緒にクチーナのほうを見てから小さく肩を揺らして笑った。私は雪見だいふくもどきをのどに詰まらせるかと思った。
ちなみに"もどき"と言った理由はこれが合法的にもちもちさせた日本の冬の名物ではなく、遠く離れたネアポリスの一軒家でこねこねしたおもちをのばしてバニラアイスを包んだだけの偽物だからだ。雪見だいふくは"一個ちょうだい"とおねだりするだけで人間関係にひびが入ることも無くはない貴重な食べものだがこれは家庭内で大量に生産できる海賊版。おもちとアイスの貯蔵さえ尽きなければ永遠にひんやりもちもちしていられるっちゅーわけさ。しかもポルポさんは天才だからバニラ以外のアイスクリームも挟んでみたりしているよ。ハーゲンダッツとおもちを結婚させたときの背徳感はヤバかった。あのときの私は絶対に垂金権造の顔をしていた。
さて、なんの話だったっけ。
もちっともうひと口食べながら、流れに任せて自分のたこわさを賭け金の中にぶち込んでおく。ああそうだ、ポッキーゲームで最後までポッキーを食べきれるか否かを賭けてるんだった。
「誰やるんだっけ?私?リゾットの前だけどそのへん大丈夫?」
「俺たちも命は大事にしてっからよ、オメーには頼まねえわ」
「え、俺ぜんぜんイケるけど」
「オメーは壁とやってろ」
ぞんざいにあしらわれたメローネがむっとしたように黙り込んだ。
反射的に否定してしまっただけだったからか、言い放ったギアッチョのほうが少し落ち着かない顔をする。
「おいメローネ、俺は別にオメーをのけものにしたワケじゃあ」
「待ってくれギアッチョ、俺いま壁とセックスする方法を考えてる」
「この世から除け者にされちまえクソが」
ポッキーゲームが急にセックスに変わってるのには誰も突っ込まなくて大丈夫かな。壁とセックスって脳内で擬人化していく場合とただの壁を利用して快感を得る場合の二通りしか思いつかないんだけど、擬人化はともかく壁を壁と認識した上で挑む行為ってそれはただ壁を利用した自慰ではないのか。脳内でどんな化学変化が起こってしまうんだ。深淵を覗き込みそうだったので深追いするのはやめておいた。

初めの犠牲者、じゃなかった、挑戦者はプロシュートとリゾットだった。
眼前の絵面から立ちのぼる明らかな"圧"は一番手が決勝戦ですって感じをひしひしと脳内に直接伝えてくる。チョコの部分を押し付け合うじゃんけんだけが可愛らしい。
「ポルポ、お前どっちに賭けた?」
「プロシュート」
「はああ?」
「オイオイ、冗談でもリーダーに賭けろや」
同い年の男二人が呆れた顔でこっちを見てくる。
私は"プロシュートが勝つ"と予想した。"リゾットがポッキーを折る"と同義である。
己のたこわさとホルマジオの子持ちししゃもが掛かった勝負だ。プロシュート先輩にはぜひとも頑張っていただきたい。子持ちししゃも食べたいんだもん。倍率が高いリゾットに賭けておつまみをいっぱい狙うのも悪くはないが、私は子持ちししゃもが欲しいだけなのでここは堅実に、期待値でベットした。
そんな外野の思惑など欠片も知らぬ当人たちは向かい合い、まずじゃんけんで勝ったプロシュートが甘くない部分を唇で挟んだ。煙草でもふかすようにゆらゆらと揺らしてリゾットを誘う。
リゾットがチョコレートの側を咥え、なぜか私が号令をかける。
「時間は無制限。照れが極まりすぎて"はうぅ……もう無理だよぉ……"ってなってポッキーを先に折ったほうが負けな一本勝負!開始!!」
「折りづれぇよ!!」
「だから折るなっつーことよ」
勝負だっつってんだろ。
まあリゾットには折ってもらわないと困るんですけど。私のししゃも的な意味で。
「負けたほうはちゃんと"はうぅ……もう無理だよぉ……"みたいな感じの台詞を言わないとだめ」
「死にてえのかクソ女!!」
「こら。女性に向かってクソ女とか言っちゃあダメでしょう。負けなきゃいい話なんだからギアッチョも頑張って」
「そうだぜギアッチョ。頑張れよ」
「俺も応援してるぜギアッチョよォ。せいぜい情感込めて言ってくれや」
「ふはっ、負けるの前提で言ってやるなよ」
いつもはギアッチョの(というか可哀想なほうの)肩を持ってあげるのに追い打ちをかけるところを見るとイルーゾォも酔っているようだ。楽しそうに笑って目元を赤らめている。
ぼりぼりと色気のない音につられて振り返る。プロシュートが苦い顔でポッキーを咀嚼する音だった。
「勝ったのどっち?」
首を傾げた私に、リゾットが無言ですっと片手を上げて見せた。なんで急にそんな可愛いことをしたのかあとで羊皮紙五巻きにまとめてね。
「プロシュートが折ったの?」
「こいつが折らねーなら俺が折るに決まってんだろうが。野郎とキスしてナニが楽しいんだ?ああ?」
「私が楽しいけど……」
っていうか私のししゃもはどうなるんだよ。あっ目の前でホルマジオが見せつけるように食べよった。侵攻してきた巨人が無辜の民を捕食するが如きお作法で召し上がるのをやめろ。無駄なダメージを負う。
これを癒せるのはプロシュートの"敗北宣言"だけだろう。
密集するむさくるしい観衆の視線を軽く片手で薙ぎ払ったプロシュートは、まるで喜び勇んで手をつけたあさりの酒蒸しで悉く砂と殻にあたったときのように顔をゆがめて、美しい鼻梁にしわを寄せた。
「理屈の上では無理じゃあねえ。これが任務で、"やれ"と命令されていたなら俺は確実に勝利をもぎ取った。だが俺は今、やらなかった。単純だ。だから負けた。認めるぜ。俺はプライベートで野郎とキスする趣味はねえからな。こいつ相手に"負けを選ぶ"ってのは抵抗のある選択肢だが、兎にも角にも俺はリゾットとキスするくらいなら、ポルポ、テメーから寄越されたクソみてぇな依頼を受理して大嫌いなブランドの香水にまみれたほうがよっぽどましだ」
「えっマジで!?あの依頼受けてくれんの!?やったー!!」
プロシュートがここまでリゾットとキスするのを嫌がってるっていう事実もめっちゃ面白いな。思わぬ果報もあったし笑えたからししゃもはちゃらにしてあげよう。"はわわ……もうこれ以上は恥ずかしくて無理だよぉ……"みたいな台詞を情感込めて喋ったのと同じようなもんだろうし、そっちもオッケー。
「じゃあ次はギアッチョとリーダーな」
「……勝ち上がり制ではないんだな」
憤怒のギアッチョに対し、どこまでも冷静なリゾットである。
メローネがきゅるんと可愛らしく小首をかしげた。
「どうせ最終的には俺とリーダーの一騎打ちだぜ?ギアッチョとリーダーの勝負なんて所詮、"余興"さ」
確かに、メローネって自分からポッキー折らなそうだもんね。むしろ"待ち"だよね。待ちメローネ。進むも折るも相手に任せる。自分からは絶対に折らない。待ちメローネめっちゃ強いな。どうりで倍率が底辺なわけだわ。
とは言えメローネちゃんはもし私が相手になったら絶対に負けちゃうんだけどね。純情なんだよこの子は。今どき珍しいですよ、こんな純情な子。
しかしこのメローネの言い分に激怒したのはギアッチョだった。まったく乗り気ではないくせに、ナメられるのは心底不愉快らしい。
「やってもいねえ勝負の結果を外野がガタガタ抜かして決めつけるってのはよぉ……納得いかねー話だよなあ……」
「お、やる気かい?リーダーと」
「無差別格闘早乙女流遊戯ポッキーゲーム第二戦目始まっちゃう?」
「誰だよサオトメって……」
呪泉卿の住所、結構具体的に書かれてるからめっちゃ地図読んだよね。いやはや懐かしいわ。まあどうせ?私は?落ちたところでタコの泉でしょうけれど?
ギアッチョが思いっきりポッキーの封を開けた。もうここに開いてるのがあるんだけどなーと思いつつも口には出さず、おとなしくお酒のアテにぽりぽりかじる。横から手がのびてきたのでイルーゾォにもあげた。
「リーダー、これは俺のプライドを懸けた勝負だ」
「……ギアッチョ、それはこれに懸けてしまっていい類のものか……?」
部下の心が少しでも傷つかないように苦心するリゾット、まさにリーダーの鑑だね。上司は鼻が高いです。
「ギアッチョ眼鏡外さなくていいの?」
「視えねえだろうが。俺の視力知らねえのか」
「あっごめん、ガチ眼鏡だもんね……」
知ってること前提で凄まれてしまった。
確かに個人情報として身体能力が事細かに記入された書類を全員分読んだ記憶がなくはないが、それって私がパッショーネで社畜やってた頃の話なのよね。今は身体測定も本人の希望に任せているし自己管理にも信用を置いているから具体的な数字は知らないんだわ。三か月に一回きっちり定期的に結果の書類を提出してくるブチャラティたちの詳細はある程度把握しているんだけどもみんなのは知らないんだわ。ごめんね、今度ちゃんと測らしてね。
ギアッチョは大胆かつ可憐に(そろそろ私も酔いが深まってきた)ポッキーを咥えた。ちゃんと勝負に応じているリゾットの功労にもあとで賞賛の言葉を贈ろう。あと鹿肉のローストも一切れあげよう。
「じゃあ、勝ったほうは最近見たドラマの中で一番カッコイイと思った台詞でキメてね。負けたほうは一番くだらないと思った台詞で敗北すること。始め!」
「ギアッチョって最近なんのドラマ見てた?」
「ダイ・ハードだっけ?」
「Shall We Danceもやってたぜ」
「それ映画だろ。記憶喪失がどうたらとかいう連ドラじゃねえの?」
「録画はこまめに消化するタイプだからなー」
そもそもギアッチョって録画するタイプなのか。リアルタイムで追いかけて真面目に考察してそうだなって思ってたわ。まあ不規則に仕事が入るせいで毎週やら毎日やら継続的に同じ時間にテレビの前で腰を落ち着けられることが少なくってそうなったのかもしれない。そこはすみませんと謝るしかない。
リゾットはどんなドラマを見ていたっけな。だいたい私と同じやつだから、昨日の夜ドラマが最新だろうか。こっちは会員登録したポータルサービスでいつでも好きな番組を見られる仕組みを利用しているから、番組表とはまったく関係のない日本の医療モノを見ていたけれど。
脳みそを通さずギアッチョに賭けて、勝負を見守る。
ギアッチョは、噛みつくように最後のひと口をかじり取ろうとして、できなかった。
リゾットが菓子を咥えたままわずかに身体を引いたせいだ。
そのせいでギアッチョは、橋を折らされてしまった。折るつもりなどなかったのに、周囲からはまるで彼が自分から噛み切ったように見えてしまう。そう、させられてしまった。
ポッキーゲームってこんな駆け引きが必要な遊びだったかな。
意地でも負けたくなかったギアッチョと、たぶん意地でも負けたくなかったリゾットがぶつかり合った結果、経験値で"ずるさ"を身に着けた年上が勝利した。
にこっと笑って「いい勝負だったわ」と素知らぬ顔でねぎらうとギアッチョに睨まれた。リゾットにもちょっと冷ややかに見やられた。悲しいです。ホルマジオから渡された新しいポッキーを頬袋に詰め込むのに夢中ですよって顔で無視しておく。
「じゃあテメーら、決め台詞を頼むぜ。とびっきりイイのをなア」
兄貴って自分の美貌を知っているから自由自在に悪役の顔を作れて凄いよね。壮絶にワルい男だもん、今のプロシュート。
まずは敗者(かわいそう)のギアッチョから。最近見たドラマの中で一番くだらないと思った台詞をどうぞ。
促されて、酔った頭を回転させる眼鏡のもじゃもじゃくんが愛おしい。
「……"きみだけを愛してる"」
「うわっ可愛い。娶りたい。今すぐギアッチョを娶りたい」
「はあアアー!うるせえ!!黙ってろ!!くだらねえだろうがよォ!!」
「くだらない台詞だとしてもギアッチョがその台詞をくだらないって判断して選んだのにちゃんとドラマを見てたせいで微妙にその俳優っぽく演じながら言っちゃったのがめっちゃめちゃに可愛かったから今すぐお嫁に来て欲しいって言ってるんだよ!!」
「すげえ丁寧な内訳だな」
「でも確かに軽く演じてたよな」
「あァ。ありゃあ絶妙に"きみだけをあいして"たなア」
「ぶっ殺すぞこの酔っ払いどもがッ!!」
自覚はあるのか照れちゃってるのが余計に可愛い。ほんといつまでも掘り起こしきれないポテンシャルの持ち主だからギアッチョって怖いよな。
高鳴る胸をおさえて、できるだけ真面目な眼差しをリゾットに向ける。
私が大きく息を吸い込むと、これまで騒がしかった空間が、しん、と静まった。すべての視線が一人の男に集中するのがわかる。
リゾットは、俗に言うと"いや何もそんなに注目しなくても……"と言いたげに眉根を寄せた。
「じゃあ……"最近見たドラマの中で一番格好いいなって思った台詞"……言ってもらっても良いかな……リゾットちゃん……」
気分は野良猫に近づく不審者。
ねこまっしぐらを携えていても無視しそうなにゃんこちゃんは、少し考えるそぶりを見せてから口を開いた。
「"ダクトテープはすべてを解決する"」
「わかる」
「最高だな」
「やるじゃん」
「それな」
「ありすぎる」
全員の気持ちが一つになった。
「つーかリアルにダクトテープ持ってるやつどれくらいいる?」
話題は綺麗に万能テープへと転換され、俺も俺もと挙がる手に爆笑が巻き起こる。
気づけば最後のポッキーは私が食べきってしまっていたし、もはや英霊と認定されるのも時間の問題であろうダクトテープの伝説について興味深すぎる実体験が語られ始めたこともあってポッキーゲームの熱狂は自然な流れで終息を迎えた。
ソルベとジェラートが任務の途中で実際にテープを駆使して窮地を乗り切った武勇伝については、未来永劫語り継ごうと思う。