このあとめちゃくちゃ


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ごめん、どういう理屈かさっぱり理解できないんだけどひと言でまとめると私は今ディアボロと一緒に茶をしばいている。スレ立てしてもいいレベルの困惑。墨付きのカッコでスレタイを強調してしまうぞ。
ディアボロは憔悴しきった顔でびくびくと周囲を見回しては、ウエイトレスさんが通り過ぎるたびにあからさまに肩を跳ねさせたり冷や汗をたらしたりと忙しい。一緒にいる私まで不審な目で見られるからやめてもらえないかなあ。フルーツパフェをつつきながら思う。関係ないけどパフェグラスって細いやつだと最後の最後までソースやアイスクリームの溶けた液体を救えなくてもどかしくなるよね。バニラアイスが溶けたつめたーいスープって最高だと思うんだけど、届かないからこそ夢なのか。食べきってしまえたらそれはつまらない味に成り下がってしまうのだろうか。んなわきゃあない。バニラアイスのスープサイコー!これは世の真理である。角が立たないように言っておくと、私を中心として回る私の脳内世界の中の真理である。
さて、目の前の男の話に戻ろう。
ド派手な髪の色は健在で、ぽつぽつと所々を染める鮮やかなポイントカラーも記憶と寸分たがわない。ちょっぴり目が落ちくぼんで頬の肉が削げたかな?みたいな気はするが、すべての真実に辿り着けないディアボロの健康状態が"進む"とは考えづらいから私の錯覚だろう。彼が現在どのようなループに巻き込まれているかを断片的ながらも知っているからそんな気がしてしまうのだ。
ディアボロは提供されたエスプレッソも飲まずにじっとしたまま、組んだ両手を小刻みに震わせる。
こじゃれたバルではカウンター越しに渡された小さなカップをグイっと一息に傾けて苦い一杯を飲み干し笑顔のグラッツェを残して立ち去るビジネスマンもいるというのに、ここだけは閉ざされた陰湿な別空間のようだ。
街中で通り過ぎざまに私の腕をつかんだディアボロの必死な表情を思い出す。ポルポ、と縋るような目で見つめられて誰だこいつと訝った私は悪くないったら悪くないぞ。もちろん容姿は憶えていたし忘れようったってそうは問屋が卸してくれないけれど、彼はここにいるはずのない人物だ。もはやこの世界から退場した過去の負である。
けれどどうしてか私を見つけてしまったディアボロは、見つかってしまった私に取り縋った。待てポルポ、わたしだ、わたしを憶えているだろう、おまえはわたしを知っているだろう。そう言って名を呼ばれたがった。ディアボロ?知らない子ですね。なーんてさすがにびっくりした私はボケも忘れて"ナニしてんのあんた"とまともな台詞を吐いてしまった。そうしたら道端で盛大に涙を流された。
「私と一緒にいたほうが死ぬ確率が上がる気がするけどそこんとこどうなの」
路肩で大の男を泣かせる女として目立ちたくはなかったので手近なバルに引っ張り込んで勝手に飲みものを注文して、私と離れると死ぬとでも思っているのかこっちの背にぴたりとくっついて離れない男を椅子に座らせた。先に座って席取っといてよと言ったのに離れねえんだわ。なんなの?一人になると死んじゃうの?バルの真ん中で突然死ぬ男ってあんまり見ないよ。
あるいは、これは彼にとっての夢なのか。それとも私にとっての夢なのか。ディアボロのループはどうやって続いているのだろう。死んで、死んで、死んで、この再会は慈悲などなく奏でられるレクイエムの一小節がすぽんと抜けた、彼にとっての小休止だったりするのか。
そうなると余計に私とトゥギャザーしないほうが良いんじゃあないかな。自慢じゃないけど私には九人のすごいセコムがついてるぞ。見つかったらループとかレクイエムとか関係なく裏路地でボコられない?自分のやったこと思い出してみな?
「今はお前だけが頼りなのだ。お前は幾多もの窮地を生き延びてきた。お前とならばこの悪夢から抜け出せるかもしれない」
「その窮地、根本的な原因はどこまで行ってもあんたなんだけどね」
すべての始まりをスタンドとするなら原因は矢をぶっ刺してきたディアボロだ。
「エスプレッソ冷めるよ」
「……飲むと死ぬかもしれない」
「飲まなくても死ぬかもしれないんだから飲んでおけば?」
どうせならおいしいものを口にしてから死にたくね?
ディアボロは小さなカップを持ち上げて、とてもまずそうな顔でコーヒーをすすった。コクリと動いた喉仏を見つめていると、どこかホッとしたようなため息が落ちる。
「……死なな、かった」
「よかったじゃん」
「どれ程ぶりだろうか」
「何が?」
「物を口にすることだ」
食べもの至上主義な私には想像もつかない苦行だわ。その点についてはちょっぴり可哀想だなと感じた。
「わたしはお前を愛していた」
「うん?」
唐突に何。
「お前はなぜわたしの下から去ったのだ」
「嫌いだったから」
「わたしはお前を愛していたのに」
「うーん……、でも私はあんたを嫌いだったのよ。あんたが私を……私かブラック・サバスかを愛していて、傍にいてほしいと思うのと同じように、私はあんたが嫌いだったからさっさとおさらばしたかった。で、おさらばした。それだけ」
シンプル過ぎてびっくりするよね。
他人の愛を否定する趣味はないから黙っているけど、ディアボロのそれは愛情にしては歪んでいるし、私の主義主張とは致命的に合わなかった。具体的にしんどかったし恨み骨髄だよ。
「ってか自分はどうなの。痛い目に遭わせてきたり殺してきたりする相手を好きになれる?どうする?処すでしょ?」
「処すな」
「でしょ」
「……ということは……今回はお前がわたしを殺すのか……?」
「ええー……?」
反応が過激だ。パフェスプーンでは誰も殺せないと思うから安心してほしい。念能力者だったら周とかで武器にできるのかもしれないけど私は違う。
「私はあんたに何もしないわよ。する力もないもん」
「ではお前の子飼いに依頼して……?」
「一度収まったものを掘り返す必要ある?やだよ折角寝てくれてんのに叩き起こすの……」
ディアボロのディの字を出した瞬間彼らの眼差しが険を帯びることは間違いない。一番最初に反応するのは誰かな。なんとなくソルジェラな気がするぞ。今日も元気に暗殺を頑張るおにいさんたち。キッチンミトンを両手に嵌めてぱふぱふさせながら"それで、ディナントカさんがどうしたって?おにーさんに言ってみろよポルポ?"とかなんとか言われるに違いない。うわ怖い。想像だけで鳥肌が立つわ。安全に見えるホルマジオさんだってディアボロには腹を立ててくれているからな。
「とりあえず、久々なんだったらご飯でも食べとけば?」
「……ボロネーゼを」
昔に食べた味が忘れられないのかな。知らんけど。空中に丸を描いてみてもハ?って顔をされるだけだったからしょんぼりした。仕方ないよね、ないもんね、あの話。長靴で乾杯してえわ。

夢だったのか、何なのか。
ディアボロは私の目の前で、人波に流されるようにして車道に放り出された。激しいブレーキ音。撥ね飛ばされる男の身体。現場は一気に騒然とした。私もした。うわっ、嘘だろ、死んだ。目の前でディアボロが死んだ。
けれど死んだ瞬間、彼の存在は"ただの物体"と化した。人間ではない何か。この世界に存在しないもの。
撥ね飛ばされてピクリとも動かない死体になった彼の特徴も名前も何もかもがゼロに巻き戻って、『死』の真実にすら辿り着けなかったのだと私にはすぐにわかった。スタンド使いだった名残だろうか。
どうしよう、同情心が欠片も湧かない。
すべてが無かったことのように、ディアボロの存在だけがリセットされて、私は誰にも構われることなく群衆に紛れた。紛れてしまった。いいのかなこれ。どうなの、黄金体験鎮魂歌。

……とかなんとか思っていたら、翌朝、うちの庭に人間みたいな形をした物体が転がっていた。
朝陽を浴びようと大窓のカーテンを開けた瞬間目に飛び込んできた成人男性のケツ。ウホッいいお尻。いや、どう対応するのが正しいんだ?悲鳴でも上げるべきか。いやいや、ズボンは履いてるし悲鳴を上げるほどのことでもない……?いやいやいやおかしいわ。普通自宅の庭に男が尻を高く上げたままうつぶせになって倒れてたら警察呼ぶわ。おまわりさんこっちです。
「どうした?」
おまわりさんじゃなくてリゾットが来てしまった。
ぱたぱたとスリッパの足音が可愛く響く。どうしたんだかはちょっと私にもさっぱりです。ただ君と会わせてはいけない人物だってのははっきりきっぱり丸っと理解可能。
出会ってはいけない二人が、顔を合わせてしまった。
「……」
すぅ、と赤い瞳がすがめられた。
それを察したように、倒れていた男がむくりと起き上がる。軽く頭を振って蛍光色の髪を揺らし、ゆっくりとこちらを振り返る。
「……」
「……」
「……」
全員が黙ったまま視線を交わして、ディアボロの顔色がみるみるうちに土気色へと変化した。
「ウワアアアアアアアアアアアアア!!」
ディアボロは糸が切れたようにその場にぶっ倒れた。"死んだ"感じはしなかったのでただの気絶だろう。死んでほしいわけではないがこれはこれで困りものだ。
騒ぎの予感を悟りつつ、私は手を伸ばしてリゾットの目を手で覆った。穏便に行こうな。