エビバディ・イート


リクエストありがとうございました。




食い専だと思われているけど、実は私だって料理ができる。イルーゾォあたりは疑わしそうな目で見てくるだろう。これまでに何度もつくってご馳走しているってのに失礼な男だ。まあ、身近にソルベとジェラートなんていうベリーベリーグッドクッキングガイがいれば私の料理がかすんでしまうのも仕方のないことだから文句は言わない。ただ包丁も持った経験のない女だと言われるのは心外だ。包丁はある。誰だってありそうなものだ。逆にあんたが持ったことないんじゃあないのと言ったらうるせえな包丁くらいあるに決まってんだろと返されたけれど前にもどこかで言ったようにこいつの包丁の持ち方は人を刺すほうのそれなんじゃあないかと思っているのでこっちこそ信用しないでいる。だって料理をする為に包丁を持ってクチーナに立つイルーゾォの姿って想像できなくない?私はできないんだけどどうなの。そのあたり教えてくれないか、相棒のホルマジオくん。
ホルマジオくんは黙秘を貫いて肩をすくめた。どっちなんだ。うっかり食べたことすらあるってんならお味のレポートもお願いしたいぞ。ちょっとしょっぱめの味付けだったらワクワクします。
自宅のリビング、リラクシングなスペースでお行儀悪く足をぶらぶらさせながら本を開きページをめくる。
鮮やかな写真が掲載され、眺めるだけで楽しいくらいだ。
同居人がとたとたとスリッパの音を立てて階下に降り、こちらへやってきたのを確認して、私は楽しく素晴らしい世界を生み出そうと日々努力を欠かさず邁進を重ねる女子高生のように立ち上がった。
「リゾット、うどんを打つわよ!」
「……」
きょとんと首を傾げたリゾットちゃんの表情、プライスレス。

道具をそろえるのは簡単だった。
材料もまあ、難しい話じゃあない。
大変なのは、興味津々な男ども九人を落ち着かせる工程だ。ステイッステイッ。ぺったんぺったんもちつけおちつけ。私もそうだけど良い歳してんだからうどんくらいで騒ぐんじゃねえわよ。いや私もめっちゃ楽しみよ。そりゃそうなんだが絵面がすごい。九人の屈強な裏稼業のイタリア人がじーっと計量器を見つめているんだからよくわからない。
「うどん」
「UDON……」
やっぱりよくわからない。
道具を凝視するノッポ二人はまあ良いとして(料理が好きだってのは周知のことだし、私だってよくよく知っている)、この、日ごろあんまり粉モンを調理することと縁がなさそうなプロシュート先輩までが身を乗り出してるってのがね。
「なんで急にUDONなんだよ。普通はSOBAだろ?」
「どこの普通だそりゃァ」
「ジャッポーネ。そうだろポルポ?UDONってのは上級者だって聞いたぜ」
初耳だ。
「誰に?」
「ソルベ」
「ソルベは誰に聞いたの?」
「ジェラートさ」
「ジェラートは誰に聞いたの?」
「ホルマジオだったかな?」
「ホルマジオは誰に聞いたの?」
「プロシュート」
「プロシュートは」
「リゾットに聞いたぜ」
「リゾットは……」
「言っていない」
茶番乙。バカモン仲良しか。
どうして急にうどんを打ちたくなったのか。
料理ができるかできないかと議論されたのはきっかけのひとつ。料理かーと本を読んでいたらうどんが見えた。白くてもちもちしてしこしこしていそうなそれがとってもおいしいんじゃあないかなと想像したらよだれが出た。しこしこは下ネタではない。そしてこのUDONづくりも下ネタじゃあなく、もちろんえっちなビデオなんか撮るつもりもない。ないったらない。ないもん。床にリゾットを寝かせてその目の前でうどんを打つなんてそんなそんなとんでもない。
「ってことでポルポ、打っちまーす!!」
「ナニ言ってんだオメー」
「食べたくないの!?うどんよ!?もちもちのうどん!優しい味のおだし!花まるのかまぼこ!」
「KAMABOKO……」
ギアッチョの口から飛び出すKAMABOKO発言の威力ったらなかった。
「そんなに日本食に飢えていたのか?」
普段の食事では不満足だったかと心配そう(主観)なリゾットが料理本に手を伸ばす。長い指が、四角く切り取られレイアウトされた輝かしいUDONの写真をなぞって、その目がスッと細められた。まさかこの男、上司の食欲のケアまで手厚いというのか。どこまでも恐ろしいやつよ。そりゃ四天王の中でも最強に決まってるわ。ナニ言ってんだ私。

大の男九人分。胃袋の底がどこにあるのかわからない某タコ女もいる。生地は大量に必要だった。
それぞれが自分の分を担当するほうがきっと食べたときに楽しいだろう。食べたいだけの材料を秤にかけて計量してまとめて捏ねて、心と煩悩を込めてふみふみだ。どうしよう、踏む人によって味が違ったりするのかな。やべえ。個人的にはホルマジオが踏んだうどん生地をおいしくいただきたいです。“せっかくだからよォ”っつって裸足でふみふみし始めたホルマジオおにいちゃんのおうどんを。
「ポルポのUDON、俺がぜぇんぶ食いてえからさ。ポルポのと俺のを交換しねえ?」
「私は私のうどんを自分で食べたい。悪いわね」
「ちゅーしてあげるって言ってもかい?」
どっちにしろ君が得するんじゃないのかいと言ってだしをとる。
ふわりと香るのは昔懐かしきノスタルジックな匂いで、とても心地よい。
「こいつぁグレートだわ……誰が誰のうどんかなんて言ってられないくらいの幸せに包まれるわよ……」
思わず恍惚としてしまった。釣られてギアッチョがつばをのむ。
小鍋からレードルでつゆをすくい、不格好な麺がゆで上げられ、そして私たちは――――……

「女王さまがお踏みになったおうどんを私めにひとくちいただけませんか」
これは私の台詞である。
「テメーの花まるKAMABOKOと引き換えならな」
プロシュートさまは寛大だった。