使途不明金


一枚の紙を前にして腕を組む。腕を組むのが癖になっちゃってるみたいでアレだけど、無意識ではない。カッコいい気がするからやってるだけだ。何事も形から入らないとね。こういう場面では特に、威厳をもって、優雅にテンパろう。
この数字がいまだに信じられない。
「……赤字か……」
なんと、金回りに黄金律がついているんじゃあないかとからかわれるほど金に困らなかった私が、およそ初めて赤字を出した。
生活に関係のある部分ではなく、個人的に使用している四つの口座のうちの一つがやられたというだけなのだが、別に四天王の中でも最弱ではなかった口座、名付けてお遊び貯金にひびが入った事実はそれなりに受け入れがたい。
私ってこんなに浪費家だったっけ。使うときは使うけど、基本的には放置して稼いでがんがん貯蓄がたまっていくタイプだと思ってたんだけどな。最近は日本旅行に行くことが多かったし、飛行機代でやられたとかか。いや、どんだけ乗ってんねん。無理やりやらないと限度額で規制なんてされるはずがないのに。
不正使用を疑ったが、間違いなくこれを使ったのは私だ。他の人物が使えないようにきちんと設定してある。ただ確認せずにカードで引き落としていたから口座が止められてびっくりしたんだよね。そんで請求をよく見たら累計上では赤字だった。請求分事態は先々月のもので、限度額を迎えたのは今月のことだからそこまでひどくはないと思うが、数えてみるとちょっと使い過ぎか。プライベートな遊び用の貯金だし、カードが止められたのは時間が解決してくれる問題だからそこはいいんだけど、解せぬ。
ネットでぽちぽちと買い物をしていたのがまずかったのか。うーん、でも、そんなに大きな買い物はしていないはずだ。家賃も払う必要はないし、別荘も買ってないし、ていうか別荘はこの値段じゃ買えないし。
首をかしげる。
ずかずかと私の部屋に踏み込んでラグに腰を下ろしていたメローネが「どうしたんだい」と不思議そうにした。
「難しい背中してるぜ。面倒な依頼でも入った?」
「や、依頼は大丈夫なんだけど。なんか私最近大きい買い物した?」
「さあ?俺は知らないけど……いくらくらい?」
言いたいことと現状を素早く理解したのだろう。メローネの単刀直入な質問に、「5000」と答える。円ではない。
「あんたにしてはデカくない金額だけど、なくなってるの?」
「確実に私が使ってるんだけど、何に使ったか思い出せないのよねえ。スタンド使いの仕業かしら」
「そうかもね。あんたに金を引き出させて貢がせるとか」
財布としては実に優秀な私である。自慢じゃあないけど、スタンドがなくなった私なんてただの元ギャングですからね。力なき一般人ってやつよ。周りにいる子たちがチート極まってるだけで私は強くないし。できることと言ったらそれこそ札束で頬をひっぱたいてノーをイエスに変えさせることくらいだ。金で言うことを聞かせた人たちは金で裏切るというけれど、逆に言えば金がある限り絶対に裏切られることはない。と、いうどこかで見かけたクールでロックな理屈を信じて『愛』なる清浄なパワーを完全に無視する作戦で戦い抜いてきたわけだ。
その金が赤字を刻んでしまった。赤字、いや、なにかな、使い過ぎって言ったほうがいいか。
まあ、私の総貯蓄の中では微々たるもの。しかしこういったものを見逃すと足元をすくわれるってのがRPGにおけるセオリーである。私の人生はRPGじゃないしリゾットもピーチ姫じゃないしメローネも三回は立ちふさがってそのどれもが負けバトルになってしまうゲロ強なボスキャラではないけど、則っておくのも大切だ。
うーん、いやはやこいつぁ一体ナニに使っちまったのか。
ぎい、と背もたれに体を預けて、くるくると椅子を回す。これ、椅子のねじとかに悪いからやっちゃダメって言われるけど、回る椅子は回したくなるんだよね。メリーゴーランドとティーカップと運命のルーレットと回る椅子は回すものだ。
寝ぼけて大量の同人誌でも買ったか?おいおい、もしそうだとしたら家に入りきらないぞ……。いや、入りきるけどリゾットの目から隠し通せないぞ……。あっ、嘘です、ごめんなさい、もうリゾットには多分半分くらいバレてます。うう、なんか自分を信じてあげられない。この点においては金銭感覚がガチで麻痺するタイプなので自信をもって『違う』と言えないのだ。でもそれどんだけ寝ぼけてんだ。病気の粋だわよ。
私が己の業に慄いているとも知らず、メローネは私を元気づけるように笑った。
「先々月分の請求だろ?忘れてたって仕方ねえよ。赤字って言ってもマジに赤いワケじゃあないんだし」
「まあねえ……」
「……一応聞くけどさあ。どっかの名うてな傭兵でも買ったんじゃあねえよな?」
意味のわからん質問に「ん?」と顔を上げる。目と目を合わせると、メローネはじいっと覗き込むようにこちらを見た。浮気を責められているような気分になって、胸のあたりがざわざわする。なんだなんだ。
「ま、さ、か、雇ってねえよな?」
「それすら記憶にございませんけど……、連絡がないなら雇ってないんじゃない?」
地味に忙しくて数件電話ぶっちぎったりしてるけど、留守録を書類作成のBGM代わりに聞いた限りではそういった話は出なかった。
「あんたのほうから連絡するまで待機命令を出してるとか」
「うーん……、ないと思うわよ。なんで?」
メローネは人を堕落させるソファに顔を突っ込んだ。そのままくぐもった声で言う。
「べっつに。俺たちがいるのに5000もかけて他人を雇われたら、って思っただけさ」
「浮気寝取られ的な意味で?」
「うん」
「そんな度胸ないから安心して」
雑な言葉を使うけど許してね。あんたら九人を相手にそんなことができるわきゃあないだろ。九人九色な能力に信用を置いているからってのもあるけど素直に怖い部分もいっぱいあってな。わかってもらえると思うしあんたも自覚があるだろうけど。なかったらもっと怖いわ。
「一応、明細には『ズナビア』……」
ん?
「ん?」
私と同じ角度でメローネが首をかたむけた。何その仕草。かわいいんだけど。お前は本当に成人していくばくか経った男性なのか?
よくよく明細を見て、みるみる記憶がよみがえる。
「そうだった。私、ズナビア電器店でパソコンとゲーム機とテレビとDVD再生器とハンディ掃除機を買ったんだ」
「なんでそれを忘れてたのかすげえ知りたいんだけど」
「いや、忙しくて……。輸入部品とかもあるらしくてなかなか来ないから悶々としてるうちに今のスペックで満足しちゃってさ。そうだそうだ、思い出した」
「納期遅すぎねえ?」
まともなことを言われてしまった。一からカスタムお願いしてるから仕方なかったのかもしれないけど、確かに遅いな。大手だから詐欺られてはいないと思うけど、私と同じように忘れてるのかもしれないから今日催促してみよう。みんなアバウト!私も人のことを言えなくなってしまった。特にメローネには言えないわ。
「パソコン、壊れたのかい?」
デスクの上を指さされる。そこには開きっぱなしのテキストエディタとマインスイーパーが煌々と光を放つディスプレイがある。
「ばりばり現役よ。でもちょっとゲーム用のが欲しくてね」
「ふーん。何のゲームだい?エロいやつ?」
「普通のRPGとかシミュレーションとかよ」
エロいやつもあるけどな。
「届いたら見せてくれよ。あんたがどんな顔でエロゲをプレイしてるのか知りたいし」
エロゲプレイが前提でめっちゃ笑いそうになった。どんな顔を期待されてるんだろうね。私基本的に真顔でやってるぞ。メローネは絶対にやつきながらやってると思うけど、同じような表情を想像されると期待外れでがっかりするんじゃなイカな。
「途中でリーダーが部屋に入ってきて慌ててDキーでデスクトップ画面に戻したりしたことある?」
「あるよ。ていうかイヤホンしてて気づかなくて、肩叩かれるまでメアリーちゃんと乳繰り合ってたことがある」
「あはははは!リーダー、なんだって?」
「なんにも言わなかったわ。画面をちらっと見て終わり」
メアリーちゃんが好みじゃなかったか、あるいは体位が気に食わなかったのか。ちょっぴり気まずかった。
「新しいパソコンが届いたら俺と一緒にプレイしようぜ」
「いいけど、マルチプレイ対応のエロゲは持ってないわよ」
「斬新だね。後ろからヤジを飛ばしたいだけだから、コントロールはポルポに任せるよ」
「あ、そう。ありがとう」
赤字とカード停止の謎が解けてよかったっちゃあよかったものの、メローネと一緒にエロゲをプレイする未来を考えると、新たな面倒が舞い込む予感がしなくもない。