彼女への想い


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ぱきん、とフォークの首を折りやがった年下に、落ち着けよ、と声をかける。そりゃあデザートフォークは細いし、成人した男、いや、そうでなくともちょっぴり力を入れりゃあ折れちまうモンだが、こいつが銀色の棒をダメにするのは今日で二回目だ。これで終いにしてもらいたい。そうでなくてはアジト中のフォークが犠牲になってしまう。
無残な姿をさらすフォークを回収したホルマジオは、テーブルに片肘をついてメローネを宥めた。彼の隣に座るプロシュートは危険を感じてマグカップも遠ざけた。水分は厄介だ。
「殺すべきだろ」
実に端的に自分の意見を述べているが、落ち着いているように見えて正反対だ。まぁまぁまぁと場をとりなすのも楽ではない。
「ダメかい?上司の命が狙われたんだぜ。それもはっきりとだ。相手はポルポのスタンドのことも知ってる。もろとも死ぬつもりでかかってきてるんだ。だったら俺たちがそいつだけ始末したって何が悪いんだか説明してくれよ」
「そう苛立つなって。"ついうっかり"巻き込んじまっただけかもしれねえだろ?」
「ホテルのあの階に"だぁれも知らねえけど"物すっごい財界の著名人なんかがいたりしてよ」
ソルベとジェラートの茶化した態度はメローネの声をいっそう尖らせた。イルーゾォが肩をすくめて席を立つ。もう知らねえ、と説得も打ち合わせも放棄してテレビの前に陣取った。当てもなくチャンネルを回し、雑然としてつまらないニュース番組にたどり着き腰を落ち着けよう、とした瞬間、くだんの事件がひっそりと報道されていたので何事もなかったかのように番組を変えた。迂闊なチャンネルさばきに、ギアッチョがチッと舌打ちする。お前年上に向かう態度じゃねえぞ、とはイルーゾォは言わなかった。さすがに今のはまずかったなと思ったので。

数日前に起こった、ホテルの爆発事件。
ネアポリスから離れてはいたが、有名な社の傘下だったためにほとんど誰もが知っている。
幸いなことにワンフロアに留まっていたため死者はなく、怪我人も少数で済んだ。いまは捜査が行われている最中だ。
「いやあヤバかった。映画かと思った。消火栓のホースでバンジージャンプするしかないなって覚悟しちゃったわ」
という、部下たちにとっては意味のわからないネタをねじ込みながら帰宅した女上司。
男たちが一室に集まって年若い同僚を宥めにかかっているのは、彼女が少々、ちょっぴり、まあ痛かったかもなあ、というくらいの火傷を負っていたからだった。

いやお前、あいつもっとヤバい怪我とかしてるよな。そんな指摘はメローネだって承知の上だ。わかっていても許せないのだ。大切な人が傷つけられて、犯人も判明していて、これからも攻撃は続く。それで黙っていられるほど、彼はまだ成熟していなかったし、成熟していたとしても、"彼女"についてだけは理屈を捨てただろう。暗澹とした闇をたたえる瞳は、とても危うい。
「誰もやらないなら俺ひとりで……」
「やる、ってか?長い旅路になるだろうぜ」
「黙ってろよプロシュート。あと紅茶返せよ」
「テメーが見れるツラになったら返してやるよ」
「は?」
「その顔であいつに挨拶できんのかってハナシだ」
「……」
不運なことに、いまこの場にチームのリーダーはいない。場をまとめ上げるのはプロシュートの仕事だ。
もちろん、打って出るか迎え撃つか、判断するのはリーダーだ。プロシュートはあくまで堤防としてメローネの勢いを削ぎ、これ以上かわいそうなデザートフォークが生まれないようにするだけである。
彼が口をひらいた瞬間、がちゃりと廊下の向こうで扉があいた。やっほー、と暢気な声が聞こえる。足音は二つあって、この家にいつもの十人が揃ったことはすぐにわかった。
男たちの視線がメローネに突き刺さる。彼はぐっと喉の奥を鳴らして、プロシュートを強く睨んだ。睨む相手は俺じゃあねぇだろ、と美麗な男は内心で呟く。
暢気な上司は普段どおりのリーダーを連れて、へらへら笑いながら現れた。
「野郎ども、今日はご馳走だわよ!」
「はァ?なんだよ急に。めでてェことでもあったのか?」
「ボーナスでも出たのかよ?」
ちっちっち、と指を振ってもったいぶる女。一方、手荷物をてきぱきと片づける男。
「こないだの爆破事件、ビアンカが犯人を捕まえてくれましたー!やったね!」
「……」
「……」
「……」
「……そ、そのビアンカってひと、……よ、……よく見つけたね?」
はんにんを、と言ったのはペッシだ。
「あの子、パッショーネの中に下僕がいっぱいいるからねえ」
ビアンカの打擲スキルについての解説がとうとうと流れるなか、ギアッチョが横目で見たメローネは唇を噛んでいた。望みは叶ったんだから良いじゃあねぇかよ。疑問は解きあかしたいギアッチョは、嫌々ながらメローネに顔を近づけた。
「オメー、自分でやらねーと気が済まねえ……とかそーいう面倒くせえこと考えてたんじゃあねぇよな?」
「ちがう。確実に解決したのなら、誰がやってたって問題ない。そうだろ」
「ならナニが不満なんだよ」
二人の会話はポルポの明るい声に隠れて、ほかには届かない。
しかしメローネが強く強く両手を握りしめたことだけはわかった。
「……やったのがあの雌猫だってのが、それだけが、ほんッ、とに、マジ、で、ムカ、つくん、だよ、なぁ……!!」
「(ただの好き嫌いかよ……)」
うんざりしたギアッチョはメローネの椅子の脚を蹴った。
何一つ知らぬポルポが、片手を天高くつきあげる。
「ステーキ食うぞー!!」
「……おー……」
号令を追いかける男たちの声に、気力はあんまり、なかった。