ペガサスファンタジー


はいはいはい。今日も元気なポルポさんだよ!
もう前置きはいらないくらい、ネアポリスには謎のスタンド使いがうじゃうじゃしている。
出会ってはいけない二人が出会ってしまう、いつだって事件はそんな時に巻き起こるのだ。

今回出会ってしまったのはリゾットと、うーん、仮に猟犬座と呼ぼう。名前は知らないけど"カッコ仮"や"名無しさん"と呼ぶのは可哀想な気がする。というわけで能力から連想した仮名は"猟犬座"だ。元ネタを布教したおぼえのある恰幅の良い不可思議部署専門の刑事さんは一見すると意味のわからないこの仮称が気に入っちゃったのかせっかく調書を取っているのに名前の欄に本名を書いてあげる気配がなかった。ま、まあ、前歴探しづらくなるから……それはそれで……いやダメだわ。何もかもダメだ。録音からの書き起こし、ちゃんと頑張ってな。
加害者はともかく、被害者の身元ははっきりしている。私の知る人物だ。もっとも近しいと語っても咎められないであろう男。
ところでこの世には不思議な出来事がわんさか溢れていて、治安と法を守る機関は大忙しだ。
そんな中、この能力はある意味、正義と邪悪の境目に宿るひとつと言える。
「気になるだろう」
と、リゾットは言った。
彼は私に近寄ってくれない。一歩距離を詰めると一歩離れる。あんたと私の歩幅は違うから二歩分くらい空間があくんだよね。オメーには一歩でも私には二歩だ。俺とお前の間にはたった一歩の距離しかないがそれ以上は近づかないでくれとか言いそうなツラしてっけど私には二歩だしそういうやりとりはオメーとじゃなくて楽俊くんとやりたいし、いややっぱりやりたくないし元ネタと歩数も違うし私がリゾットに近づかない理由もないし、いいから素直に壁際まで追い詰められてくれ。
手に手を伸ばすと、霞のように逃げられる。例えばドライアイスから立ちのぼる冷えた空気をつかむことができないように、私はリゾットをつかまえられない。
「良いって言ってるじゃない。何にしたって一緒に過ごしてて絶対に触らないなんて難しいんだからさ」
「意図的に触れる理由にはならないな」
「……私が"そんなこと"を気にすると思ってる?」
「いや、……お前は受け入れるだろうとわかっている。これはただ、俺がお前を……」
リゾットは中途半端に口をつぐんだ。私は無言で続きを促す。
彼は珍しく言葉に迷うように唇をちろりと舐めた。はい脳内アルバムに保存余裕です。最近容量たりなくなってきてるから外部に増設したいところだ。早急な開発を求む。
「俺がお前を傷つけたくないだけだ」
「……」
くらっとする色気を放ちながらそういう爆弾発言を落とすんじゃない。
確かに。
リゾットの懸念するところはわかる。
リゾットが巻き込まれたこの事案は、ともすれば誰しもの心を汚らしく踏み荒らす行為になりうるからだ。
どこまでも優しい気づかいにはいつだって感動してしまう。
「言いたいことはわかるわ。"触れた相手の心を読んでしまう"なんて能力、うっかり使えるものじゃあない」
動物相手になら、バウリンガルの代わりになるかもしれないけれど。
私はニコッと笑ってみせた。
「もしかしたら浮気の証拠が出てきちゃうかもしれなオオォアアアーッ!!おいおいおい即行で掴んで来ないでくれるかなびっくりするから」
「……お前も本当に驚くんだな。俺はそれに驚いた」
「驚くわよ……人間だもの……」
言い終わらないうちに無表情で手首を握られてビビらないやつとかいる?おそろしく早い捕捉……私でもビビっちゃうね。
でも言うて疑ってもいないくせにこうやってびっくりさせて思い知らせてくるところ、いい具合に攻めパゥワーに満ちていて実にグッドだ。だってこれいま"そこまで言うならカラダで思い知らせてやる"を実行してるわけでしょ。生半可な男にはできないぞ。行動の結果自分がどんなダメージを受けるかも予測不可能なのに、やっぱアレか、ブッ殺すと心の中で思った以下略理論か。思い知らせると心の中で思ったならその時スデにポルポの心は読まれているんだ。ていうかていうか私の思考はどのあたりまでリゾットに流れ込んでるんだ。度合いによっては今現在進行形でリゾットの脳内絶対めっちゃめちゃうるさいぞ。ごめんが過ぎるわ。猟犬座くんのほっぺ五回くらいひっぱたいていいからね。
「で、どうなの?どれくらい伝わってる?」
「……」
「リゾットちゃん?」
すべてにおいての脈絡がなさすぎて思考回路がショートしちゃったか?リゾットの頭ってどこもかしこも理路整然としてそうだから、私みたいにワイルドスピードノーブレーキドリフトタイヤブレイクミッションインポッシブルな雑念に生理的な拒否反応が起こっても不思議じゃない。
「それについては大丈夫なんだが」
おお……マジで考えただけで伝わった。すたんどのちからってすげー!隠密行動に便利じゃん。おててつなぎながら暗闇に血だまりをつくろうね。
「すまん、まず訊きたいんだが"りぞきゅあマーブルスクリュー"の意味を教えてくれ」
「私そんな必殺技考えた記憶ないけどな!?」
おててつなぐってキーワードから無意識にぷぃきゅあへ結び付けてる自分の脳みそが怖い。もはや反射なんだろうね。あとりぞきゅあマーブルスクリュー死ぬほど説明しづらいわ。キュアリゾットとキュアネエロが……みたいな話をすればいいのか?王の話か?
「話戻そっか。えーと……生理的な嫌悪みたいなのは大丈夫なんだが、の、"だが"の続きはナニ?」
「"お前が何を考えているのかがわからなくなった"」
「修羅場に陥った彼氏彼女の発言じゃん。痛いから力抜いて。あっこれなんかエロい台詞みたいだ」
「お前の適応能力は相変わらず高いな」
躊躇しようがしまいが思考は伝わるんだからどんなに言うのがはばかられる下ネタだろうが何だろうが喋ったほうが楽じゃない?さすがに私がどんな発禁ビデオをホルマジオと共有してるかっていう話はしないけど。あっごめんホルマジオ、伝わったわ。今まさに伝わってるわ。ホルマジオがこの間っからスパンキングモノに目覚めたってのとイルーゾォがやべえアングラ見て"うっわ……こんなん見ながら興奮できるとかバカだろ……"って界隈の人間を敵に回すような発言してたってのと私の部屋の本棚がパッと見じゃあ文庫本とかしか入れられないくらい浅いつくりに見えるけど実は裏扉があって奥に秘密のアレソレを隠せるっていうの全部バレたわ。全世界にごめん。
「ホルマジオは悪くないし私も悪くないよ」
「"リゾットちゃんにはエリオット・サマノリエルの『紅孔雀』が合いそう"」
「紅孔雀はマジ名作だから!!もはやセックスとかエロとかを通り越して芸術作品!!伝説のボジョレーみたいなもんよ!永遠に塗り替えられないエリオット・サマノリエル史上最高のボジョレー!!」
「急に大きな声を出すな。あと、おすすめのタイトルを頭の中で列挙しなくていい」
マイナー系では"内側に巣食うもの"とかもおすすめだ。
「直接脳内にマニアックな映像を流さないでくれ」
「ごめん」
ポルポさんちょっとテンション上がっちゃったね。得意分野になると処理速度が加速するタイプの人間の業だよ。
リゾットはゆっくりと手を離した。おすすめのタイトルにうんざりしたのかな。正直、自分でも何をおすすめしていたのかわかんないくらいバーサクしてて記憶があいまいなんだけど。
離れた手とリゾットを交互に見つめると、リゾットは少しだけ笑った。
「悪感情は一つもないんだな」
「まあ私、リゾットちゃんのこと大好きですしおすし?」
「……ああ。改めてよくわかった」
柘榴石より深い赤が、何より雄弁に彼の想いを語っていた。
「……」
彼は自分の幸運に感謝するべきだ。
だってこの瞬間にリゾットが私の心を読んでたら、たぶんすんげー深いため息ついてアメリカンな感じで首振ってっからな。爆発したお花畑に疲れ果ててさ。

「ねえリゾットちゃん、私天才的にひらめいちゃった」
「何だ?」
「みんな集めて人狼やろ。負けた人が初恋を暴露するヤツ」
闇が深そうだけど。
「闇が深そうだな」
「あれ?いま触ってた?」
「いや」
「リアルにシンクロした……だと……?」
もしかしてこれはワンチャンありますか。
私はじっとリゾットを見上げた。
リゾットは私を見下ろしたまま首を傾げた。
「……伝わった?」
「いや……何がだ?」
「めっちゃ真剣に"ファミチキたべたい"って念じてたんだけど」
「伝わらなかったな」
シンクロしてるんじゃないのかよ。ちょっと恥ずかしいわ。くっ……こんな陰謀には屈しないんだから……。心の中に姫騎士を召喚してぐっと耐えた。姫騎士がいなくなるまで手をつなぐのは控えておこう。