ホルマジオとファッション誌を読む


何とも失礼なことを言ってきたのはこの男、ホルマジオである。
「へェ、オメーでもファッション誌は読むんだな」
「世のトレンドの最先端を行きたいからね」
「よく言うぜ。そのブラウス、何年モンだ?」
「買い替えてはいるからいいじゃん」
指摘されたとおり、薄ピンク色のブラウスは肌触りがたいそう心地よくて何年も同じブランドの商品を愛用している。しかしまるで私がこればっかり着まわす着たきりスズメみたいな言い方は止めて欲しいね。ちゃんとオシャレしてるじゃん。昨日だって自分でも悪くないと思える組み合わせで出歩いたつもりだしこいつにも見せつけたはずだ。なお服装の監修はビアンカである。彼女を交えての定例会議みたいなものを行ったわけよ。ビアンカは私の背後で控え、ひと言でも文句をつけたら即座に殺すと言いたげな眼光で彼らを睨み付けていた。
でもまあ私とファッション誌のイメージが結び付かないのは仕方がないのかもしれない。彼らの前で読んだ回数ってかなり少ないだろうし、雑誌って発行されては消え発行されては消え、を定期的に繰り返してるじゃん?よっぽど気に入ったコラムがあるだとか、特別な理由がないと本棚のスペースをコンスタントに圧迫していってしまうわけだから捨てちゃうんだよね。究極的には気に入ったコラムがあろうと、その部分だけ切り取って保管すればいいんだしさ。
買ったばっかりのファッション誌はまだまだ読み始めたばかり。ほォーとどうでも良さそうな相槌を打ちながらホルマジオが誌面を覗き込んだ。
見やすいように傾けて、太い指が器用にページをめくるのを眺める。興味がないからなのかちゃんと内容を把握した上でなのかは知らないがめくる速度は速かった。さすがホルマジオさんやで。
女性向け特集の一角に差し掛かって、ようやくホルマジオが手を止めた。
「オメー、こんなもん読んでんのかァ?」
呆れた気配を察知。
見出しに視線を走らせると彼の言葉の意味がわかる。"彼氏に飽きられない為のテクニック"とパステルカラーの文字が踊る。
やましいこたあないので弁解するのも馬鹿馬鹿しい。とはいえそんな挑発的な言い方をされちゃあ私もひと言言っておかないといけない気分になってしまうというものだ。
「知らなかった。可愛いコラムだわね」
「表紙にも書いてあんじゃねェかよ。何だかんだ、これ目当てで買ったんじゃねーのかァ?」
「なんでこれ目当てで買うのよ」
買った理由なんて対象の年齢層と雰囲気と付録を鑑みたっていうひねりのないモンだよ。
ホルマジオが馴れ馴れしく隣の椅子を引っ張って、肩を近づけてくる。一冊の雑誌を二人で読む女子高生の絵面が生まれた。全世界のホルマジオファンに殺されるわ。
「ほれ、ここ。マンネリ防止のキステクニック」
「そういえばあんた随分ぺらぺら日本語読むね?」
「まァな」
得意不得意はあれど誰もが一度は日本語に挑戦したことがあるらしい。彼らの必須科目なのか?もしも私の影響で日本に興味を持ってくれたりしちゃったりなんだりしてるんだったら本当に可愛すぎてたべてしまいたい。
「"彼とキスするときってどうしてますか?"、"ちょっと恥ずかしい……、でも最近新しい喜ばせ方を勉強したんです!"、"えー、なになに?聞きたーい!"」
「音読する必要ある?」
「オメーが読まねーから俺が読み聞かせてンだよ」
「ありがとな」
ほっといてくれたら勝手に読むんだよとは言わなかった。もちろん、女性向けの雑誌と際どいコラムを音読しているホルマジオが可愛かったからだ。
上から下までざーっと目を通したホルマジオは、首をかしげてぱきりと骨を鳴らした。
「それ健康に良くないらしいよ」
「オウ。わかってても癖になってんだわ」
気持ちいいって言うもんね。病みつきになったら怖いので試しはしない。本当に気持ちよかったらヤバい。うっかり骨か神経かを自爆させちゃって自室のベッドで冷たくなった姿を発見される、なんて未来はノーセンキューだ。
「これさあ、"キスも受け身ばっかりじゃダメ!"……って書いてあるじゃん?」
「だな」
「私も考えなかったワケじゃあないのよ」
「ほォ」
「ググったしビアンカにも訊いてみた」
「人選間違えてねェか?」
「うん、ぼたぼた泣いちゃってて申し訳なかった」
私からの貴重な質問に対する感動と、キスをする相手を一瞬でも思い浮かべてしまった憎しみと悲しさが入り混じった大粒の涙。慰めるのに三時間かかった。
そして情報は得られず、試しに勘に任せてみたところ、リゾットからは合っていたのか間違っていたのかまったくわからない反応が返された。
灰色の脳細胞を持つポルポさんの名推理を披露すると、テクが上級だろうが下級だろうがドブレベルだろうがヘヴン状態だろうがリゾットにとっては関係がないんじゃあなイカな。"私からのアプローチ"っていう部分が最大の鍵なんだよ。キスが上手くても下手でもどうでもよくて。
「……って思うんだけどどう?」
「わからんでもねーな」
「そもそも基礎の経験値からして負けてるし」
「こないだまで恋人の一人もいなかったオメーが経験値でリーダーに勝ってたらさすがにビビるぜ」
ごもっともだ。しかし私の心は硝子より脆いから言い方に気をつけてもらいたい。
「だしょ?そう考えてからは許可を取ってる」
「許可ァ?」
「"次のキスでは接待をお願いします"って」
「ぶひゃはははははは!!」
ホルマジオがテーブルに突っ伏して草を生やした。勢い余っておでこをぶつけている。ダイナミックに笑いすぎでしょ。ソルジェラかと思ったわ。
「せ、せ、せっ、ブヘヒ、接待」
「してくれるよ」
「オメー、マジに、キスの接待、ヒフッ、って、なんだよ?」
そっちがなんなんだ。
「リゾットにキスされると腰が抜けるじゃん?」
「知らねェーよ」
「抜けるときがあんのよ。だから接待モードでは私に勝ちを譲ってもらうの」
「もうオメーがナニをくっちゃべってんのかがわからねェが一つだけ言っておくぜ。オメー知ってるか?キスって戦いじゃあねェぞ」
「私にしてみたら戦いみたいなもんよ」
攻めと受け。上と下。陰と陽。勝ちと負け。二つの対極が存在する其れ即ち戦いである。
まあ私も自分がナニを言ってるか八割がたわかってないからホルマジオには心の中で謝っておいた。
笑い疲れて水を飲み、ちょっぴり残った笑いの残滓を時おり口の端からこぼしながら、ホルマジオは雑誌のバックナンバーを確認した。
「オメーが狂ってんのにこのコラムが狂ってる気がしてきやがった。記念に買うからもう一冊取り寄せてくれや」
「お、おう……」
勢いに圧されて約束してしまったけども。
「(ホルマジオの部屋に女性向けファッション誌が存在する未来、死ぬほど面白いな……)」
偶然を装って誰かに見つけさせようと心に決めた。