ストーカーに遭ったら


もしもストーカー被害に遭ったらどうする?
揃って朝食を摂っている折、テレビで北イタリアの一部を悩ませる犯罪についての特集を眺めているうちにこの質問を思いついた。南イタリアを拠点とする我々は幸いなことに悪質な犯罪からは遠く生きているが(笑うところだよ)食卓を囲む私たち十人の中の六割は自他ともに認めるイケメンだ。自認しているのはプロシュートとメローネとソルジェラくらいなんだけど、意外に"こいつよりは勝ってるだろ"という意識があるのではなかろうかと邪推しているのでちょっぴり割増ししておく。ちなみに私は全員、多種多様なイケメンだと思っている。よく見なくてもイケメンだ。私もほら、おっぱいの辺りが。めちゃくちゃイケてる。やっぱり切なくなってきた。
突拍子もない質問だったが、向かいに陣取るホルマジオは律儀にフォークを置いた。
「オメーはどうすんだ?」
「通報する」
「んじゃあ俺もそれな。だいたい、俺たちは全員男だぜ。ストーカーとは縁遠いだろ」
いやいや、それは甘い考えだよ。私もパンをお皿に戻す。男だからと高を括っていてはいけない。公園でトイレを探して走っていただけで良い男に目をつけられてしまう世の中だ。ガチムチだって後ろからスタンガンを押し当てられれば昏倒するし、そのまま裏路地に引きずり込まれたり誘拐されたり、危険とは意図せぬうちに身を襲うものだ。自分だけは大丈夫と思っているのが一番あぶない。
私に同意したのはプロシュートだった。
「女につけられることもあるしな」
「あるのかよ」
「あるだろ」
「ねェよ……」
さすが兄貴。そのあとどうしたのか訊ねると、プロシュートは平然と答えた。放っておくわけにもいかねぇからやめるように言っただけだ。
「言うこときいたの?」
ついで、メローネがニヤニヤと目を細めた。興味なさげにチャンネルを回すギアッチョは、隣に座るメローネのテンションがどんどん高まっていくのを感じてか、自分の飲み物をそっと遠ざけている。たぶん椅子もじりじり動かして離れてる。
「無理やり言うこときかせたんじゃねーの?」
「馬鹿かメローネ、テメーじゃあるまいし。よォーく説明したら素直に帰ってったよ」
「ふーん。俺はそんなストーカーがいたらそれだけじゃあ済まさねえけどなあ。引っ張り込んじまうかも」
「うわっ……。朝からやめろよ、気分悪い」
顔をしかめた男に的を移し、メローネのいじわるが突き刺さる。
「イルーゾォちゃんは童貞だからな」
「ふざっけんな関係ねえだろ!?っつうかちげえし!」
我関せずと無言で朝の果物をつついていたリゾットが、立ち上がったイルーゾォを避けるようにすっと身体を動かしたので、イルーゾォも気まずげに黙り込んだ。もやもやしたものを噛み締めたまま青年を睨みつけている。童貞か童貞じゃあないかは置いておいて、イルーゾォはストーカーに気づいたらどうするの?やっぱり通報する?
「それしかねえよ。尾行なんて言うまともじゃねえ手段を使ってくる奴に正論で対抗したって無駄だろ」
「こっちもまともじゃねえ手段をぶつけっちまえば?」
ここでソルベが割り込んできた。細くて長い腕を折り曲げ、肘をついてぷらぷらとフォークを振る。この男から飛び出す『まともではない手段』って響きは不穏でしかないな。
「例えば?」
逆に相手を尾行し返して恐怖のどん底に突き落とすとかかな。ソルベとジェラートの二人なら犯人の身元を突き止めて隠し撮りした写真をその住所に送り付け、ビビりまくる彼だか彼女だかをゲラゲラ笑って見ている、くらいならやってのけそう。いとも簡単に。近寄らんとこ。
「『オトモダチ』になるとかさ。あるだろ?いわゆる、Nemico ieri, amico oggi.」
昨日の敵は今日の友、ねえ。ギアッチョが偽ブランドバッグを見るような目をソルベに向けた。
「半殺しにして放置しとけば全部解決するだろ」
それはそれで物騒だよギアッチョ。ペッシがぽつりと、俺は気づかないまんまで兄貴に助けてもらうことになっちゃいそうで情けないなあ、と呟いていたのが唯一の癒し。
どこか恐る恐る、イルーゾォが水を向ける。相手はフルーツを食べきったリゾットだ。
「リーダーはどうするんだ?」
「通報する」
「だよな!ほら見ろ、やっぱり通報が正しいんだよ!俺らがマジョリティ、あんたらがマイノリティ!」
「オメーちゃんと数えろよ」
「うっ」
味方のはずのホルマジオに後ろから撃たれてて笑った。通報の際はぜひパッショーネへ。まあ、もう私の管轄じゃあないんだけど。