ウィーウィッシュアメリクリスマス


――ポルポが誘拐された。

その知らせは九人の男たちの心を盛大に揺らがせる。
何度も危機に見舞われた彼らの大切な存在が、聖なる日を前にまたもや困難のるつぼに突き落とされたのだ。
事の起こりは彼女の出張先でのことらしい。彼女しか知らないはずのアドレスに送られてきた十数秒程度の動画には、猿轡と目隠しを施された金髪の女の姿があった。
ぶわりと全身の毛を逆立てるように怒りをあらわにしたのはメローネだった。しかしその怒りの波はすぐに勢いを落ち着けることとなる。
「メールをよく見ろよ。"アイツ"が自分から助けを求めるたァ思えねえぜ」
「確かにな。おいソルベ、喉渇いた。青いグラス取ってくれ」
「はいよ。氷いるか?」
そう。
なんかよくわからんが、ポルポには理解不能な信頼もどきが寄せられているのであった。

「私クソ哀れじゃね?」
猿轡をかまされ目隠しで視界をふさがれていた私だったが、残酷極まりなさそうな映像を撮影したあとはすぐさま解放されて今は優雅にお茶とケーキを楽しんでいる。仕掛けられた"虫"――いわゆる盗聴器を介して聞こえてくる彼ら九人の音声を肴にしたティータイムだ。心はあんまり優雅じゃあいられないけど。みんなもっと焦ってよ。言っちゃあ何だけど私って何回も死にかけてるし疑似的には五千万回くらい死んでるよね?なんでそこだけ冷静なんだよ。私だってみんなに助けを求めることくらいあるさ。
うんうんと頭を悩ませながら考えた渾身の脅迫文だったにもかかわらずあの子たちは盛大にスルーした。これがマジモンだったらどうすんだあんたら。私は無残に殺されることになるんだぞ。謎の悔しさと理不尽さに苛まれる。バカヤロー!家出してやる!メイのばか、もう知らない!心の中で駆け出した。
実際に狂言だからあんまり真に受けられても困ってしまうのだけど、ここまで綺麗に無視されると切なくなってくるもんだ。
そもそもなにゆえこんな人心をもてあそぶようなことをしたのかといえば、それは我らがジョルノさまによるひと言がきっかけだった。ドッキリを仕掛けてびっくりさせてみたらどうでしょう、と。婉曲せずに言えばジョルノのストレス発散だった。いつも余裕をぶっこいている大人な男たちをドびっくりさせて、老獪な魑魅魍魎どもと戦う日々の溜飲を下げたいのだと。いやここまで直接的には言わなかったけどたぶんそういう裏があるのだと思う。
で、まあ年下へのクリプレだと思って軽くうなずいてみた。やるなら徹底的にと脅迫文も頑張って考えたんだよね。どうやらそれが仇になったようだけれども、何なんだ彼らは。私をなんだと思ってるんだ。お手数をおかけしますがどうか助けてくれよ。いや狂言なんだけどさ。
「私を過大評価しすぎてるよねえ」
地味に目をそらしていたかったこの現実。
盗聴器の向こうでまともな反応を示してくれているのは、なんとイルーゾォとギアッチョだけだった。あとは全員が裏を読んでる。やめてー素直に心配してよー。でもいっつもツンツンしてる二人が真っ先に素直な懸念をみせてくれてるのはガチで嬉しいからもっとやってくれありがとう。実は元気でしたーっつってベファーナごっこしながらアパートに飛び込むのが怖いけどもっとデレて。蹴りの一発は覚悟しておかねばならんなと背中の心配をし始めてるけどカモンだよ。
切ない寒風にさらされた心をホットワインで癒し、カルダモンの香りを胸いっぱいに吸い込んで優雅に決めたところで気化したアルコール臭にむせこんだ。悲しすぎる。

いささか落ち込んだテンションで重たいガラガラを引きずってよいしょよいしょと階段をのぼり、彼らのアジトにお邪魔する。扉なんざ合鍵の前ではただの紙切れ同然よ。心なしか鍵穴もやけっぱちな音を立てた。
「おらーポルポさんのお帰りだぞー。薄情もんたちめー」
廊下の向こうに声をかけるが返事がない。盗聴器はとっくのとうにジョルノへ返したから内部の様子を知るすべはなく、私は薄暗い廊下をあたかもそこが初めて侵入するダンジョンの一部であるかのような足取りで慎重に進んだ。それにしてはトランクケースがごとごととうるさいが。
全員がまとめて出かけているとは考えづらい。いかに私の考えた脅迫文が落第点のその下をいく出来だったとしても全員がツマンネーっつっておのおのの部屋に帰ってしまう、というのもちょっと想定したくない可能性だ。そんなのあんまりだよぉ。
私の鋭敏な感覚に訴えかけるあたたかさはつい先ほどまでここが暖房か何かでぬくめられていたことを示す気がするし、どこか作為的な空っぽ具合に見えるのだ。
大きな部屋へと足を進める。ごろ、ごろ、と重たい車輪の音だけが私にくっついてくる。
遮光カーテンがしっかりと引かれた真っ暗なそこ。慣れた明かりのスイッチを手探りで入れようとした私の手に、生ぬるい人肌がくっついた。パアン!次いで連続した破裂音。
「おあっ!?」
うっすらと漂う煙のにおいに目を白黒させる。超絶意味不明なんだけどなんやねんこれは。ぱちりと点いた明かりの下で、真顔の男たちがクラッカーの紐をひいたままこちらを見ていた。控えめに言ってホラー。
「なに……意味わからん……」
「意味わかんねーのはこっちだバカ。くだらねー遊び考えやがってよォ」
「ありえねーって判ってても肝は冷えるんだぜ、女王さん」
「どうせサプライズだなんだとか言うつもりだったんだろーが、こっちはこの時期暇じゃあねぇんだよ」
「だけど心配したんだぜ、ポルポ。ってことはとーぜん、それに見合ったリターンが用意されてるんだよな?」
えー、と。なんだこれ。私は逆ドッキリを仕掛けられた、らしい、……のか?と、とりあえずメリークリスマス。
確かにビビり散らしてしまったが、それにしてもこんなふうに示し合わせたなんてまったく知らなかった。私が盗聴をやめてから用意したのではクラッカーを手に入れる時間はなさそうだし、もともと家にあったのだとしたら可愛すぎないか……?どうするのそれ?何か殺人のトリックに使うのかな?
「お前、書き入れ時で脳みそやられたんじゃねえの?買ってきたに決まってんだろ」
「いつもに増して辛辣だわねイルーゾォたん」
で、どうやって打ち合わせたの?筆談?
「それもなくはねェけどよォ……ま、ある程度は合言葉が決まってんだよ」
「えええナニそれ!?私知らないけど!?」
「急にデケー声出すな」
暗殺者カッコよすぎかよ。あと"ポルポは大丈夫そうだしどうせクリスマスプレゼントのドッキリでも仕掛けようと計画してるんだろうから逆に驚かせる為に今からパーティークラッカー買いに行こうぜ"ってどういう感じの合言葉でやり取りしたのかめっちゃ詳しく教えてほしい。
メローネがぐっと私に顔を近づけて無邪気に笑ってみせる。
「で、プレゼントは?なあなあポルポ。プレゼント。俺たちをドキドキさせて絶望のどん底に叩き落した挙句、ナターレに相応しくない緊迫感と武装でもって犠牲を覚悟で事態を解決しようとしたかもしれない可哀想な俺たちに対するプレゼントは?もちろんキスのひとつもくっついてるよな?」
言われてみると私って鬼畜だな。ごめん、軽い気持ちでやった。提案に乗っただけとはいえおねえさん軽率だったね。マジでキスのひとつもくっつけたほうが良さそうだな。すまん。気づかされてからはちょっとリゾットのほうに視線を向けられない。こいつは地雷原のかたまりみたいな男だ。
私はかがみこんでトランクケースの暗証番号を合わせ、外れた錠をポケットに入れてから中を開いた。大きかったり小さかったりと様々だがきちんとラッピングされた贈りものたちが顔を覗かせる。
「ブツで解決するわ。どうぞお受け取りください」
「ポルポー。キス。キスは?」
「ほっぺでいい?」
「仕方ないから妥協してあげるよ」
「ありがとうございますメローネさま。私は今日も幸福です。……ん」
「ん」
すべすべしたほっぺだ。この子に毛穴は存在するのだろうか。
案の定というべきか、ギアッチョに背中を蹴られイルーゾォに肩をどつかれホルマジオに頭をすぱんと叩かれプロシュートに片手で顔をつかまれペッシに両手を握られソルジェラに異様な高い高いを食らい生命の危機を感じさせられながらプレゼントを配り終えた私は、おそるおそる最後の難関に箱を差し出した。
「お受け取りください」
「ありがとう」
「……怒った?」
「怒ってはいない」
おおっと引っかかるゥ。その"は"が引っかかるゥ。怒ってはいないの?じゃあナニなの?そういう怖い前振りするなら直接ボディブロー食らわせてくれたほうがよっぽどマシだよね!
リゾットはしばらく言葉を選ぶように逡巡してから言った。
「いい度胸だな、とは思った」
「……」
逃げよう、このイタリアから。
反射的に意識がジャッポーネに飛ぶレベルで怖かった。
もうこういう企画には乗らないようにしよう。顛末を報告したときのジョルノのスッキリした顔を見て、私はなおさらそう感じた。